呑まれる命と鼓動 1
この世界に遠くだけど隣接している場所があった。
空間を切断してその場所は点在している。
そこには明ける事のない深く淡い夜の中、白く透明な樹僕が覆い透明感な花びらと金色の花柱がある六花の花が咲き誇っている。
静かで時が動かない閉じられた世界が広がっていた。
其処には、微睡む存在がいた。
その意識は、あやふやで浮かび上がっては沈んはを繰り返しいる。沢山ある様で1つだけあるようで。まとまらず、霧の様に分散していく。
夢を見ていたはずなのに目覚めたら、覚えていないかのように。延々といつから始まってどうしてそうなったかさえ、分からない、そんなサイクルを繰り返してる。
だけど、その微睡みにほつれほつれが出てきたのだ。
始めはうっすらと意識は変わらずぼんやりと自己を持てぬまま、ぬるま湯の中を眠っている様に漂っている。けれども、そんな意識下で知らない光景が流れてきたのだ。
陽の光が差し込む新緑の豊かな森。蒼くて高く広い空に浮かぶ雲に自由に翼を広げて旋回する鳥。そしてそれよりと更に高く全てを照らす太陽。
それから人の営みが溢れる街、水の中を自由に泳ぐ魚、葉を食べる虫……様々なモノが触れた事もない知らない筈のモノが流れてくる。
ここにはないモノ。それだけの認識だった。
何故、見た事も触れた事も匂いを嗅いだ事もない知らない筈の名称を知っているのか、疑問すら持たずにただただ、それは流れてくるイメージを受け止めていく。
…不意に何時も感じている意識が分散する感覚が襲ってた。何時も通り曖昧な意識は既に手放し霧が発露する様にうっすらと消えていった。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
出発の日の朝がきた。
ボクの部屋にある窓の硝子を隔てた景色はまだ夜が完全には明けてはいなかった。空には薄く星が輝いて海の地平線にはうっすらと光が現れていて暗闇がまだまだ空を包み込んでいた。
目を閉じて耳を澄ませて聞けば、本格的に道が開くからだろう、強い風もだいぶん落ち着いて、前兆中は洞窟に避難していたであろう孤島に住む早起きの鳥達が鳴いている。海は落ち着いて波の音がざぁっと聞こえる。道が開けばこの海は次の段階に以降すると思えば楽しみだ。
どうやらボクは予定した時間よりも早く起きてしまったみたいだ。
それも、当然といえば当然だなっと思う。ずっと目標としていた事が叶うのだから。
ふふっと小さく笑を零して、旅に出られる嬉しさでもう目はすっかりと冴えてしまった。そこで、アルネはもう一度と旅の荷物の中身の確認を始めた。
「まずは絶対に必要な物から…」
何時でも旅に出られる様にと昔から、準備万端にしていたのだけれども、いざ、旅に出るとなると緊張からかドキドキしてしまって完璧である筈の荷造りも何度も確認しちゃうな…昨日、寝る前にも念入りに荷物を見たはずなのにね。苦笑混じりで、でもどこか楽しそうにアルネは持っていく荷物の確認を始めた。
まず初めに、お金、硬貨の確認。生きていく上でいくらあっても困るものではないけれど、余りにも多く持って行くとかさばるし、治安が悪い所ではスリに真っ先に狙われる可能性も高い。
ボクが旅用に貯めたお金は節約すればざっと半年分。
目に見える形では1ヶ月は保つぐらいの量を財布にいれて、残りは母さんから譲り受けた星珊瑚で作ったブレスレット型の魔法道具に収納する事にした。
収納系の魔法は非常に高度で難しい、それを魔法道具の術式に組込むのはもう一段階難しい筈。それにも拘らず更にこのブレスレットに4つ着いている紅い紅玉には空きスペースがある。つまり、整理整頓しやすい!よくぞここまでコンパクトにした!っと母さんから貰って説明を受けた時、ボクは感嘆としながら聞いていた。
このブレスレットの作者は、どうやら父さんの知り合いでどこかの国の魔法道具研究者らしい。もしも旅先で出会えたのなら是非とも父さんと他の魔法道具の話を聞いてみたい。
次に、水と食糧の確認。飲料水用の皮袋を2つぐらい、それと形態食の詰まった布袋。楽観視した考えかも知れないけど水は足りなければその場の環境と魔法を応用して、ろ過して使う。食べ物も食べれるモノがあれば、魚や小さな小動物なら狩れるし、食用として可能な野草や果実も大体は見分けがつくから。道中で調達出来るモノでなんとか凌げるだろう。
一応、この星珊瑚の孤島で過ごしたボクは親子共々、薬草を取り扱っているケベックおじさんの得意客で、この孤島だけではなく外にある、薬草や毒がある草木についての知識を教えて貰っている。それからこれは内緒だけど少しだけボクは毒の耐性も付けている。
(毒の耐性付けるの母さんにはバレているかもしれないけどなんにも言って来なかったしセーフだ。うん。)
あと、数点。食べ物を捌いたりする必需品としてダガーナイフを数点。母さんお手製の傷薬、魔力補強の回復薬と塗り薬。包帯などを詰めた医療箱。それから地理を確かめる方位磁針。
水と食糧、タガーナイフ。治療箱に財布。方位磁針は鞄にしまい込む。あとのモノは大きいからブレスレットにいれて持っていこう。
ボク、アルネ・シーフェンスお得意の武器。星珊瑚で作り上げられた槍とそれから夜を過ごすには必要であろう布と着替え数着、急な雨や外的に襲われない為の結界石を既にお金をにしまい込んだ宝玉とは別のモノにそれぞれ分けて収納した。
「よし!これで…完璧!!!…あっ!そうだ。日記!日記も持っていこう!!せっかくだからボクがこれから出会うモノ、見るモノ、触れるモノを記録を残そう!」
「うん、うん!我ながら、名案だ!!」
いい事を思いついたとボクは上機嫌で使っていないノートは無かったかと部屋を探した。そして、ふと、未使用の大きめの分厚い日記帳日記帳を思い出した。
…特に嬉しくない思い出と共に。
「えぇっと、確かこの棚の引き出しに押し込んでいたはず…」
眉をひそめながら棚の引き出しをガサゴソ引きずりだしてその奥に布でぐるぐる巻きにされた縦長の物体が出てきた。被っていた埃を手でささっと払って布を解くとお目当ての日記帳日記帳があった。
これは、2年前の美少女コンテストで優勝した際の景品の内の1つなのだけれども、いい思い出じゃないのでこうやって封印していた。
(まさか、こうやって使うことになるとは夢にも思わなかったなぁ。)
微妙かつしんみり、それから恥ずかしさちょっとの気持ちで筆記用具と共にそれもブレスレットの中に収納した。
これでブレスレットの収納スペースはほぼ埋まった。
あと少し、小さいモノがちょっと入るぐらいかな。
最後、これで本当に最後になる荷造りのチェックを終えてボクは着替えをようやく始めた。
いつも来ている服を着る。膝小僧が長めに隠れて踵がそこそこでる動きやすいズボンに袖のない上着、その上から立襟で肩の部分が切り出されて繋がり、袖はゆったりしていて服の後ろに長い尾ひれのような白いコートに似ている服を頭から被って襟の後ろから青いスカーフを通して巻いて結ぶ。
いつもはここまで終わらせるんだけど、ボクの旅立ちに合わせて母さんが作ってくれた丈夫なマントをとる。
このマントはフード付きで留め具の部分にはお守りとしての魔石が縫いとめられている。
太陽の厳しい暑い所では頭から守り遮る影となって、雨に打たれる時には、服が濡れて体に侵食する冷たい雨を食い止めてくれるであろう丈夫さと防湿性を備えてくれた母さんのお手製マントだ。
母さんがボクの為に用意してくれたのだと思うと凄く嬉しいや。
着替え終わる頃には、地平線の向こうに見えていた暗闇も朝の眩しさに押しのけられ、薄く見えていたはまた夜を待って姿を消してしまった。そう、夜は完全に明けて朝になっていた。
ブレスレットを腕に通して、鞄を腰に付けて、マントを羽織る。これで、これで。ボクの旅の支度は本当に今度こそ終わった。
1階に降りて、いつも母さんと食べる朝ごはんも最後だ。今まで育った思い出の詰まったこの暖かい木作りの家とも母さんともお別れなのは寂しいけれども、それを上回るぐらい今は、世界を旅できる事にわくわくしている。
……が、しかし、朝のおはようの挨拶以降、朝食をもぐもぐと食べていたけれど、会話はお互い一切無かった。 最後の晩餐程ならぬ最後の朝食になるかもしれないというのにお互い本当に何一つ話していない。ボクの方は、緊張からマントも鞄も外さないまま、更に何を会話して分からなかったので、ひたすら母さんの手料理を食べていた。母さんの方はボクの事をチラチラっと見ていたが黙りこくったままだ。お互い本当に何一つとして会話していない。
…正直に心の中で言おう。気まずい。
何か、打開策は無いのか!?頭の中で考えるがぐるぐる回るだけで無駄に終わった。記念すべき旅立ちの朝食としては味は美味しいけど雰囲気が不味い食事を続けるしか無かった。
そんなこんなで一切の希望も打開策も見えないまま、親子共々、黙々と気まずい朝食を食べて終わった。ご飯の味は美味しかったが心は苦いものを摂取したなんとも矛盾した感覚だった。
靴を履き終えてトントンって軽く家の玄関の扉を開けると、扉に付けていた小さな飾りのベルがリリン、リリンと鳴った。
ボクの足は既に玄関から出ていて家の外だ。そして聞き慣れたベルの音が消えると小さく、深呼吸した。朝食での気まずい心を消して。くるっと振り向いて、後ろにいる母さんに笑みを浮かべる。
そして母さんに伝える。
「いってきます」
「えぇ、いってらっしゃい」
きっと今、ボクは綺麗に笑えていると思う。
母さんも何かが吹っ切れたのか、朝食の時の硬い顔の影もなく、いつもの暖かい笑みを返して、見送ってくれた。いつもの笑みを見る事が出来て、約束の時が来たとはいえ、今まで頑なにボクの旅を拒んできた母さんがボクの旅立ちに笑顔を浮かべてくれたのだ。何だか心の荷が降りた心地になってしまう。
いってきます、いってらっしゃいのやりとりの後、更に数歩、外に歩きだして、今度はもっと満面の笑みで振り向いて大きく手を振りサエラリとテミスとの集合場所に向かって少し駆け足で向かっていった。
…港が見えてきた。2人と集合場所に選んだのは、道が出来て星珊瑚の道が出来上がり真っ先に合流の場となって賑わう港だ。前兆の強風は過ぎ去っているので、港には既に結界や重荷で守られていたお店は解除されていて開店準備で既に孤島の人々が忙しく準備で行き交っていた。
その人混みの中をキョロキョロ見渡しながらお目当ての人物、サエラリとテミスを探し始してみる。
「…あ、サエラリ。アルネだ、見つけた!」
「ホントだ。お前のあの張り切り具合からてっきり俺たちよりもっと早く、…太陽が昇っていない頃から待ってるかと思った」
「いや、起きたのはサエラリが予想した通りの時間帯なんだけどね。荷造りの確認とかしてたら、既に太陽が空に輝いてたよ」
他愛のない話しを2人としながら歩いているとテミスが思いついたように、話しかけてきた。
「ねぇ、アルネ。そう言えば、外に出て1番初めに着くのはリガルトの港町になるだろうけど、それまでの方法はタノラ鷹と星珊瑚の橋、どちらをとるのか決めてる?」
「勿論、橋の方!!タノラ鷹に騎乗して空から道を眺めながら早めにリガルトに着くのもいいけど、時間をかけててでも初めて外に出るのは、星珊瑚の橋を渡りたいな!!」
「うっし!橋で決定だな!りょうーかい!アルネの希望に合わせようぜ!」
「ありがとう!…今までは、ずっと見るだけで渡る事が出来なかったから。とってもわくわくしてるよ!心臓の音が周りに聞こえてしまぐらいに!」
渡る方法を2人がボクの希望に合わせてくれたのを、良い友達を持ったもだと。心の中で相槌を打ちながら。早く星珊瑚で出来た橋の道を渡りたい期待で高鳴る心臓に体が釣られて、少し駆け足気味で橋が現れる出現場所にボクは小走りで向かう。
あぁ、本当に楽しみで楽しみで仕方がない。
早く!早く!と急ぐアルネとその後をサエラリとテミスが顔を見合わせて、苦笑気味でアルネの後を追った。