54.とうもろこし色の光。
雨脚が強くなってきたことが森の中を移動していてもよくわかる。葉が優しく雨を受け止め、静かに大地へと送り届ける。その一連の動作を絶え間なく行う雨音が心地よく、多少足元が悪かろうと前進する。
森を進み草木を分け、濡れた幹に手をかけると目の前に開けた場所が広がる。中央広場ほど広くはないものの、視界を遮る樹木は少なく中央の氷塊がしっかりと見て取れる。
そして広場の真ん中にはクレアとクランツがいつもの表情で俺を待っていた。
「あー、クランツくん来たよー」
「ふふ、やっぱり思った通りだったね!シキここまでご苦労様」
模擬戦だというのに全く緊張感が感じられない言葉にほんの少し笑みがこぼれる。
しかしここに誘い出すということは、なにかしらの意味がある。俺は辺りに目を配りながらゆっくりと二人の前に足を運ぶ。
……特に罠らしきものは感じられないな。唯一視認で感じる違和感はクランツだろうか。
何度も剣を合わせてきたがクランツの得意とする戦法は片手剣での連撃と魔法だ。たまーに小盾を装備し守りの練習なんかも行ったりしたが、今目の前にいるクランツが持つ大盾が異彩を放つ。
まるで絵画でも貼り付けられるように平面で、本当に額縁なのではないかというくらい大きい。仮に魔力強化を施し重量を軽減したとしても、クランツにとっては邪魔な存在だとは思うのだが……。
「これが気になるかい?これはとっておきの策だったんだけどね……。このままじゃあ使い物にならないし、邪魔だから捨てておくよ」
そう苦笑いしながら大盾を持つと魔力強化を施し、後方へと投げ捨てた。
「え、いいのかよ?何に使うつもりかわからないが、初めて見るから期待していたんだけど」
「いーのいーの!そんなことよりシキ……同学年の生徒たちはどうだった?」
「おー!それがみんな危機感が足りないのか、戦闘態勢に入るまで時間が掛かりすぎだな!まぁそれも学院に入って勉強していくんだろうけど。……でもそれぞれが得意の武器だったり、魔法だったりと十人十色で面白かったな」
俺は素直に感想を述べると二人は顔を見合わし、やっぱりねと言った表情で笑い合う。
「……で、なんでこの場所なんだ?誘われるがままに来たけど、罠も何もないように思うんだが……」
「私達が中央広場で戦闘したら、衝撃で氷塊が壊れちゃうかもしれないでしょ?だから一応気を遣ったの」
ふーんと半目で相槌をうち、状況を確認する。たしかにこの場所なら、余程のことがない限り氷塊に影響はないだろう。そして逆に考えれば、ここから二人が氷塊を壊すことは不可能だ。位置的に中央氷塊が見えはするが、二人は近接の戦闘を得意とする。クランツは使えて中距離魔法、クレアに至っても遠距離魔法は使用出来ないことは理解している。
まぁ二人が神具と加護竜の剣を本気で使用するのなら話しは変わるが、それを使おうものなら場所など関係ない。
「言っとくけど私達は神具を使うつもりはないよ?」
「でも勝ちには行くから!!」
そう自信に溢れた言葉を発すると、二人は剣を構える。
今まで練習と言えど二人が俺に勝利したことはない。もちろん神具と加護竜の剣を使用しても結果は同じであった。しかし今目の前にいる二人からは、勝利とはまた別のものを秘めた感覚を受け取る。
じゃあそれを見せてもらいましょうかと、俺も同じように構える。
間合いも十分にある。動くものはひたすら大地に打ち付ける雨と木々のざわめき。そして稲妻の如く魔力強化を行った二人を合図に戦闘が始まった。やはりこの二人は別格だ。一瞬で魔力強化を行うこともそうだが、次への行動が早い。
長年一緒に鍛錬してきたからこそ、ここまでの実力を身につけることができた。しかしいつもと違うのはクレアの一振から始まり、クランツの連撃を避けた事だ。
コイツら……本気だ。本気で勝ちに来ようとしている。
いや、いつもの練習でも勝ちに来ようとしてはいる。しかしそれは神具を使用してのことだ。それが今、神具も加護竜の剣も使用せず、本気で振りかかって来た気迫に俺は驚き避けた。
与えられた力を使わずにどうやって俺に勝つんだ??ただの魔力強化では勝てないことはわかっているはずなのに……。
考えても答えは出ないのだが、二人の気迫は剣に乗り俺の心を刺激する。
やべぇ……楽しい!!
剣圧で大地は裂かれ、風圧で雨粒は弾け飛ぶ。初手は思わず避けてしまったが、それは勿体ないと剣技を受ける。
当然の事ながら身体も棒切れも魔力強化をしているのだが、それを超えて手の痺れが語りかけてくる。
だからといって魔力強化を増幅させるつもりは無い。防戦一方になってはいるが、この一撃一撃が堪らなく楽しいのだ。
そしてそう思わせる要因はまだある。この二人は俺に対して魔力感知と魔力探知を使用している。
しかしそれだけでない。互いの位置情報に攻撃手段を網羅し、相方の邪魔にならないよう配慮をしている。そして常人であれば考える時間すら与えない連携をとっているのだ。
にしてもコイツらなんつー攻撃してくるんだ!俺は棒切れを持ち替えると右手を休ませる。
「ははっ!めっちゃ楽しい!!今日は一味違うな。一体何がお前達を駆り立ててるんだ!?」
「それは教えられないよ!僕達に勝ったら教えてあげてもいいよ?」
鳴り響く魔力のぶつかり合いの中その言葉は掻き消されない。俺は挑発的なそんな言葉でも嬉しく受け取り、二人の猛激を受けては流す。
クランツの死角からクレアが斬り込む、クレアに集中する俺にクランツからの魔法が撃ち込まれる。まだ戦いは始まって数分なのだが、その内容は色濃く一秒が重い。それを初めに感じたのはクランツであった。
王族特有の魔力量に加護竜の力を持ちはするものの、明らかに容量を超えたこの戦いに精神的疲労を感じ始めている。それをいち早く感じ取ったクレアが俺へと単独で斬りにかかると、クランツは後退し一旦体勢を整え……ない!??
いつもならここでしばしの休息に入るのだが、むしろその逆だ。クランツは後退しながら詠唱を開始し、後方へ下がるとすぐさま魔法を放つ。
【凍結領域】
絶妙なタイミングでクレアは上空へと回避すると、大地が瞬く間に凍り始める。揺れていた草はその姿を固定され、雨は落ちた瞬間に凍りついた。そして俺の脚を登るようにして凍てつく氷が身動きを取れなくする。
あ、あぶねーー!一応魔法防壁を使用しているのだが、シール℃が発動しないとも限らない。しかしシール℃はピースケに預けたままなのでその心配はいらなかった。
これはピースケに連絡しないと……。そう思いはしたのだが、クレア達は攻撃の手を休めることはない。上空へ回避したクレアはそのまま荒れ狂うような竜巻を撃ち放ち、その風魔法にクランツは特大の火炎魔法を混合させ俺へとぶつけて来た。
爆音の中つい今し方まで凍りついていた大地は、その高威力から理不尽な解凍をされる。草は蒸発し乾いた大地が姿を見せるが、すぐさま雨が土を色濃くした。
そして結界を張って防いでいる事など百も承知と言わんばかりに、この焦げた空気を切り裂くようにクランツは俺へと渾身の一撃を打ち込んできた。
スパぁーーん!!!
乾いた音と共にクランツは勢いよく吹き飛ばされ、泥濘みに着地するも疲労から尻もちを着く。さすがクランツと言うべきか確実に胴体に一太刀入れたのだが、防御壁で相殺しシール℃は無傷のようだ。しかし魔力は枯渇寸前のようで、両手を後ろに着き満足そうに空を見上げた。
「僕の負けだ……」
クレアも駆けつけてくるが、やはりどこか満足そうな顔をしている。
「いや、二人とも凄かったぞ?俺も手に汗握ったし、すっげぇ楽しかった」
俺の言葉に二人は顔を見合わせ喜ぶと、クランツは静かに口を開いた。
「何が僕達を駆り立てるか……だったね。答えはシキ、君だよ」
「は?俺??」
「シキは自分の噂話なんて全く気にもしていないでしょ?でもね、私達は悔しかったんだよ!」
「あぁ、大事な友達を影から侮辱されて黙ってなんかいられなかった。だから今回の模擬戦で、言葉ではなく本人の実力をみんなに見てもらおうと思ってね。一人でも多くの生徒と剣を交え、最後は僕達の戦いを目の当たりにしたら噂は間違いだったってわかるでしょ?」
「いや、そうかもしれないけど今の戦いはみんなには……」
「シキ、アレを見て」
クレアは空を指差すと、そこには模擬戦開始前に見た球体が飛んでいる。それは一つではなく、数体俺達の方を向いていた。
それを見て気が付く。マッドゴーレムを生成した学生が去り際に観戦すると言っていた言葉、そして二人がなぜ与えられた神具を使用しなかったのかを……。
これは優しさだ。
二人が本当の力を使っても俺は勝利しただろう。だがそうなると、第八騎は何者なのだと疑問が残る。その疑問は必然的に俺の環境が大きく変わり、さらに力を見せつける事を良しとしない俺は不満が残る。だからこそ二人は力を使わず、かつ本気で挑んで来たのだ。
今回の模擬戦は勝ち負けの話しではない……心と心の話しだ。
二人の優しさがスゥッと心に染み渡る。俺は未だ座り込んでいるクランツの前まで歩くと、嬉しさと恥ずかしさから目を逸らして鼻を擦る。
「まぁ、その……なんだ。あの……二人ともありがとうな!まさか二人がそんなふうに思い、感じていたなんて考えてもいなかったよ」
いつも何気なく使う「ありがとう」という言葉。それなのにすんなりと出てこなかった。
俺は手を差し出しクランツを起き上がらせる。すると雲の隙間から光が射し込み、まるで祝福するかのように俺達を照らす。
いつの間にかクレアの横にはピースケが飛び、二人して嬉しそうに頷いていた。
俺はピースケからシール℃を受け取り、自身に貼り付けるが静止してしまう。俺はこのまま氷塊を破壊し勝利して良いものなのだろうか……。もちろん勝利はしたい。しかし俺が勝つことによって、二人の立場がどうなるかまでは考えていなかった。
皆は勇者と王子に期待を寄せているだろう。だからと言って手を抜き勝利を譲るというのは……。
どうにか丸く収まる方法を考えてみるも、一向にまとまりつかない。
「な、なぁ二人とも。相談があるん……だが。あれ??」
目の前にいたクランツは忽然と姿を消し、同様にクレアの姿もない。どこに行ったんだと見回すと、戦闘前に捨てた大盾を拾い上げている。そして俺に気付かれたと、まるで悪戯をする子供が親に見つかった様な反応で慌てている。
「クレアっ!問題ないよ!!」
そうクランツは声を上げると大盾を構え、横にある取っ手に手をかける。そして額縁から絵画をスライドさせるように鉄の板を勢いよく引き抜くと、そこから姿を表したのは大きな鏡であった。それを調整し太陽の光を反射させ、示した先は中央氷塊。
間違いなく氷塊に光が当たっている事を確認すると、クレアはおもむろに光の中に手を入れ魔力を乗せる。
【魔力増幅・太陽光反射】
「へ?」
魔力を帯び膨れ上がった光はより色濃くなり、そのとうもろこしにも似た色の光は一瞬にして中央氷塊を打ち砕くと豪快に崩れ落ちる音がここまで届く。
や、やられたッッ!!!二人は遠距離魔法を使えないという先入観から、この場所からでは攻撃のしようがないと思い込んでいた!しかし鏡を使い、距離という概念を無くし見事勝利を手にしたのだ。
これは王宮上位魔法士でもマネはできない。クレアの魔力量だからこそ出来た事であり、常人が使おうものなら干からびて死に至る事だろう。
俺は二人への認識が甘かったと思いはしたが、悔しさよりも驚きと日々成長をしていく二人を誇りに思えた。
と頭と心では理解しているのだが、開いた口が塞がるまでしばし時間を有した。
そして模擬戦の決着がつき、終了を知らせる音が戦場に響き渡る。
「やったぁーっ!作戦成功ーっ」
「雨が降り始めた時は絶望的だと思ったけど、勝利の女神は僕達に微笑んだね!」
二人は大いにはしゃぎ、ハイタッチをするとクレアはそのまま大の字になって倒れる。クランツも片膝を着くも、喜びの笑顔は絶えていない。
「完璧に負けたよ………つぅーか、クレア無茶しすぎだ!!光の速度に魔力乗せるとか、下手したら死んでしまうかもしれないんだぞ!?」
「えへへ、以後気をつけますっ!ねぇ、シキー。おんぶぅー」
「クレア赤ちゃんみたーい!じゃあ、アタシもぉ〜!」
俺はクレアを背負い立ち上がると、ピースケはクレアの肩に飛び乗る。お前は何もしていないだろと言いたくなったが、嬉しそうな二人を前に何も言わないでいた。
「クランツ、お前もおんぶしてやろうか?」
「ぼ、僕はいいよっ!!さすがに恥ずかしいし、クレアに譲るよ」
「はは、じゃあ帰るとするか」
俺達は雨上がりの道を歩き出す。道中二人は満点をとった子供の様に、すごかった?と連呼する。模擬戦と言えど俺に勝利したことが本当に嬉しいようで、宿舎までの距離を感じさせないほど会話は弾んだ。
そして宿舎前には生徒達が総出で迎えてくれていた。その光景に俺は足を止めてしまう。生徒達の心は白熱した鉄の様に熱く、打ち付けた火花のように歓声と拍手が鳴り響いていた。
「第八騎すごかったぞぉーっ!」
「誰だよあんな噂流したやつ!正直に出てこぉーい!!」
「やっぱり三勇士の孫はすごいんだねっ!あの魔法を結界で防いだ時、鳥肌がすごかったよー!」
「いやいや、勇者様達はまだ本気じゃないからな!いやいや、そうだとしてもハンパなかったわ!!!」
飛び交う声援は静まることはない。俺は改めて二人に感謝をし、声など掻き消されてしまう中ありがとうと声を出した。
そして未だ目を合わせてくれないギルスのもとに足を運ぶ。
「あー、ギルス。悪い……勝つつもりで挑んだんだけど、負けちまった……。他のみんなも悪かったっ!」
「いや……俺は――」
ギルスは言葉に詰まりそれ以上は喋らなかった。本当は謝罪したい気持ちはあるのだろうが、この状況ではすんなりとはいかないようだ。
そして俺はみんなにお願いをする。
「負けた俺が言うのも何なんだが、休み明けに第六騎のミントが登校したら責めないであげて欲しい……。家族が急病で大変なんだ。もし俺のじいちゃんが同じように倒れたりでもしたら、俺もミントのように模擬戦には出なかったと思う。だからさ……」
そこまで言うと、皆は優しい顔で了承してくれる。
なぜあんなにも怒っていたのかと言う者。登校したらこの模擬戦がすごかったと自慢してやろうと言う者。そしてなぜ憎しみにも似た感情で、この模擬戦に挑んでしまったのかと言う者。
各々が反省をし、今後の糧となるよう大きな一歩を踏みしめる。
雨雲は流れさり、澄み渡る青空の下に生徒達の声が木霊する。そしてクレアとピースケの腹音が鳴ると、笑い声に包まれ模擬戦は終了した。
ずいぶんと朝晩の寒暖の差が感じ取れる時期になりました。かけ布団もタオルケット1枚では心もとなく、早くも羽毛布団を使用し始めております。
それはそうと今回クレアが使用した【エーテル・メイズ】ですが。第12部分、11.オフィーリアの森でシキが使用した【リフレクト・レーザー】とやっている事は同じなので、【魔力増幅・太陽光反射】の読み方だけ変更しております。
エーテル=輝くもの。 メイズ=とうもろこし色。 こんな意味合いでクレアは使用しているので、同じ魔法でも使用者の思い方で呼び方を変えてみました。
魔法やスキルなんかの名前を考えるのも楽しいものです!
それでは季節の変わり目なので、皆様体調にはくれぐれもお気を付けください!




