48.作戦会議。
「クレアちょっといいかな?」
そうクランツ君に呼ばれ、盛り上がりを見せている大会議室を後にする。来週末に開催される模擬戦の発表を受け、私達4つのクラスは作戦会議をしている真っ最中であった。
上位八騎星が集まった事により、ほとんどの生徒が勝利を確信したように言葉を交わす。それでも陣形を整え、万全を期す為にグループ事に別れて作戦を練っている。
「うん、どうしたの?」
「その、シキのことなんだけど……」
その言葉で何を言おうとしているのかすぐにわかった。
この数日、学院内においてシキの悪い噂が広まっている。最初はリズちゃんから話しを聞かされた。勿論そんなことないよ!って説明をしたら、リズちゃんは理解を示してくれた。
でも他の生徒は私と直接話しをするのに恐縮しているのか、話しかけても来ない。私から何人かに話しをしたのだけど、みんなとの距離は依然遠く感じる。
クランツくんにその事を伝えると、口に手を当てしばし黙りこむ。何か解決策があればいいのだけど……。
私も考えては見たものの、良い改善策は浮かんでこない。
「あ!クランツくん。今この場でみんなに説明しちゃおうか?あと模擬戦で1番手強いのはシキだってことも伝えた方が良くない??」
「……いや。それは得策ではないと思う」
えぇーーー……。いいアイディアだと思ったんだけどなぁ。
あっさりと否定され、クランツくんはまた黙りこむ。でも現実的な話し。1番の難関はシキであることは重々理解しているはず。このクラス分けにみんな喜んでいるけど、私は勝利するという未来は見えていないのだから。
「クレア……。僕に作戦があるんだけど、聞いてくれる?この件に関して、僕達から言葉で説明しても意味はないと思うんだ。もちろん王族である僕や、勇者であるクレアが切に話しをしたら理解をしてくれると思う。でもそれって噂話しと同等のことだと思うんだ……。だからね――」
クランツくんは静かに作戦を語り始める。二人しかいない廊下に小声が響く。シキはこの件に関してどう思っているんだろう?一緒に学院に入って友達をたくさん作るって楽しみにしていたのに……。
しかしこの疑問はすんなりと解消される。
「という作戦なんだけど……。どうしたのクレア?なんか笑ってない?」
「ごめんごめん!きっとシキはこの件に関して、何にも思ってないんだろうなぁって思って……」
「ふふ、たしかにそうだね。多分へぇー、そうなんだ?的な返答が来るだろうよ。だからこれは僕達の問題だよ!」
そう。これは私達の心の問題だ。大切な友達、家族のような存在を侮辱されたのだから。今こうして私が勇者であるということに堂々としていられるのも、シキが側にいてくれたからこそだ。昔から我が道を突き進み、周りの目なんか気にしない。常に自分の心に素直でいて、それでいて他人に迷惑をかけないようにしてきた。そんな人を間近に見ていた私にとって、シキは心の先生なのである。
私はクランツくんの作戦を頭に叩き込むと、大きく頷いた。
「あ、そうだ!ちなみに今回の模擬戦、勝ちにいくからね!その為にクレアには一つ出来るようにして欲しいことがあるんだけど……」
あのシキを相手に、まさかの勝ちに行く発言!?
一体私に何が出来るのだろう?そんなことを思っていると会議室の扉が開き、第三騎のアスラくんが顔をだす。
流れるような銀髪を後ろで束ね、スラッとした体型。整った顔立ちはさすが伯爵家の称号を得た貴族様だと感心させられる容姿であった。
「クランツ様、こちらにいらしたんですね。グループ事の配置、作戦を皆に伝えましたので最終確認をお願いします」
「あぁ!了解した。ところでお願いしていたシキの件なんだけど、何かわかったかい?」
「申し訳ありません。発言者の特定は難航しておりまして、思うように進行していないのが現状です。別件になりますが生徒会から案件が2件、それと二学年の貴族の方々から面会の申し出を受けております」
「わかった。後で報告するよ」
「な、なんかアスラくんって専属の執事みたいだね……」
「執事などと勿体ないお言葉です。私はクランツ様を尊敬しております。私が出来る事など限られていますが、それでも力になれるのであれば本望ですから」
「アスラは中等部の頃からこうなんだよ。僕が言う前に動いてくれるから、本当に助かっているよ。さぁ、会議室に戻ろう」
そう背中を押され会議室へと戻る。
依然として浮わついた空気が心を逆撫でる。この状況に疑問を持つ者は果たして何人いるのだろうか。
私は向けられる期待の視線に、ただ静かに笑みを返すしかこの時は出来ないでいた。
今私が出来ることは……何もない。
別館に設けられた大会議室にて、クレア達と同じように作戦会議をする為4クラスが集結している。
俺を含めた八騎星の4名は作戦を進行する為に教壇に立たされている。しかし室内は口数も少なく、まるで敗戦後の反省会のような空気であった。
そんな中、一人声を上げる者がいる。第七騎のギルス・ハルバードであった。
「いいかお前達っ!このクラス分けに不満があるなど甘えた事を言うな!戦わずして戦意喪失するなど、魔法騎士団を目指す者として恥ずかしくはないのか!?」
厳しい意見と少しの苛立ちが響き渡る。しかし言葉虚しく空に消え、生徒の心には届いていない。負けの確定している戦いに、そんな言い方しなくていいだろうと沈黙が続く。
そんな空気を察してかギルスは歯を食い縛り、眉間にシワを寄せている。
「ギ、ギルスくん。あの、みんなもこの状況に困惑していると思うんだ……。勇者様に加えてクランツ王子も向こうの軍だし……、だからもう少し言い方を……」
そう小声で申し訳なさそうに口に出したのは第五騎のポアロ・グルメイルであった。俺と同じくらい身長はあるだろうに、自信のなさからか猫背で少し小さく見える。しかし小さいとは語弊があるだろう。なんせはち切れんばかりのお腹に、柔らかそうなほっぺたが喋る度に揺れている。非常にだらしのない体型ではあるが、見方を変えれば温厚で優しい雰囲気は伝わってくる。
そしてもう一人の八騎星、第六騎ミント・カフィー。
この子は……いや、失礼した。彼女はポアロとは真逆で、ものすごく背が小さい。最初に見たときは飛び級してきた女の子なのかと思ったが、第六騎を与えられるからには相当腕が立つのであろう。そんな事を思っていると赤く荒れた手で、ミントがあくびを一つかいた。
「ふん、デブとチビにはこの状況をどうにかするなんてできやしないだろ。だから俺が指揮を取ろうとしているのに文句でもあるのか?」
ギルスは鋭い目付きで二人を睨み付けると、ポアロは目を背けそれ以上喋ることはしなかった。そして視線は俺へと向けられる。
「あぁ、そういえばもう一人いたんだったな。優秀な第八騎様が……。お前の噂は聞いているぞ。そうだな、ここでこの空気を変えてみたらどうだ?名誉挽回できるかもしれないぞ」
そう嘲笑うとアゴで前に出ろと示してきた。
俺は一歩前に出ると、皆に向けて声を出す。
「みんなはこの模擬戦を敗北前提で考えているようだけど、少し見方を変えてみないか?」
俺は落ち着いた口調で話しを切り出すと、少しのざわつきと共に視線が集中する。
たしかに1対1での試合形式をとった場合、クレアやクランツに勝利する人物はいないだろう。しかしこれは多勢での模擬戦。しかも勝利条件が相手方の全滅ではなく、指定された氷塊を破壊するということにある。
さらに広い敷地内に見通しの悪い樹木が生い茂るということは、隙をついて相手陣地の氷解を破壊しにいくことも可能な訳である。中央に位置する巨大な氷解周辺での衝突は避けられないが、別にクレアやクランツを倒さないといけないというわけではない。俺がその事をゆっくりと説明していくうちに、皆の表情が少しだけ明るくなったように見える。
「で、でもシキくん。勇者様やクランツ王子が前線に出てきたら……」
「いや、多分出てこないよ」
そう笑顔で答えると、ポアロは不思議そうに首をかしげる。
「正直あの二人の強さは別格だ。だからこそ前線に出て一方的にこの模擬戦を終わらせるようなことはしない。なぜならみんなと一緒に楽しみたいからだよ。それに王子だ勇者様だと権威を持った者にはみんな躊躇するだろ?だからあの二人は陣地周辺で防衛に徹するだろうな……」
「二人のことをよく知っているんだね……」
「まぁ、幼馴染だからなー」
そう何気なく答えるとポアロはどこか寂しそうに頷き、話しの続きをどうぞと手を差し出してきた。
「えっと……そうだな。まずは簡単に近接と魔法、あと支援班の3つに分けるか」
そう指示を出し各自得意とする分野に移動してもらう。
近接48名。魔法32名。支援20名と中々バランスの良い人数になった。更にここからグループ分けを行って、そのグループ毎に役割を持たせるとするか。
「……よし、第八騎。もう下がっていいぞ。ここからは俺が指示を出す」
そう名前すら呼ばずに俺へと口を出すと、ギルスは手際よく8人一組を12グループ作り上げる。俺の話しは途中で断ち切られてしまったが、的確な指示を見ている限り問題はなさそうなので黙っていることにした。
前線で戦う7組に中衛から前進していく2組、中衛に待機し防衛する2組。そして俺の組は、氷塊の防衛役であった。本当は俺も前線に出て同年代がどんな戦いをするのか見てみたかったが、俺が出てしまうとクレア達も出てくる可能性があるのでここは静かに後方から見守る事にしよう。
「シキ、俺達は同じ班だな!よろしく頼むよ」
「俺は知り合いがいて嬉しいけど、ジャンは前線で戦いたかったんじゃないのか?」
「まぁそれはあるけど、最後の砦を守るってのも熱いだろ?」
そう嬉しそうに言葉を返すと、組する仲間達もうんうんと頷いていた。俺は一礼しよろしく頼むと挨拶をすると、与えらた役目を遂行する為作戦会議を始める。
途中ギルスが口を出してくることもあったが、全体的に見ても統率はとれつつあった。
この日より時間を見ては各自グループで集まり、綿密に連携をとり模擬戦に向け準備を進めていった。当初の意気消沈とした空気も薄れ、作戦次第では勝利出来るかもしれないという気持ちも芽生えていた。
そして一週間後。期待と不安が入り交じりつつ模擬戦を迎えることとなった。
しかしこの芽生え始めた想いは、ほんの少しのほつれにより崩れ去ることになる。




