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58.5人目と顧問。

 一日の学業を終え研究会へと足を運ぶ。道中ピースケと次は何を狩りに行こうかと話しをしつつ、リズの話題にもなる。

 昨日の一件以来学院内でのリズの表情も変わり、生徒達は鉄仮面が外されたと話題が持ち切りになっている。当の本人はそんなことも気にせず自由に振舞っているので、俺らが何をしたかなど野暮な話しだ。

 そんな話しをしていると調理研究会の建物が見えてくる。それと同時に、会員数と顧問の問題が脳裏に浮かぶ。と、入り口の前に生徒がいることに気がつく。


 「あれ?リズじゃねぇか?」


 その一声にリズは振り返ると挨拶を返してくる。


 「あら、こんにちは!こんな所で会うなんて奇遇ね。それにしても今日も天気がいいわね」


 「お?おう……」


 笑顔ではあるがどこかぎこちなく感じる。道にでも迷ったのかと思いもしたが、迷うような敷地でもない。誰かに用事でもあるかと思いもするが、建物にはミネラ先輩しかいない。

 それ以上話しかけてこなかったので、リズを横目に通り過ぎ扉に手をかける。すると襟元を引っ張られ、リズは声を上げる。


 「待ちなさいっ!何軽く素通りしてるのよ!!なんでここにいるんだとか、疑問に思わないわけっっ!??」


 「あ、ぢょっ……ぐるじぃ……」


 リズは慌てて手を離すと、俺は目ん玉が飛び出るくらいに言い寄る。


 「お前なァーーっ!!呼び止めるにしても、これはないだろ!!……んで、お嬢さんは何でここにいるんですか?」


 「ふふふ、聞きたい?」


 うぉおおお!めんどくせぇー!なんだコイツは……。あの知的でクールなリズはどこに行ったんだ!!これじゃあただのイタズラ娘じゃないか……。

 リズはズレてもいない眼鏡をクイッとあげると、自信満々に言い放つ。


 「私も調理研究会に入りますっっ!」


 「え?……マジで??」


 「マジです!」


 一瞬の沈黙の中、リズは腰に手を当てドヤ顔で俺を見ている。


 「おぉー!それは助かる!!つぅか人も足りてなかったから、本気で嬉しいわ!」


 「ふ、私はトレジャーハンターを目指してるから当然の選択でしょ?」


 それならそうと早く言えよと、目じりを緩めながら扉を開く。中にはミネラ先輩が帳簿をつけながら、一体何事?とこちらに目を向けていた。先輩に新入会員だと説明すると、どうやら二人は面識がある様子だった。初めてこの研究会を訪れた時、俺よりも先にリズは伺っていたらしい。先輩は笑顔で受け入れるも、なんでまた八騎星がと驚いていた。


 「そうだ、シキ君!こないだのレッドホーンの売上なんだけど、余裕で予算達成してるのよー!素材は全部売ってしまったけど、ウチで必要な食材も残してあるからね!あ、リズさんよかったら食べる?美味しいわよ〜」


 「え?レッドホーンって……ぜひ詳しく聞きたいです!」


 先輩は俺が仕留めたレッドホーンの話しを自慢げにすると、リズは目を輝かせ鼻息を荒くする。そして次はいつ狩りにいくのかと、リズが場を仕切り始めた。しかし魔物の名前を上げるも超大型の魔獣であったり、災害級の魔物であったりとぶっ飛び過ぎてて却下された。


 「あ、そうだ!まずは手始めに薬草採取なんてどうかしら?昔は外の花壇で、薬草や香草なんかを栽培していたみたいなのよ」


 「薬草採取ッ!!そうね、まずは冒険者としての第一歩に相応しいわ!」


 「じゃあ、次は王都近郊で薬草採取にするか!それはそうとピースケ!お前、顧問は当てがあるとか言ってたけど、どーなったんだ??」


 「あー、話しはしたよ?そしたら暇な時に顔を見せるってー」


 てっきり忘れているものかと思ったが、俺の知らないところでしっかり話しは進めているみたいだな。

つぅか本当に誰に頼んだんだ……。


 「じゃあ私は、リズさんの申請を生徒会に受理して貰いに行くわ!少しでも会員が増えているという事を知ってもらわないとね。それとギルドに薬草採取の案内を頼みましょう」


 「え、ギルドに頼むんですか?そこまでしなくても……」


 「何を言ってるの!穴場の狩場だったり、生きた情報を貰うためにもお金は惜しまず仲良くなっておくべきよ」


 「たしかに先輩の言う通りね。これから先の事を考えたら、情報は生命線とも言えるわ!」


 リズはギルドには私達が行きますと買ってでる。俺はギルドに行ったこともなければ、場所もよく知らない。いい機会だし知っておいて損はないので、二人の意見に同調すると先輩は入会書類をリズに手渡し、書き方を丁寧に教え始める。


 「すいませーん……」


 入り口からノックとともにか細い声が聞こえてくる。

 俺は席を立ち返事をして扉を開けるのだが、目の前には誰もいな……いや居た。視線を下に向けると、そこには少し大きめの学生服を着た第六騎ミントカフィーが顔色を伺うように俺を見上げていた。


 「あ、グランファニアくん……。その模擬戦のことなんだけど、あたしなんかに気をつかってくれてありがとう。昨日みんなから話しを聞いたんだよ……」


 「あーっ!いやいや、気にすんなって。家族は大事だし、きっと俺でもそうすると思ったからさ!それより大事には至らなかったのか?」


 「う、うん。お母さんが倒れちゃってね……。でも大丈夫っ!ありがとう」


 ミントは笑顔で答えるが、その表情には余裕がないようにも見える。看病疲れからか目の下のくま、赤切れた手がそう感じさせるだけなのだろうか。

 せっかく来たのだからお茶でもと誘ったのだが、ミントは急ぎの用があると深々とお辞儀をすると、そのまま倒れた……。え?倒れた??


 「お、おい!大丈夫かっ!」


 急いで担ぎあげ、ソファへと横にさせる。先輩は慌てて駆けつけ、リズは冷静に脈拍をはかり額へと手を当てる。


 「……これは過度な寝不足と疲労ね。しばらく横にさせておきましょう。それとミネラ先輩は何かスープを作っていただけるかしら?」


 「は、はいっ!!」


 「シキは調合研究会に行って、指定した薬剤を貰ってきて」


 「うっす!」


 「アタシわぁ?」


 「ピースケは……。この子の手でも握ってて頂戴」


 「ふぁ、ふぁいっ!!!」


 リズの的確な指示の元、俺達はテキパキと行動を始める。それからしばらくすると、ミントは朝寝坊をしたかのように勢いよく起き上がる。そして迷惑をかけてしまったと謝罪すると、勢いそのまま出ていこうと立ち上がる。


 「待ちなさい。そんな体調でどこに急ぐの。貴方しっかりご飯は食べているの?まずは温かいスープを飲んで落ち着きなさい」


 そう声をかけるとミネラ先輩がスープを用意する。お腹に負担をかけないよう肉と野菜は小さくカットされているが、黄金色のスープは見た目からでも食欲をそそる。

 ミントは目を大きく開き、一口すすると無言でスープを空にした。


 「ご、ゴメンなさい!あまりにも美味しくて夢中でいただいちゃいました……。あの、今は持ち合わせがないので、後日お金は払います」


 「何を言っているの?代金なんかいらないわ。それよりも何をそんなにがんばっているの?疲労と寝不足は、その赤切れていた手に関係あるのかしら?」


 ピースケが握りしめていた手は綺麗に完治されており、ミントは驚き手を握りしめる。そしてうつむき加減で話し始める。


 「ウチね、母子家庭なんだ……。育ち盛りの弟も二人いてね、お母さんだけじゃあ大変だからあたしも働きに出てるの」


 冒険者であった父親は八年前に他界した。それでも残された家族が路頭に迷わなかったのは、朝から晩まで働く母親がいたからである。疲れているであろうに子供たちに接する笑顔は幼いミントの心を締めつける。中等部に上がってからは自身に出来る仕事を紹介してもらい、少しでも母親の助けになろうと日々仕事と学業に打ち込む。ミントにとって優先すべきは家族であり、自分は皆が寝静まってからようやくペンを取る日を送り続けた。


 「変な話ししちゃってゴメンね……。でもあたしは家族の為なら平気だから!それにバレンシア校に入学もできたし、これくらいでへこたれなんかしないよ!」


 ミントの家族に対する想いが内から溢れ出る。拳を握りしめ気力を取り戻し、その力強い発言は表情に出ていた。


 「……よし、わかった!ミント、お前ウチの研究会に入れ!!」


 俺はそう言い切るとミントは目を大きく開き、自分の話しを聞いていたのかと静止する。そしてリズとミネラ先輩へと視線を送るのだが、二人は優しい眼差しでミントを見つめる。


 「ちょ、ちょっと待って!あたしは家族の為に働かないといけないんだよ!?学校にも許可は貰って条件付きで仕事させてもらっているし、とてもじゃないけど研究会にまで手は回らないよ!」


 慌てて断りを入れるが俺達は動じることはない。そしてミネラ先輩は冷蔵庫から加工された肉を運び始め、ミントの目の前に置き優しい口調で説明をする。


 「このお肉はね、シキくんが狩ってきたものなのよ?これから私たち研究会は野外活動を軸に活動していくの。もちろん魔物と戦うこともあるのだけど、そこで獲た物は個人に分配してもいいと思うの。素材は売って、食材は家計の足しにすることだってできるわ?」


 「日中は学院にて勉学、その後働いて睡眠時間を削ってまで勉強するなんて体を壊して当然よ!医者の娘として黙ってなんかいられないわ!……ミント、私達の提案を受け入れなさい」


 「でもあたし……魔物と戦ったことなんてないよ?」


 「ふふん!それは私も同じよ。でもこの学院に入ったということは、いつかその時が来るわ!……それにミント、貴女はお父さんと同じ地に足をつけてみたいと思わない?」


 その一言で揺らいでいたミントの心が固まる。弟たちは父親の顔すら覚えていない。幼いミントの目に焼き付いている勇ましく、優しい父親の顔が思い起こされる。


 「い、行ってみたい!あたしもお父さんが見ていた光景を見たい」


 「よっし!決まりだなっ!ただ今日明日で野外活動をする訳じゃないから、とりあえずこの大量の肉はミントが持って帰ってくれ」 


 「え?え?こんなに、たくさん……」


 「あー、持って帰るのに大変だな。じゃあ……」


俺はピースケにビー玉を一つ貰うと、それに大量の肉を封印する。これで持ち運びが楽になったと手渡すと、ミントは未だ信じられない様子で受け取った。


「一定の魔力を流し込めば簡単に解けるから、家着いたら――」


 「な、なんでみんなはあたしなんかに優しくしてくれるの?さっき会ったばかりで、話しだってしたことなかったのに……」


 決して疑っている訳ではない。善意で接してくれている事など聞かなくても伝わっている。しかしミントは聞かずにはいられなかった。


 「何で?特に意識はしてないけど放っておけないから??」


 「……ちょっとシキ!私達は人々に夢と希望を与えるトレジャーハンターを目指しているんだから、目の前で頑張っている人に手を差し伸べるのは当然のことでしょ!?」


 「あ、私はてっきり研究会に取り入れる為に……」


 「ミネラ先輩っっ!!たしかにその気持ちはなくはないけど、言ってはいけないわっ!!!」


 上手いこと話しをまとめようとしたが、ミネラ先輩の本音にミントは声を上げて笑う。そしてそれにつられるように一同は笑い、いつの間にか余裕のなかったミントの表情も柔らかくなっていた。


 「おぉ、何とも賑やかな研究会じゃな!」


 「聞いていた話とずいぶん違うようですけど……?」


 そう声の聞こえる入口へと皆が視線を送る。そこには嬉しそうな顔をしたアラン校長と、部屋の中を見回すマリベル先生がいた。


 「あーーーっ!アラン~待ってたよ~!」


 「これはこれはピースケ様。遅れてしまい申し訳ない」


 話しを聞くにピースケが顧問として当てがあると言っていた人物は校長のようで、まだ研究会として認められていない現状を確認しに来たとの事だ。しかし校長本人はかなり乗り気だったようだが、さすがに周りの教員から止められたと肩を落としていた。その代わりにこの研究会に興味を持っていたマリベル先生に話しが渡り、「超多忙でそんな時間はないのよ?」と口を尖らせているがその顔は満更でもなかった。

 

 会員の規定人数を満たし、顧問も決定したので正式に研究会として認められることになったのだが、喜んでいるのは俺とピースケだけ……。ミネラ先輩にリズとミントは、なぜ校長とマリベル先生が!??と未だに驚いた表情のまま静止している。

 しかし校長は懐かしいと子供の様に部屋のあちこちを見て周り、マリベル先生はどこに何があるのかと扉を開けては閉めてを繰り返していた。

 俺はピースケと顔を合わせると、これからの活動に期待を大いに膨らませるのであった。




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