異常なるもの
前話:遺跡の中に入りました。
「エリアス、ドロシー、さっきの作戦ってここでもできるー?」
「ああ」「むしろやりやすいのう」
トリスが先ほどの作戦の応用を利かせようという。今日のリーダーはやけに利発だ。
〈 門 〉という可能性が彼女の才覚を冴え渡らせているのかもしれない。
リーダーからの作戦を受け、術者二人は即座に対応する。
曲がり角からコボルトが複数体飛び出してきた。
こちらに全速力で走ってくる様は、森で遭遇したコボルトと同じだ。しかし、その様相は敵を襲おうとしているようには見えない。
というのも、武器を所持していないのだ。そのせいか中には四足歩行になりかけている奴もいる。ガムシャラに走り、わき目もくれずに出口に向かっているようにも見える。
飛び出してきたコボルトは見える限りで4匹。
敵意はあるが、殺意は薄い……むしろ怯えている?
まぁ、だからといって見逃してやるほど、お人よしでもなければ依頼を棒に振るような愚も犯せない。
「やっちゃってー」
一切の慈悲なく、トリスは号令をかける。
【害あるものを隔てしは聖壁】
【汝らはその一切を燃え果たし我が道と化せ】
行く手に見えざる壁が形成された。
駆け寄ってくるコボルトとパーティーとの空間が断絶された気配を肌と魔素の流れで感じる。
一方でその向こう側では、猛り狂う炎が吹き荒れていた。
エリアスの展開した【聖壁】が、ドロシーの放つ【劫火】とその熱波を遮断してくれている。
「もう十分だろう」
アレスの発言を機に両者の魔法がかき消えた。
魔法の照射時間は数秒にも満たなかったが、先ほどまでこちらに全力疾走していた4匹のコボルトは倒れ込んでいる。
更には、見覚えのない追加の一匹が奥で焼け転げている。炎が吹き荒れている最中に奥の曲がり角から入ってきたのだろうか。
その全てが微動だにせず、火達磨となりその身を燃やしている。もう数秒続けていれば、炭化していたかもしれない。
通路の天井と壁面は炎熱により所々黒く焦げ、地面に生えていた苔などは消し炭になっている。
詠唱通り、焦土と化した眼前に言葉を失うばかりだ。
しかし、通路先の曲がり角からはまたしてもコボルトが飛び出てきた。焼け焦げた地面などは気にも留めず。
まだ燃え残っている、かつての同胞に怯みもせず。こちら側へ一心不乱に走り駆けてくる。
やはり妙だ、奴らにとっての敵へ走ってきているのではなく、出口へ向かっているように思えてならない。それに炎が吹き荒れる中、突っ込んで焼死したコボルトも気にかかる。
アレスが不審な点を考察する中、術者は更なる敵に対処しようとしていた。
「もう一度繰り返すか?」
予想以上に上手くいったためか、エリアスが口角をあげながら訊ねてくる。
「いや、二人の魔力がもったいない。それに奴ら、味方はおろか俺たちも眼中にないかもしれん」
強襲時の失態を払拭しきろうと、アレスは三人を待機させ、前に歩み出る。
剣を両手で握り、自身の前に構える。突進してくるコボルトは計3匹、それぞれ数歩分の距離を空けて向かってくる。
まず先頭のコボルトを向かって右の胴から輪切りにするように切り込み、剣に力を込めて自身の後方へ払う。
次のコボルトを返しの刃で首を刎ねる。
最後の1匹は剣を中段に構え、相手の勢いを活かして首に刺し込み、頸椎ごと寸断する。
アレスは一連の動作により、3匹をいとも容易く屠った。
背後から、軽い拍手とともに「やるな」という称賛の声が聞こえたが、当人にしてみれば、褒められるほどのことではなかった。
考えなしで突っ込んでくる雑魚に剣を押し当てただけに過ぎないのだ。
とはいえ、パーティーからの労いを無下に扱うのも心証に悪いかと思い、鷹揚に手を挙げて応える。そして剣を当てて確信に変わったことを伝える。
「まったく平静ではなかった」
「確かに、獣が火を恐れず突っ走ってくるのは不可解ぞ。それに曲がり角の方から濃い血の匂いがしおる」
「いまアレスが切ったのじゃなくて?」
「アレスがこやつらを切り伏せる前から匂いはしておる」
鋭い嗅覚だ。こちらの鼻に入ってくるのは周囲を漂う肉の焼ける匂いだけだ。
「仲間割れか?」
「上位種の統率者がいる以上、それは考えにくい」
「火を恐れないのは、それ以上の恐怖に駆られているということかもしれんのう」
「火には必ず怯むんじゃなかったか?」
「ふん、死には敵わんわ」
「異常事態だが……やることは変わらない」
通路を進み、曲がり角に差し掛かる手前で、ドロシーには警戒用に【火球】を飛ばしてもらった。だが、別段敵が潜んでいるようなこともなく、呆気にとられながらも、歩を進める。
通路を曲がると、広場への出入口が見える。
あの広場が外から見た崩落部分の直下で間違いないだろう。
出入口から見える広場は崩落した天井からの日の光と通路の暗さが相まって輝いて見える。遠目では内部を鮮明には見渡せないが地面がきらめいているようだ。
しかし、警戒して近づくにつれ、広場の光景の異様さに目を疑った。地面のきらめきは、日の光を反射した血だまりだったのだ。
ドロシーが感じた濃厚な血の匂いは、あれに依るものだろう。
広場への出入口手前で、一同は互いに目を合わせる。
「行くぞ」
広場に突入し、即座にエリアスが防御魔法を展開した。
直後の奇襲を警戒したものだったが、広場内の状況はそれ以前の問題だった。
そこには無数のコボルトが無惨に息絶えていた。




