52.なぜ使わない。
アスラとの一戦を終え颯爽と森の中を移動する。幼い頃からフォグリーン村の森を探索していただけあって、どこに足を運べばいいのかよく分かる。あの頃を思い出し、楽しみながら前進出来そうだと思い多少速度を落とす。
風の通り道が道筋を示し、生い茂る蔦を回避しながら野鳥の声に耳を傾ける。王都では決して感じることの出来ない自然の声を久しぶりに聞いた気がした。
それにしても、アスラもリッドも面白い武器を使用していたな。俺自身武器という物に固着はないから、ああやって色々な物に目を向ける事もいいかもしれない。でも出来たらポーラ姉ちゃんに打って欲しいものなのだが、頑なに拒否されている。
俺は何気なく持ってきた木の枝に目を向けると、これがお似合いなのかと少し寂しい気持ちになった。
おっと!進行方向を気にしないで進んでいたばっかりに、ずいぶんと南下してしまったな。それに北側から入れ違いで偵察隊3名が自軍氷塊に向かっている……。
まぁ、ピースケもいるし大丈夫か……。
【思念伝達】
(ピースケ聞こえるかぁ?悪いんだがそっちに偵察隊3名が向かってるから、氷塊の防衛よろしくな)
(うぇえ〜、アタシ戦いたくないよぉ??)
(別に戦わなくていいからさ、防衛だけしてくれ)
(んー、まぁそれぐらいならいいよ)
プツンと連絡を切ると、程なくして中央広場に飛び出る。
木々に守られていたおかげで気づかなかったがいつの間にか小雨が降り、土煙が舞うこともなく視界にクレア軍が目に入る。相手側も俺の存在に気がつくも、驚きと困惑の表情でこちらを見ている。
しかし敵である俺に対して魔力強化は疎か、戦闘態勢にも入っていない。もしこれが凶悪な魔物であれば躊躇している数秒が命取りになるのだが、まだそこまでの危機感はないか……。しかし唯一戦闘態勢をとる者達いる。中央氷塊に陣を取っているリズの部隊だ。どうやらクレア以外に優秀な魔力感知を使用できる者がいるらしく、現在進行形で魔力感知と魔力探知使用しているな。
えーっと、恐らくあの子達か?中央氷塊に陣を取るリズの隣に双子の姉妹と思われる学生が、互いの手を取り合いこちらを見ている。俺は一人ゆっくりとリズの場所まで歩いて向かう。
「……アスラ達とは会わなかったのかしら?それとも仲間と合流する為にここまで逃げてきたのかしら?残念だけど、もうあなた一人だけよ?」
リズは冷静な言葉を投げかけ、相変わらず冷めた目でこちらを見ている。しかし本当は、なぜあなたがここにいるのっ!?と聞きたいのであろう。その証拠に眉間にシワを寄せ、部隊はいつでも攻撃魔法が撃てる体勢で俺の返答を待っている。
「あぁ、あの二人なら倒したぞ。……いやリッドは勝手に魔力切れになって倒れたから、実際はアスラだけか……。面白い武器も見れたし、他のみんなはどんな戦い方をするのか楽しみだよ」
「嘘をつけっ!あの二人を前に逃げ去って来たのだろう!リズさん、コイツの噂は聞いてますよね?この期に及んでよく口の回る奴だ!」
男子生徒が声を荒らげるが、リズは仲間に対しても冷めた目で口を開く。
「落ち着きなさい……。私は噂話なんて信じていないわ、常に自分の目で真実か否か判断するから。それにしてもこの状況で戦闘態勢に入らないなんて、あなたは余程余裕があるのかしら?」
リズはスっと左手を上げると、空中にいくつもの氷が作り出される。それは次第に大きくなり、やがて鋭い氷柱へと姿を変えていった。しかし妙なことに気が付く。使用した左手側に氷柱は多く、右手側は数も少なければ形も大きさもバラバラである。というか、なぜ右手を使わない……。綱渡りをするなら両手を広げてバランスを取る事が当たり前のように、慣れぬ魔力制御をするのなら当然だとリズだって分かっていそうなものなのだが……。
俺は魔力解析にてリズの右手を調べてみる。
右手だけ肘からアームカバーを装着し、パッと見は日焼け防止の為に着けている様に見える。しかしこれは……魔導具?しかも魔法の威力を増幅させる物ではなく、制御しているように見えるが……。
「リズ、その右手のアームカバーは魔導具なのか?つぅか、左手だけでの魔力制御じゃ不安定だろ?」
「う、うるさいわねっ!!あなたには関係ないでしょっ!これはハンデよっっ!!それよりあなたは理解してるの!?こっちはいつでも攻撃できるのよ、それを魔力強化も武器も持たずに突っ立てるなんて大馬鹿者ねっ!」
「……いや、武器ならあるだろ?」
俺の一言に、皆が木の枝に視線を向ける。
いや、これじゃねーーーっ!俺の言い方が悪かったな……。
「えっと……空気に大地、生い茂る雑草に今降っている雨だって魔力を通せば立派な武器になる。そしてそれを扱う心だって、唯一無二の武器になるだろ?」
俺は真面目に言ったつもりだったが、ほとんどの者に鼻で笑われる。しかしリズは雨足の強まってきた中でも、瞬き一つせず俺へと変わらぬ視線を向けている。
リズは姉妹へと顔を向けると二人は首を横に振る。
「リズ姉様、アイツは魔力強化をする素振りもありません……」
「リズ姉様、あの方は攻撃魔法を使う素振りもありません……」
部隊に待機の指示を出すと再び俺へと視線を戻し、怒りと嫌悪が混じりあった視線を送られる。そして塞き止められていた思いを告げられる……。
「私はあなたが大嫌い……。言葉だけは大きくて、現実を直視できないあなたが……」
そう言い終えると左手を振りかざし勢いよく振り下ろす。ガラスの様に美しく輝く氷柱は、主の意思に従い標的である俺へと撃ち放たれる。
【氷結蒼槍】
左右後方、どこへ避けてもこの大量の氷柱から逃げ切ることはできない。だが俺は魔力強化も結界も張らない……。
俺は言った、武器ならあると……。
地上より数千メートル上空。視界晴れぬ雨雲から雨粒が大地に注ぐ。空気抵抗を受け、風に流されながらそれでも大地を目指す。まるで意志を持ってそこが終着点と言わんばかりに……。
……悪いな、ちょっと進路変更だ!
【雨散駆砕】
あと数メートルで大地へ腰を下ろそうとした雨粒達は、俺の魔力操作により決して進むことのない方向へと進路を向ける。
その光景は暴風雨という言葉では済まされない。数十もの氷柱は幾千もの雨粒に打ち砕かれ形すら残らず消え去り、勢い留まることなくリズ達部隊へと突撃する。
まさしく横殴りの雨と言うに相応しい。
しかしやりすぎた……。一瞬の出来事に部隊は水浸しになり、身動き一つ取らず戦闘不能の魔法陣が展開している。あごから水滴が滴り落ちなくなり、ようやく口を開いた。
「え……何、今のは?あ、雨が……」
「……俺一人に戦闘態勢をとったのは良かったけど、最後まで何が起こるかわからないからな。常に警戒して、防衛も解かないようにしないと――」
「う、うるさい!……うるさい、うるさい!!私達はあなたに敗北した……。反省点は自分で分析するわッ!!」
そう烈火の如く声を上げると、未だ放心状態の部隊を引き連れ宿舎へと足を向ける。リズは一度も俺へと目を合わせる事無く、うつむき加減で通り過ぎてゆく。
「……自由な貴方が羨ましい」
すれ違いざまにボソリと声を出すも、その言葉は俺には届かなかった。俺はリズの気持ちを汲んで言葉はかけられずにいた。この圧倒的な力の差を見せつけられたことが悔しい訳ではない。もっと違う何かが彼女の瞳から涙となって零れていることに気がついたからだ……。
俺は静かに部隊を見送ると、ザワついている残りの学生達へと目を向ける。第四騎のリズが敗退したことにより、言葉こそ聞こえないが明らかに動揺している。それでも数に利があると踏んで徐々に士気が上がる様が見て取れた。
この状況で相手がどう出るかしばらく様子を見ていると、俺の周辺一帯が泥沼に変化していく。そしてそこから一体のマッドゴーレムが練り上げられ、俺の視界は巨体に遮られる。
全長3.4メートル。マッドゴーレムなので見た目はドロドロしていて当たり前なのだが、それでも不出来だと言わざるを得ない見栄えである。だが学生がこの巨体を遠距離から造り上げたのだと思えば、将来優秀な術士になるであろうとも思えた。
敵を足止めし、その間に体勢を整える。確かに効率的で正しい判断だが、不測の事態も考慮しないといけない。何も敵はこのマッドゴーレムを馬鹿正直に相手にするとも限らないのだから。
俺は泥濘む足場に固定魔法陣を発動させ、マッドゴーレムを飛び越え数十メートル先、術士の学生の目の前まで降り立つ。
「え!?」
まさかマッドゴーレムを飛び越えて来るとは思っていなかったようで、間の抜けた声を出される。しかし俺も同様に間の抜けた声を出してしまう。
「え!?」
なぜなら目の前に立ち並ぶ学生達は、誰一人として戦闘態勢に入っていなかったからである。
「え、あの……なんでみんな戦闘態勢に入ってないんだ?」
「いやぁ、まさか飛び越えて来るなんて想像もしていなかったというか……ははは」
「そ、そうか。まぁ、こういう事もあるから次からは想定しておいた方がいいぞ?」
助言を終えると、すぱーんっっ!と胴に一太刀を入れる。それを見ていた者たちは慌てて魔力強化を行い、後方の者は詠唱を開始し始める。しかし混乱の中、上手いこと魔力操作できずにいる者達が大半であった。
俺は一人二人と戦闘不能にしていく。しかし俺にしか視野が向いていないのか、俺の近場にいる者も巻き添えを喰らうような魔法を放つ者がいる。俺はその攻撃魔法を防ぎつつ、言葉をかける。
「おい、大丈夫か?」
「あ、あぁ。アイツ見境なく攻撃しやがって、助かったよ。ありがと……な?」
お礼を言われるもニッコリ笑顔で返すと、一呼吸おいて一太刀入れる。これは親睦を深める為の模擬戦だ。ただ相手を倒せばいいとは思っていない。俺は相手の足りていない部分を教えるように立ち振る舞っていく。
「腕に魔力強化しすぎだ、足腰の強化が疎かになってるぞ!こっちは俺に意識を集中しすぎだ!まずは魔法に必要な魔力操作を身につけた方がいいぞ!それから――」
そんな指導にも似た戦いをしていると、いつの間にか戦場にはマッドゴーレムが一体しか残っていなかった。
あのまま放置していても害はないだろうが、俺は遠距離から火の矢を撃ち放つ。
雨など物ともせず、一直線に突き進むとマッドゴーレムのコアを焼き貫く。それと同時に内側から炎が溢れ出し、覆っていた泥は乾き焼き崩れていった。
「お、俺のゴーレムが一瞬かよっっ!」
ま、まだいたのかっ!……てっきり退場したものだと思っていたから、遠慮なしに破壊してしまった。魔力のほとんどを費やし造り上げたゴーレムを破壊され、気持ちのいい奴なんていないだろう。しかし悔しい気持ちで見ていたのかとも思ったが、どうやらそうでもなかったようだ。
「なんだよっ!噂とは全然違うじゃないかっ!……そうか、お前みたいに飛び越えてくる事も想定しないといけないし、いくら火耐性があっても魔力量でこうも簡単に壊されてしまうのか!」
声を出し、自身の反省点と改善点を分析し始める。その目は新しい道を見つけた子供の様にキラキラと輝かせていた。
「悔しくはないのか?」
「いやぁ、めちゃくちゃ悔しいよ!でもさ、これを糧に改良していけばもっといいゴーレムが造り出せるだろ!?創造と破壊は表裏一体なんて言うけど、まさにその通りだよ!今俺の創造脳が爆発しそうだっ!次はもっとすごいのを造るからな!!」
「ほーう!それは楽しみにしているよ」
「とりあえず俺らは負けた……。でもクランツ王子と勇者様がまだいるからな!お前……いやグランファニアだっていい線いってるけど、そこで勉強して来いよ!じゃ、俺らは戻って観戦してるわ!」
そうニッカリと笑うと、魔力疲労で足に来ているにもかかわらず足早にこの場を去って行ってしまった。
俺は彼らを見送ると、雨が降り注ぐ中魔力感知で戦場内を把握する。
「中央広場に俺が出てきたことは分かっているはずなのに、クレアとクランツは自軍氷塊にまだいるか……」
というか、いつの間にか戦場には俺ら三人しかいないな。ピースケ達もいなくなってるし……なんかあったのか? 俺は腕を組み首を捻ると、二人が動き始める。しかしここより北東に位置する場所へと移動が見て取れる。
「これは……二人して俺を誘っているな」
本来なら、いとも容易く氷塊を破壊して勝敗がつく。だがあの二人は、俺がそんなつまらない事で模擬戦を終わらせるような人間ではないと確信しているのだろう。
……まったく、その通りだよ。信用されているというか、見透かされてるなぁ。
俺はなんともこそばゆい気持ちで笑うと、静かに冷気を放ち続ける氷塊を無視して二人の場所へと足を向けた。




