73.3人寄れば。
6日目の朝、グツグツと煮える音と食欲をそそる匂いでギルスは目を覚ます。時計を見ると7時と表示されており、シキ達4人は朝食の準備をしている。串焼きの魚から油がしたたり、大きな葉の上には木の実や果物が並んでいる。それらが視界に入ると昨日までの体調が嘘のように腹が鳴る。
「あら、ギルス起きたのね。おはよう」
「おはようギルスくん!た、体調はどう?」
「あぁ、おは……よう。体調は……少し怠さがあるくらいで問題ない」
【おはよう】そんな当たり前の言葉を耳にし、挨拶を返したのはいつ以来だろう。それは魔法のように、いつもの朝が違う景色に見えてくる。胸の中は温かい気持ちに満たされ、ギルスはキュッと唇を噛み締める。
「おはよう。ギルス君、私の事覚えてるかな?私はアカリ・クリアヴェル。よろしくね」
そう挨拶をするとアカリはギルスの横に膝をつき、笑顔で朝食を受け渡す。サラダボウルに似た木製の容器の中にはお粥のような物が入っており、湯気が立つ温かな食事に唾が止まらない。
「ギルスの朝食はそれだけよっ!これは意地悪ではなく、いきなり固形食なんて食べたら胃に負担がかかるから」
その気遣いに感謝すると、ギルスは手を合わせ口にする。
程よい塩気に薄口のダシが舌に広がると、その手は止まらない。具材と呼べる物は見当たらないが、赤い実がいくつか入っている。それを噛み砕くと酸味が押し寄せ、より食欲を増進させた。
「う、美味い……。この島にこんな食材があったのか!?」
「それはシキが海まで貝を取りに行ったのよ。それから出汁をとって、携帯食をお湯でほぐして出来上がり。調理はアカリがやって、味見はポアロがやったわ!……私は何もしていない。すると怒られるもの」
その言葉に皆は笑い、リズは不服そうな顔をする。ギルスも笑みを浮かべるとゆっくりと立ち上がり、頭を下げ感謝を述べる。
「俺を……助けてくれた事、本当に感謝している。自分の事ばかりで見捨てられても仕方がないのに、お前らの優しさに反省するべき点はいっぱいだ。本当にありがとう」
模擬戦の時のような威圧的な態度はなく、心からの言葉に一同は笑顔で返す。ギルスは少し照れると、時計から課題が発表される。
【最終日までのご案内!】
最終日15時~16時までに、指定された場所まで移動してね。各自場所は違うから、しっかりと確認をしよう!
ただし注意点があるよ!9時から1時間毎にポイントが10減っていくよ。ポイントが0になったら失格になるから気をつけてね。ポイントを回復させるには、島に配置されている魔物を倒すと加算されるから積極的に倒そう!
昨年の棄権者は128名。失格者は61名。最後まで楽しめた人は11名だったよ!指定場所に早くたどり着いても時間外だと意味はないから、それを視野に入れて行動しよう!
現在の棄権者は102名!!去年よりは優秀だねっ!さぁ、ラストスパート、開始時刻は9時からだよ。最後まで楽しんでね。
相変わらず緊張感のない文面にも慣れ、各自が確認をすると情報を共有する。
「俺はここから北に35kmの海岸だな。残数は100ある」
「私もシキと同じ場所ね。残数は90……さっきギルスに携帯食を2個使ったから、それで減少してるっぽいわね」
「す、すまんっ!この期に及んでまた迷惑をかけてしまうとは……」
「ふふん!これくらいどうってことないわよ。全然気にしないでいいわ」
「ボクは東に12kmの海岸だよ。残数は55……携帯食全部食べちゃったからかな?アハハ……」
「私もポアロ君と同じ場所っ!携帯食と着陸時の精神緩和魔法を使用したから残数は50だよ」
「……俺もポアロ達と同じ場所で、残数は55だ。しかしポイントを稼ぐにしても、魔物なんて見かけなかったが……」
「配置されているって書いてあったな……。恐らくトラップタイプの術式で、擬似的な魔物を狩るんじゃないか?だとしたら魔力感知の波長を少し変えて、魔力察知を使用すればわかりやすいと思う」
迫る開始時刻に野営地の後片付けを始め、ギルスは借りていたマントを丁寧に叩くと一人一人にお礼を言う。その後軽く筋肉をほぐすと時計のアラームが鳴り、6日目の課題と一日が始まった。
「よっし!ここからは別行動だな、三人とも頑張れよ」
「先頭は私が行くわっ!!シキが先に行くと、ただ後ろに引っ付いてるだけになるからつまらないもの!」
「わ、わぁーったよ……」
「じゃ、みんなまたねっ!」
シキ達は挨拶をすると北へと密林を駆けていく。残された三人は力強く頷くと東へと歩み出すが、ギルスは二人を呼び止めた。
「ギルスくん、どうしたの?やっぱりまだ具合が……」
「あ、いや……そうじゃないんだ。その……」
ギルスは頭を掻きながら考えをまとめる。しかし考えても言葉はまとまらず、心の赴くまま声を出す。
「アカリ、昨日は回復魔法ありがとうな!俺は魔法が不得意だから、本当に助かったよ」
「ううん!私なんかで役に立てたのなら、よかったよ!」
「それから入試試験の時、誰もが緊張しているのに威圧的な態度ですまなかった……」
「覚えいたの?そんなの気にしていないよっ!私も周りに気を遣わなくてごめんね……。それにギルス君もお兄さんの事で思うところがあったと」
「え?」
「……あ」
アカリは目を泳がせ、身振り手振りが慌ただしい。ギルスはスっとポアロに視線を送ると、ポアロは目を逸らしバツが悪そうに笑っている。
「お、お前ら……昨日起きていたのかっ!!?」
「ギルスくん、ごめんっ!聞くつもりはなかったんだけど、動くに動けなくて……」
ギルスは顔を真っ赤にし言葉を詰まらせる。しかし二人の動きがぎこちなく、それがたまらなく可笑しくて笑い出す。
「ぶははっ!いいよ、気にしないでくれ。聞いていたんならそういう事だ!」
その言葉に二人は顔を合わせ、ほっとするといつもの笑顔になる。
「それからポアロ、俺は今まで酷い言葉を浴びせてしまった。小さい頃からずっと一緒で、友達だったのにだ……。兄貴の一言でこんなにも心が乱れ、自分という人間がこんなにも弱いとは思わなかった。……それにお前が虐められているのを、見て見ぬふりをしたんだ。謝っても許されることじゃない、俺は最低なクソ野郎だ……すまなかった」
ポアロは少し驚いた表情をするも笑顔で首を振ると、ギルスに歩み寄る。
「たしかに虐められていた時はすごく辛かったよ……。なんでボクがこんな目にって、ずっと思ってた……。でも同時に思ったんだよ!ボクはいつもギルスくんの後ろに隠れて、安全な場所で笑っていたんだ。それにボクはデブだっ!紛れもなくデブなんだから、そう言われても言い返せない!だから許す許さないとかそんな話しじゃなくて、これはお互い必要な時間だったんだって思うよ!」
ポアロの言葉に少し目頭が熱くなる。いつの間にか友人は成長し、辛かった事でさえ必要な時間だと言ってくれる。ギルスは空白の時間を埋めるように、親しみを込めて呼び掛ける。
「……少し見ない間に成長しやがって!俺だってこれから成長していくんだ。でも一人じゃダメだ……。ポー、支援はお前に任せた!アカリは何があってもいいように、俺とポーの間にいてくれ!俺は先陣を行く。……大丈夫だ!3人で残りの期間を乗り越えよう」
「う、うんっ!支援も索敵もボクに任せてよギルくん!!」
「私はギルス君の邪魔にならないように、いつでも攻撃魔法を使えるようにしておくね!」
ギルスの勇ましい一声に3人の心が一つになると、ポアロの肩をひと叩きし未開の地へと足を踏み入れる。ギルスにはカロリー・メイクが使用され魔力察知を共有すると、脳内マップに紫色に光る場所がいくつも表示されている。とりあえず近場の魔物を倒そうと歩を進めるのだが、生い茂る草木に邪魔をされ迂回することとなる。そして目的の場所まで10m、8mと辺りに気を配りながら距離を縮めていくと、5m付近にて前方の草むらが動き出す。明らかに生き物の動きに3人は身構えると、そこからモゾモゾと中型の芋虫、グリーンワームが二匹現れた。
ギルスは視界に入るや否や魔力強化を脚へと施すと、颯爽と駆け寄りナイフで仕留める。すると魔物は光の粒になりギルスの時計に誘われるように消え、残された紙は燃えるように形をなくした。
「今のが課題の魔物……。これなら苦戦しなくて済みそうだね」
「この調子で倒していけば問題ないかな?」
「いや、そんな簡単な話しではなさそうだ……」
ギルスは時計を見つめたまま動くことはなく、しばしの沈黙が訪れる。そして10時の表示がされるとギルスの残数は55から45と表記された。
「どうやら最大値以上の魔物を倒しても、ポイントは増えることはない。つまり必要以上に戦闘すれば、体力の消費に繋がるだけだな……」
「じゃあ、今の戦闘は無駄になっちゃったね……」
「いや、そんなことはない。これは大きな情報だ。ポー、悪いんだが魔力察知を共有したまま、可能な限り広範囲で使用してくれるか?お前に不可のかからない、一瞬だけでいい」
「うん!やってみるっ!!」
雫が波紋を広げるように静かに魔力察知が広がりを見せ、その範囲は半径200mを優に超えた。ギルスは配置ポイントの光り方に注目すると、ポアロとアカリに気を遣い次の場所へと移動をする。そして現れたゴブリン三体を難なく倒すと、ギルスはまた時計へと目をやり考えをまとめる。
「ギルス君すごいっ!わ、私は驚いて見ているだけしかできなかったよ……」
「うん!やっぱりギルくんはすごいよっ!……どうしたの??」
「いや、2人とも自分の残数はどうなってる?俺は残数54に増えている。今のゴブリンは一体3ポイントだった……」
ポアロ達は残数を確認するとポイントは増えておらず、ギルスはやはりと合点がいったように顎に手を当てる。
「思った通りパーティーを組んでもポイントは分散されない。恐らく倒した者にしか加算されない仕組みなんだろう。まぁ、これは大した問題じゃない。今後は俺がダメージを与えて、最後に2人が倒せばポイントの確保は出来る!……そこで提案なんだが、今日はこの辺り一帯でポイントを集めつつ一日を終えようと思う」
「え、でも少しでも指定場所に向かった方が良くない?」
「ああ、俺も最初は少しでも指定場所に近寄った方が良いと思った。だが近づくにつれて他の生徒達と遭遇する確率が上がり、ポイントの確保が難しくなると思うんだ。それに1番厄介なのは夜だ……」
その言葉に二人はハッとする。戦闘をしようが休憩をしようが、キッチリと1時間毎にポイントは10減算されていく。つまり睡眠時間がほとんどないのである。それを踏まえるとギルスの提案は最善の選択であった。
「ギルス君の言う通りだね。この辺りでポイント確保をしつつ、体力の温存もしないと……」
「うん!日の入りは19時位で、日の出は4時半位かな……。午前0時に残数が最大値なら、4時間は睡眠が取れるね。あ、アカリさんは照明魔法は使える?」
「使えるよ!だから夜間の戦闘でも十分戦えるっ!!それにしてもギルス君は視野が広いね!私なんか真っ先に指定場所に向かっちゃうよ……」
「はは、それは皆に助けられたからな……。昨日までの俺なら冷静な判断なんて出来やしなかったさ……。それに昨年の最終達成者が11名と、あまりにも少なかったのが印象的だった。情報は至る所にある、それに気付けば俺達は最後まで生き残れるさ!だから二人も気になった事があったら遠慮なく言ってくれ!」
その後3人は戦闘を繰り返し、休憩を挟みつつ様々な情報を得ていく。魔力察知の光り方によって出現する魔物の強さが変わり、加算ポイントも増減する。また出現場所から一定の距離離れると襲ってこないことから、どの地点に何が出現するのかを保険として記録する。3人は呼吸の合った連携に大した時間も掛からず、時間と残数を調整しながらこの日を無事終えることとなる。
一方、長距離の指定場所を課題に出されたシキ達は、島の中央付近を休息地として身を休めようとしていた。それはギルスと同じ考えで、指定場所付近の狩場争いを避ける為であった。
シキは開けた場所に野営の準備を始めようと、かまどを作り出す。しかし積み上げた石は大きな揺れとともに崩れ、リズへと視線を向ける。そこにはこの場所を守るように出現した魔物トロルが横たわり、リズが一息着いていた。
「50ポイントいただきっ!にしても、見た目の割には大したことなかったわね……」
大型の魔物にも臆することなく立ち向かい、シキは手を出すことなく安心して見守っていた。そしてまた石を組み直すと、つっかえていた物がストンと落ちる感覚を覚える。
それは入学して程なく行われた模擬戦。あれはあえて生徒同士にわだかまりを生ませ、この心身ともに疲弊した状態で和解させる為の行事だったのではないかと考える。
その答えが正解なのか学院の方針なのかはわからないが、現にこの島のあちこちで生徒達は助け合い、その絆をより強固なものへと昇格させている。それはシキだから出来る魔力感知拡大で島を網羅したからなのだが、シキはそれを口に出すことなく思いを留める。なぜなら目の前のリズも他の八騎星も出会いは最悪でも、心の底から仲間だと互いに言える関係になっているからだ。
シキはしっかりと組み上げたかまどに会心の出来だと頷くと、満面の笑みでリズに晩御飯は何がいいのか尋ねるのであった。




