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遺跡なるもの

前話:コボルトの斥候を蹴散らしました。

 先頭を歩くアレスが木々の合間、遠目から遺跡の一部を発見する。


「見えてきたぞ」

「ふむ、といっても、ここからでは調査にならんな」

「敵を倒してからゆっくり見て回ろー」

「同感だ、ただし近付くなら隠密にな」


 エリアスの発言はもっともだ。

 このまま近づけば敵の歩哨に間違いなく感知されるだろう。そうなれば先ほどよりも多くの敵に囲まれることになるかもしれない。


 囲んでくれた方が手っ取り早く始末が付く、などと宣うメンバーも居なくはないが、出来る限り不慮のリスクは減らしておいたほうがいい。


「任せてくれ」


【音は溢れている 少しであれば消してもわかりはしない】

【見えずとも聞かずともわかるものならば 誤魔化してやろう】


 アレスは【無音化】と【無臭化】の魔法を全体に付与する。

 戦闘時に魔法を使うのは、極力エリアスとドロシーに任せようと決めた。自分は戦闘以外の場面で魔法を行使し、依頼遂行の円滑化を図るのだ。


 ただ、先ほどのドロシーの魔法を目の当たりにして尻込みした部分もなくはない。


 更に接近し、付近の茂みの中から遺跡を再確認する。

 魔法を使用したとはいえ、拍子抜けするほどあっさり近付けた。


 建造物はドーム状であり、資料によると天井は抜け落ちている。

 建物は所々崩れており、壁面は緑がかっている。どうやら蔦が蔓延り、苔も生えているようだ。


 なんだってこんなところに建物が、と思いはするが、建造自体は大昔のことであり、その時の世情など正確にわかるはずもない。

 いまの帝国領なんて元々は魔国領だった土地であるし、ここもいま現在が鬱蒼とした森だからといって、大昔もそうであるとは限らないわけだ。


 ……地図によれば、出入口は各方角に四か所ずつあるようだが……見えている出入口の一つには見張りはいない。村で調べた情報に比べて、警戒が薄い。


「とりあえず外観に資料との誤差はあまり見えないな」

「老朽化が激しいから、何が変わってるのかなんて判断つかねぇよ」

「ボロボロだねー」


「それよりも獣臭さがすごいぞ」

「言うほどか?」


 エリアスやトリスはあまり気にしていないようだった。アレス自身もそうであったが、ドロシーの鋭敏な感覚はそれを捉えてしまったようだ。


「しかし、妙よな。見張りが居らん」

「中に殺し間を形成してるんじゃないか?」

「……そんな中に無策で入るほど、わしらはお人よしではないぞ」


「入る前に焼夷するのはどうだ?」

「おいおい、調査どころじゃなくなるな」

「とはいえ、このまま籠城戦を決め込まれても厄介だ」


 茂みの中で思案に暮れる中、リーダーであるトリスが自身の掌を「ポン」と拳で叩いた。


「はいはーい、作戦思いついたよ」

「トリスがか、珍しいな」

「ふふーん」


 黄金髪の女は皮肉をさらりと聞き流し、得意げな表情を浮かべている。


「して、なんぞや?」

「えっとね、普通に全員で入って、敵が詰めてたらエリアスの防御魔法で全員を覆うように防御、次にドロシーが防御の外の空間を全て燃やし尽くすの」


「恐ろしく単純明快だな」


「ここから魔法を中に投げ入れるのと、何が違う?」

「中に入れば、より綺麗に焼けます!」


 自信満々にトリスが答える。


「……」


 エリアスが目を細めて、無言の補足説明を俺に求めてきた。

 もう慣れたものだ。


「あー、トリスの案を噛み砕いて説明するとだな」


 遺跡内部に入れば、視覚情報から、より繊細な魔法の行使が可能になる。そうなれば攻撃対象だけを焼き払うことが出来る。必然的に遺跡を無為に傷つけるといったことにならずに済む。

 結果、調査がし易い。


「説明ってのは、簡単でも今のを言うんだぞゴルドー」

「ありがとー、アレス。でも名案でしょー」


 ただし、遺跡のドーム内部は、外から見ても空間が広そうだった。

 トリスの作戦は大規模魔法の行使を要求するものであり、継続戦闘を考える場合はあまり得策ではない。


 だが……ここで立ち往生していても仕方がないのも、また事実だ。しかも、代案を立てられないのであれば、素直にリーダーに乗っかるべきだろう。


「問題がある。ドロシーの火力に俺の防御魔法が耐えきれるか心配なんだが」


 作戦の命綱であるエリアスが自身に起因するであろう問題点を迷わず口にした。


「そこは俺とトリスも波状的に防御魔法を展開するから安心してくれ」


 二人ともエリアスほどではないが、防御魔法の心得はある。

 二人旅をしていたころ、必要に迫られて覚えた、といった具合だが。主にアレスが補助に回ることが多かったため、トリスよりも多少硬度の高い防御を形成できる自信はある。


「では、後顧の憂いはない、という意識で内部を燃やしてよいかな?」

「一応、余力は残しておいてくれよ」

「無論よ、そもそもこの遺跡を覆いつくすほど火を挙げたところで枯れはせん」


 ……まじかよ。流石に英雄染み過ぎてないか。

 魔導院出とはいえ、流石に真偽のほどは怪しい。いっそ聞き流してしまおう。


「中央広場に入りこむ前の通路で敵と遭遇したらどうする?」

「各個撃破できて好都合だから、そのまま押し切る」


 通路であれば、こちらを取り囲むといった芸当は出来はしない。群れの強みを生かせない環境での戦闘ならば、さして問題にはならない。


 周囲に敵影がないか警戒しつつ、茂みから飛び出て遺跡通路に入り込む。


 通路の幅は大人が両手をめいっぱい広げても壁に当たらないぐらいの余裕があり、天井に関しても巨体であるエリアスが頭を屈めなくても十分な高さを有していた。


 ただ、武器を大上段に構えられるほどの空間はない。小兵であるコボルトのほうが行動に制限がないため、有利ともいえる構造か……。


 戦列は森での移動時と変更はない。縦列を組み、先頭を行くのはアレスだ。

 遺跡内部に入っても、敵の姿は見えなかった。いくらなんでも静かすぎる。アレスらのパーティーが出す音は魔法で消えているが、それ以外の音は聞こえるはずだ。


 先の斥候が逃げ帰っていれば、戦闘準備に躍起になっていてもおかしくはないのだが……。


 不審に思いながらも慎重に前進していた時、


「アレス止まれ」


 先頭を歩くアレスをドロシーが静止した。


「どうした?」と聞いた後に、その真意がわかった。

 先ほどまでの静寂と打って変わって、建物に反響していくつもの犬の鳴き声が聞こえた。石畳の床伝いに、こちらへ向かって走る足音がわかる。


 接敵はすぐだろう。さて、この狭い中どう対処するか。


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