50.劣等感と優越感。
中央に設置されている氷塊から500メートル離れた茂み、ここが開始有効ラインでありこれ以上進むことは失格を意味している。
樹木や茂みが進行を邪魔している為、陣形は少し崩れた形をとっている。しかし氷塊周辺になれば大きく開けた場所になるので大した問題でもない。
問題があるとすればあの二人だ。リーダーである俺の言うことも聞かず、反発しやがって。内申に響く響かないの話ではない。
誰だって敗北なんか味わいたくないのが当たり前だ。そう考えればその状況において発言し行動をとらなくてはならない。
俺は間違っていない……。この大人数で一気に攻めいれば勝機は必ずある。
何が実戦を経験したことがないから、練習してきた通りにやりましょうだ……。それは敵陣とて同じ事。
だからこれで問題ない!!
そうギルスは自分に言い聞かせるように、何度も何度もシキとのやりとりを消化していった。
今か今かと開始の合図を静かに待つ。膝竹まであった雑草は踏み馴らされ、辺りは緑の匂いが立ち込めていた。
鼓動がいつもより大きく感じる、隣の奴に聴こえてしまうのではないかと思うほどに早い。
そして開戦の合図音がけたたましくなり響いた。
「全軍突撃ッッ!!勝利を我らに!!」
ギルスの掛け声に皆が意識を一つにすると、各班に割り当てられた支援職が一斉に魔力強化を行い進行を繰り広げる。妨げになる草木を物ともせず突き進み、障害となる樹木も颯爽と交わすと陣を崩さぬよう隊列に戻る。直前の作戦変更ではあったが、それでもミスを起こさぬようにと皆の気迫が物語っていた。
一秒でも早く敵軍よりも中央広場に到着し相手を迎え撃つ。その事ばかりが頭を巡り、多少の擦り傷など考える余地もない。ただ駆け抜ける仲間の足音に、草木を振り払う音が孤独ではないと認識させる。
そしてその時はやってくる。視界が一気に広がり中央広場へと到着したのであった。それでも足を止めることなく、中央の高台へと進路を向ける。まだここから高台までは200メートルは離れているだろうか。
ギルスはすぐに状況確認を行う。
中央に位置する氷塊だが、大きさは三階建ての家屋と同じかそれ以上か?あれは地上から魔法攻撃でどうにかなる大きさではない。それにあの高台だ。ご丁寧にも坂道を用意してくれているが中々の急斜面だ。しかも坂道は半分ほどで途絶え、そこから先は崖を上らないといけないようだ。なるほど、早くここに来たからと言ってそう簡単には破壊させてはくれないようだ。
そんなことよりもだ。まだ敵軍は樹木エリアから姿を現してはいない、しかしこの数10メートルの差はデカイ。もうすぐ敵軍の姿が見えるはずだが、その時の相手の反応と数が重要だ。
ギルスは目を細め先を見据える。すると思った通り、樹木の間から生徒達が飛び出てきた。表情まではわからないが一瞬身を固め、こちらの戦力を目にした者達が躊躇する様が見て取れる。
よし!これは後方に仲間がいない確率が高い。そして人数は30名程か?こちらの軍はもう中央までたどり着く。
しかし中央を通り過ぎ、そのまま50メートル程突き進んだところでようやく足を止める。高台の影になっていた所に敵軍の姿がない事を確認すると、ギルスは高く声を上げる。
「魔法職はシールド展開!前方の敵を引き付けたのち、一斉砲撃!回復支援はランス部隊の疲弊を確認後、中央氷塊に戻り破壊に専念しろ!」
ギルスの的確な指示のもと、前線の魔法職が一斉に魔法を撃ち放つ。この時、相手との距離はわずか30メートルにまで及んでいた。もちろん相手に届く者もいれば、途中地面に落下する者もいる。しかしそんなことはどうでも良いのだ。
大小の魔法が撃ち込まれるこの光景が、相手にとってどれほど恐怖を与えることができるかが重要なのである。現に撃たれた側は足を止め、防衛に徹している。土煙も舞い視界もままならないだろう。
これでいい、相手に落ち着かせる時間など毛頭ない。
「ランス部隊、突撃ッッ!!」
徐々に晴れる土煙に向かい、ギルスは得意の槍術で一掃する。その勇ましい姿は味方の士気を大いに上昇させた。未だ鼓動は早い。しかし幼少期より積み上げてきた鍛練は、十分に身体を動かしてくれている。
槍術だけでなく棒術にも視野を広げたギルスにとって、目の前の者達はまったく相手にならない素人同然に思えた。それが心に余裕を生み、多少の興奮状態であるが頭の中は冷静であった。
なるほど。これがシール℃の効果か。打てども打てども、透明な盾で弾かれている気分だ。そして俺の一撃は、大体0.7程のダメージ量になっているな。二打与えた所で1減少し、三打目で2減らした事が見てとれた。シール℃残量は3か……ならばこれならどうだッ!!?
ギルスは槍全体を覆っていた魔力を先端へと集中させ、渾身の一突きを繰り出す。すると鉄と鉄がぶつかり合うような激しい音とともに、構えていた生徒は後方へと転がっていった。
今の一撃で3ダメージか?吹き飛ばした奴から魔方陣が展開している。これが再起不能の合図か……。
ギルスは相手の状況を確認すると、瞬く間に一人二人と戦闘不能へと追い込んでいく。
味方は多少のダメージは受けたようだが、誰一人欠けることなく戦場に立っている。敵は30人は戦闘不能になった、上出来じゃないか!?
そう慢心の笑みがこぼれようとした瞬間、大きな違和感が脳裏を巡る。
おかしい……。何故こいつらはやられたというのに、悔しさの一つも表情に出さない?むしろ逆だ。まるでこうなる事が最善のようにこの場から去って行くではないか……。しかもここにいるほとんどが支援職じゃないか!?
ハッと気付き、直ぐ様ポアロに確認を取る。
「おいデブッ!!あの森の奥はどうなっている!!?魔力感知はどうしたッ!?」
自分は前衛がゆえに魔力感知の距離などたかが知れ目視をした方が早いレベルだ。しかしコイツは違う。学生の身分でありながら、半径200メートルもの展開が可能な人材である。だからこそ早く俺の問いに答え、このヘドロのように湧き出てくる不安を拭い去って欲しいと思っていたのだが、その答えは考えてもない返答であった。
「え?あの、今は魔力感知は使用していないよっ!」
耳を疑いたくなった。なぜコイツはこの状況で使用していない……。お前の役目は戦闘ではなく、戦闘支援に補佐だろうがッッ!!俺でさえ分かるというのに、なぜ自分自身の役割を全うしないのだ……。
「バ、バカヤロウッ!!!とっとと周囲を詮索しろっ!」
ひぃっ!と小さな声を上げると、ポアロは慌てて魔力感知を展開し始める。ギルスは森へと意識を向ける。援軍はまだ来ないか?何もなければそれでいい……。
しかしその思いとは裏腹に、ポアロの表情はみるみるうちに青ざめていく。そしてまったく気にもかけていなかった中央氷塊へと顔を向ける。そこには氷塊を破壊にしに行った20名が、戦闘不能状態を表示し制圧されていた。
「バカなっ!なぜあそこに鉄仮面がいるんだ!?」
そこには表情一つ変えず、冷徹な眼差しでこちらを見据える第四騎リズ・セレイアが部隊を率いていた。一体いつの間に!?この状況に唖然とする以外になかった。頭では次の行動をとらなくてはならない、そう考えようとするのだが思考も身体も動く気にはならなかった。
「いや~、本当にギルスくんはめでたいなぁ~」
そう粘りつくような言葉を吐きながら、蟻塚をつついたように森の中から援軍が押し寄せて来る。なんとか身構えることは出来たが、あっという間に取り囲まれてしまった。
「リッド・フォメット……」
「ははは、本当に思った通りの行動をしてくれてありがと!じゃあ、今度はこっちの番な。全軍戦闘開始~」
そう気の抜ける指示を出すと場は戦場の熱気に包まれる。
ニヤニヤとした顔でリッドは剣を振りかざし、ギルスはそれを受けることに精一杯であった。
「くそ!全軍怯むなっ!数はこちらの方が有利だ!この場を何としても乗り切れッッ!!」
冷えかけた心に今一度火を灯し、無理矢理にでも出した言葉。
中央氷塊が気にはなるが、あの塊を破壊するには時間がかかるはずだ。ならば何としてでもこの場を、この場を……。
「おおー!すげーすげー。ギルスくんやるじゃん!じゃあこれはどうよ?」
いちいち喋り方が癇に障る奴だ。この状況に困惑はしたが、本来お前なんて相手にもならな――
【双破斬】
バスンッ!と両サイドからダメージを受けた感覚がある。リッドからの一太刀は確実に受けきり、それはダメージにはなっていないはず……それなのにシール℃は残数4を示していた。
「な、なんだこれは!まさか、魔導具かっ!?」
「おっ、正解正解っ!でも駄目だなー。使用魔力が少なくてコストはいいんだけど、思った程ダメージは出ないかぁ。ま、いいや。あっちが手こずってるみたいだし、ここはアスラくんに任せるわ!」
そう言うなり背を向けると、足取り軽やかにギルスの前から姿を消した。
敵を目の前にして背を向けられるなど、騎士としてこれ程の屈辱はない……。怒りが沸々と沸き上がるが、その怒りも一瞬にして冷める。自分の周りには仲間がいなかった。いや……居たはずなのだが、皆一様に戦闘不能の状態になりこの場から退場している。
その元凶は目の前に立ちはだかる男、第三騎アスラ・ツヴァイク。一般的な長剣の柄よりも2倍以上は長く、そして槍のように長い刀身が異常なまでに目につく。しかしどうみても扱い辛いその武器に、仲間はやられたのだと理解する。
くそ!くそ!くそっ!!こんなはずじゃない!まだだ、まだ終わりなんかじゃない。第三騎であるアスラを打ち倒せば、まだ活路は見いだせる!よく見てみろ、あんな長剣では小回りが利かない、それに比べ槍は持ち手を自在に動かせることから瞬時に攻防が可能だ。
落ち着け、落ち着いて攻め入るんだ。
ギルスは生唾をゴクリと飲み込むと、高速の突きを繰り出す。それに遅れをとることなくアスラは回避すると、大振りの一撃で反撃に転じる。何度も何度も大振りをしてくるのだが、受け切るよりも避けた方がいいレベルであった。
なんだコイツは?まるで昨日今日手にした武器に振り回されているだけに見える。しかし、俺の攻撃を見極め回避している様を見ると、さすが第三騎とも思えるが……。
しかしこのまま長引くことは、単純に足止めされているだけに過ぎない。早く片を付けなければ……。
そう判断しより強力な魔力強化を施そうとした時、アスラは構えを解き静かにギルスに声を掛けてきた。
「……なぁ、狂戦士って知ってるか?痛みを認識することなく、恐ろしいほど攻撃に特化することができるらしい。だが戦闘が終わった後に待ち受ける苦痛は常人では耐えられないと聞く……。お前はどうなんだ?」
突然意味のわからない発言をしてくる。は?なんだって??狂戦士だと?そんなもの騎士を目指すものとして知っているに決まっているだろう。
ギルスは不意に攻撃の手を止め話しかけてくるアスラに警戒を解くことはなく、依然として矛先を向けている。
「私がお前に攻撃及び反撃した回数14回、しかし実際には184回もの攻撃を加えている……」
そうアスラは呟くと、スッと指をシール℃へと向ける。
ギルスは恐る恐る自身のシール℃を確認する。
「バカなっ!残数1だとっ!!?なぜだ、俺は攻撃など受けていないっ!!」
「……このシール℃。ものすごく便利で、致命的なダメージをも軽減してくれる素晴らしい物だと思う。しかし痛みを感じないということは臆病から遠ざかるという事、臆病が遠ざかれば途端に近づいてくるものは何だと思う?それは死だよ……」
そう言い終えるとギルスにも解るよう長剣に魔力が込められる。そしてその込められた長剣からは、バチバチと電流が飛び跳ねていた。
「本来このシール℃がなければ、すぐにでも気づいていたと思う。しかしこれは優秀過ぎるが故に人を盲目にする。そしてどんな些細な攻撃でも受け切ってしまうこのシール℃は欠陥品だ」
「俺は……常に少しずつ攻撃を受けていたのか」
「もう一度ここから足掻いてみたらどうだ?とは言え、恐らく一打でも受けた時点で戦闘不能になりそうだが……」
アスラはギルスに対して全く興味のない対象になったのか長剣の電流を解き、構えることもなく素っ気なく答える。
「あれ?まだギルスくん立ってるじゃん?あー、お情けってやつ。なぁ、アスラくん。やっぱこっちにはお飾りくんはいないみたいだ。勇者様の言ったように、自軍の氷塊に二人いるのがそうっぽいね」
「ま、待て!なんで……、なんでそんなことが分かる!?」
「なんだ?知らないのか?クレア様の魔力感知はこのエリア全域を視る事が可能だ。そして第八騎のグランファニアも同様に使用できると聞いたが?」
ギルスはハッ!とすると、合点がいったとうつむき加減になり震える。通りで敵軍の動きに無駄がない訳だ……。
「当初からこの陣形であったとは思っていない。何かしらの理由で急遽変更したのか?」
「ははは!変更したばっかりにお仲間がやられちゃってかわいそー!ギルスくぅん、もっと仲間の事も考えてあげないとさ〜」
「だ、黙れ!お前らこそ支援職を俺らにぶつけ、時間稼ぎの捨て駒にしたではないかっ!」
「おいおい、勘違いしすぎだろ?その点においては、勇者様がちゃ〜んと支援職に説明してたぜ?怖い思いをするかもしれないし、過剰に攻撃されて怪我もするかもってな。それでもチーム全体、ひいては勝利の為なら役割を全うするって意気込んでたんだ。そんな言い方するなよ〜」
「お、俺は……」
「私達に勝利するつもりならば、味方を信用するんだったな。お前は一週間前から何がなんでも勝ってやると態度に出過ぎだ……。そんなもの誰しもが持っていて当たり前なのだから……」
返す言葉が見つからない……。だが、勝ちたいと思う気持ちが強くて何が悪い?今から足掻いてみろだって?やってやる……。最後の最後まで俺は闘って――
「じゃあここはみんなに任せて、僕らは残りの2名をサクッと片しちゃいますか……」
「待て!どこに行く!?俺と闘え!!」
「はぁ?もうさ、いい加減にしろって……。気持ち良ぉ~く戦ってこれたんじゃん?キミ達はもう負け確定してるんだから……。ほら見てみろよ、もう間もなく残りの10名……あっと8名になっちゃったね」
仲間達が散っていく……。
先程まで聴こえていた仲間達の鼓動……。
武器のかち合う音、衣類の擦れる音、大地を蹴り上げる音……。
今聴こえているのは俺の小さな鼓動だけ……。
仲間も、そして討たねばならぬ敵さえも俺の目の前から去って行く……。
俺は、孤独だ……。
心の中で何かが崩れていくような感覚を覚える。それに音はない。ただただ世界が暗く真っ白になっていく。そして戦場には味方も、自分自身さえもいなくなった。




