43.一輪の薔薇と変質者。
あれほど待ちに待った入学式も終わりを迎えようとしている。
会場内にはアナウンスが流れ、新入生達が列を崩さぬよう一定のリズムで出口へと足を運ぶ。
今日という日に近づくにつれ込み上げてくる期待と不安は、今となっては既に思い出へと切り替わろうとしていた。しかし新しい気持ちが胸の奥で、心臓の鼓動とリンクするかのように次第に大きくなっていくのを感じ取る。
これはなんだろう……。期待と不安?でも高揚感もある。
治まることのない鼓動に、そっと手を当て新入生に目を向ける。
あぁ、これはあれだ。人間に生まれ変わって何度も感じてきた気持ちだ。
歯がゆくてワクワクして、でもちょっぴり未知の領域に踏み込もうとしている自分。
今俺の内から飛び出そうとしているモノ。それは好奇心というなんとも厄介で、それでいて自分を成長させてくれる素晴らしいものなのだと理解する。
厄介とは言い過ぎかもしれないが、周りからすれば迷惑なのかもしれない。なぜなら好奇心は探求心でもあり、周りが見えなくなる。でも俺は嫌いじゃないんだよ。だって嫌いだったらこんなにも口元は緩んでいないのだから。
俺は次第に空席になっていく椅子に物寂しさを感じながら、一呼吸してこの後の予定を整理する。
たしかこの会場では新入生の親御さんに説明会があるんだったな。その間、俺達新入生は割り当てられたクラスへと移動し明日からの日程の説明を受けて終わりのはずだ。
たしか俺は……。そう自身のクラス表を見ようとした時。
「申し訳ありません。こちらにシキ・グランファニア君はいらっしゃいますか?」
そう声が聞こえる方へと目を向ける。警備員……というには少し体は細い。魔術ローブを着ている事から、この学院の教員だろうか?俺は呼ばれた方へと近づき、自ら名乗り出る。
「はい。自分がそうですけど……。なんでしょうか?」
「あぁ!よかった。いやね、キミの知り合いだと言う者が来ているのだが。どうにも胡散臭い見た目でね?お引き取り願おうにも頑なに聞いてくれないのだよ。これが勇者様の知り合いだと言われれば、強制的にお引き取り願う所なのだがね……」
そういうと申し訳なさそうに眉を八の字に困り果てた顔をしている。
たしかクレアはこの後、王宮へと足を運ぶ予定になっている。だからこそこのタイミングでクレアに近づいてくるものは問答無用でお引き取り願う形になるのは理解できるのだが、俺を訪ねてくる者とは??
「あの、よかったら俺が直接伺いましょうか?」
「ほ、本当かい!?いやぁ、話しが早くて助かるよ!二人は身分証からも納得ができる者でね。ただもう一人がね……。一応はランクDの冒険者なんだけど、その二人の内の一人と口論にまで発展してね……。いや、もう勘弁してほしいよ」
教員の撫で肩がさらにガックリと垂れ下がるのが見て取れる。誰が来ているのか全く見当もつかなかったが、何故だか俺が申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「シキ!私もついていくよ」
「は!?いやだってこの後すぐにでも王宮に向かわないといけないんじゃないのか?」
「今外に出たらきっと揉みくちゃにされちゃうもの!だから少し時間をずらした方がいいと思うの。ここから王宮までなんて高速移動すればすぐに着くものっ!それより今来てくれている人達はきっと私達にとって大切な人達だよ」
悪戯っぽい口調ではあったが、クレアに手を掴まれ移動を余儀なくされる。クランツは両手を軽く上げクレアに遅れないように忠告する。そして兵士達に表向きは馬車で王宮に向かっているよう細工をするといい、共に裏口から退出していった。
俺とクレアは教員の案内により静まり返っている廊下を進む。程なくして足は止まり一つの部屋の前に到着する。恐る恐るという訳ではないが軽くノックをし、失礼しますと一声かけ扉を開ける。
そして中には警備兵が二名と俺が良く知っている顔ぶれが並んでいた。
「おぉっ!シキにクレアよ、わざわざ来てくれたのかっ!!」
そう張りのある大声を出したのはココール村の村長オールドマンことオッサン。そしてその隣にはオルトファウスさんが立っていた。クレアはやっぱり!と言うなり嬉しさを隠すことなく二人に駆け寄る。二人はこの式の為に村では見たことのない正装をしていたのだが、大人の風格と言うか全く違和感なく着こなしていた。
「此度はご入学おめでとうございます。本当はこのまま村に帰る予定だったのですが……村長がですね」
「オルトさんありがとう!っつぅか口論になったとかって聞いたけど一体……」
そう俺が言葉を続けようとした矢先、オッサンの向かえにいた男性がプルプルと震えながらこちらに向き直る。
上下真っ白なスーツに薄桃色のシャツ。さらにピンクの蝶ネクタイで正装を決めたチンピラ顔の男がそこにいた。
「んん兄貴ぃぃぃいいいーーーーっっ!!!」
「はぁっ!!?なんでアニーがここに!??」
オッサンとオルトさんには入学式の日時は伝えてあった。とは言えココール村から王都までの距離は相当なものなので来れないとばかり思っていた。しかし俺達を祝福しようとこうして来てくれているので物凄く嬉しい。
問題はアニーだ。数か月前に偶然にも試験の帰り道で会ったことは覚えている。だが入学式のことは勿論、バレンシア校の話しなど一切していなかったはずだが……。
俺の問いかけにアニーは上着をビシッと正すと、それまで警戒していた警備兵二人にシッシッと手で合図を送る。さすがにこの打ち解けた空気で察したか、警備兵たちは一礼し部屋から出ていった。
「兄貴~。なんでだなんて聞かないで下さいよ~!簡単なことっスよ。運命的にも兄貴と再開したあの日、バレンシア校の入試試験があった日じゃないすか!年相応に考えれば試験の帰り途中、んでもって兄貴が合格しない訳ないっスからね!」
息を吸って吐くという行動が当たり前かのように、アニーは自然に言葉を放った。間違えなど微塵にも考えなかったのであろう。現に俺の目の前には嬉しくて嬉しくて仕方のないと言わんばかりのアニーが笑顔を絶やさずいる。
「そ、そうか。すごい推理力だな」
とりあえず誉めていいのか。すんなり再開をしたことに喜んでいいのか。俺の口からはそれしか出てこなかった。
「で、口論になったとか聞いてきたけど?」
「がーはっはっはっ!そう言えばそうだったな!!いやな、職務質問を受けていたアニー殿の口からお前の名前が聞こえてな!何事かと思い話しの火中に身を投じた訳よ!最初はこんなチンピラ顔の男がシキの知り合いな訳がないと思っておったが、話しを聞くにつれて真実味が増していってな!今では誤解も解けてご覧の通りよ!!」
そう言うなりオッサンはアニーの肩に手をかけるとニッカリと歯を見せる。
「ちょっとひでぇなオールドマンさんよぅ!お宅だって俺とそんなに変わりないように見えるが?特に顔面が……」
たしかに二人を見ているとわだかまりも全くなく、悪態をついてもそれすら昔ながらの友人と接するように見える。俺は大事ではなかったことを確認すると、今は三人からのお祝いの言葉を噛みしめていた。
「俺の気品溢れる顔はこの際どうでもいいわ!そんなことよりも、まさかクレアが七大勇者だったとは驚きを隠せなかったぞ!!!!シキよ、黙っているなんて酷いじゃないか!」
「ふふふ、おじ様ごめんなさい。でも規則で喋ることができなかったんです」
「いやいやクレアが謝ることはないぞ?俺は男同士シキに文句をいっているのだ。あ、もしかしてクレア様と呼んだ方がいいのか?」
「なんだよ男同士って……。こっちも箝口令敷かれてもどかしかったんだぜ?そこは察してくれよ。それに今さらクレア様だなんて呼んだら、クレアは嫌がると思うぞ?」
その言葉にクレアも今まで通りに接してと、前のめりになってオッサンに釘を刺していた。一方静かにしていたアニーがキョトンとした顔で俺の左肩に指を向ける。
「……あ、あのコイツは昔あった時にもいましたよね?でも、えっと……」
そういえばすっかり忘れていた存在に気が付く。いつもならこの空気に真っ先に花を咲かせるであろうシルフである。しかし式の直前からモニョモニョとしており、アニーの問いかけにも歯切れの悪い返答をする。
「あ、あのアタシは……その。妖精だよ?えっと、妖精の……名前は……」
こいつはまだ名前を考えていたのか!!?
そういえば式の最中も何か考え事をしている雰囲気ではあったが、まさかギルスとリズの対応からずっと考え込んでいたのか!?
俺はそんな見たこともないシルフに手助けしてやろうと言葉を掛けようとするが、それよりも先にアニーが口を開く。
「え?妖精??それって何の冗談ッスか???風の調律神様っスよね?」
その一言に部屋内にいる者全員がギョッとした顔でアニーを見る。
俺に至ってはオッサンに目を向け、喋ったのかとアイコンタクトを送る。しかしオッサンは頬の肉がブルンブルンと勢いよく揺れるほど頭を横に振り、否定を示してきた。
シルフの存在は公では非公開にされている。ココール村にオフィーリアの森。それとフォグリーン村の連中は知っている。それに加えアラン校長にシルフの件は話しを通し、学院側も了承し口外しない約束だ。
アニーがシルフに会ったことがあるのは今回を含め2回目である。しかし幼き日にあった時は気付いていない様子であった。一体どこから情報が漏れたのか……。そんなことを考えていると――
「ふふふ。アニーさんは私と同じように眼がいいんだよ!だから試験の帰り道、私のこともすぐに勇者だって気が付いてたよ?だからミーちゃんの演技も意味ないかもね!」
優しい表情でクレアが俺達に衝撃の事実を伝えてくる。
「さすがお嬢ッス!自分で言うのも何なんスけど、人を見る眼だけは自身あるッスから!あ、そうだ。お二人に受け取って貰いたいものが……」
そういうなりアニーは新聞紙に包まれた一輪の薔薇を差し出してきた。未だアニーの人並み外れた嗅覚のような眼のよさに驚きを消化しきれないでいる。が、その特技を周りに自慢するわけでも、情報を流すような態度でもないと感じとる。
俺はクレアに軽く手を差し出すとクレアは嬉しそうに薔薇を受け取り、その香りを楽しんでいた。
「男アニー!一生ついていきますぜっ!!」
「お、おう。ほどほどにな……。それよかシルフのことなんだが……」
片膝をついているアニーを立ち上がらせ、なぜシルフがピクシーなのかの説明をする。
「あー、なるほどなぁ!皆と同じ目線になりたいから、演技をしていると!でも名前がなくて困っていると?」
「そうなんだよアニー!アタシ名前だなんて考えもつかないから、どうしたものかと思って……」
「じゃあ、ピクシーのピースケでいいじゃないっすか!なんか親近感もあって、こっちは呼びやすいっスよ?」
ピピピピピーーーースケって!!どう見てもシルフは女の子なのに、鳥にでも付けるかのように名前を決めやがった。しかもアニーの表情から察するにボケて言っている訳ではなく、本気でその名前を良しとして発言しているところが笑えてくる。だが俺の思惑とは裏腹に、シルフの返答は清々しいほど簡潔なものであった。
「おぉーーーっっ!!アニー、それいいよっ!アタシ気に入った!」
「はっ!?シルフ本気かよ!!」
「うんうん!だって覚えやすいし、見た目と名前の性別のギャップがなんともいい感じじゃん!?よし、アタシは今日からピースケだぁぁぁぁああ!!」
俺は目を点にしながらシルフを見つめるが、当の本人は相当気に入ったようでアニーの肩に乗っかり足をパタパタさせながら満面の笑みでお礼を述べている。アニーも役に立てたようで笑いながら今後ともよろしくっスと頭を下げていた。
その後三人に別れを告げクレアは王宮へと向かい、俺はシル……ピースケと共に自分のクラスへと足を向ける。教室に着くと担任の先生と思われる教師が「話しは聞いているから」と俺を後方の席へと促す。丁度明日からの日程の説明を始めるところだったようで、俺は姿勢を正し教師の言葉に耳を傾ける。
と、隣から視線を感じるのでほんの少し顔を向ける。
「シキくん!受かっていたんだね!しかも八騎星だなんてすごいよ!」
そう小声ではあったが、喜びがしっかりと伝わってくる表情で俺へと言葉が送られる。
「うぉ!アカリじゃないか!まさか同じクラスだったのか!」
俺も小声で返答すると、アカリはクスクスと笑いながら説明を続けている教師へと姿勢を正す。
説明は30分程で終わり、解散の一言で教室内からドッと声が湧きあがる。そしてアカリに話しかける間もなくクラス中の生徒に取り囲まれる。
「おぉーー!マジでオルフェス様の御子息なのかっ!?」
「いやいや、それは間違いないだろ!同じクラスになれるとか嬉しいんだけどーーっ!」
「ねぇグランファニア君。式の最中もみんなが気になっていたんだけど、その肩にいるのって?」
「すごく可愛い!どこで売ってるの??」
「売ってるわけないだろ!これだから女子どもは……」
怒涛の質問責めに俺は少し身を引き、一体何から答えればいいんだと混乱する。
クレアやクランツ、シャル以外の同い年の人間が大勢いることの喜びもさることながら、こんなにも活発なものなのかと驚きの方が強い。何か喋らなくてはと思いはするが、無情にも口はパクパクと開いては閉じてを繰り返す。すると俺の肩から勢いよく飛び出したシルフが歓喜の言葉を発する。
「アタシは妖精のピースケ!!みんなこれからよろしくぅーーーっ!」
晴れ晴れとした顔つきで挨拶をする。それに対して皆も同じように挨拶を返してくる。
その始まりの挨拶がとても嬉しくて、とても心地よくて、俺達はすぐに仲良くなれるだろうという気持ちに溢れ返っていた。
何回も経験してきた季節、春。
だが今年の春はいつも以上に温かで、優しい風が常に心を躍らせている。
この先どんなことを学ぶのだろう?俺は先の見えぬ不安なんかよりもこの好奇心に身を委ねようと思うと、自然とクラスの会話に溶け込んでいくのであった。




