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76.夏季休暇のお誘い。

 連日続く炎天下に、梅雨時の雨が懐かしい。空にはどでかい入道雲が流れているのだが、王都を避けるように彼方へと消えて行く。そして蝉の鳴き声に風情を楽しむ感覚も薄れ、いつの間にか暑さを助長する厄介なものだと脳内変換されている。

 一学年の意識を変えさせた学院行事から早1ヶ月。学院は夏季休暇へと入り、各々が夏を過ごしている。夏の課題に自由研究、遠出をしたり家族と過ごす時間など様々だ。

 そして俺も王都へと越して来て、久しぶりに一人の時間を満喫できるものだと思っていた。しかしその考えは夏季休暇初日に打ち砕かれる。

 お馴染みの研究会メンバーと朝から集まり、午前中に課題を進め午後はクタクタになるまで模擬戦を繰り返す。それにより10日で課題は終わりを見せ、翌日からは模擬戦を軸に一日が始まる。途中気分転換にギルド依頼を受けたりもしたのだが、誰一人として飽きる様子もなく日々を過ごしていく。

 いや俺も嫌いではないし、皆が楽しんでいるから不服はない。

 しかし一つだけ、ただ一つだけ焦っていることがある。それは自由研究というものに対してだ……。題材を決め自分の観点で観察をするも良し、何かを作り上げるも良しなのだが初めてのことで基準が分からない……。ゆえに未だ手付かずの状態で夏季休暇の半分が終わってしまい、朝顔の観察日記を楽しんでいるピースケに急かされる気分である。

 しかし今日から研究会のメンバーとはしばらく会うことはない!リズは地方の病院に父と講習会に行くし、アスラはクランツの護衛に呼ばれ喜んでいた。ミントはギルドの手伝いをすると意気込み、ポアロは食べ歩きの旅に出るとか羨ましい……。そんな訳で、今日から俺も自分のことに専念できるのだが状況がおかしい。


「なんでお前が俺の部屋にいるんだよ、ギルス……」


 扉を背に腕と足を組み、何か問題があるのかと言う表情でこちらを見ている。


「え?何でって……そりゃ皆んな予定あって、空いてるのお前だけだろ??だから特訓しようと思ってさ!」


「脳筋にも程があるだろっ!久しぶりに自分の為に時間使うとかないわけ??」


「おお!自分の為に時間を使う為にここに来た!!」


「んあっ!??いやほら、ギルスは領地に帰ったりは……」


「今年は領地に戻るつもりはないっ!遅れた分取り戻さないとな!シキ暇だろ?俺に付き合えよ」


「いや、暇じゃねぇーーーっ!!自由研究やってねぇんだよ!!」


 その言葉にギルスは、魔物図鑑を手掛けてみたらどうかと提案をしてくる。なんでも先日のギルド依頼にて野外活動をした際、魔物との戦闘および素材の活用方法を教えてもらったことから、俺にピッタリだと勧めてくる。

 しかし本屋や図書館に行けば魔物解体真書が発刊されているし、研究会には先人達の書物もあることから必要性はあるものかと疑問をぶつける。すると同年代の生徒が作るからこそ興味も惹かれるし、何より開拓する者(トレジャーハンター)を目指しているなら、どんな物を作り上げるか期待しかないと熱く語りかけてくる。

 そう言われて悪い気はしないし、来年には俺も二学年になるのだから後輩の為にも作成してみてもいいのかもしれない。そう思うと途端にヤル気が湧き上がり、まずは魔物解体真書がどのような物か目を通す必要がある。しかしこの時期の図書館は学生から一般人まで多くの者が利用し、今から行っても席に着くことは困難であろう。ならば研究室へ向かい先人の残した書物に目を通そうかと思った矢先、物凄い勢いで扉が叩かれた。


「ごめんくださいましーーっ!」


 ギルスは驚き一歩身を引くと、声に反応を示したピースケが扉を開ける。そこにはとてもとても美しいシャルロッテが腰に手を当て、嬉しそうにこちらを見ていた。ギルスはその顔を認識するや否や俺の横へと慌てて移動し、手を後ろに組むと姿勢を正す。


「わぁーっ!やっぱりシャルだぁー、久しぶりーっ!」


「ミー様、御機嫌よう!シキもご無沙汰ですわね。えっとそちらの殿方は……」


「はっ!ギルス・ハルバードと申しますッ!……おい、シキ!何いつまでも座ってんだ!シャルロッテ様の前だぞ!!!」


「よろしいのですよ。シキとは幼馴染であり、私と対等に接していただける数少ない友人ですから」


 その口調はとても丁寧で、ギルスは感動の余りさらに背筋を伸ばす。しかし俺は見逃さない……淑女らしい装いの瞳の奥に、いたずら娘の好奇心に満ちた輝きを……。


「半年ぶりくらいか?……で、ただ挨拶に来たわけじゃないだろ……」


「さすがシキですわっ!私が通う聖エリーゼ女学院は入学と同時に外界との接触を一切断ち、数ヶ月修道に身をおくのですが……。とまぁ積もる話しは置いといて、単刀直入に言いますとそこで得た力を思う存分に発揮したいのです」


「……それって、俺に実験台になれってこと……か?」


「そうは言っておりません!単純にこの力を受け止められるのは、シキかクレアくらいなものと思っただけでしてよ?」


「同じじゃねーーかっ!!」


「捉え方によりますね。では出発しましょうか?」


 俺はてっきり中庭にでも行くのかと思っていたのだが、そんな優しい話ではなかった。なんでも聖エリーゼ女学院にも上位優等生に与えられる称号があるそうで、シャルはその第一席に身を置いているとのこと。そして友人が第二席におり、俺の話をした所ぜひとも手合わせを願いたいと申し出たそうだ。まぁ、ここまではいいよ……問題はこの後だ。

 それは今から5日間、王都から遠く離れた領地まで出向くという話であった。


「い、いかねーぞ俺……」


「なぜ?」


「なんで疑問形なんだよ……俺にだって予定があるんだよ!予定が!」


 しかしシャルの表情は変わることなく、この時点で足掻いても無駄だと理解をするも説明をする。そしてシャルはにこやかに微笑むと、揺らぐことなく話を進める。


「ふふ、でしたら尚のことさら好都合ですわ!第二席の避暑地には貴重な書庫もありましてね。湖畔に佇む静かな屋敷で自由研究を進めれば良いではありませんか」


「シキ、これはすごい誘いじゃないか!!俺の事は気にせず行ってこいよ!」


「何を仰ってますの?ギルス、貴方も一緒に来るのですよ??」


「え?」


「第二席は他のご友人にも声を掛けておりましたし、さすがにシキ1人では可愛そうですもの!」


 その誘いの言葉にギルスは喜びの声を上げ、直ちに身支度を整えますと即答をする。そして途中で家に寄って声をかけてくれと言うと、目を輝かせ部屋から出ていった。


「わぁーい!またアタシに友達が増えちゃうなぁ〜。楽しみだね、シキっ!」


「まぁ、向こうで自由研究できるならいいか……。じゃ俺もじいちゃんに一言言ってくるわ……」


「それなら大丈夫ですわっ!すでにピクルが話をつけているはずですから!」


 どおりでピクルさんの姿が見えない訳だ。もう初めから俺の意思などなく、この誘いは決定事項だった……。まぁ久しぶりにシャルに会えて嬉しい気持ちもあるし、何よりお喋りをしたくて堪らない表情でいるのだから支度がてら話に花を咲かせようか。


「本当はクレアもお誘いしたかったのですけどね……」


「あー、クレアの事は聞いてるのか?」


「えぇ、リトルガーデンが消滅し、その土地を蘇らせる為に魔法都市オルヴェールにいるのですよね」


「そうそう、調律日食で世界調律神が魔素溜まりを浄化したんだけどな。それでも大地のダメージがデカすぎて、自然回復するには何百年もかかるんだと……」


「アタシも手助けはしたんだよー!……でもアレはアタシの分野じゃなかったからなー」


 5日分の着替えを詰め込んだバッグの上にピースケは座ると、足をパタつかせながら思いふける。それからは各国で人さらいが多発しているなど、それに盗賊団クローバーが関与しているなど、巷で話題になっている話をシャルは休むことなくしゃべり続けた。

 しばらくすると馬車の用意が整ったとピクルさんが部屋を訪れ、まだまだ話し足りないシャルは頬を膨らます。

 そして玄関先へと足を運ぶと、じいちゃんと使用人の皆が俺を見送ろうと勢揃いしていた。


「ピクルから話は聞いたぞい!まぁ何事も経験じゃからな、楽しんでくるといい」


「……うん、まぁ無理矢理だったけど、せっかくだから楽しんでくるよ」


そう答えバッグを持ち直そうとすると、いち早く使用人のスフィアさんに奪われる。


「シキ様。この度は僭越ながら、私スフィア・パーティムがご同行させて頂きます」


 え?小旅行の気分でいたのだが、場の空気を改めて見るとそういう訳ではなさそうだ。そんな俺の心を察してか、メイド長アメリアさんが説明をしてくれる。


「シキ様。これから向かうは貴族イージス家の領地となります。一般人が友人宅へ遊びに行くのとは少々都合が違いまして、その付き人もまた主の品格に繋がるものなのです。先日スフィアは使用人の等級を会得しましたし、まだまだ至らぬ点はあるかと思いますが」


「いいんだよアメリア、今回スフィアを推薦したのは最善だと思うよ!その若さで等級を得て、何よりシャルロッテ様と同じ聖エリーゼ女学院を卒業しているんだ。お互い良い経験になるさね!……まぁ、こういった貴族の嗜みはオルフェスが話をしておくべきなんだけどね……。ささ、皆様方参りましょうか」


 少し意地悪にじいちゃんへ言葉を発すると、ピクルさんは扉を開ける。じいちゃんは苦笑いすると俺へと頷き、シャルに至っては完全にスフィアさんへと興味が移行していた。道中ギルスと合流すると、その隣には当然のように付き人がいる。やはりアメリアさんの言ったように、付き人が横に付くだけでギルスの品格が上がったように感じる。


「はは、なんかいい所の坊ちゃんに見えるわー」


「はぁ?なんだよそれ??」


 馬車に揺られ王都中央駅へ到着すると、専用の通行証にて待ち時間なく魔導列車へと乗車する。俺は切符は買わないんだなと庶民じみた感覚でいると、さらに驚かされることになる。通された先は高級な絨毯が伸び、左手には五つの客室が完備されている。まるで屋敷の中に居るようにも思えるが、右手の車窓からはしっかりとホームが見えているのだから不思議な感覚だ。


「シキ様はこちらの客室になります」


 そうスフィアさんに案内された部屋は、踏み入れることすら躊躇ってしまうほど豪華な内装であった。革張りのソファ席に彫刻されたテーブル、固定された棚には美しいグラスも並び冷温庫まで設置されている。さらに部屋全体に防壁刻印も組み込まれており、外部からの衝撃など皆無であろう。


「いや……これ凄すぎないか?俺、一般車両でいいんだけど……」


「こちらは王族、または上級貴族の方々のみに許された車両となります。シキ様は三勇士オルフェス様のお孫様でいらっしゃいますし、なんの問題もございませんよ。それにシャルロッテ様の御配慮でごさいますから、無下にすることなどできません」


「……お、落ち着かねーー」


「それでは失礼します」


「え、スフィアさんもこの部屋じゃないの?」


「と、とんでもございません!私は入口にて待機しておりますから、何かご用がございましたらお声かけください」


「待機って、これから何時間もつっ立ってるっこと!??」


 スフィアさんはニッコリと笑うと静かに退出していく。しかし遊びに来たシャルの手によって部屋へと押し戻されると、ソファ席へと腰掛けさせられる。


「ふふふ、私はスフィアとお話がしたいのです!」


「しかし私は一介のメイドでございます!皆様方と御一緒など恐れ多く……」


 シャルからしてみればスフィアは学院の先輩にあたり、主席で卒業したのだから興味がない訳ない。それを抜きにしても外に立たせておくほど俺は偉くもないのだから、このまま部屋で雑談でもして楽しんでくれればと思う。そう声をかけようとすると入口にピクルさんが現れ、隣にはギルスが緊張をした顔で硬直している。


「スフィア、あんたはそのままシャルロッテ様の御相手をしていな」


「ですが私は……」


「スフィアが相手してくれることによって、警備も楽になるってもんさ!ほら、ギルス様もどうぞお入りくださいな」


 明らかに主導権を握っているのはピクルさんだと良く分かった。それはもう聞き分けのない孫娘と接するように、そしてシャルもまた祖母と接するような空気が流れる。それは主人と使用人の垣根を越えた、二人の信頼関係が見て取れる発言である。

 スフィアはその言葉に了承をすると丁寧に挨拶をし、シャルの相手をすることとなった。

 ピクルさんは静かに扉を閉めると、列車はゆっくりと動き始める。そこからは変わり行く景色と同じ様にシャルの質問が始まり、俺達は西へ西へと心地良い揺れのなか話を弾ませるのであった。





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