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60.蒔いた種が未来を閉ざす。

 その兎の滑らかな白い体毛は、触らずとも肌触りが良いのだと感じ取れる。長い耳と鼻をヒクヒクと動かし、小さな尻尾がなんとも愛らしい。抱き抱えたらきっと柔らかくて癒されるのだろう。

 しかしその兎は可愛いとは言い難い。邪悪に光る紅蓮の瞳に、額から突き出ている角が見るものを一歩引かせる。

 俺達の前に現れたのは、【魔獣】突撃白兎(ホワイト・バァン)であった。

 草食でありながら好戦的で、自身の数十倍大きい相手であろうと容赦なく襲いかかってくる。それは強靭な脚力で大地を蹴り上げ、標的目掛けて一身に突撃してくるのだ。しかし本当に注意すべきは突き刺さった角を引き抜く際、標的の身体を蹴り上げ脱兎するその行動が致命傷となることだ。その威力は、骨を砕き内蔵を潰すだろう。

 とは言え所詮は下位の魔獣だ。生命力は高くなく、何よりスタミナも魔力も低い。せいぜい強靭な脚力が使えるのは数回程度。相手との距離を保ち遠距離で攻撃をするか、突撃を回避し疲弊した所を仕留めればいい。

 リズとミントにはコイツらで自信を付けてもらうとしよう。


 「兄貴、どうやらここの群生地はコイツらの縄張りだったようっすね。すいません、もっと下調べをするべきでした。……でも安心してください!この俺が皆さんを――」


 「いや!アニーは手を出さないでいい。この初陣で二人には経験を積んでもらいたい。つぅわけで二人とも張り切っていけよ!?サポートは俺がしてやるから」


 二人は頷き静かに立ち上がると、すぐさま臨戦態勢をとる。そしてリズは立ち上がりながら魔力操作を行い、数発の氷弾を威嚇として放つ。しかし野生の勘からホワイト・バァンは難なく避けると体勢を立て直し、数匹がリズ目掛けて高速の一突きを繰り出す。


 「だと思った……」


 そう微笑をもらすと同時にホワイト・バァンはリズの目前で宙に浮く。そこには硝子のように透明度の高い氷壁が構築されており、自慢の角はしっかりと見えない壁に突き刺さっていた。そしてそこから脱兎しようと氷壁を勢いよく蹴り上げるも、リズの魔力操作がいち早く足場を空洞にする。これにより空振りとなり為す術なく凍結させられた。


 「やるじゃないかリズ!」


 「魔物図鑑を何回も読んだもの!これくらい当然よ。……でもこうして魔力操作を難なく使えるのはシキのおかげよ!」


 そう元気よく答えると俺に向けグッドポーズをとり、再びホワイト・バァンに挑み始める。

 ミントに目を向けると互いの距離を測るように膠着している。構えた2本のナイフを逆手に持ち、相手の動きを観察していた。そしてミントを敵だと判断した一匹が大地を蹴り上げる。これに対しミントも魔力強化を施し立ち向かうのだが、それは異様な光景であった。

 下から上へと斜めに飛びかかってくる敵に対し、ミントの姿勢は地面スレスレを平行して突き進む。滑るように敵の真下に差し掛かると腹部に一太刀を入れ、標的は地面へと落ち絶命した。

 たった一太刀ではあったが、ミントは少し息が上がっている。初めての戦闘に様々な感情と興奮がそうさせているのだろう。ゆっくりと呼吸を整え顔を拭うと、振り返ることなくまた次の獲物へと向かっていった。


 「はは、なんだよ二人とも……俺のサポートなんかいらないくらいにしっかりしてるじゃないか!」


 「あとは自分の力量を判断しつつ、引き際を覚えていけば問題なさそうッスね!にしてもミントのやつ……こんなにも成長していたんだな。あ!兄貴、会長さんはどうします?」


 あ……1番気にかけなければいけない存在を忘れていた。自分で二学年ドンケツだと自信を持って言っていたが、さすがに兎相手に極度の緊張はしていないだろう。


 「いや待て、なんだあの動きは!!?」


 ミネラ先輩へと視線を向けるととんでもない動きをしている。

 プルプルと……いや違う!ガクガクと……そうじゃない。この場合適切な表現をするのだとしたら、それはダダダダダッッ!!!が正解だろう。頭のてっぺんからつま先まで、超振動を受けているかの様な状態で震えている。ホワイト・バァンに至っては初めて見るであろうその動きに警戒レベルを引き上げていた。そして困惑と恐怖が頂点に達した一匹が先輩へと襲いかかる。

 このままでは一突きは免れない。俺は思考を巡らせ何が最善なのかを検討する。


 防御結界を張ることは容易い。しかしそれでは先輩の成長には繋がらない。守られるのが当然だという認識ではなく、やれば出来るという認識に変えてやりたい。だからこそこの窮地を自身の糧になるよう導かなければ!


 俺は【思考加速】を先輩にかけると、続けて【思念伝達】で指示を出す。


 «先輩は解体作業で様々な知識をもってるはずだ!だからこそ相手の動きや仕草がよく分かるでしょう?それに魔力操作だって大したものです。大丈夫!!今まで培ってきた全てを目の前の敵にぶつけて下さいっ!そいつは美味いご馳走です!!»


 突如ミネラの脳内にシキの声が響き渡る。本来なら串刺しにされていてもおかしくない。しかし【思考加速】のおかげで全てがクリアにされ、死という概念が遠ざかっていく。


 解体所で何度も捌いてきた獲物。鋭い角から背骨にかけて非常に硬い骨であることは知っている。そしてこの高速突きを可能にしているもも肉が美味いことも!

 どうすればいい?左右に避けたとしても、私に致命傷を与えることが出来るだろうか?攻めるにしても、すぐそこまで一直線に向かってきている。せめて……せめて止まっていてくれば。

 ……そうだ。よく考えてみればコイツらに軌道を変える術はない。ただ高速で相手を一突きすることだけしか出来ない。だったら私は……


 そうコンマ何秒の世界で思考を巡らせると、ホワイト・バァンと同じ速度で後方へとジャンプする。これによりミネラからしてみれば相手は全く動いていない状態を作り上げた。


 着地まで1秒あるかないか……。しかし加速する思考が積み上げてきた身体を動かすことになんの障害もなく、さらにその後のことを考える余裕すらあった。


 角は工芸品に、毛皮は防寒具に、お肉は美味しくいただく。そしてこの時この瞬間は私の経験として糧になる。本当にありがとう。

 ミネラは心から感謝をすると首元に一太刀、着地して動けないよう後ろ足の腱を斬る。そして戦闘があったことを知らせるように草は鮮血に塗れ、その上でホワイト・バァンは息絶えた。


 「……シキ君、ありがとう。貴方がサポートしてくれたから、私は自分の恐怖に打ち勝つことができたわ」


 先ほどまでの震えはなく、ただ静かに息絶えた獲物を見つめている。その視線は悲しいような、それでいて覚悟を決め成長を思わせる顔つきであった。

 その後も三人は自分に見合ったスタイルで戦闘をこなして行く。所々危なっかしい場面はあったものの、ほぼ無傷でその日を終える事ができた。俺は数十匹のホワイト・バァンをビー玉に封印し、先輩に渡すとさらに意気込みを見せる。


 「よぉーし、帰ってパパっと捌いちゃいますかぁ!」


 「え、今から学院に戻るんですか?」


 「もちろんよっ!封印されているとはいえ、鮮度が命だからね。菌の繁殖や素材が傷まないように適切な処理をしなくちゃ!それに……今この想いのまま取り組みたいの」


 「わかりました!じゃあ王都へと帰りましょうか」


 夕陽に染まる草原を俺達は歩み出す。

 さすがに疲労を隠せず口数は少ないものの、達成感のある表情は明るい。帰りの馬車では寝息をたて、俺とアニーは小声で会話をする。しばらく馬車に揺られ各々が最寄りの停車地で降りて行く。リズは眠そうなミントを起こし、先輩は電源を入れたように起きるとアニーに感謝をし学院に向け去っていった。


 そして俺はアニーに誘われ同じ所で下車する。以前幻惑キノコから助けた御礼と、老人達が会いたがっていると聞かされた。まだ帰るには早いし、何よりアニーが晩飯をご馳走してくれるとの事でピースケが目を輝かせていた。

 夕暮れ時に帰宅する者たちの声と、整備された歩道の足音が住民街に温かみを与えている。心落ち着く木製の家や煉瓦で作られた家々が立ち並ぶ中、一際大きな建物が目に入る。


 「あー、あそこっす!」


 「へぇ、しっかりした屋敷じゃないか!?」


 介護施設というから質素な建物だと思い込んでいたが、遠目からでも設備の行き届いた印象を受ける。アニーは自分が褒められたように笑うと鼻をこする。


 「そうだ兄貴。ミントの事なんすけど、本当にありがとうございます」


 「いやいや、俺は大した事はしてないぞ?」


 「そんな事ないっすよ!アイツ……親父さんが亡くなっちまってから、ずぅーっと家族を支えてきていたんす。それもいつ切れてもおかしくないくらいに気持ちを張り詰めて……。本当にミントは親父さんそっくりで、自分の事なんか後回しにするタイプなんすよ!だから親父さんが亡くなったって聞いた時も、涙一つ零さず今まで頑張ってきたんす!でも今日のアイツの顔見たら、すげぇ嬉しそうな顔してて……。それがたまらなく嬉しいんスよっ!!」


 「そっか!俺はアニーとミントが知り合いですげぇ良かったと思ってる。張り詰めた糸が切れなかったのも、アニーが気にかけていたからだろ?だからアニーには俺から感謝しとくよ!ありがとなっ!」


 その一言にアニーは救われたかのように涙ぐみ鼻をすする。俺は軽く笑うが、それを拒むようなねっとりとした嫌な視線を感じる。俺は前方へと目を向けると、そこにはガラの悪い男が三人こちらに向かってきている。行き交う人々はその者達を避け、傲慢な態度で俺達の前までやって来た。


 「アニーさんどうもー!最近えらく頑張ってるみたいじゃない?」


 痩せ型でうっすらと笑みを浮かべる男は下から覗き込むように顔を近づける。


 「て……てめぇら!」


 「てめぇらとは随分な言い方だな。いつの間にそんな偉くなったんだ?」


 グッと息を飲むとアニーはそれ以上口を開かない。自分の置かれている立場を認識すると、男達は嬉しそうに笑う。顔見知りではあるようだが、決して友好な関係ではないとすぐに理解出来る。一体何なんだコイツらはと見入っていると、体格のいい男と目が合う。


 「なぁに、いつものお話しだよ。つぅーか後ろのガキは何だ?邪魔だからとっとと失せろやッ!!」


 ドスの効いた声で俺へと威圧をかけてくる。それを庇うようにアニーは手を出すと俺へと向き直り、笑顔で両肩に手を乗せる。


 「すいません兄貴……。せっかくの食事会だったんスけど、ちょっと野暮用ができました。それによくよく考えてみたらお嬢抜きでってのも失礼な話しっすよね!」


 「いや、それはまぁそうかもしれないけど……大丈夫なのか?」


 明らかに悪意のある奴らにアニーの安否を気遣う。とても平穏な話しをするとは思えず、率直に聞いてみたが依然笑顔は絶えない。


 「いや……これは兄貴と出会う前の話しッス!自分でまいた種でケジメみたいなもんですから安心してください」


 そう優しく答えると、アニーは男達と暗い路地裏へと姿を消して行く。ピースケは一向に動かない俺にあたふたと心配そうに声をかけてくるが、もちろんこのまま帰るつもりなど毛頭ない。

 しかしアニーが言うケジメというものに、俺が水を差す事は正しいのか見極めなければならない。これは男の身勝手な心の問題だ……。 

 俺は見失うことないよう魔力感知(ライブラ・フィールド)を使用しこっそりと後をつける。一本路地を挟むと暗がりの道が続き、あっという間に雑音は無くなり男達の足音だけが響き渡る。月明かりが白と黒のコントラストが広がる世界を作り上げ、家から漏れる淡い光が現実だと告げ知らせる。そして無言のまま到着した場所は、住民用のごみ捨て広場であった。ゴミの分別が出来るよう木箱が設けられ、焼却炉の脇には木材やガラクタが重ねられていた。


 「そう言えば……どう?施設に嫌がらせはもう起きてないでしょ?ちゃ~んとオレ達が仕事してやったから安心していいよ」


 「……何言ってやがる。その嫌がらせだってお前らの差し金だろうが……」


 「おいおい、確証もないのにそんなこと言うもんじゃないよ?それよりほら、出すもん出して!?」


 奥歯を噛みしめ拳にも力が入るが決してアニーは暴力に出ることはなく、金の入った革袋を丸ごと手渡すと地面に頭を下げる。


 「どうかこれで勘弁してくれ!!慰謝料に治療費だってしっかり払っただろう!!」


 「はぁ?お前ねぇ……許すか許さないかはこっちが決めることであって、お前に決定権はねぇだろう?それにジモンの左足はオマエん所のジジイのせいで、大怪我してんだぞ!あ、右足だったか??なぁジモン!」


 そう呼ばれた2mを超える巨漢の男は喋ることなくフゴフゴと頷いた。そしてリーダー格の男はアニーを見下すと頭部に足を乗せ力を入れる。


 「つぅーーーか、マジでこんなオッサンが不死虎と呼ばれてた男かよっ!なんかオレが本気出したら余裕で勝てそうなんだけど?どう思う??」


 「ミザイくんなら余裕っしょ!?」


 「やっぱそう思う??あ、そだ!オッサン不死虎って呼ばれてたんだろ。じゃあオレの攻撃に耐えられるようなら今日は大人しく帰るわ」


 ヘラヘラと笑いながら右手に魔力を集めていくと、その一撃をアニーの溝落ちへぶちかます。


 「ほっほー!どうよオレの必殺パンチ!」


 勢いよく吹き飛び瓦礫が飛散するもアニーはムックリと起き上がり、ギラついた目で男達を静観する。しかしその反抗的な目が気に食わないと、ミザイは無防備に立ち続けるアニーを必要以上に殴り続ける。アニーの薄っぺらな皮の鎧など意味を持たず、追い討ちをかけるようにジモンも参戦する。身体は鬱血し骨の軋む音が聴こえてきそうな程、その狂気に満ちた暴行は続けられた。

 気を失ってしまえばどんなに楽な事か……。それでもアニーは立ち上がり、腫れ上がった顔を向ける。


 「はは……マジかよ。オマエ気持ち悪ィわ!!」


 血走ったその目はさらに狂い魅せる。ミザイは角棒を拾い上げると脇腹目掛けて大振りをする。しかし気力だけで立っていたアニーはタイミング悪く体勢を崩すと、顔面へと直撃し地面に倒れ込んだ。


 「ミザイくん……さすがにコレはやばくねぇ?」


 「い、今のは事故だろ?それにコイツが居なくなって困るヤツなんかいる訳……」


 ピクりとも動かないアニーを目の前に男二人は唾を飲み込む。


 「ねぇ、ごいづ死んだ?死んだの??」


 首を傾げながらアニーの胸ぐらを掴み揺さぶるも、まるで人形を相手にしているように動くことはない。


 「おい、行くぞ!……ジモン、そいつは放っておけ」


 「うん……ゴミはゴミ箱にッ!」


 ジモンはアニーを木箱に投げ飛ばし、二人の後を追うように走り去っていった。

 そして残されたのは変わらぬ暗闇と沈黙、そして血生臭い空気が広場に立ち込めているのであった。





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