お戻り…も連れ出して
開かれた瞳。
その何処まで覗いても底の見えない深い蒼にボクは先程までの複雑な感情も激痛が走る身体の痛みも忘れて魅入っていた。
…起きた彼が自らの拘束を強引に破ってしまうまでは。
突然、彼が身体を捻りだす。すると、その動作に付随してミッシミッシ、バッキバキと凄い音を出しながら彼は自分に巻き付いてる巨大な結晶樹木の根の拘束を引きちぎった。
(うっわぁ、強引というか無理矢理っていうか…あの根っこ、ボクが全力で手を叩きつけてもビクともしなかったし硬くて逆にこっちの手が痛くなったんだけどな)
強引に根っこを引きちぎりながらも彼の目はずっと、固定されたかの様にボクの顔を見詰めていた。
ずっとこのまま、無言である彼の視線を浴び続けるのは蛇に睨まれた蛙になった感じで酷くいたたまれない気持ちになる。
話し掛けてみれば、何か答えてくれるかもしれない。思いっきって話し掛けてみた。
「…あ…はじめまして…おはようございま…すっ」
「………」
応答は無い、無反応だった。
「っ、ボクの名前はアルネ・シーフェスです。貴方の名前はなんというのですか?ここがどこか知っていますか?」
「………」
「ボクは、星珊瑚の孤島という場所から旅に出たばかりなのですが、その途中で海に転落して気が付けばこの場所にいたんです」
「…………」
諦めずに話し掛けていたが相手からの返事は一向に無い。ボクの顔を瞬き一つせずに凝視する状況にも変わりは無かった。
「元の場所に戻って旅をして世界を見て回りた…いっ つ 痛…!」
何を思ったのか、突然、彼はボクの腕を掴んだ。とても硬い結晶樹木の根を破ったその腕でガシッとボクの両腕を。
あんな強い握力をもつ彼に捕まったボクは痛んでいる身体をさらにボロボロにされるんだろうと目をギュッと閉じて身構えてしまったけれど、腕から感じたのは痛みじゃなかった。
(冷たくて暖かい…何処かで…そうだ。境界線を越えた時と同じ感覚だ)
初めて、星珊瑚の孤島から外への境界線を渡った時の感覚と同じモノがボクの身体を包み込む。同時に抗えない眠気に襲われてアルネの意識は遠くに流されていった。
◇◇◇◆◇◇◆◇◇◇
閉じた瞼の裏側に光を感じた。
耳にはよく聞き慣れた友達2人の声が届いている。
「…、ネッ …アルネ!アルネ!!」
「起きて!!」
閉じていた瞼をゆっくり持ち上げると、金色の粒子と白い樹木に覆われた白い世界ではなく、よく見知った2人の心配そうな顔が飛び込んでくる。
見上げた天井には茶色の天幕に明るい灯りが点火されたランタンが吊るされていた。白くて幻想的で虚しく感じた景色は何処にもない。
今のボクは少し大きめのシャツを来ているけれど、なんだか体がべたべたしていて海の匂いがしている。
(あの真っ白い世界は何だったのだろう。死にかけたボクがみた幻だったのだろうか…)
寝起きが原因か、まだボクの思考回路は半分ほどふわふわと無意識の闇に沈んでいた。
「一通り、ここに在駐してた医者にみて貰って別段、異常はないって言ってたが、本当に体は大丈夫なのか!?」
「生きていてくれて良かった〜!サエラリと2人でアルネを探しに崖下までいったら、あの人がずぶ濡れでアルネを抱えていたんだよ〜!」
…あの人?
テミスが指差すあの人を見ると、ボクのふわふわしていた頭は一気に覚醒した。
彼がいた。
新緑の髪、蒼い瞳。そして頭部からは普通の人間とは違う事を主張する鋭い金の二対角。ボロボロで服の役割を果たしていない服。
白い世界で出逢った彼がこちらを見詰めながら立っていた。
そして、テミスがいう通り頭から足の爪先まで全てがずぶ濡れだった。
「なんで、ここに!やっぱり、あの出来事は現実だったんだ!!」
「…あの出来事?アルネ、お前がそいつに助かれたっていう意味か?」
「違うんだ。いや、違わないけれども。海に落ちてからボクさ、すんごい白い場所にいたの!そこで彼が眠っていて起こしたら、またここに戻って来れたっていうか「はいはい〜、疲れてるんだね〜」いや、本当だって!」
海に転落してから体験した不思議な出来事を2人に話していたらテミスに笑顔で布団に戻された。
当事者以外からすれば頭が可笑しい奴認定されるのも無理はない話しなので、話したい事は山ほどあるが大人しく口は噤む事にした。
「アルネ、海から落ちて混乱しているのは仕方ない。…テミスがさっき話した様にお前が落ちてから俺達はここにいる人達にも協力をお願いして船を出して海の中にいる筈のお前を探したんだ。」
「みんなでだいたい5時間ぐらいかな〜?アルネが落ちた場所を重点的に探したんだけど何も見つからなくてね。ここら辺は星珊瑚の孤島が開いている影響で今は潮の流れが早くなっていて生きているかも分からないし死んでいても死体は流されたかも〜なんて周りが言い出してアルネの捜索が打ち切らかけたんだよ」
「打ち切られかけたの!?」
テミスに戻された布団からガバリと起き上がる。
「うーん…まぁ、そうだよね。ボクでも他人があの高さから落ちて何一つ手掛かりが見つからなかったら、そう判断するね」
片手で軽く目頭を抑えながら、自分を捜索した人達の判断に同意する。遺体が流されている可能性が高いのに、いつまでも探すのは時間の無駄だ。
「だから、俺たち本当に焦ってさ。お前の捜索をどうにか粘って貰おうとしたんだ。で、俺らが必死に交渉してたその時。ザバッて後ろからすんごい音がしたと思ったらいたんだよ。そいつとお前が」
少し眉をひそめ苦々しい顔をしながらサエラリは彼に視線を向けた。
「異種族だよな?ずぶ濡れの状態でお前を抱えながらこっちをみて立ちつくしていたんだ。そっからは大変だったな。お前の無事を確かめようと近づいてもお前を離そうとしなかった。」
ボクが住む星珊瑚の孤島、というかこの大陸では、基本は長耳や羽、尾を持たない人間、通称ヒューレム(例外はいる)が1番多い。ヒューレムは自分達以外を人間と言わず異種族と呼ぶ事が多い。
ボクを助けてくれた恩人は頭にある二対の角からヒューレムの特徴には当てはまらなかった。
「なんだか大事な宝物を取られたくたい子供みたいだったね〜でも俺たちがアルネの友達だって伝えたら、おずおずって感じでやっとアルネを託してくれたよ。ちょっと近寄り難いけど、害は無いんじゃないかな〜」
苦々しいサエラリとは対象的にテミスは通常運転でのんびりと話している。
二人はボクが海に転落してから5時間経過したと言っていたけれど、あの場所にいた間、絶望感や焦燥からか長い時間を彷徨っていたと思う。
(こうやって、2人が目の前で会話してるの聞いてたら戻ってきたって実感出来る)
再び戻って来られた安心感からか、だんだん眠くなってきた。
まだ、ボクを一生懸命探してくれた二人とあの場所から戻してくれた彼へのお礼も言えていない。
だけど、襲いかかる眠気に限界へと達した瞼は瞳と意識を心地よい闇へと塗り替えていく。
頼みから、次に目が覚めたらあの白い世界が現実でこっちが夢だったという事だけは無いと切に願う。
部屋の隅で傍観していた異種族は眠るアルネをその蒼い目で映していた。
◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇◇◆
「では、今から体を綺麗にして着替えよう」
現実、浴室。
今から異種族の彼と2人っきりでLet’s気まずいお風呂 (ボクが)。
目が覚めたら、問答無用でサエラリとテミスに
彼とお風呂に放り込まれた。
『お前ら、アルネは着替えているとはいえ、意識が無かったから体を軽く拭く程度だし、海から上がったそいつは海水ずぶ濡れのままでベタベタして気持ち悪いだろ。俺らが何回か引き離そうとしたけど、無理だったし。お前にベッタリ引っ付いてたし。そいつ、お前となら風呂入るだろ』
確かに、体中、磯の匂いと海水でべたべたしていて気持ち悪い。
お風呂には入りたい。お風呂に入れること自体は大歓迎だ。
だけどもね、命の恩人で有ろうとも、話し掛けても返事がなくてじっと穴が開きそうなほどガン見してくる相手とお風呂って正直に辛い。
それを伝えてところ、帰ってきた返事は…
『つべこべ言わず風呂はいってこい。 風呂に』
『では、ごゆっくりとね〜!せっかくなんだから仲良くなるんだよ〜!あ、着替えは扉から出てすぐ近くの籠の中にいれとくからね〜』
容赦の欠片などなく、サエラリからはバッサリと断られ浴室へと背中を押され、テミスには笑顔で手を振られながら嬉しくないエールを贈られた。
そしてバタンと音を立てて浴室の扉は無情にも閉められた。
とりあえず、ボロボロの服を脱がせる事からはじめよう。
「服、脱げますか?ほら、こうやって…」
子供に言い聞かせる様に、お手本をみせる様にボクは自分が来ていたシャツを脱いでいく。
シャツを脱いで置いて次に、彼にも同じ動作をする様に視線を送った。
通じたみたいでノロノロとだけど、彼も真似をして自分の服を脱ごうと襟に手をかけると…
ビリッ、ビリビリ、ビリリィ…
音を立てて服を引き裂いてしまった。
うん、豪快だけど上半身脱がす事には成功した。元々、服はボロボロ過ぎて服として機能していないから破棄する予定だったんだ。良しとしよう。
新しい服はお爺さんがお詫びにと用意してくれていると聞いたから大丈夫!
(この調子で下半身も脱がせて体を洗って綺麗にしよう)
上半身を顕にした彼の肌は白くて血が通っているというより質の良い陶器みたいだった。中性的で人間とは違う神秘的な容姿や雰囲気も手伝って、生きている存在というより神殿や宮殿に贈呈される彫刻なのではないのだろうか。
…でも綺麗な姿に反して動作は酷く不器用で幼く感じる。本当に不思議だ。
(はっ…!こんな思考に耽っている場合じゃない!!早く、お風呂を終わらせないと!)
急いで、彼に下半身のズボンなのか分からないほど擦り切れた布切れを脱ぐよう促した。
そして、彼は大人しく指示に従って、上半身と同じく豪快に下半身も破り捨てて脱いだ。
下半身を隠すモノが無くなるという事はつまり見える。見えてしまう、男のアレが。
初めは彼に自分で体を洗って貰うおう考えていたが、ビリビリと脱ぎ方が分からず破り捨てる姿をみて無理だと悟った。
同性なんだから男の証が見えた所で何も問題は無い。でも、彼は今まで接してきた同性とは色々と違い過ぎて戸惑ってしまう。
(海水でベタベタになった命の恩人に報いる為には、避けては通れない)
床に視線をやりながら、そう考えていると布切れの破片が無情にもひらひらと落ちて来るのが見えた。
さぁ、今から彼を丸洗いにしなければと覚悟を決めてお湯の準備をする。浴室内に白い湯気が立ち昇った所で視線を上に彼にと向けた。
その瞬間。見てしまった。無かった。アレが。
ボクの思考が止まった。
「!?…!?!!ない!女の人だったの!?ご、ごめんなさいぃい!!!」
中性的な顔立ちはしていたけれど、体格的には細い男性だったから、男と思い込んでしまっていた。
…つまりボクは初対面の女の人(しかも恩人に)を丸裸にひん剥いて(相手から豪快に捨てた)肌に触れようとしていのかー!?!
これは、もう強姦として訴えられる最低レベルの事を仕出かしたのでは!?
完っ全に頭はパニックだ。漏れなく自己嫌悪もセットでアルネに追加された。今なら、もう一度冷たい海に飛び降りてもいい。
そんなアルネをみていた彼…いや、彼女はアルネの慌てふためく姿に何を思ったかゆっくりと近づいてきた。その気配を感じて混乱に陥って思考がぐちゃぐちゃになったアルネは、
━━━そのまま、突き飛ばしてしまった。
浴槽に置かれていた桶が転がり落ちてガコンという音が響く。
桶が転がる音にハッとした。湯気でぼんやりとしていたが、彼女は尻餅を着いた様だ。自分が再び恩人に仕出かした事を理解したアルネは慌てて駆け寄ろうとして、ツルッと頭から転んだ。
…顔に待ち受けていたのは、引き締まっているけれど柔らかですべやかな肌の感触。…決して無機質な硬い床の衝撃では無かった。アルネは転んでその顔は勢いよろしく、なんと、尻餅をついた彼女の股へと埋まってしまっていた。何時もは抜群の反射神経が何故か働かず目を開いたまま。
そこで、アルネはぐちゃぐちゃになって瀕死状態の思考にトドメを刺すものを確認してしまった。
異種族のこの人は、男性でも無ければ女性でも無かった。一応、知識としては男と女の性どちらも持つ両性。その逆の無性の種族もいるのは知っていた…知っていたけど。
(…ボクのやらかした失礼且つ破廉恥な事を考えるに性別が有ろうと無かろうと酷すぎる)
思考が無になったアルネは、気がついたら当初の目的であった丸洗いを黙々と行い完遂した。
(…っ疲れた)
初めて星珊瑚の孤島から旅立った今日は、間違いなく、人生最大の佳日で厄日だった。