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81.獅子+羊=なんだお前。

 昼下がりの午後、照りつける日差しを避け木漏れ日のなか山頂を目指す。生い茂る草木が人の行き来が少ない事を物語るが、学院行事で滞在した島に比べれば大したことではない。時折吹くそよ風に汗が引き、澄んだ空気に野鳥が羽ばたく。

 今頃お嬢様達は3時の小休憩を挟んでいる頃だなと後ろを振り返ると、後方でギルスとピースケが仲良く話しをしている。


「ギルスは固く考えすぎなんだよ〜。もっとこう気持ちを乗せてギューンってするんだよ!」


「いや全然わからねぇ……。でも、こうか??」


「なはははは!全然ちがうよー」


 ギルスは【威圧】のやり方を教わっているようで、いまいち要領を掴めず悪戦苦闘していることが伺える。というのもギルスは相手に敵意を向けるということに気持ちが乗らないらしく、こればかりは本人の意識の問題なので俺らがどうこう言っても仕方がない。しかしピースケは親身になって語り、ギルスはその声に耳を傾けている。


「なぁシキ、これじゃあダメなのか?」


「それは魔力圧だ」


「んー、じゃあこれは?」


「……それも魔力圧だ」


 ギルスは肩を落とし、ピースケは笑いながらペシペシと肩を叩く。終いには才能ないんじゃないかとまでつぶやくが、決して才能がない訳ではない。恐らくポアロの一件に調理研究会で得た知識が視野を変え、害を成す魔物でさえ憎むべき相手としてみれないのであろう。そんな実直で優しいギルスはこれから多くの人と出会い、また大きく成長していくのだなと思うと、頭を悩ませるこの時間はかけがえのないものだと感じる。


「ははっ!楽しいなギルス!」


「いや、楽しくねぇよっっ!!」


 俺もペシペシと肩を叩くとギルスは不服そうな顔をするが、その足取りは軽く会話が弾む。自然溢れる景色に自由研究のことはすっかりと忘れ、時間をかけて山頂へ到着すると辺りを見回す。木々は建物よりも高く残念ながら別荘を一望する事はできないが、南に開けた遠方にイージス領の街並みが広がりその絶景にギルスは声を上げる。俺は楽しむ2人をそのままに、目的の本はどこだと散策を始めると木の根元に置かれた木箱の中から一冊の封印書を取り出す。俺は2人を呼び寄せると本を囲い、宝箱を開ける気分で気持ちが弾む。


「これがグラードさんの言っていた本だな」


「普通の本にしか見えないが、封印書なんだよな?」


「ああ、封印術式の刻印もされてるしこれで間違いないよ……ってピースケはさっきから何してんだ?」


「なんかさ、焦げ臭くない??すんすん……」


「はぁ?何も臭わないぞ……。それよりシキ、早くその本を開けてみようぜ!」


 未だ鼻を動かすピースケをよそに、催促するギルスに答え留め具を外す。すると本は風もなくページが捲られ、凄まじい雄叫びが地を揺るがしその魔物は現れる。

唸る顔と体格は獅子であり、渦巻く角と瞳は羊。背筋から尻尾の先端まで甲冑で覆われ、四肢も同様に鋼鉄の甲冑を装着している。

 その異様な存在にギルスは息を殺すと、見上げるようにして腰を落とす。


「おいシキ……お前、開くページ間違えたんじゃないのか??コイツは……キマイラだ!」


「え?間違えるも何も勝手に開いたんだって。それにキマイラだったら獅子と山羊の2頭に尻尾は蛇だろ」


 腰を抜かすギルスに封印書をペラペラと見せつけるが、あまりの恐怖に俺の行動は視野に入らず身体を震わせている。しかし魔物の威圧を五感で感じ取るこの状況は、ギルスにとって良い刺激になると考える。そう思うと俺はメモ帳を取り出し、魔物へと歩み寄るとじっくりと観察を始めた。

 全長は5mを超え無駄のない筋肉は狩りに適しており、巨体ながらも俊敏な動きが出来るのだと判断する。しかし四肢の甲冑が邪魔なのか魔物は取り外そうと爪を当て、羊の毛並みに似た(たてがみ)に首を振るう。とにかく全てが気に入らない。そう態度で表す魔物がなんだか可愛らしく見えてきた。


「色々な魔物を見てきたけど、お前は初めて見るなぁ。新種なのか?」


 駄々をこねる子供の横に立つ感覚で魔物を見上げると、ここでようやく俺の存在に気付き至近距離で咆哮を放たれる。その迫力にギルスが漏らしていなければと思いつつ、この出会いにワクワクが止まらない。

 そんな笑顔の俺に魔物は鋭い爪を振り下ろすが、紙一重で躱すとすかさずメモを取る。


「おおー!甲冑を着けているとは思えない速度だ!!しかしまぁ、獣系等の攻撃は単純でわかりやすいな」


 深く頷きながらペンを走らせ、その間休むことなく魔物の攻撃が押し寄せる。爪の軌道に噛み付く動作と射程距離、反動を利用した尻尾の脅威と近接での動きを一通り拝見する。ならば中距離はどうだと距離をとると、魔物は逃がすまいと姿勢を低く取る。

 あ、これは飛びかかってくるなと予想をしたのだが、思いに反して一直線に突進をして来た。


「ここは羊の特性が出てるのな!!」


 予想外の行動に面白い情報を得たと口元が緩むと、俺は前方に防壁結界を張り衝突する魔物を間近で観察をする。その一部始終が猫とじゃれ合うようにギルスには映り、次第に恐怖心は薄れ落ち着きを取り戻す。


「どうだギルス、野生の威圧を受けた感想は!?」


「……どうもこうも、お前がいなかったら俺は……。クッソ!まだ手足の震えが止まらねぇ……。なぁ!本当にこれはグラードさんの本なのか?もしコイツが人里になんか下りたら……」


 青ざめるギルスの表情に事の重大さを認識させられる。たしかにこの魔物が人里に現れようものなら、その被害は甚大なものとなる。ならばこの場で駆除するかと言われたら、その選択肢は俺の中にはない。それは新種だからという訳ではなく、何やら先程から魔物の様子がおかしいのだ。


「まーギルスの言いたいことはわかるけど、ここは俺に任せてくれよ!コイツがグラードさんの所有する魔物なら殺す訳にもいかないし、とりあえず逃がさないからさ」


 俺は魔力解析で視覚では得ることのできない情報を即座に入手する。間違いなく獅子と羊の魔物ではあるが、それ以前に驚くべきことを目の当たりにする。それは四肢と尻尾の甲冑は装置しているのではなく、神経も痛覚も通う身体の一部であるということ。他種族と金属は見事なまでに溶け合い構築され、超越した生命は敵意を撒き散らす。しかしその敵意は俺達だけではなく、自身へ向けていることを強く感じると、俺はより一層の好奇心で口角が上がる。


「なんだお前……怒りの矛先は俺達じゃないのか?」


 依然防壁に角を当て、荒ぶる鼻息に返答などない。ならば会話を試みようと心層伝達と思念伝達を持ち合わせると、魔物の感情は言葉へと変換され土石流のように押し寄せる。


『邪魔ダッ!!我からデテゆケ!!ナゼ突進ナドした!!?飛びカカれバ良いモノヲ意味がワカラヌ!!ァア、ソレニこの毛並みモ我慢が出キヌ、ナンと動きヅライコトよ!!何ヲ言う!?アンタこそドコカにイケっ!ワタシの毛ワ魔法耐性がアルんダゾ!コノ立派な角は岩ダッて砕クんだゾ!!バカを言エ!目の前ノ猿一匹コロセてハおらヌではナイカ!!ソレはオマエが邪魔シタかラだッッ!!』


 いがみ合い罵声が飛び交うと、魔物は一歩後退し首を振るい顔を洗う。すると左前足の甲冑の文字が目に入る。


『シュル……ガット?それがお前の名前なのか??』


『我二特定の名ナドないッッ!!!ァア、憎ィ!!キサマら猿ごトキに、コノヨウナ屈辱ヲ受けルとワ。アハハ、お馬鹿サンだネ!コイツらは猿じゃナクテ人間っテ種族ダョ!ワタシらヲこんな姿にシタ憎いヤツらダョ!!』


 そう返されると二匹の記憶が俺へと流れてくる。これは……グラードさんだ。他の連中は見たことはないが、捕獲された後の記憶だろうか?鎖に繋がれ身動き取れぬ二匹に手が添えられると一瞬で肉体は一つとなり、恐怖と困惑の中さらに甲冑までもが溶け合い感情は怒りへと変わってゆく。

 これは錬金術……いや魔法陣らしきものはなかった。なら希少スキル【合成】か?でも混ざり合う速度に、個として形成された肉体はそれの比ではない……。


『なぁ、俺はもっとお前達のことを知りたいんだ!話しをしようぜ!?』


『黙レッ!!話スコトなドナイ!!マズはキサまヲ噛み砕イてヤル!』


 怒りと憎しみは頂点へ達すると、俺の言葉は遮断され殺意混じる咆哮が放たれる。こうなってしまっては会話など皆無であり、魔物の世界に話を合わせ力を示すしかない。弱き者は死に、強き者は生き残る。種を途絶えさせぬ為の生存本能であり、決して残酷な世界などではない。

 あぁ、きっとクレアなら心を通わせていられたんだろうなぁ……。そう考えると間違っても駆逐などできない。そんなことをしようものなら無言で見つめられ、静かに怒られるのが想像できる。しかし手を出せばコイツはより一層人間に敵対心を抱くだろうし、ここは簡潔に力の差を示してやりたい。


「おいシキ!なんかめちゃくちゃ怒ってないか!!?」


「あ、うん。ちょっと……交渉に失敗した。でも大丈夫だ!今から大人しくさせるから」


「た、戦うんだな?微力かもしれないが、俺も手を貸すぞ!!」


「いや、戦闘をするつもりはないよ。良い機会だから威圧の効果をしっかり見ててくれ」


「は?……無茶言うなよ!こんな凶悪な魔物を威圧でどうこうできるわけないだろ!!」


 槍を構えるギルスを手で遮ると、今にも飛びかかろうと低い態勢をとる魔物へと威圧を放つ。


【元・魔王威圧】


 あ……間違えた。普段威圧など使用する機会もなく、つい前世の感覚で使ってしまった……。しかしその効果は絶大で、魔物はガチガチと震え頭を垂れると身を小さくしようと尻尾を丸める。


「す、すげぇっ!!これが威圧の効果なのか!!どんな鍛錬すればこんなことできんだよ!つぅか隣りで見てただけなのに、鳥肌と鼓動がヤバいんだがーー」


「いや、あのこれは威圧なんだけど威圧じゃなくて……その、なんと言うか……」


「……何言ってんだ?」


 しどろもどろする俺を不思議そうに見つめるも、明らかに脅威が去ったとギルスは安堵の息を漏らす。ただの威圧にここまでの効果はないのだが、これを機にギルスの心に変化があったのなら勘違いのままでいいかと口をつぐむ。それよりも裁きの時を待つように脅える魔物に申し訳ない気持ちで再び声をかける。


『あ、その悪ぃ……ここまでするつもりはなかったんだが許してくれ!』


 その言葉に魔物は頭を上げると、しっかりとした足つきで俺の前へと歩み寄り真っ直ぐな瞳で答える。


『強キ者よ……ドウカ我ラの命ヲ持っテシテ、ソノ怒りヲ鎮めテいタダキタい』


『馬鹿言うなって、俺はお前らを殺したりしないよ。それに強き者じゃなくて、名前はシキ・グランファニアだ。それよか話ができるなら、もっとお前らのことが知りたいんだ』


『ワぁーイ!シキは良ィ人間ダァ!ソウダ、ワタシら群れノ長にナッテョ!そシタラ他ノ魔物に襲ワレなクテ済厶じャン!黙レ羊ッッ!!コノ御方二無礼な口ヲ開クナっ!!!』


『はははっ!やっぱお前ら面白いなっ!まぁ、長になる事はできないけど、友達になろうぜ!?そしたらグラードさんに事情を説明して元に戻してもらえるよう頼んでみるからさ!』


 心での会話に嘘偽りはなく、その想いが伝わると魔物の瞳は穏やかに変わる。それはギルスにも伝わったようで、恐る恐るではあるが俺の真後ろまで身を寄せる。そこにどこへ行っていたのかピースケも舞い降りてくるのだが、その表情は浮かない顔をしていた。


「シキ……あのね、お屋敷から煙が上がっているんだけど火事かなぁ?」


「はぁ?火事って……シャルが爆発魔法でも使ったんじゃないのか??それにピクルさんやグラードさんもいるし、そんな心配しなくてもーー」


「アタシもそう思ったんだけど、本を開いた時からずっとなんだよ?むしろ勢いも増しているし……」


「……なぁシキ、急いで戻らないか。きっと俺の思い過ごしだと思う……。この魔物だってお前が三勇士の孫だって知ってるから、どうにかなるとグラードさんが用意してくれたんだと思ってる。そう思うようにしてるんだ……けどさ、本当にそうなのかって疑ってしまってる自分もいるんだ。だからさ……」


 拭いきれぬ思いにうつむくとギルスからそれ以上の言葉は出てこず、沈黙がさらに不安を募らせていく。そしてピースケは上空へと飛び上がるが、変化がないことを知らされると俺はすぐに戻ることを決断する。

すると魔物は俺達の状況を察し屋敷まで送り届けると申し出ると、体勢を低くし背中に乗れと意志を示す。


「……これって俺達を乗せてくれるってことか?」


「そうみたいだな!怖いか?」


 俺は勢いよく甲冑へとまたがると、続けてギルスも背に手をかける。そしてしっかりと掴まると魔物は大地を蹴りあげ凄まじい勢いで一本道を下って行く。

気を抜けば振り落とされてしまいそうな速度にギルスは目を細め、体勢を低くしコツを掴むと乗馬では体験できぬ世界に興奮から笑みを浮かべる。駆け抜けた後には小石が宙を舞い、遅れて草木がお辞儀をすると手を振るように葉を揺らす。


「おいシキ!!これは最ッッ高だなっ!!もうこんな所まで降りてきたぞ!」


 ギルスは舌を噛まぬよう、声が置いていかれぬよう気持ちを張り上げる。恐れていた魔物の背中は力強く、体全体に伝わる振動からは一秒でも早く送り届けたいという意志を感じる。


『この先右方向に進んでくれ!そしたら目的の屋敷だ!』


『御意ッッ!!ハぁーい!!』


 魔物は声をかけられたのが嬉しいのか、より一層の脚力で速度を上げるとあっという間に湖沿いへと躍り出る。その場所からは屋敷が見えるが一向に鎮火する気配はない。ピースケが発見してから十数分、依然立ち上る黒煙に何かあったと考えるのが自然であろう。

俺は指示を出すと、魔物は正門横のフェンスを容易く飛び越え黒煙上がる厩舎へと到着する。しかしそこに集まる者はおらず、厩舎が叫び声を上げるように大きく焼き崩れていくだけであった。


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