呑まれる命と鼓動2
目的地である星珊瑚の橋が掛かる場所へと、漸くついた。
目の前には、海が広がっている。その海面を普段は寄せては引いていくおだやかな波が凪いでいるが、今は星珊瑚の独特の変化によって、海底から遠い地平線に一直線に白金色に薄く輝く影が伸びている。
その薄白く輝く海底からの線を中心に、波紋が広がっていた。
「あ~、ワクワクするなぁ!」
「お前、さっきからそれしか言葉喋ってなくね?大丈夫か?」
「他の言語が全て消失してるよね。猫のにゃあとか犬のわんと同じく鳴き声の域だ。大丈夫?」
テミスとサエラリは星珊瑚の橋の出現地に着いてからワクワクという言葉しか喋らなくなったアルネの頭を心配していた。
「わくわくする…!ふふっ」
「ダメだ、これは!!現実に戻ってこい、アルネ!!お前、旅に出てもそれ以外の言葉、喋れないと困るだろうが!!…あ、」
サリエリとテミスが語彙力をほぼ無くしたアルネを現実に引き戻そうとしていた。その時に、変化は起きた。
海面に一直線に広がっていた波紋が段々と激しくなり薄ら見えていた光も強くなった。
白みを帯びその中に金色の光を携えた星珊瑚が幾つも重なり合って上昇していく。その姿は自然が創りだした歪だけど精巧な芸術で感嘆としてしまう。現れた星珊瑚から金色の光の粒子が吹き出して、辺り一面に輝きながら舞っている。
溢れだした粒子は金色の雪が降っている様にも、風に吹かれて一斉に空へと攫われて乱れて踊る花弁の様にも見えて、時間を忘れて魅入ってしまうぐらい眩しく儚く美しかった。
今までは、この美しい光景を近くで見るのが辛くて苦しかった。だって胸が島を行き来できる人達への羨望や嫉妬でいっぱいになってしまうから。
だけど、いつかは自分も渡るのだというボクの希望でもあって目が離せず家の窓から遠目で眺めていた。
「綺麗…」
そう言わずにはいられなかった。
やがて、海を裂きながら上昇した幾つ物の星珊瑚が複雑に折り合い絡み合い一直線に波のように上下波打ちながら積み上がり橋が完成していた。この橋は20日間は保たれてる。その間に人々はボクたちの孤島と大陸で行き来し合う。
人の手が入らず自然が想像したこの橋に決まった幅、高さは無いから、ボク達は大人が4人並べる程の歩幅があるものを選んで渡る事にした。
星珊瑚の橋を三人で、これからの事、星珊瑚の孤島での思い出を軽い談笑を交えながら進んでいくと、ある地点を境に、何かが変わった。
なんだか、こう…すり抜ける様な感覚。
全身を冷たくもなく暖かくもない水に丸洗いされて乾かされたかの様な感覚。
一概には言い表せ無いけれど。とにかく、変わったんだ。
見に見えてわかる変化は一目瞭然。数歩前、全く何も無い海と星珊瑚だけが広がる光景がただただ続いていたけれど、今、ボクの前にある視界には、小さな島々や船が点在して見えていた。
「話には聞いていたけれど、これが星珊瑚の孤島の周囲を覆う気流の外、境界線を出たって事でいいんだよね?」
「その通り!不思議だよな、これ!道が開いている時は、普段は吹き荒れて周囲を拒む気流がとんでもなく弱くなって通行可能になるけど、その気流を抜ける感覚ってのが独特で」
サエラリが頷いて同意してくれたおかげで、確信が持てたボクはうんうんと相打ちした。
「星珊瑚の孤島、独特の気流って本当に不思議だよね。外部の船が行き来出来ないだけじゃなくて、外からも内側からも見えないんだから。」
「ボク達が、生まれる前にはね、色んな学者や魔術師がやって来ては、この孤島の調査をしていたらしいけど、結局、わからずじまいで、今は諦めて調査を辞めたらしいんだって!昔におばちゃん達の近所話で聞いた事があるよ。こんな摩訶不思議な場所の秘密を暴くとか、すっごい楽しそうなのにね!!」
「え〜、十年以上前の話で、確かに星珊瑚の孤島に住む
俺達に関係あるとしても、おばさま達には面白くもない、かなり古いお話しでしょう。これ、本当におばちゃん達の近所話で聞いたの?アルネ?」
「…うっ」
テミスにニヤニヤした顔で質問を投げかけられたボクはバツが悪そうな顔して、素直に白状した。
「…違います。本当はおばさま達からではなく。数年前にきた、外部の人に1人で聞きました。」
「素直でよろしい~!教えてくれたのは、女の人?アルネは島の外に憧れてる癖に、中々、交流祭には絶対に1人で参加しない、というか男性には近づく事が出来ないもんね…仕方ない部分もあるけど」
「聞いたのは、女性だから大丈夫だよ」
「なら良かった。参加する場合は、絶対に俺とテミスどちらかと一緒だから、俺たちがそういうのをしらないってのは、アルネが1人で聞き出したって事だ。」
「…そうです…はい」
はしゃぎ過ぎて墓穴を掘って見事に嵌ってしまった。
覚束無い笑顔を浮かべながらアルネは自分が1人で島にきた人達と体面する事がなくなった理由を思い返した。原因な大きく分けて分けて3つぐらいある。
1つ、母親の複雑な顔。アガットが旅立つ準備や訓練、知識を付ける事を特には表立って禁止にはしていなかったが、外部から来た者から、外がどんな場所か、何があるのかを聞くのには、何かを耐えるような複雑な顔をする。子供としてはそんな母親の顔を見たくは見たくはない。
2つ、自分だけが他の住民と違って外へ出られない事への負の感情。考え始めるだけで負の感情が湧いてくるので、長くは考えたくない。よって人気のない場所にいくか自室に引きこもる(ただし友達であるテミスとサリエルがいる時は、その感情から目を逸らせる)
3つ、美少女である事。アルネ・シーフェンスは生まれた時から紛うことなき男ではある。
彼の容姿を上げていこう。
同世代の少年達に比べると壊れそうと思えるほど華奢。
願掛けとして伸ばしている髪は熟れた桃色を思わせる色で日の光を空かしてみると美しい金色にもみえる。
妖精の様な愛らしい顔立ちと暖かい赤色の宝石の様な瞳は引き込まれる様な輝きを持っていて一際、アルネを際立たせた。
彼と対面してその珍しい色合いと美しく愛らしい容姿に魅入ってしまう者は多い。
その為、アルネに対して男と知らず告白した相手は数しれず、中には振られても尚、男だと信じられず誘拐されかけた事もある。(島中大騒ぎになったすえ、無事に救出された)
この事が原因でアルネは、1人では外部交流会がすっかり苦手となって引きこもりと一時期化していたが、それを見かねたサエラリとテミスが半ば強引に同伴という形で連れ出してくれたのだ。
もし、サエラリとテミスがいなければ、アルネはもっと卑屈になってしまうだろう。それを阻止してくれた親友2人にはとても感謝している。そう思うと自然にアルネの口からは感謝の言葉がこぼれた。
「二人ともほんとに、ありがとね」
「どうしたんだ?いきなりお礼なんかいってさ、日頃からお前の世話焼いてんだから別に構わないぞ」
「いや、ほら。二人に世話を焼いて貰うのも一緒にいるのもこれが最期だしさ、感謝の言葉をだね…」
サエラリに指摘されてモジモジと恥ずかしくなって顔に熱が少しずつ集まる。きっとボクの頬は赤みを帯びてきているのだろう。そうだね、改めて親とかに感謝を伝えるのも恥ずかしものだけれども親友に伝えるのも同じぐらいもどかしい気持ちになる!…この二人に関しては、ほんとに第二の保護者みたいな所まであるからなぁ。
旅に出て星珊瑚の孤島を離れれば、必然的に二人とも会えなくなる訳で…それは、とても悲しいし寂しい。
「アルネ、感傷に浸りながら可愛いお礼いってるところ悪いけど、お別れ会はまだ先だよ。だってリガルトの港町までは、俺達まだ一緒でしょう?リガルトを出ていく時は、俺とサエラリが見送るから、その時に可愛いく言ってよ~」
「うっ…無し!!今のは無しで!!」
「はいはい。アルネ、見てみなよ!あそこに小島が多くあって船がいっぱい泊まってる。もう補給地点の島に来たみたい」
テミスの視線の先を見つめると、小さな島々に船が集まっていた。
「あの中で、緑の帆が貼られた船見えるか?泊まっている船の中でも少し大きめで細長目の船。そこにさ、親父の顔見知りもいるから、俺としては、挨拶したいし、テミスとアルネも休憩した方がいいと思うから寄っても構わねぇか?」
「休憩、さんせ〜い」
「ボクも!」
ボクとテミスの同意を確認したサエラリは笛を取り出してピャルゥウと甲高い音を鳴らした。
この音を聞きつけたカノラ鷹が三羽迎えに来てくれてサエラリの顔見知りがいるという補給所まで運んでくれた。そこからは、サエラリの案内に従っておじさんの知り合いだという老夫婦の元へと辿り着いた。彼等は快く歓迎してくれてそれに甘える事にした。
「はじめまして、君がアルネくんで合っているね?私は星珊瑚の孤島の出身では無いが、ケベックとは商売柄の長い付き合いでの。君の事はそこそこ話しが挙がってたんだ。なんでもすっごい可愛いとのぅ」
「あはは、ありがとうございます。ボクの話しが挙がってたの意外です」
「ここは、中間地点。初めての場所だ。折角だから面白い物は無いが探検するも良し。しっかり休養を取るのもよい。好きに寛いでいきたまえよ」
その途中。小さな影がボクとお爺さんとの間に割り入り込んでお爺さんに飛びついた。
「おじいちゃん、サエラリとテミス。遊びに来たの、一緒に遊んでもいいでしょう!?」
「ソフィ、構わんよ。だけど、今はお客さんが来てるんだ。先に挨拶しなさい」
「はぁい…こんにちは!わた…しはソ、フィですぅ…」
お爺さんに腰下にへばりついた小さな影は、催促されてボクへと振り向き可愛らしい声で紹介してくれたけれど、初めは元気が良かったが途中から声が萎んでいった。そして今はふるふるとその小さな体を揺らしている。
(どうしたのかな?)
「はじめまして、アルネ・シーフェンスです。よろしく。ソフィちゃん、どうしたの?どこか体調悪いの…かな…」
不安になって顔色を見ようと手を伸ばしたら、ソフィちゃんは、小さな顔を上げてボクを見上げて瞳には今にも零れそうな程の涙を貯めていた。
そして、大きな声で泣きだした。
「びぇ…びぇええええん!!もしかしてテミスのごいびどぉおお!!やだぁ、やだぁあ。こんなにがわいいん、…おんなのこ…だっだじゃあ、まけちゃうよぉおお」
ん?…こいびど?…恋人?
ボクは見た目、美少女だからおんなの子は仕方ない。しかし、テミスの恋人。ボクが…?は?なんで、そうなった。
「な、こら!ソフィ!」
そして、ソフィちゃんはお爺さんの制止を聞かずにそのまま飛び出した。
ボクは、その衝撃的なセリフに固まっていたが、このままでは拉致があかないし。何よりあの恐ろしい誤解を解かねばならない。足腰の悪いお爺さんの代わりに連れ戻して来ると伝えて直ぐにソフィちゃんの後を追いかけた。
「ソフィちゃん!ソフィちゃん!おーい、どこにいるの?」
ソフィちゃんの名前を大きな声で連呼しながら探して回る。周りからソフィちゃんが泣いて走っていったという情報を手にいれてそこからは一気に走る脚に力をいれて向かう。
そして崖の淵に生えている木の枝に抱き着いて泣いていた。
正直、幼児がここまで足が早くなるとは、木登りそんなに上手そうに見えないのに登るとは思っていなかった。どこにそんな力隠してた。もしかして、これが恋なのか?恋の力ってやつなのか?
「ソフィちゃん…そこは落ちたらね、とっても危ないんだ。だからこっちにおいで」
「ぐずっ…ぐずぐ…びぇ…ひゅうひゅう」
どうやら、泣きすぎて声が枯れているようだ。
「ほら、おいで。危ないよ」
「………」
泣き疲れて、自分の今の状況が間違えれば崖から落ちて海にまっ逆さまということが理解出来たのか、今度は顔を真っ青にして声もだせずに怯えている。自分では、木から降りられそうにないからボクも木に登ってソフィちゃんの傍までいってその小さな体に触れた。
「ソフィちゃん、今から君を捕まえて地面まで戻すから待っててね」
「……」
こくりと頷いた後、大人しくボクに身を任せてくれて助かった。よし、なんとかこの子を戻す事が出来た。とりあえず、声が枯れている事以外に体に外傷も無いようで安心した。
「よしよし怖かったね。もう大丈夫だから」
暫くソフィちゃんが落ち着くまで背を撫でていたら、向こうからお爺さんとサエラリにこの事件の原因となったテミスがやって来た。 その姿を確認して、ソフィちゃんは、先程の恐怖が残っているのかよたよたとだけど、歩きだした。
そして、お爺さんにお叱りを受けた後にテミスに「もう危険な場所にいっちゃだめだよ」と頭を撫でられる姿をみて、重要な事を思い出した。
ボク、まだ、誤解、解いてない
解ける。助けて心を少しは許して貰ったはずの今ならば、解ける。そう、これは、チャンスだ。ソフィちゃんに大声で伝えよう。ボクはおんなの子では、無い。つまりはテミスの恋人でも無いと。
大きく息を吸って伝えようとしたその時。
信じられないぐらい大きく風が吹いて、ボクの身体は宙に浮いた。
他のみんなの所にその狂風は当たらなかったみたいだけど、大きく目を見開いてボクをみている。
宙に浮いたボクの身体が落ちる場所は海。しかもかなり高い。もし、この下の岩肌が尖っていたら明らかに命は無いだろう。
…終わってしまうのか?こんな所で、ようやく、母さんからお許しを貰って、色んな準備をしてきて。やっと旅の一歩を踏み出したとワクワクしていたのに。
終わるのか、ソフィちゃんに女の子と誤解されテミスとは友達なのに、恋人とかでは無いのに?嫌だ。嫌すぎる。
でも、ボクの身体は飛べる訳ではない。ただただ落ちていくだけだ。
もうすぐ、海面に頭が迫る。最後の悪あがきで、水の抵抗を少なくする為に身体を広げて衝撃を柔ようと試みたけど、激しい水しぶきと共に着水の痛みが、ナイフで刺されて粉々になったかのような痛みが身体中に走る。
どこかで鼓動が聞こえた。これが死の間際で生きようと足掻く自分の心臓の鼓動なのか分からないけど、大きく聞こえた。
そして、死を感知しながら、アルネ・シーフェンスの意識は海の中へと消えた。