51.全面リバーシ。
模擬戦開始のブザーが鳴り終わりジャンとともに正面を向いているのはいいが、何か大きく変化がある訳でもない。カサカサと葉が揺れる音だけが虚しく聞こえてくる程度だ。
ただ待っているのも退屈なので、魔力感知で戦場の動きを視ることにする。ギルスの部隊が一直線に進行していくのがよくわかる。
クレアの方は30名が中央へと向かい、この前まま行けばギルス達と衝突するだろう。しかし北側から20名の部隊が進行しつつ、さらに中央後方からゆっくりと40名程の部隊が中央へと向かっている。
これは罠だな。中央でギルス達を引き付け注意を逸らしつつ、北から氷塊へと向かう。それに気がつくも、後方からの援軍で足止めという所だろうか?
相手側の氷塊に数人の反応がある。恐らくクレアとクランツはここにいるだろう。そしてクレアが魔力感知で俺達の行動を確認しつつ、伝令役に情報を各部隊に伝えるってところか?
俺は一人唸りを上げていると、ジャンが何してるんだと訪ねて来る。
「いやさぁ。魔力感知で戦場全体を視てるんだけど、ギルスにとっては手痛い初陣になるかもなぁ」
「はぁ??魔力感知って……そんなん視れる訳ないだろ!」
「ちょい俺の肩に手を置いてみ?同期するから……」
ジャンは完全に疑いの目で俺を見ている。なんと言う冷ややかな目だろう。お前の遊びに付き合ってやるよと言わんばかりの軽い気持ちで、俺の肩に手をポンっと乗せる。
「うぉぉぉーーっ!なんっ!シキおまっこれ!!えぇーーっ!?すげぇ!!!」
半目で疑っていた目が今や飛び出しそうなくらい見広げ、興奮を隠しきれず子供の様にはしゃいでいる。 ジャンはどれくらいの魔力感知が出来るのか聞いてみると、3メートルと上の空で返答が来た。
目視より短けぇーっ!いくら近接とはいえ魔力感知の重要性を教えようと思ったが、今は何をいっても無駄だろうと思い一緒に戦場の動きを視ることにする。
「この青点が味方で、赤点が対戦相手だよな?あー、ギルスが中央氷塊を通り過ぎて行ったぞ?つぅか、北に敵がいるのになんで気が付かないんだよ……。お!シールド展開してランス部隊が突撃か?いや、ダメだろ?中央に敵が向かってるし、後方からも援軍が来てるじゃん!!あー、もうそうじゃないって!!」
鼻息荒く、俺の後ろで観戦をしながら無駄な指示を出している。しばらく両方の動きを見ているが、やはりギルスの部隊は挟まれ立ち往生をしている状態となった。
当初俺が思念伝達で指示を出そうとも考えたが、クレアは使い方も知らないしフェアではないと思い今回は使用しないでいる。
「なぁ、あれヤバくないか?」
「あぁ、まんまと相手の罠に引っかかったからな……。ここから立ち直すには、ギルスの――」
「いやいや、そっちじゃなくて」
何だと思いジャンを見ると、氷塊の方へと指を向けている。そこには腹を空かし、無気力なピースケが地面に寝っ転がっていた。
「あー、あれは腹の減りすぎで省エネモードと言う体制らしい……」
「なんだよそれ?どんだけ腹が減ってんだよ……。しょうがねぇな……」
そう呆れ口調でジャンはピースケに近寄ると、腰に着けたポーチから小箱を取り出す。そこから一粒のチョコレートをピースケの口元へと運んだ。
「痛ぇぇええっっ!!!バカヤロウ、俺の指まで食うな!!おい、離せって!!」
トラバサミの様にガッチリと指を咥え、振りほどこうにも一向に離す気配はない。慌ててジャンは残りのチョコレートが入った小箱を投げると、ピースケは目標を定め地面に落ちる前に見事にキャッチした。
「んーっ!美味しいっ!!ジャンありがとーーっ!……けど足りないっ!」
「ジャン、悪いな……」
「いや、いーって!」
緊張感も全くない時間がゆるりと過ぎてゆく。
魔力感知に目を戻すと、味方は4人にまで減少していた。そして高速移動でこちらに向かってくる2名を感知する。
「ジャン!ここに向かって来る者が2名……、すぐに戦闘態勢に――」
言い終わる途中でジャンの顔つきが変わり、すぐさま視線を前方へと向ける。ザザザッ!と草木を分ける音がしたかと思うと、目の前に2人の男性が現れ俺たちと対峙する。
たしかこの2人は以前廊下ですれ違った時に会っているな。1人は第3騎アスラ・ツヴァイク……、そしてもう1人は名前は知らないが、俺にお飾りと言ってきた人物だ。
ここに来たということは、中央氷塊を破壊して勝利するということではなさそうなので様子をみるか。
「あれ?第六騎がいると思ったら、雑魚とお飾りくんの2人……。もしかしてどこかに潜伏してるのかぁ?」
「いや、今日ミントは欠席してるよ」
「おいシキ!何もバカ正直に答えなくても……」
「ははは、何それ芝居してんの?まぁ、どっちでもいいや!お前達の負けは確実だしな!」
「おい、リッド。騎士を目指すものとして、そんな言い方はするな。彼は三勇士様の孫でもあり、クランツ様が認める人物だ……」
「あー、はいはい……」
不貞腐れた態度でリッドは返事をすると、腰に下げていた片手剣を抜き出し構える。いつ戦闘が始まってもいいようにジャンも身構えていたが、さらに剣を握る拳に力が入る。
へぇー、ジャンは落ち着き慣れたいい構えをするな。それに比べてリッド?だったか、彼は構えているのか?剣先をクルクル回して、トンボでも落とすような仕草だ。ここまで息切らすことなく高速移動できているのだから、それなりに魔力量はありそうだが……。
そんな事を思っていると先にジャンが攻撃を仕掛ける。金属音が響き、互いに一歩も引かず睨み合う。
「おい、誰が雑魚だって?受けるのに精一杯のように見えるが、攻撃は出来るのか??」
「おー、怖っっ!やっぱ雑魚って吠えるんだよなぁ〜。ワンワンって言ってみろよ?」
リッドは不適に笑うと力任せに押し返す。安い挑発だとわかっているからこそ、ジャンはそれ以上何も言わなかった。
「シキ、お前は魔力感知使用してたから今は温存しておけよ?アイツは俺がぶっ倒すから!」
そう言い切るとジャンは魔力強化を行ない、リッドに斬撃を繰り出す。けたたましい金属音が途切れることはなく、徐々にリッドは後退していった。そして胴体に一撃が決まる。はっ!としてリッドは自身のシール℃に目を向けると、ワナワナと震え出した。
「お、お前……。平民の分際で調子に乗るなよ!喰らえ【双破斬】」
明らかに攻撃が届く距離ではないのにリッドは剣を一振すると、ジャンは左右からの攻撃を受ける。
「なんだこれっ!?魔法?いや、スキルなのか!??」
「ははは!これはなぁ、お前ら平民じゃあ手の届かない代物なんだよ!【風切り刃】って言ってな、貴族である僕のような人間にこそ相応しいんだよ!お前は無様に散れよ!【双破斬】【双破斬】【双破斬】【双破斬】【双破――」
狂った様にリッドは剣を振るい、ジャンはどこからくるのか検討もつかない刃に対応をする。しかし防戦虚しくジャンはその場に膝を着き、戦闘不能を示す魔法陣が展開していた。
「はぁ……はぁ、どうだ平民!お前にはお似合いの格好だな!?だがまだ調教が必要だ……。二度と僕にふざけた態度を取らせないようにしてやる!!!」
荒らげた声でジャンを睨み、再度剣を振り下ろそうとする。しかしその腕はアスラに止められ、振り下ろされることはなかった。
「リッド落ち着け!彼はもう戦闘不能だ……。それに余剰分のダメージが見て取れる。これ以上過度に攻撃をしようものなら、お前が失格になるぞ?」
その一言でリッドは少しづつ呼吸を落ち着かせていく。余程ジャンから受けた攻撃が気に入らないらしく、その目は敵意に満ち溢れていた。ジャンは脇腹を押さえながらゆっくりと立ち上がり、木を背もたれに深く腰を下ろした。
「おい、大丈夫なのか?」
「心配すんなって、こんなん稽古中の怪我に比べたらかすり傷程度だ……。それより悪い、たいして役にも立てなかった」
「はは、後は任せとけっ!」
俺は軽く返事をすると、ジャンは苦笑いを浮かべながら腹をさする。
「なぁ?後は任せておけってどういうことだよ?残るはお前だけなのに、まだ勝つつもりでいるのか?」
「え!?そのつもりだけど、なんで?」
「ぶはっ!お前マジかよ!お飾りくんさぁ、オセロって盤面ゲーム知ってるぅ??全面白に塗り尽くされてるのに、黒一枚置いた所で状況は変わらないんだぞ?やべぇなコイツ!よく第八騎なんてやってるよ、やっぱりお飾りくんは噂通りだった訳ね」
ケラケラと笑いながら身体を揺らし、見るに堪えないと目を塞いでいる。
つぅーか、オセロぐらい知ってるわっっ!!なんだよ、俺はそんなふうに見られてんのか!?
リッドは笑いを押さえ、アスラに釘をさす。
「アスラくん、アイツも僕がやっちゃうよ?華麗に決めるから、しっかり見といてよ。第八騎を一人で倒したら、僕が第八騎になっちゃうかもね?」
アスラは渋々といった表情で、無言で頷く。それを確認するとリッドは剣を上げ、薄ら笑いで振り下ろす。
【双破斬】
ヒュンと風を切る音と同時に、左右からの攻撃を受ける。しかし受けたのは俺自身に張った結界の方で、俺のシール℃は減少していない。まぁあれだけ見せられた上に、常に魔力感知と魔力探知を使用しているのだから遅れを取るわけがない。しかしリッドはそうとは知らず、高笑いをしだした。
「ハーッハッハァ!あまりの速さに立ち尽くすしか出来ないようだな!」
これに気を良くしたのか、リッドはまたしても狂う様に剣を振りだす。それはもう、何度も何度も得意気な顔で……。しかし一向に戦闘不能の魔法陣が発動しない事に気が付き、ようやくその手を止めると冷や汗混じりに質問を投げてくる。
「おい、なんでお前は立っていられる?!僕の攻撃は全て受けているはずだろっ!」
「あ??いや、結界を張ってるからな……」
「はぁぁあーーーっ!!?お前、汚いぞっ!!僕が何度攻撃をしたか!」
いや初めて聞いたわそんな台詞……。というか初手を打った時にいつもの感覚と違うとか、手応えがないとか気が付かないものなのだろうか?俺は困惑から逆に冷汗が出る。
「まぁいい!あれだけの攻撃を受けたんだ、その結界をぶち壊してやるっ!」
そう意気込みリッドは今まで以上に大きく振りかぶり、力強く言葉を発する。
【双破…………ざ……
しかし言葉途中でガックリと大地に両膝を着き、上半身はそのまま後ろへと仰け反る形で倒れてしまった。先程までの威勢は何処へやら、白目を向き大口を開けて何とも情けない姿である。
「シキー、さっきからあの人なに?大道芸人??」
「大道芸人って……言い方っ!!あれは魔力切れだ。相当魔力に自信があったみたいだけど、見誤ったか?」
俺はリッドへと視線を向けると魔法陣が展開している事に気付く。どうやら魔力が枯渇しても敗北と見なされるようだ。
「さすが三勇士の孫だ。これを糧に、リッドも成長してくれればいいが……。さてこの結界を前に、どう攻めたものか……」
待機していたアスラが静かに歩みだし、俺を分析しながら一定の距離まで近づく。身の丈以上の長剣を背に構え、微動だに一つせずに。さすが第三騎だけのことはある、まるで樹木がそこに立つのが当たり前のように存在しているではないか。
――とここで俺はシール℃を剥がし、ピースケのおデコに貼り付ける。
「なぜシール℃を剥がした?それが無くとも結界で防ぎ切る自身があると?」
「あー、まぁそんなとこなんだけどさ。アスラ……その長剣に雷属性を宿してるだろ」
「み、見えるのか!?極小にまで抑えているのだぞ!だが何故それをわかった上で……」
「このシール℃ってさ、一定のダメージを防ぐのはわかったんだけど範囲が曖昧だろ?みんなこれを優秀な防衛魔道具だと思ってるみたいだけど、これは氷塊を破壊する為に必要なキーアイテムだ。だから防御時は邪魔な存在だろ?」
「よく分析しているな」
アスラは冷静に答えると、その長い剣を振りかざしてくる。
なるほど。この速度なら相手は余裕で回避できるが、剣が過ぎ去った後に刃から雷が放出され無防備な相手にダメージを与える事が出来る訳か……。それも気付かれないよう確実にゆっくりとダメージを蓄積していくタイプか。
俺はこれ以上何か策がないと確信すると、アスラの振り回す長剣をガッシリと片手で掴む。
「馬鹿なっ!放電が見えぬとは言え、雷属性を付与している剣を掴むなどっ!!」
「アスラ……お前、身体強化してないだろ?いや、したくても雷付与に集中して出来ないってところか?」
「――ぐっ!」
涼しい顔に焦りが滲む。急いで剣を引き抜こうとするが俺は離さない。それはしっかりと大地に根を下ろした木々のように固定されている。
「……たしかにこの長剣に目がいって、一般学生なら騙せるだろうし十分だろうな。でも身体強化も出来ず、付与と強化の切り替えも瞬時に出来ないようじゃあ、まだまだ発展途上だ……。それにこれだけ長いとこんな風に掴まれて、痛い思いをすることになるぞ?」
俺はアスラにそう告げると、魔力を逆に流し込み暴発させる。
ドンッ!!と大きな音と共にアスラは後方へと吹き飛ぶ。
「まぁ、これも極めれば大群の魔物相手に面白い戦いが出来そうだな!でも俺は、お前が今まで積み上げてきた剣技を見たかったよ」
俺はアスラに長剣を返すと棒切れを構える。それに応えるようにアスラも構えるのだが、慣れぬ長剣に今起きた不足の事態に指先は震えていた。
「属性付与も魔物によっては大きな攻撃手段になる。だけど基礎である身体強化が疎かじゃあ話しにならないからな?」
俺はそう伝えるとアスラは瞬き一つせず、俺をただ見つめ返す。そして身体強化を施した俺は、まるで雷でも落ちたかのような速度でアスラの胴に一太刀をいれる。
スパァァアーーーッン!!!音とアスラは後方へと置き去り、気持ちのいい乾いた音が森に響き渡った。振り返るとアスラからは戦闘不能の魔法陣が展開している、ジャンは今になってようやくこちらへと顔を向けた。
「うぉおおおっ!!すげぇっ!シキお前すげぇよ!!防衛魔法専門かと思ったら、剣術の腕も凄すぎんだろっっ!!こ、これは勝てるんじゃないか!?つぅか、鳥肌がやべぇ!!」
ジャンは痛みも忘れ歓喜の声を上げている。アスラはしばし自分の両手を見つめると、今起きた事をしっかりと飲み込もうと沈黙していた。
「そーだ、アスラ!リッドが起きたら伝えといてくれよ。あんまり魔導具に頼りすぎると、本来の自分を見失うって。それとこれはゲームじゃない、たった一人でも戦況は大きく変わるってこともな!じゃ、俺は中央氷塊に向かうよ!ピースケ行くぞ」
つまらなそうに見ていたピースケは首を横に振る。どうやら生徒同士がピリピリしているのが嫌なようで、ここでお留守番をしていると氷塊の上に座ってあくびをかく。俺は片手を上げるとそのまま高速移動で森の中へと走り出す。
「これは……マジで大逆転もあり得るな!」
ジャンは抑えきれない興奮と喜びから口元が緩み切っている。そして軽くズボンを掃うと気絶しているリッドを担ぎ出発地点へと足を向ける。
「お、おい。リッドは私が連れて――」
「何言ってんだよ……。そんな長い武器持って担げないだろ?未だに手だって震えてるじゃないか。それにこれは親睦を深める為の交流戦なんだから、戦いが終わった俺達は仲間だろ?」
「あぁ、その通りだな……。ジャンと言ったか。お前のような心と剣術を持って、グランファニアとは戦うべきだったよ……」
アスラは少しの照れと罰が悪そうな表情をすると、正々堂々と戦うことの出来なかった自身に対して鼻で笑う。ジャンは褒め言葉を貰ったはずであったが浮かない顔で返答する。
「つぅーか、あんなん見せられたら俺の剣術なんて子供の遊びだよ……。かぁーーーっ!あんな一太刀打ち込みてぇな~」
二人は自身の足りない部分を確認するかのように、一言一言を噛みしめる。ポツリポツリと小雨が降りだすも、肌に当たる雨粒が心地よく感じる。
それを見ていたピースケは声をかけることはせず、嬉しそうに二人の背中をただ静かに見送るのだった。




