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63.因縁の終着点。

 一体何が起こった?いつも通りの業務を終え、部下達と談笑していた所にコイツは現れた。

 話しがしたい?そんなふうに現れるやつは数多く居た。だからいつも通りの対応でいいカモになると思っていたんだ。

 だがコイツは部下達をなぎ払い、無力化する魔導具までも簡単に壊した……?更に私のタリスマンをシャボン玉でも割るように打ち砕き、自信のあった火球魔法(ファイア・ボール)すら涼しい顔で受けていやがった!

 直撃だぞ!直撃っっ!!!わ、私は一体何を目の前にしているんだ?いや、今はそんなことよりも寒いッ!!寒すぎる!!胸ぐらを掴まれて私はどこにいるんだ!?


 まるで火打石を打ち付けるようにガチガチと歯を鳴らし、身体は体温を上げるためにブルブルと震わしている。明らかに恐怖から来るものではなく、環境が変わったものなのだとゆっくりと目を開く。

 眩しい?錯覚なのかいつもより月が近く感じる。吐く息は白く、左右を見渡して見ても何も無い。未だどこに居るのか検討もつかず、スネッグはゆっくりと下方へ視線を向けるとここで恐怖が押し寄せて来る。


 胸ぐらを掴まれ宙に浮く自身の下には雲が流れ、さらにその下には王都の街明かりが星のように点々と灯っている。まるで逆さまにされているような感覚を覚えるが、すぐさまスネッグは状況を理解した。


 「――飛空……魔法」


 誰もが夢見るその魔法は、誰もが使える訳では無い。

 魔力操作はもちろんの事だが、並大抵の魔力量では自殺行為に等しく落下するのが関の山だ。それを可能にしているということは、コイツの魔力量は王宮魔術師……いや、それ以上を秘めているということが分かる。そう仮定すれば魔力無効の魔導具も、私の火球魔法(ファイア・ボール)もこのガキに通用する訳が……。


 ガ、ガキなのか?私が今目の前にしている者は……一体。


 氷点下にまで下がっているにも関わらず、スネッグはかくはずのない汗をかき背筋に冷たいものが走る。そして鋼鉄のように硬くなったシキの腕を掴むとようやく目を合わせ、自分は生と死の間に立たされていることを理解した。


 「……よぉ、落ち着いたか?じゃ早速なんだけどどちから選べ。俺と話しをするか、さっきの続きをするか……。いくらでもわめいてくれてもいいし、悲鳴を上げてくれてもいい。続きをするならいつでも手は離してやるよ!なぁに、お前の実力なら空気抵抗魔法を使用すれば無事着陸も出来るだろう?」


 その発言はハッタリでも脅しでもなく、純粋に好きな方を選ばせてくれると冷徹な優しさを向けられる。


 「は、話し合いましょう!!もちろんですともっ!!」


 酒で伸びきった脳みそは生きるという選択をする為、全ての言動に細心の注意を払うようフル回転する。

 今まで出会ったことのない強者にスネッグは傲慢と偽りの仮面を外し、ひとりの人間としてシキに向き合った。


 「賢明な判断だな……。まずは質問から入ろう。1つ目、なぜお前らは商会を辞めたアニーにしつこく付きまとう?もう十年も前に辞めているんだろ?しかも商会の邪魔をすることないよう、日々健全に生活をしているだけだと思うが?」


 「ア、アニー……さん?」


 まさか俺の口からその名が出るとは思いもしなかったのか一瞬驚きの表情を見せる、そして大切なおもちゃ箱でも開けるかのように口を開いた。


 「アニーさんは……私の上司だったんだ……。当時あの人に憧れる人間は数多くいた……。発言も行動も全て有言実行であの人の為なら自分は頑張れると思えたし、あの人の一言でどんな逆境でも乗り越えられると思えた……。それなのに急に商会を辞めると言い出して、私たちの前から去って行ったんだ。さ、最初は引き戻す為に足を運んださ!しかし会う度に丸くなって、牙を抜かれた猫のようなあの人を見る度に私は悲観した……。それでも戻ってきて欲しかったが、あの人は兄貴が兄貴がと説法を説くように喋っていたよ……。その頃からか……尊敬は嫌悪に変わり、憎しみを抱くようになったのは……」


 「……なるほどな。でもそれだけの理由でここまで粘着はしないだろ?確信たる部分はそこじゃない。2つ目の質問だ、アニーから何の情報を引き出そうとした?」


 そんな事まで知っているのかと言葉を詰まらせるが、この状況で嘘をつく理由もないとスネッグは語り続ける。


 「あの人が商会を去ってから金融の負債が目立つようになった……。だから私はあの人がやっていたように威圧し脅し、相手の弱みにつけ込んで業績を回復させようとした。しかしそれでも悪くなる一方だった。だから私はあの人に聞きに行った!どうすれば貴方のように業績を保ち、さらには売上も取れるのかをっ!!そうしたらなんて言ったと思う?……借り手の事を考え親身になって接し、挙句の果てには借金返済の手助けをしてやるんだとさっ!!とんだお笑い話しだろ!!誰がそんな話しを信じる、だから本当の話しを聞き出そうと色々仕掛けた。それでもあの人は頑なに真実を話そうとしてくれなかったよ……」

 

 ガックリと項垂れ、生にしがみつくその手は俺の腕を離す。全てを失ってしまったんだとスネッグは無気力に口を閉ざした。

 アニーの言うケジメとは、当時の身の振る舞いが今のスネッグ達を生み出してしまった事なのだろう。そしてスネッグは今のアニーを受け入れず過去のアニーを追い求め、地位と金に執着した結果がこの状況を作り上げた訳か……。

 いつの間にか俺は冷酷な目ではなく、アニーと接するような感覚でスネッグを見ていた。


 「なぁ、アイツは馬鹿だろ?」


 「……え?」


 「今回の件でよく分かった。アニーは今も昔も何にも変わっちゃいない。不器用で自分の事より周りの人間の事を考え、全部自分で背負い込む馬鹿野郎だ。だからこそ当時世話になった人達が、今でも施設に訪れて感謝しているんだってよ!スネッグ……お前は尊敬していたアニーと今のアニーが別人だと思うか?アニーの言葉は信じられなかったのか?」


 その言葉にスネッグは震える。幾度となく窮地を救われ、その度に熱い言葉をかけてもらった。他にも思い当たる節が次々と脳裏を駆け巡る。さらにこの状況が信憑性を増していた。ただ報復に来たのであれば有無も言わさず圧倒的な力でねじ伏せられていたであろう。しかし話し合いを設けられ、今目の前で発せられた言葉はすんなりと心に染み渡った。


 「じゃ……じゃあ、本当にあの人が言っていたことは……。だとしたら私はアニーさんになんて酷いことを……。馬鹿なのは私の方だ」


 「まぁ、アイツもしっかり言わなかった所に非があるけど、バカ一直線だから仕方ない……。当時どういった心境だったかは、アニーの口から聞くといい」


 「私を……生かしてくれるのか!?部下達のように殺しはしないのかっ!??」


 「っっはぁああ??!お、お前は俺がアイツらを殺したと思っているのか!??」


 冗談じゃない!なんで俺が人を殺めなければならない?!そんな大罪を犯したら俺の人生はつまらないものになるし、何よりそれを悲しむ者達が大勢いるんだ。間違ってもそんな事をする訳が無い。


 「まぁ少しばかり痛い思いはしてもらったが……。気絶と同時に痛覚麻痺と睡眠魔法かけといたから誰も死んでないぞ?」


 心身ともに極限状態にまで落ちたスネッグはその言葉を聞くと安堵の息をもらす。コイツにだって部下を思いやる気持ちはあるんじゃないかと思うと、俺はほんの少し笑みを浮かべ元いたテラスへと降り立つ。地上に足を着けたスネッグは、生を噛み締めるようにその場に(うずくま)り震える。

 その間に倒してしまった者達に回復魔法をかけ、全員が五体満足でテラスへと集結した。


 「ね、ねぇ。俺の鼻付いてるよね??ちゃんとあるよね??」


 「うるさいぞミザイ!しっかり付いてるから安心しろ!それより静かにしててくれ、頼むから!!」


 なぜか部下達は正座し安否確認をしている。そしてスネッグが片膝を着き、俺へと頭を下げると皆も続けて頭を下げる。


 「シキさん、この度は寛大なお心……誠に感謝致します!!」


 「そんな堅苦しい挨拶はいいよ。俺の用は済んだし、これからも仕事を頑張ってくれれば。ただまぁ……今後、俺の家族や友人それに関係する全ての人に迷惑がかかったなら容赦はしない。降りかかる火の粉はもちろん、火の元を完全に消すからな」


 「き、肝に銘じておきます……」


 冗談で言ったつもりだが、決して冗談では済まないとスネッグ達は顔がひきつっていた。


 「あ、あの……なぜ貴方のようなお方がアニーさんを気にかけて下さったのですか……?」


 「決まってんだろ、俺はアニーの兄貴分だ。慕ってくれる弟分を気にかけてやるのは当たり前だ」


 「貴方がアニーさんの言っていた……」


 いつしか俺は自信を持ってそう答えられるようになっていた。それを聞いたスネッグは目を見開き、全て納得して反省するように過去を振り返る。これで少しは良くなるだろうと思いつつ、俺は簡単に挨拶をすると施設へ向けて飛び去る。


 翌朝。今までの疲労をまとめて休息していたアニーが飛び起きる。リザレクションを使用したとはいえ、爆睡するアニーをなんだかんだ心配してベッド横の椅子で一晩を明かした。


 「よぉ、起きたか……。あー、尻が痛い」


 「あ、兄貴……俺は……」


 座ったまま固まってしまっている身体をグッと伸ばし眠い目をこする。やはり人間は横になって寝るべきだ……。魔王時代にずっと座っていた苦痛を思い出したぞ。


 「昨日は散々だったな。でもお前の言う通り一日寝たら完全回復してるな」


 そんな馬鹿なとアニーは体を捻らせ顔に手を当てる。身体にあった古傷は綺麗サッパリなくなり、それ以上に今まで具合の悪かった部位も改善されている事に驚きを隠せないでいた。


 「き、傷が……。これは……兄貴が……?」


 そう言うとアニーは何かを思い出したように、慌てて壁に掛けてあった鏡を覗き込む。腫れ上がった目も曲がった鼻も、欠けた歯も全てが元通りで問題ない。ただ一つ、こめかみの傷だけはしっかりと残っていた。


 「あー、どういう訳かそれだけは治せなかった。それと強面顔面は俺でも治せないからな??」


 「……よかった。この傷は兄貴に初めて会った時、ブルってた自分に喝を入れた思い出の傷なんスよ!酒瓶でカチ割ったんスけど、これは大事な傷……絆なんす!!」


 おい、今とってつけたかのように締め括ってなかったか?まぁ、こんなに嬉しそうに言われたら俺は何も言わないでおこう……。しばしホッコリした時間が流れる中、大慌てでリリィさんが部屋へと入って来る。


 「あ、アニーさんは起きてらっしゃいますかっ!??」


 緊急事態だと伺える表情ではあるが、それとは別に困惑の態度である。


 「おぉ!リリィ、今日も元気だな!!……どうした?」


 「あの……ドルトニア商会の方々か見えているのですが……その……様子が――」


 「またアイツらが来たのか……すぐに行く!」


 歯切れの悪いリリィをすり抜け、アニーは急いで玄関へと走る。最悪の事態も考えていたが、それは良い意味で裏切られた。玄関先にはスネッグを筆頭に部下達が綺麗に整列をし、敵意などなく申し訳なさそうにアニーを見ていた。


 「あ……え?」


 「アニーさん、今までの嫌がらせに迷惑行為……本当に申し訳ありませんでした!!」


 ザッと一同が頭を下げアニーの言葉を待つ。昨日の今日で一体何が起こったのか理解できなかったが、ハッ!と後ろを振り向き階段下で隠れている俺へと目を向ける。そして惚けていた口が笑みに変わると、アニーは前を向き言葉をかける。


 「迷惑をかけていたのは俺の方だ。どんな言葉より俺の行動一つがお前を変えてしまったんだ……。だからスマンっ!!自分のやりたいことを優先して、話しをしっかりしなかった俺に非がある」


 「そ、そんなことはありません!……アニーさんの言葉に耳を向けなかった私に非があるのです。今までの非礼を許して貰おうだなんて思ってもいません……だからこれからは新しい商会のやり方で困っている人々に手を差し伸べていきます。それを謝罪として受け取っていただけませんか!!?」


 「ははっ!スネッグ……わかってるじゃねぇか!ただな、間違いがあるぞ?許すも何も、俺は今までの事なぁーんにも怒ってなんかいねぇ!商会は辞めたが、今でもお前は可愛い弟分だ。だからこれからは、今の仲間達と新しい商会に力を注いでいってくれ!しっかり見てるからよッ!!」


 「あ、兄貴……あり、ありがとう……ございまふ」


 熱い男の言葉にスネッグはボロボロと涙を零し、それを見ていた部下達も鼻をすする。そして涙ぐみ鼻を真っ赤にしたミザイが前へ出ると大量の金貨が入った袋を差し出してくる。


 「こ、これはアニーさんから巻き上げていたお金に慰謝料分です!本当に申し訳ありませんでしたッ!!」


 商会を後ろ盾に好き勝手やり、誰に注意される訳でも怒られる訳もなかった。しかし本当の恐怖と痛みを知り初めて相手の気持ちを理解し、その額の重みと自身が行ってきた素行に腕を震わせる。アニーは金貨袋を受け取ると、確かに受け取った!と言いそのままミザイに受け渡す。


 「これは俺からの支援金だ。何かと物入りにもなってくるし、俺の意志を継いでくれるならあって困ることはないだろ?」


 損得勘定など考えてもいない。その心からの発言にミザイは感極まってアニーに申し出る。


 「アニーさんっ!!どうかオレをぶん殴ってください!!オレは貴方に詫びても詫びきれねぇっ!だからケジメとしてお願いします!」


 威勢よく言い切るが身体は震え硬直する。自分はやり返されても仕方のないことをしてきた、だからこその覚悟であったが恐怖は去ることはない。そんなミザイを前に、アニーは両肩をガシッと掴むと満面の笑みを向ける。


 「お前たち兄貴に叱られたんだろ!?だったらそれで終いだ。反省して前を向いて歩こうとしてる奴に、過去の出来事で殴るなんてことはできねぇって!な?だから俺と一緒に成長していこう」


 「は、はいっ!!!」


 気持ちのいい返事と共に緊迫していた空気は消える。アニーはスネッグに今後の方針をアドバイスし、こっそりと見守っていた老人達は商会の男達に寄り添う。しわくちゃの手は優しく、男達は頭を下げながら目が滲む。


 その後長い時間をかけドルトニア商会南支部の評判は王都を駆け巡り、また別支部も方針を取り入れ揺るぎない立派な組織へと成長を遂げる。その過程は困難極まりないものであったが、紡いだその手はしっかりと離さすことはなかった。




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