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Alioth memorial  作者: 星畑ゆすら
8/10

リカルド目前の甲板にて

心が満身創痍になった風呂を終えて、アルネは寝むっている間に洗ってくれた自分の服を身につけてから自分と彼の髪の毛を備え付けてあった、ふかふかの浴巾で乾かした。

 異種族の彼は一人での着替えなんて絶対に無理だから彼の為にお爺さんが用意してくれた衣装をアルネが着替えさせる事にした。


 彼と表現するのは、性別を持たない無性であれど、アルネの第一印象は綺麗な男の人だったので、男寄りだと思う事にした。そうでも思わなければ、裸で無防備な相手の上から下までの着替えなど出来ないのが本音だ。


「この服の着方はこれでいい筈…うん、とっても似合っているよ!」


 用意してくれた衣装は、この大陸の南に位置する国の民族衣装らしく、斜め襟を飾り紐で止めているのが特徴的で服の着丈が長くゆったりとしている。

 身長が高い彼が着ればスラッとしていて綺麗に見える。

 着脱も全然難しくないから、彼が力加減を覚えるまでは、ボタンやベルトを必要としないで簡単に着ることが可能な服が本人や周りにとって1番無難なんだろうな。

 そんな事を考えながら、アルネは浴室に散らかったボロボロの服の欠片を回収して近くの屑入れに捨てて、髪を乾かす為に使用した浴巾を綺麗に畳んで片付ける。


(浴室での事件。あれに関しては、ボクがドジって仕出かして事だけど、その後の着替えが何事もなくスムーズに終わって良かった)


 髪を拭いている間も服を着せている間も見つめてくる視線が痛かったけれども、彼はずっと大人しくしている。 アルネのなすがままに身を任せてくれたので、浴室の様な事件は起きず内心、本当にホッとした。


「もう、ここでやらなきゃいけないことは、終わったから二人のところにいこう」


 彼にそう声をかけてゆっくりと手をひいた。彼は繋がれた手に視線を落として先導するアルネの後ろをついていった。


 浴室から出ると、少し離れた場所でテミスが待っていてくれた。


「お風呂、お疲れさま〜!ベタつきと海の匂いは取れたみたいだね。途中で大きな音が聞こえたから、少し不安になったけど大丈夫だった〜?」


「…あはは、ちょっと転んでしまってさ。うん、大丈夫!大丈夫!あはは」


「ならよかったよ。あ、ちゃんと仲良く馴れたんだ〜」


 テミスはアルネと彼の繋がれた手を見て朗らかに笑った。


「仲良くなったというより小さい子供を連れてる気分かな?なんというか彼、見た目は全然幼く無いけど動作が何もかも分かっていない、始めての事ばかりの子供って感じなんだ」


「へぇ〜、でも打ち解けたみたいだし。アルネのお風呂入る前のギコギコした雰囲気からは一転してるね、とりあえず結果良かったって事で」


「…確かに、緊張は解けたよ。ありがとう」


 テミスの言う通り。お風呂に入る前に比べると重かった気分も吹っ切れている。問題はまだまだあるけれども。この点だけは良かった。



「テミス。サエラリはどうしてる?…それから、ソフィちゃんはあれから大丈夫?ボクが海に落ちる前に木から降ろしてお爺さんの元に返したから声が枯れていた以外には体に怪我とかはしてないと思うけれど」


「サエラリは今、お爺さんとリカルドにいつ出立するか説明を受けてるよ。アルネも後で話しを聞きに行こう〜…ソフィちゃんは…うぅむ」


「?…ソフィちゃんはどうしたの?」


 ソフィちゃんの事を聞くと何やらテミスは顎に手を当てて複雑そうな顔をして唸っている。普段、のんびりとしたテミスが、頭を悩ます様な表情をするのは珍しい。


「ソフィちゃんは、今は泣き腫らして塞ぎ込んでるかなぁ〜。アルネが海に落ちたのは自分を助けた事が原因にあるって自覚しちゃってるし、俺からもお爺さんからもキツめのお叱りを受けてるからねぇ」


「俺からもって…あの子はテミスが好きなんでしょう?自分の目の前から人が海に真っ逆さま〜なんて光景みたら普通に小さい子にはショックだろうし…幸い奇跡的にボクは無事だったんだし。危ない事や周りに心配をかけさせた事は身内であるお爺さんが叱るべきで、テミスは慰めるべきじゃないの?」


「アルネ…アルネは確かに無事、だったけど。奇跡的に無事だったんだよ〜」



 一息置きつつ、テミスは拳を握りながら話す。


 目の前に対峙してるテミスは、いつもののんびり屋のテミスでは無かった。


「異種族の人がアルネを助けてくれなかったら、アルネは死んでいた。


 俺は…俺達は、目の前でこれから旅立つ大切な友達を笑顔で見送るんじゃなくて、死の瞬間を見送る事になったんじゃないかって、すっごく恐怖した」


「……テミス」


「…ソフィちゃんに対する俺の態度、いけないだろうけど。帳尻はどこかで合わすよ…アルネがさ、自分でいっぱいいっぱいで他に鈍いのは昔から知ってるからさ〜。でも、今回は俺たちの気持ちももっと深く考えといてねぇ〜」


 いつもの調子に戻って先にいっとくね〜と歩くテミスの背中を見ながら、アルネは少しの間、立ち止まっていた。


 無意識の内に力を込めていた手に何かの感触があって、自分が彼の手を力強く握っていた事に気づいた。


 アルネは、彼にごめんねって呟いて、力を緩めて、今度は、優しく彼の手を握ってテミスの後に続いた。






 ◇◆◇ ◇ ◇ ◇ ◇◆◇ ◆◇





 リカルドの港町に船が到着した。


 降りる為の手続きと荷物の確認、搬出で追われて船内はとても賑やかだ。

 テミスとサエラリもその手伝いに加わっていて、ボクの一緒に運動がてら働きたかったけれど、病み上がりなんだから大人しくしているするように念押しされた為、不参加だ。

 そんな、ボクの現状は両手に花というか、両脇に小さい子供 (ニコニコしたソフィちゃん)と大きな子供(ぼーっとしている異種族の彼)を引っつけて船のデッキにいた。


 ソフィちゃんは、ボクと再開した後に直ぐに謝ってくれた。


『アルネさん、ほんとに、本当に…ごめんなさい。ぶじで、生きていてくれて良かった…』


 お爺さんとテミスに叱られた事と突風が大元の原因とはいえボクが海に落ちるきっかけを作ってしまった事が精神的に辛いのが、嗄れて震えた声、泣き腫らして真っ赤になった瞳で目に取れて分かった。


『ソフィちゃん、ボクは無事だったから大丈夫。でも、二度とあんな危ない所には登っちゃいけないよ。…お爺さん達が怒ったのってさ、遅ければ海に落ちたのはソフィちゃんだったかもしれない。大切なソフィちゃんに会えなくなるのが怖かったからかもだから』


 星珊瑚の孤島では、散々危ない所を冒険したボクが言えたセリフでは無いけれど、今は棚に上げておこう。



『…アルネさん、わかった。これからは、絶対危ない事はしない』


 ソフィちゃんは小さく頷くと、ギュッとボクの腰にしがみついてきて、その姿が可愛らしくて頭を撫でた。そして、彼女の頭に置かれた自分の手をみて、ふと、思い出した。


(ボク、彼と出会ったあの場所で転んで掌を怪我したのに綺麗に治ってる)


 誰か、眠っている間に治癒魔法をかけてくれたのだろうか?…もしかして彼が治してくれたのか?


 チラッとボクの片手が繋いでいる白い陶器の様な手の持ち主に視線を移そうとしたその時…ソフィちゃんは、アルネさんと小さな、小鳥が鳴くみたいな声を上げて話しかけてきた。


『あのね、あたし、アルネさんを…お姉ちゃんって呼んでもいい?』


『…!?』


 とんでもない発言を投下された。


『えっーと、ソフィちゃん?ボクは男の子だってもしかして聞いてない?』


『うん、聞いてるよ!…でも、呼びたいのダメ?』


 可愛らしく語りかけてくるソフィちゃん。


『…うっうんっ!…いいよ!!』


 承諾してしまった。

 今のソフィちゃんは大分、落ち着いてきて元気な姿を取り戻している。

 ここで、断ってこれ以上、悲しい顔を見るかもしれないのは嫌だった。

 女の子として間違われるのはよくある事なんだから、今更気にする事はない。


『やったぁ!お姉ちゃん、ありがとうそう!!』


 満面の笑みをみせるソフィちゃん。


 あれだけ、落ち込んでいたソフィちゃんが呼び方ひとつで笑顔になるならいいじゃないか。

 ボクが男の子だっていうのは、分かってくれたからいいじゃないか。

 テミスとの恋仲という恐ろしい誤解も解けたんだから万事オッケーだ。

 

  もう、どうにでもなれ。


 こうして、デッキで引っ付かれる冒頭に戻る。


 気持ちを切り替えて、空を眺めながら思う。

 本当に、自分は星珊瑚の孤島の外にいるのだと。


(これから、どうなっていくんだろうなぁ…行きたいっていう場所は決めているから、そこを目指して旅をするわけだけど…現状の1番の問題は彼をどうするかだな)


 自分と緩く繋がれた彼の手に視線を移して、次にその手の持ち主である彼をみる。


 二対の金角と蒼い瞳をもつ、まだ、名前も知らない異種族の彼。


 侵しがたい神秘的な雰囲気をもっているのに、言動は何も分かっていない幼い子供と一緒。

 見詰めくる深くて蒼い瞳に何を求めているのかが分からなくて少し怖い。


 ボクの命の恩人。


 直感だけれども、彼をこのまま、ここに置いていくか一緒に旅をするか。その2択しかない気がする。


 ボクの都合がいいのは前者にあたる。

 右も左も言葉が分からない者を伴っての旅路というのは想像異常に危険だから。


  命を助けられたからといって、一緒に旅をするという行為が相手に恩返し出来るという訳ではない。

 寧ろ、危険に晒す行為だ。


 人口の多くがヒューレムで占める国の中には、ヒューレム以外の種族を差別する国もある。 (その逆もあったりする)ボクの行きたい場所の1つには、こういった国の近くを訪れる必要がある。


 今いる、このリカルドの港町が属してるライヴリィと呼ばれる国はヒューレムと異種族との割合が6:4で昔から両者の均衡がとれて友好関係や種族間の協定がしっかりとした珍しい国でもある。

 彼の安全面を考えると、ここにいる方が彼の為だろう。だけど、ここで彼を置いていく事を考えると胸が締め付けられる様な不可解で居心地が悪い気持ちになる。

 出会ったばかりで、何故こんな気持ちになるか分からない。


「ねぇ、貴方はこれからどうしたい?」


 話し掛けても返事は来ない。

 ただ、こちらを覗き込む様な視線が返ってくるだけだった。

 そんなボクらの様子をみた、ソフィちゃんが不思議そうに質問をしてきた。


「…お姉ちゃん、その人は、おなまえはあるの?」


「それが、わからないんだよ」


「どおして?」


「名前を尋ねても教えてくれないんだ。他にも分からない事ばかり」


「わからないことばかりなんだ!おなまえがないのは、大変ね!…そうだ、お姉ちゃんがおなまえをつけてあげたら?」


「…ボクが?」


 ソフィちゃんは、名案とばかりに提案してくる。


「だって、お姉ちゃんがいちばん最初にその人と出会ったんだよね!それに、そのひと、お姉ちゃんにべぇたありだもの!お姉ちゃんとなかよしになりたいんだよ!おじいちゃんが言ってた。なかよしになるには、相手のなまえを呼ぶ事からだって!」


「仲良くか…これからも異種族の彼で通すのは、不便だし失礼だし、そうだね。考えておくよ」


 彼の名前を考える。ソフィちゃんの勢いに載せられて簡単げに考えておくと応えたものの、ぜんっぜん簡単に考えられない。


 悶々と自分の頭の中で、彼の名前候補を引っ張りだしては、しっくり来ないで消していく。

 そうやって頭を悩ませている最中、デッキの向こうから大きな声で名前を呼ばれた。


 この声は、サエラリだ。


「アルネー!準備が整ったから、船から降りるぞ!」


「わかったー!今行くから!」


 彼の名前は、リカルド港町の滞在期間中に考えよう。



 彼に似合う名前を彼にあげたい。




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