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61.清算できぬ心。

 心地よく揺れる馬車から降りると、リズとミントは大きく背伸びをする。魔獣との戦闘で普段使わない筋肉や緊張が程よい疲労感を招いていた。フゥっと一息つくとミントは不思議そうにリズを見上げている。


 「あ、あのセレイアさんはここじゃなくて、もう少し先の停留所じゃ……?」


 その一言に笑みを向けるのだが、すぐさま申し訳なさそうにミントへと言葉を返す。


 「私はミントに謝らないといけないわ……」


 一体何を謝るというのか見当もつかず、ミントは困惑した表情でリズを見つめる。


 「貴女を研究会に誘った時、いきなりの誘いに困惑や不安があったと思うの……。家族を支えなきゃいけないのに、仕事を辞めて一緒に活動していこうだなんて当然のことよね。そして私は貴女のお父様を引け会いにだし、揺らぐ気持ちを無理矢理固めてしまった。貴女の生活を変えてあげたいという気持ちを理由に、大切な人を出すなんて失礼にも程があるわ……。本当にごめんなさい」


 頭を下げるリズに行き交う人の視線が刺さる。それでもリズは恥ずかしいという気持ちもなく、頭を上げることはなかった。ミントは小さな胸に手を当て今日の出来事を思い返す。

 防壁をくぐり抜け広がる光景。どこまでも青い空に、風が遊ぶように草木を駆け抜けていく。

 そして魔獣との遭遇。自分の素早さに自信はあったが、いざ対面すると高鳴る鼓動に身体が硬直する。その一つ一つの出来事に、ミントは想いを抱く。


 お父さんも同じ光景を見たのかな?

 お父さんも魔獣と遭遇して怖かったのかな?

 お父さんも仲間の存在に助けられたのかな?


 お父さん……あたしね、ここまで来たよ?



 倒したホワイト・バァンに様々な感情が沸き起こり震える。その時優しい風がミントを包容し声が聞こえた気がした。


«ミント、帰ってあげれなくてごめんね。それと愛する家族を支えてくれてありがとう»


 大地の呼び掛けがそう聴こえた。ミントは一人涙し前へと進む。それは全てが現実で数時間前の話しである。そして今なお胸の中を温かくするものが、ミントを穏やかな表情にさせてくれる。


 「あの一言があったから決断することができたし、前に進むことができたの……。だからセレイアさん、ありがとう!あたしお父さんに会えた気がしたよ!?だから謝らないで!その……えっと、あたし達仲間でしょっ!??」


 ずっと一人で頑張って来たものだと思い込んでいた。でも本当は周りの人達が支えていてくれた。そして数日前に出会った人達は手を差し伸べ、今ここにいる。感謝の気持ちがスっと仲間という言葉を口にしていた。


 「仲間……そう、かけがえのない仲間よ!そう想ってくれているのなら私も嬉しいなっ。……でも、セレイアさんはやめてっ!仲間なんだから気軽に呼び捨てにしてよ」


 頬を赤くし嬉し恥ずかしそうにリズは目を背けると、子供のように口をとがらせ拗ねてみせる。冷徹な女性だと話しを聞いていたミントはその仕草に微笑んでしまう。


 「うん!これからもよろしくね、リズっ!……ちゃん」


 いつの間にか日は暮れ、暗闇を追い払うように街灯が灯る。二人はこれから先の事を話しながら歩み始めると、思い出したかのようにリズが口にする。


 「ところで兄貴ってなんだろう……」


 「あー、それはね……」


 話しは弾み、疲労など忘れてしまうくらいに二人は親睦を深めていく。今日という日が終わらなければいいのにと思いつつ、明日はどんな一日になるのだろうと期待は膨らんでいく。

 こうして研究会初の野外活動は幕を閉じたのであった。


 賑わう大通りとは一変し住民街ゴミ捨て広場。役割を終えた物たちが、ただ静かに処分されるのを待つ。照明が一つ設置されてはいるが、老朽化からチカチカと点いては消えてを繰り返している。それも相まってより一層の淋しさと、夜間に人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。


 「よぉ……清算はできたのか?」


 俺は異臭を放つ木箱に向かって問いかける。木製の大きなゴミ箱は打ち破られ、そこから飛散した生ゴミと人間の足が見える。上半身は暗闇が溶け合い目視では確認できない。しかし俺には手に取るように分かる。容赦のない暴行に顔面は腫れ上がり、鼻は曲がり白い歯は見る影もない。骨は打ち砕かれ臓器は悲鳴を上げ、筋肉は動くことを拒んでいる。

 そしてゴミ箱の奥からは苦しそうな息遣いが聞こえ、俺の問いかけに必死に答えた。


 「ふぁにき……しゅ、しゅいましぇん……ふぁりがとぅ……ごじゃいましゅ……」


 ありがとうございます。その一言は男のケジメに手を出さないでくれてありがとうと意味だ。

 あんな三人組などアニーからして見れば大した存在でもないだろうに、一体何がそう駆り立てているのかは分からない。ただひとつ言えることは、こんな状態になっても曲げることの無い信念を持っているということだ。


 「だ、だい……ひょうぶ……れふ……。ふぃとばんねむれば……あひたにふぁ……」


 あ?一晩休めば明日には元気になってると言いたいのか……。何もしなければ後遺症が残る度合いだと言うのに、パンパンの顔で笑って眠りやがった……。


 「……ほんっとお前は変わったんだな。いや、変わらぬものを持ち続けてたのか?」


 ゴミ捨て場に金色の光が溢れ、みすぼらしがったゴミ達が煌々と照らされる。痛々しかったアニーは俺のリザレクションにより完治するが、余程疲れが溜まっているのか今なお眠る。起こさぬようにゆっくり背負ってやると、ピースケが一息吹き掛け汚れと臭いを除去した。


 「……俺はアニーを家まで送る。シルフはあの三人組の跡をつけてくれ」


 「うん!バレないようにするっ!!」


 力強く頷くと天高く舞い上がり、流れ星のように街中に消えていく。俺はそれを見届けると来た道を引き返し、本来入るべきだった施設へと足を踏み入れる。手入れの行き届いた庭にベンチが並び、玄関まで伸びる道は凹凸のない滑らかな石畳であった。

 ランプが入口を照らし、赤茶色の扉をノックするとしばらくして扉が開く。


 「まぁ、兄貴さん!!お待ちしていましたっ。あら……アニーさんは大分お疲れのようですね!どうぞこちらに」


 温かく迎えてくれたのはリリィさんであった。今日という日を楽しみにして、3日前から採取場所の下見をしていたから仕方ないと言うとアニーの部屋まで案内してくれる。もちろん施設の仕事に他の依頼もあり、アニーはほぼ無休で動き回っていたそうだ。


 「え?ここがアニーの部屋??」


 通されたのは階段下の物置部屋であった。簡易ベッドに小さな椅子と机、お世辞にも広いとは言えないが寝るだけなら十分な秘密基地のように見える。


 「あ、あの……結構大きな施設だと思うんですけど。ここ……ですか?」


 「そうなんですよ……。アニーさんったら、俺が使う部屋があるならこの施設を利用したい方を優先しろって言って聞かないんですよ?本当に頭が上がりません」


 そう申し訳なさそうに、そして信頼しきっている表情で答えるとアニーをベッドへと横にさせる。


 「あの、リリィさんはアニーのこと怖くなかったんですか?」


 唐突に俺は質問をぶつけるが、優しい顔で何度も聞かれたであろう問いに答える。


 「最初はめちゃくちゃ怖かったです!当時はドルトニア商会の嫌がらせだと思って警戒していたんですけどね」


 そりゃそう思うのが当然だろう。こんな厳つい顔した野郎が老人達の世話をしたいと来たら誰でも不審に思う。しかしアニーはこの施設の為に、朝から晩まで働き続けたのだという。その行動にいち早く心を開いたのは他でもない、入居している老人たちであった。場所を選ばず怒号にも似た大声は耳の遠くなった老人たちには好評だったらしく、乱暴な言葉の中の優しさが可愛らしく思えるとの事であった。そして施設内の至らぬ点をギルド依頼の報酬でまかない、自身の為にお金を使うことなどほとんどないのだという。そんな一つ一つの積み重ねを日々見てきたリリィさんも、すぐに信頼できる人物なのだと心を通わせた。


 「……なんでアニーはそんなに頑張れるんですかね。今までの悪行の償いなんでしょうか?」


 嫌味にも似た質問ではあったが、リリィは首を横に振る。そして依然優しい表情で寝息を立てるアニーを見つめると、本人には言わないでくださいね!と釘を刺してくる。


 アニーがこの施設に身を置いて数ヶ月後、若い夫婦が訪れる。

 夫婦を冷たく追い返すが、数週間後には別の老夫婦が現れ同じような光景を目にする。その後も定期的に人は訪れるがアニーの態度は変わらず、終いには絶対黙ってろよッ!と声を上げてた。しかしそんな言葉を浴びせられているにも関わらず、訪れた人々は頭を下げ感謝して帰っていくのであった。

 不思議に思ったリリィは訪れた男性に声をかけ、老若男女が訪ねる理由を聞くこととなる。

 

 その理由は外見から想像もつかない内容であった。

 ドルトニア商会の下請けの者、新しく事業を経ちあげる者など様々であったが、皆首が回らないほどの借金を背負わされた者達であった。そんな負債を負った者達を見捨てることなく、その者達に見合った仕事を紹介し借金返済の手助けをしていたのだと言う。しかしアニーが救える者などほんのひと握りであり、自信が担当する者以外は本当に命を絶つ者も居たということだ。そんな悲しい現実を知るとアニーは一つの行動に出る。自分の手が届かないのなら、ドルトニア商会に手を出さないようにすればいい。

 幸いにも近寄り難い顔に体格の良さから、肩で風を切るような立ち振る舞いをする。住民はその風貌に恐れ、借金まみれになった者が姿を消したと噂話が一人歩きしていった。

 しかし実際はお人好しで困った人を放っておけない性分で、ただただ不器用な男の優しさから全ては始まっていたのだ。そしてリリィはこれからはもっと自分を大切にしてもいいんじゃないですか?と問う。しかしアニーの答えは今なお変わることはないのだという。


 «たとえどんな理由があろうとも、俺が威張り散らしていたことは変わらない。善意でやっていようが脅された相手は本当に怖い思いをしていたと思うんだ……。償い清算するなんて被害者からしてみればそんな都合のいい話はない。だから言い訳などせずに俺は一生懸命頑張るよ!»


 そうリリィさんは語り終えると頬を赤くし、静かにアニーを見つめていた。

 あ……え?何、まさかアニーに惚れているのか?明らかに電球に照らされた表情ではない。……まったく、こんなに身近に良い人がいるのだから、とっとと幸せになれば良いものを……。

 そんな事を考えていると入口から老人たちがひょっこりと顔を覗かせている。どうやらアニーがここまで気持ち良さそうに寝ていることが珍しく、逆に心配して伺いに来たようだ。


 「おぉ!オヌシはあのときの……」


 「天の使いじゃ~~~」


 「なぁにを言っておる!アニー坊やの兄貴さんじゃい!」


 「こんなにぐっすり眠っておるとは、ずいぶん楽しかったんじゃろうなぁ~。ワシはてっきりドルトニアの三下に嫌がらせを受けたのかと思ったわい」


「ふん!ワシの杖さばきに腰を抜かして、ここには近寄れんじゃろう!アニーをいじめる奴はワシが許さんモン」


 その一言にさらに話しを聞くと、ドルトニア商会からの嫌がらせは数年前から受けていたようだ。そしてアニーに絡んでくる三下に頭にきた老人が杖で撃退したのだという。

老人は自慢げに杖さばきを披露してくれたが、老体からその動きは子供でも避けられるものであった。


 なるほどな……。お爺さん達はアニーを守ったと思っているようだが、実際は違う。大した怪我もしていないのに、それを理由にアイツらはふっかけてきている。しかも施設の皆を心配させないよう、アニーは水面下で食い止めている訳だ……。

 しかし分からないことがある。なぜ商会を辞めた人間をここまで粘着する必要があるのだろう?こればかりは憶測で話しを進めるより、直接本人に聞くとしよう。

 とここでタイミングよくシルフから思念伝達が入る。


 «シキ〜、アイツら大きな御屋敷に入っていったよー!でっかい倉庫もあって、中には結構な人数がいるよ!……どうする?»


 «あー、今からそっち向かうからお前はそこで待機していてくれ»


 «あーい!»


 アニー、お前は本当に大バカ野郎だ……。全部一人で背負い込んで、何事もなかったかのように平然と振る舞いやがって。お前の事をこんなにも心配してくれる人達がいるんだぞ?

 まぁ今はゆっくり休め。目が覚めたらまた馬鹿なりに、一直線で人生を謳歌しろ。ただお前のケジメは見させて貰ったし、精算は俺がしてやる……。

 だって俺はお前の兄貴だからなッ!!


 「兄貴さん、どこかに行くんですか??」


 「あ、すいません。せっかく食事を用意してくれたと思うんですけど、アニーがこんな状態ですし……。それにあの時一緒にいたクレアなんですけど、呼ばないとすげえ怒るんですよ。なので明日みんなで盛大にやりましょう!後で食材を持ってこさせますから」


 にこやかに答えるとリリィさんも笑顔で返してくれる。老人たちは勇者様に会えると大はしゃぎし、俺は静かに施設を後にした。

 外に出ると施設からは優しい灯りがこぼれている。そして優しい光を射す月に顔を向けると、空気を裂くように上空へと一気に飛翔する。その場所は上下に光り輝く宇宙の中心のようにも思えた。

 頭上には満点の星が輝き、足元を見れば王都に住む人達の灯りが散らばっている。しかし純粋無垢に瞬く星と違い、王都の灯りの中には苦しむ者もいるのだろう。それは似ていて全くの別物……。

 残念だが俺にはどの灯りが悲しいのか判別はつかない。しかしその元凶であろう屋敷は見つけることができた。キュッと締め付けられる想いを合図に、俺はシルフの待つ南西へと高速で飛び立った。



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