45.賢者の末裔。
魔力測定を終えクラス全員が揃ったところで昼休みとなった。俺はジャンとロンの誘いで食堂へと足を運ぶ。
吹き抜けた高い天井には大きなプロペラがゆっくりと回っている。気の休まるよう観葉植物が飾られ、大きな窓からは優しい光が射し込む。学院内の人間が一同に集結してもすっぽりと収まるほどの広さを有しており、落ち着いて昼食を取ることができる空間である。掲示板には月間の献立や栄養バランスを特集した記事、他にも様々な情報が綺麗に貼り付けられていた。
俺らは食券を購入し昼食を受けとると空いている席に腰を下ろす。やはり育ち盛りということもあり、テーブルには人数よりも多めの昼食が並んだ。
「二人とも結構食うんだな」
「そらそうよ!ガッツリ食って体力つけないとな!」
「シキ君がそれを言う?五人前はあるよ!!」
「ピースケと半々だからな!」
「ピースケ食い過ぎだろっっ!!どこに入るんだよ!?」
「ふふん。アタシだって育ち盛りだからねッ!」
ジャンのツッコミに和気あいあいとする中、クレアの姿を発見する。クレアの隣にはアカリとリズが相席しており、それを取り囲むように少しでもお近づきになりたい者達で溢れていた。
「そういえば二人とも研究会はどこに入るか決めてるのか?」
「もちろん剣技スキル研究会だな!」
「ジャンは中等部の頃から憧れていたからね~。僕は中衛魔法研究会だよ。シキ君は?」
「俺は調理研究会だな」
その言葉に二人の箸が止まり、互いに顔を合わせてから俺へと視線を向ける。
「え?魔物研究会とか、魔導結界研究会とかじゃなくて?」
「いや……、そもそもそんな研究会あったか?」
「あっただろ!1番下の欄にさー」
二人ともなぜそんな場所へと不思議そうな顔をしていたが、目の前の昼飯にがっつくピースケを見ると納得しましたと言わんばかりの表情になった。
ものすごい誤解があるようにも感じたが、あながち間違いでもないと思うと反論する気持ちもなく、俺は唐揚げを口に運んだ。
その後じいちゃんの話しや、幼なじみのクレアやクランツの話題になり昼休憩はあっという間に過ぎていった。
教室に戻りローウェン先生から研究会の説明を受ける。
入会期間は1ヶ月あるということなので、決めかねている者にとっても余裕を持って選択することができそうである。
「……という訳で、自身に見合った研究会を見つけてほしい。我々教師も力は貸すが、ぜひ生徒同士で模索し成長していくことを願っている。では、先輩方が待っているはずだ。この後は研究会を見て回るも良し、帰宅するも良しだ。では解散!」
先生の合図と共に我先にと教室を出る者、どの研究会を見に行くか相談する者で会話が飛び交う。ジャンとロンも軽く挨拶をすると教室から出ていった。
俺も早々に移動しようと席を立つとアカリが嬉しそうに話しかけてくる。
「ねぇ、シキ君。クレアちゃんって本当に素敵だね!」
「どうした急にっ!?」
「今日ね、リズちゃんと改めて謝罪しに行ったのね。ほら、試験の時に失礼なこと言っちゃったでしょ?そうしたらそんな事気にしてないよって言ってくれて……。その後一緒にお昼ご飯を食べたの!!それがすごく親しみやすくって優しくって、こんな私のことを友達とも言ってくれたんだよ!」
アカリの表情はとろけてしまいそうにニッコニコだ……。口元なんて猫みたいになってるし、風呂上がりのように頬も赤い……。足もパタパタさせているし、シャルとはこうも違うものなのか。
「あれで勇者様だなんて……。はぁ、なんだか現実味がないなぁ……」
「ふふん!アカリはクレアんの虜になってしまったかぁ~」
「そ、そうかもしれないー!あとねあとね……」
二人は笑いながらクレアの魅力を語っている。
おいおい、このまま数時間喋り倒すんじゃないだろうな……。そんな事を思い始めた矢先、アカリに声をかける者が現れる。
「ちょっとアカリ!あなたが研究会誘ってきたのにお喋りしてるなんてどういうことなの?」
「あ、リズちゃん!ごめんー。ちょっと熱が入っちゃって……えへへ」
「リズ~。アタシね、アタシね!ピースケって言うの!!よろしくねっ!」
「……知っているわ。その……こっちのクラスでも話題になってるから。よろしくね」
入学式での冷たい態度とは打って代わり、リズはシルフの挨拶に優しく答える。しかし俺に対する視線は、相変わらず突き刺すような眼差しであった。
アカリはまた明日ねとにこやかに挨拶をすると、二人は教室を後にした。
「やっぱり……。やっぱり名前が大事なんだよっ!くふー、アニーに感謝しなくちゃね!」
ピースケが嬉しそうなことは良いことなのだが、なぜ俺はあんな視線を受けなければならないのだろう……。 まぁ、クラスは違えどいずれ仲良くなれる機会もあるだろう。俺は少しばかり寂しい気持ちを切り替え教室を後にした。
校舎から伸びるガラス張りの渡り廊下を抜け、研究棟と呼ばれる研究会専用の建物に入る。清掃の行き届いた廊下には期待に満ちた新入生に、それを勧誘する先輩方が声を上げてアピールをしている。各部屋の入り口の横に掲示板があり、その研究会の実績やら活動目標などが綺麗に張り付けられている。
クレアとクランツも誘おうかとも考えたが、俺の所に来ないというこということは他のクラスメイトと行動をしているのだろう。
「それにしてもすげぇ熱気だな!というかお祭りといった方がいいか?」
「んー、屋台がないからお祭りではない……。でもアタシらが行く研究会は……ウシシシシ」
ピースケの事はさておき、これだけ溢れかえる人混みの中を探し回るのは一苦労だと一度入り口付近へと戻る。そして案内板に目を向け目的の調理研究会の場所を確認する。一階は主に近接系の大手研究会が多いな。実技棟やグラウンドにも隣接しているからであろう。二階は魔法や魔導の研究会。三、四階は歴史やら戦術やらのどちらかと言えば愛好会の方が多い。
いや待て……。俺の入りたい調理研究会が見当たらない。
再度しらみ潰しで見てみるが、どこにもない……。
「なんでないんだ?パンフレットにはちゃんと記載され――」
「ちょっとーーーーーっ!シキに、ミーちゃん!!!なんで私を置いてけぼりにするのよーっ!」
「あ、クレアん」
むむむむむー!と顔を真っ赤に下クレアが、唸りを上げながら詰め寄ってくる。
「一緒に見学に行くのかと思って教室で待ってたのに来ないから、そっちのクラスに行ったら出て行ったって言われるし、クランツ君もいなかったし……。みんなヒドイっ!」
「あー、いや。その……すまんっっ!」
ここは言い訳など絶っっ対にしてはダメだ。言い訳しようものなら更にややこしくなる。いや、そんな気持ちすら持ってはダメだ!!
俺は素直に頭を下げると、むむむむむー!から、むぅ!にまで機嫌がよくなった。さらにピースケがクレアの頭をなでなでしながら、「ごめんね。いい子いい子」とすることにより完全に機嫌はよくなった。
――と、ここでフロア内に大声が響き渡る。
「おい!!みんな、来たぞーーッッ!!!」
今度は一体なんだ!?と声の上がった方向を見ると、物凄い人数が波のように押し寄せ、俺達を囲む。
「勇者様お待ちしていましたっ!私は大魔法研究会の――」
「待て待て!そんな所よりも大手であるウチの剣技スキル研究会にっ!」
「バカを言うな!ここは七大勇者研究会以外に他はないだろう?」
その他にも様々な研究会の人間が誘いの言葉を投げかけてくる。熱意はすごいのだが、各々の主張がすごすぎて何を喋っているのかわからない。
クレアもこの状態にどうしたら良いものかと身を引いてしまっている。
すると後方から次第に声が収まっていき、囲んでいた生徒たちが一筋の道を作るように両側へと下がっていく。そしてその出来上がった道から一人の男性が現れた。
「初めまして。私の名はクラウス・ディナレスと申します。貴女が七大勇者クレア様ですね」
そう静かに挨拶をすると片膝を突き頭を垂れた。
少しクセのある白銀の髪に、知識を象徴とするインテリ眼鏡。高身長で細身の身体であるが、大型の杖を軽々と片手で音もなく床に置く様から相当鍛え上げている事が伺える。そしてその左腕には二学年八騎星の象徴である腕章が着けられ、第一騎と記されていた。
俺もクレアもこの状況にどうしたら良いのか顔を見合わせ、クレアが一声かけようとする。しかしクラウスはワナワナとその場で震え、静かに立ち上がった。
「貴様ら……。勇者様の前でありながら、そのような不躾な態度……。本来ならば万死に値する」
そう吐き捨てると冷めた目で見まわす。
「大魔法研究会に剣技スキル研究会だと?バカバカしい……。そんな力のない烏合の衆が集まっている場所になぜクレア様が行かねばならない?お前らの力量に合わせ時間を浪費するなど、バケツ一杯で海水を薄めようとする程に無意味だ。それに七大勇者研究会……貴様らの論文は随時目を通させてもらっている。あれは非常に素晴らしいものであったよ」
「そ、そうだろう!伝記や資料を様々な角度から調べているからね!だからこそ新生七大勇者クレア様は我らの研究会に――」
「黙れ……。貴様らはクレア様をモルモットにでもしようというのか?気持ちが悪いにも程がある……」
「おいクラウス待てよ!さっきから聞いてりゃあ好き勝手言いやがって!たしかに俺らは勇者様に比べたら大したことはない!けどな、お前にそんなこと言われる筋合いはねぇーんだよ!」
そういきり立ったのは剣技スキル研究会の部長であろうか?左腕には第三騎の腕章が着けられている。そしてその声に賛同するように、周りの生徒達は批判の声を上げ始めていた。しかしその声にもまったく動じることなく、クラウスは喋り始めた。
「この時代に勇者様が誕生したこと……。これは運命だと私は思ったよ。彼の有名な七大勇者イリス・ノクターン。彼は想像も絶するような力と魔力を保有し、凶悪な魔物どもを駆逐していった。しかしそこには頼れる仲間がいた……。そのうちの一人が我が先祖、クラリス・ディナレスだ」
「あぁ、知っているよ!お前があの有名な賢者の末裔だってことはな!それが何だって言うんだよ!?」
「まだわからないのか?クラリスがイリス様に仕えたように、この時代では私がクレア様を補佐する者として一生仕えて行くつもりだ。それこそがこの時代に生を受けた私の使命だと思っている。だからこそ貴様らの研究会に足を踏み入れることを許す訳にはいかないのだよ」
冷めた目ではあるが真っ直ぐと生徒達を見つめる。その態度に誰も反発の声は上げられなくなっていた。
それはそうとクラリス・ディナレスか……。たしかにイリスと一緒に居た気がする。しかし俺の記憶は鮮明には覚えておらず、何気なくピースケへと目を向ける。
「クラリスかぁ~。イリスと仲が良くって、精霊魔法の使い手だったよね!そんでもって周りに気を遣ってくれる優しい女性だったよね!」
そうピースケは補足し俺からの反応を待つが、それに反応したのはクラウスの方であった。
「ほう!魔物の分際でよく賢者クラリスの事を知っているものだな。とても優秀だ……。しかしだ、私は魔物が大嫌いでね!この世から消えて欲しいと常々思っているのだよ」
そう言い終えるとクラウスの魔導杖の大水晶が発光する。
「妖精如きが私の前で口を開くな……。四大精霊・風の調律神よ、我が問いかけに応え目の前の悪しき者を拘束せよ!」
【風陣・監獄】
流れるような詠唱と遅れを取らない魔法陣がシルフを囲み強く発光する。
周りにいる生徒もただただ身構えることしかできずに沈黙が訪れる。
「フンッ!どうだ?お前の上司にも当たる存在の魔法の効果は!!?」
そうクラウスはいい切り、その冷めた目でピースケを見つめる。
――が、ピースケはきょとんとした表情で自分の周りに発光している魔法陣に目をやると、軽くふぅーっと息を吹きかけ光の陣は散り散りに消え去っていった。
いや、でしょーーーねっ!
精霊魔法は四大精霊に魔力を譲渡しその力を得ることができる。しかしピースケはシルフなのだから無効になるのは当たり前だ。だが目の前に風の調律神がいるなど誰が想像できるであろうか……。思わずツッコミすら入れたくなったが、俺は静かにピースケを見つめた。
「馬鹿な!?なぜ私の精霊術が発動しない……」
「し、しまったぁーーー!!!あの、その……アタシは妖精のピースケっ!!本当だよっ!」
「貴様!私を馬鹿にしているのか!拘束程度で許してやるつもりだったが、やはり魔物は魔物だ……消えろ!」
そう言うな否やクラウスの大水晶がより力強く輝き始める。
これは明らかに攻撃魔法だ。学生にしては魔力量も大きく、そして魔力操作も群を抜いていることがよくわかる。しかしこの程度でピースケがどうにかなるとも思っていないが、さすがに妖精がこの魔法を受けてケロッとしているのは問題だ。俺はピースケの前に立ちはだかるよう前に出ようとする。
しかしそれよりも先にクレアが前に立ち、クラウスを一喝する。
「いい加減にしてください!ミーちゃんは私にとって家族同然なんですよ!これ以上酷い事をするというなら、私は貴方を許しませんっ!」
普段滅多に見ることのない表情のクレアがそう言い切る。
あー、めちゃくちゃ怒ってる……。俺は静か~に一歩後退した。
「なぜです!?コイツは魔物なのですよ!しかも私の精霊術すらものともしない凶悪な魔物です!勇者とは魔物を殲滅する存在でしょう!それなのになぜッッ!」
冷や汗をかきながら困惑したクラウスは問いを投げ掛ける。するとニコニコとした表情で、クラウスに耳打ちをする女性が現れる。その左腕には第二騎の腕章……。
そして視線は俺へと向けられる。
「なるほど、お前が三勇士オルフェス様の……。どうりで私の精霊術が効かない訳だ……」
いえ、違いますよ。
じいちゃんはな~んにもやっていません。ピースケに保護結界術を張っていると思っているようですが、 そうじゃなくてコイツ自身が風の調律神なんです。
えぇ、えぇ。なのでそんなに睨まないでください……。
っっって、言いてぇぇえーーーっっ!!
俺は頬をかきながら目をそらした。
「クラウスさん。私はたしかに勇者として力を授かりました。けれど、この世の全ての魔物が敵ではありません。心を通わせれば誰でも仲良くなれます。私はこの三年でそれを学びました……」
クレアはブルース、そしてココール村の事を想い話しているのだろう。そしてその嘘偽りのない言葉にクラウスは更なる戸惑いを見せている。
とここでパンッ!と乾いた拍手が場を支配した。
それは先程クラウスに耳打ちをした第二騎の女性であった。
「勇者クレア様、この度は第一騎クラウスが大変失礼を致しました。家族に牙を向けるなどお怒りはごもっともです。私からも謝罪を致します。本当に申し訳ありませんでした」
「ドロシー、貴様……。いや……クレア様、大変失礼致しました……」
「い、いえ。わかっていただけたのならいいです……」
クラウスは深々とお辞儀をすると、眼鏡を正す。そしてそれを横で見ていた第二騎ドロシーが確認すると、笑顔で拍手を一つ取る。
「うふふ。これで仲直り完了ね!私は第二騎のドロシー・ファンドル!以後お見知りおきをっ!クレアさん、もし迷惑でなければ全ての研究会を見学するというのはどうかしら?」
「す、全てですか!?」
「待てドロシー!そんなことが許されるはず――」
クラウスの言葉を遮るようにドロシーは笑顔を向ける。そしてクレアに向き直り両手を掴むと更に笑顔で話しを続ける。
「はい、全てです。このおバカさんのおかげで楽しみにしていた私達、そして新入生の皆様に不快な気持ちを与えてしまいました……。本来であればクレアさんに非などあるはずもなく、お願いしていること事態が甚だしいのですが……。何万回謝罪したところで好転もしませんし、それに歩み寄りたいのは私達だけではなないはずです」
「そうですね、わかりました!私も皆さんの日々の努力を見てみたいと思います。」
「話しが早くて助かるわ。でも1日2日では回りきれないから、ゆっくり行きましょう」
二人の話しが終わりを迎えると、それを見守っていた生徒達から声が湧きあがる。
未だクラウスは納得していない様子ではあったが、自身と周りの温度差に受け入れるしかないと悟ると静かにこの場所から去って行った。
「あの、ドロシーさん……。クラウスさんは大丈夫でしょうか?」
「まったく問題ないわ!思考が偏り過ぎていてこんな事ばかりだけど、根は国を想うイイ奴よ?それにこんな事でへこむような性格でもないしね!またクレアさんに直談判しに来ると思うから……うふふ」
そうニッコリ笑顔で答えるとクレアの手を引き、一つめの研究会へと足を運ぶ。
わずか一歳しか年も違わないのに誰かが傷ついたまま終わるのではなく、この場を収束へと導いた。これが年上の包容力というものなのだろうか……。
俺はそんなことを思いながら、クレアの背中を見送った。
お久しぶりです。
今回冒頭に出てくる天井でクルクル回っているプロペラみたいなもの……。(オシャレな喫茶店なんかにあるやつ)
なんて名前なんだろうと思って調べたら、【シーリングファン】という名前みたいです。
空気を撹拌するものなんだろうと、なんとなぁ~く理解していましたが名前までは興味ありませんでした(笑)
何事も調べてみるものです!
これから猛暑が続くと思いますが、皆さまぶっ倒れないよう小まめな水分補給をっ!




