黒甲冑なるもの②
前話:黒甲冑に襲われました。
剣が刺さる直前、アレスを覆うように乳白色の被膜が現れる。
エリアスが唱えた防御魔法が黒甲冑の凶剣を遮った。
「助かる」と言おうとした瞬間、被膜の外で爆発が起きる。瞬間的に辺りは爆炎で包まれ、視界が真っ赤に染まる。
防御被膜がなければ、アレスの皮膚と網膜は焼き切れていたに違いない。
恐らくはドロシーが黒甲冑目掛けて【火球】的な魔法を放ったのだと推測できる。トドメの一撃を繰り出す敵に隙を見出したのだろう。
爆炎が鎮火した時、黒甲冑の姿は既にそこになかった。
鎮火と同時に被膜が消え去り、アレスが態勢を立て直す。
黒甲冑は標的の優先順位を切り替え、ドロシーらを排除しようと駆けていた。
その進撃を迎撃するようにエリアスが鈍器を振るう、が空を切る。
黒甲冑は跳躍し巨漢を飛び越え、ドロシーの背面に着地、振り返り様に大剣を振るう。
あわやドロシーが横たわる魔物と同じ末路を辿る寸前、見に徹していたトリスが間に割って入る。
間一髪、黒甲冑の大剣をトリスの剣が押しとどめる。
普通に剣を構えていたのでは留められないと判断したのか、トリスは剣を横にし、その腹部分を左手で支えるように力を加えている。更に仲間が肉体強化の魔法を後方から施す。
「ドロシー離れて!」
トリスが叫ぶと、ドロシーは黒甲冑の間合いから離れるように飛び退き、エリアスの傍へ行く。そこにアレスも合流する。
「無事かドロシー」
「勇者殿のおかげでの」
「甲冑を着て跳躍……化物かあいつは」
エリアスが唸るように黒甲冑に皮肉じみた賛辞を贈る
「口惜しいがこのままでは連携が破綻するのも時間の問題だ」
「策がある」
「潔く殺っちまうのか」
「神職が物騒なことを言うのう」
「それは最終手段だ、これからやることを云うぞ」
______
すごい。この人、とてつもなく強い。
黒甲冑の致死性の連撃をかろうじて捌き、反撃の隙を伺いながら、トリスは思う。
これまで剣を合わせた人、魔物、そのどれをも凌駕している。
事実、同郷の剣士は手も足も出ないぐらいに圧倒されていた。殺す気がないとはいえ仲間全員で相手をしているのに手傷を負わせることもできない。
現状、見に徹していたおかげで連撃を捌くことはできているが、この人に対して剣を突き立てられる想像が沸かない。
反撃の想像が沸かないということは、行動にも移れないということでもある。
それでも隙あらばとは思うが、先ほど仲間が反撃に失敗したのを目の当たりにしたばかりだ。隙そのものが相手の作り出した罠である可能性を捨てきれない。
残念ながら、対敵してからの相手への情報収集が足りていない。もう少し観察する時間を稼いでもらえていれば……。
剣戟の最中、トリスは自分とその周囲に冷気が帯びるのを感じた。
目の前の黒甲冑への悪寒というわけではない。これは【炎熱耐性】付与の魔法だ。
「トリス! 合図をしたら自分を包むように防御魔法を展開しろ!」
同郷の剣士が叫ぶ。この連撃の最中にどう防御魔法を詠唱したものかと一瞬悩むが、その時は不意に来た。黒甲冑が後方に飛び退いたのだ。
_____
「今だ!」
黒甲冑が着地する寸前、再度叫ぶ。
トリスと黒甲冑を包むように広範囲にわたって乳白色の被膜が半球状に形成される。それに遅れること数舜、その中でトリスも自分だけを包むように防御魔法を展開。
黒甲冑が着地したと同時にトリスと黒甲冑を包む被膜の内部に業火が吹き荒れる。
その光景は、火炎で満たされた窯の中のようだ。
炎は窯の中の全てを焼き尽くさんと燃え上がる。被膜により外部へ出ることを押さえつけられ、目まぐるしい模様を被膜表面に浮かべていた。
その被膜に指ほどの小さい穴が部分的に空いている。穴から噴き出る炎の勢いは凄まじく、まるで竜が火を噴いているようだ。
この穴はドロシーが窯の内部に魔法を発現させるための起点である。
窯の内部に居るトリスと黒甲冑の姿は吹き荒れる炎により確認することはできない。
作戦の発案者であるアレスは内心焦る。
炎を生み出しているドロシーには、極力トリスを避けるように燃やせと伝えた。加えて、自分自身がトリスに対して炎熱耐性を付与した。
出来る限りの配慮はしたが……実際に目の前に広がる光景は、アレスの想像以上の破壊力に満ちていた。
不安になり、火炎の根源たる術者に顔を向ける。相変わらず帽子によって表情の判別はつかないが、両手を前に出し広げている様は自身の生み出した炎に感激しているようにも見える。
更なる不安に襲われる。見るんじゃなかった。
十数秒後、窯の中の炎は徐々に小さくなり、トリスとトリスの作り出した防御被膜が見える。
無事でよかった。だが……まだ終わりではない。
「エリアス、穴を完全に塞いでくれ」
エリアスは無言で頷く。魔法の形成にかなりの集中力を割いているのがわかる。
穴を閉じると炎が完全に消えてなくなった。すると、黒甲冑が膝を屈している姿が見えた。剣を地面に突き立て、辛うじて身体を支えている状態だ。
「焼け死んではおらぬようじゃな」
「死なれてたら、この作戦の意味がなくなるぞ」
火に魅入られていた女は殺す気だったのかもしれないが、相手の力量を鑑みるにそれぐらいが丁度よかったのかもしれない。
トリスが自身の防御被膜の中から視線をこちらに向けている。
それに対して、アレスは首を振る。まだ防御被膜を解除するなという意思表示だ。
「まだ続けるのか?」
穴の形成に集中力を割かなくてよくなったのか、エリアスが言葉を発する。
「念のためな」
即答する。
更なる時間経過の後、黒甲冑の手が剣の柄から離れ、膝で体を支えることもできなくなったのか、遂には地面に突っ伏した。
「こいつは驚いたな……」
エリアスが目を見開いている。先ほどまでこちらを圧倒していた敵がいとも簡単に地面に倒れ込んだこんだことが信じられないようだ。それと同時にいつ解くのかと怪訝そうな顔も向けてきた。
「……」
「アレス、もうよいのではないか?」
「……解除してくれ」




