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42.歓喜の入学式

 冬の終わりが告げられる。

 力を蓄えてきた樹木たちが春の日差しを受け新芽が芽吹く。

 若菜色の草木とともに色とりどりの花々が風に揺れる。陽気な風は甘い香りを(まと)い、蝶や蜜蜂が風景と調和するかのように飛び回る。

 それは祝福を受けた大地の活力を感じるには十分過ぎる程の光景であった。


 そんな春の息吹を感じる中、俺達は入学式を迎える事となった。

 そして王都内では至る所から活気の声が上がっている。理由は七大勇者誕生から3年、ようやくその姿を見ることが出来るからである。

 それだけではない。世界を引率する五大国の王達が一同にここロンドアークに集結するのも大きな要因であった。

 隣国コーネリア王国を筆頭に、世界一清らかな水を持つ魔法都市オルヴェール。壮大なアトラス山脈の地下に築き上げたドワーフの王国ルドベキア。花と歌が来た者の心を癒すアミュレイ王国。

 それに伴い国内の村や町は勿論のこと、隣国から海外に至るまで大勢の人々が押し寄せてきている。まさに歴史に刻まれる大イベントなのである。

 そんな訳でここバレンシア校に到着するのにも一苦労であった。勇者様を一目見たいと集まってくる野次馬達で溢れ返り、大規模の警備兵が必死に誘導をしていた。そうなることも踏まえて、街の大広間に街頭にとモニターと呼ばれる特殊魔導具を多く配置している。なんでも遠くの状況を映像として映し出してくれる代物だそうで、年月というものは便利なものを生み出すんだなぁと感心していた。

 当の勇者クレアはというと、肝が据わっているのか天然なのか平常運転で一般生徒と同じ門から入り、今現在学院の大講堂舞台裏にて入学式での説明を受けていた。

 そして俺はと言うと――


 「あ、あなた本当に受かっていたのね……というかそれも驚きなのだけど、まさかあなたが八騎星の一員だなんて……」


 そう口を開いてきたのは入試試験で昼食を共にしたリズ・セレイアであった。つい先程試験中に文句を言ってきたギルス・ハルバードにも同じことを言われたばかりでそんなにも驚く事なのかと思いながら内心では嬉しさが込み上げていた。なんだかんだで覚えていてくれたことが素直に嬉しかったのである。


 「あぁ!リズもその腕章とバッジを見ると八騎星なんだな」


 「えぇ。……ところで、アナタの横にいるのって……」


 「うん!アタシは妖精(ピクシー)だよ!よろしくねリズっ!」


 そう元気に答えるのはシルフであった。目を輝かせリズに挨拶をする。が――


 「あなた魔物使い(モンスター・テイマー)だったのね。まぁ夢が夢だもの、納得したわ。でもこの神聖な入学式で粗相のないように、しっかりとその妖精(モンスター)を躾けておいてね」


 そう言うなり冷たい眼差しでリズは俺らの前から離れていった。

 シルフはガックリと肩を落とし、相手にされなかったのが応えているようで難しい顔をしている。


 「んんん~~~~~。シキぃ、やっぱりさぁ……アタシが思うに名前だと思うんだよね。自己紹介で妖精だよ!って、シキで言うなら初めまして人間です!って言ってるようなものじゃない??さっきのギルスもそうだしリズの反応もイマイチだったしさァ。名前……名前……うぅ~~~~んんんん」


 シルフは腕を組み名前に問題があるとみて頭を悩ましている。てっきり妖精(ピクシー)役が嫌だから風の調律神(シルフ)として接したいと言いだすのかと思ったが、どうやらそれはなさそうで一安心する。

 そんなシルフを余所に辺りを見回すと式典の段取りに忙しそうな教員と、セット転換に不備がないか確認しあう整備士さんたちが慌ただしそうに動き回っている。それ以外で静かなのは俺達八騎星だけだろう。

 しかし皆緊張からなのか、それとも興味がないからなのか自己紹介もろくにしていない状態である。とここで遅れてクランツがレオン王と共にやってくる。それと同時に皆整列し、凛とした沈黙が訪れた。


 「皆仕事の手を止めさせてしまってすまない、しかし本日は歴史に残る式典となるであろう。滞りなく進められるよう期待しておるぞ!」


 優しく力強いその言葉に皆が敬服し一礼する。


 「今年の八騎星はキミ達か。今年は王族であるクランツに、七大勇者と気を遣う場面も多いだろう。しかし他の学年では味わう事の出来ぬ体験ができるはずだ。互いに研磨しあい、より高みへと成長していくことを心より願っている。」


 「「「はいッッ!」」」


 先程まで自分の世界に入っていた者達が一瞬にして心を一つにした瞬間を見た気がした。

 そして王様は俺へと視線を向け、ポンと肩に手を置いてくる。


 「シキにクレア……。子供子供だと思っていたが、本当に立派になった。今後もよろしく頼むぞ」


 「……仰せのままに!」


 俺は片膝を着き頭を下げる。その横でシルフも同じように行動を取る。

 えぇ。さすがにこの状況で任せておいてください!だとか親近感溢れる挨拶はできないだろう。同じ八騎星の連中も驚きの表情を隠せていないようだし、間違いなくこれが正解だ。


 「う、うむ。では私は来賓席に行くとしよう……」


 王様は何か腑に落ちないような表情でこの場を後にする。するとクランツが笑いながら俺へと寄って来た。


 「シキがまさか礼儀正しく挨拶を返すとは思っていなかったんじゃないかな?父上のあの顔……あははははは。あー、なんかすごい緊張が解れたよ、ありがと!」


 「はぁ!?お前なァ、俺だって場をわきまえて行動はできるぞ?」


 「いやいや、シキはまだまだだと思うよ?ほら……」


 そういうと他の八騎星へと手を向ける。その先には少し身を引いた形で、「殿下と対等に会話をするなんて……」「え?タメ口……」「なんで王様が??」等と小声ではあったがしっかりと耳に届いていた。

 俺は周りには見えないようクランツを睨み付けるが、それすらも可笑しかったらしくクランツは肩を震わせていた。俺はしてやられたと思い無言で汗を掻く。そんな心境の中、式の始まりを告げるアナウンスが響き渡った。


 まず始めにアラン校長の挨拶から始まった。

 年を感じさせないその声音と、これからの新生活を喜ばしく思う気持ちを新入生達の心に響かせていた。

 そしてレオン王の登場である。会場内から歓声が上がるも、静かに手を上げると一瞬にして歓声は静まり皆が期待に満ちた表情でレオン王の言葉に耳を向ける。

 希望に満ちた賛辞を送り、まるで一人一人に話しをしているかのようであった。優しく聞き取りやすい言葉で会場内、そしてモニターの向こうにいる人々に思いを伝えていった。


 「それでは今年の八騎星の紹介をさせていただこう。これからの良きライバルであり仲間であり、そして目指すべき場所である!」



 【八騎星・第八騎 シキ・グランファニア】


 

 そう名前が呼ばれ、俺は舞台袖から足を運ぶ。ふと横を見るとクレアとクランツがいつもの顔で俺へと無言のエールを送っている事に気が付いた。俺は軽く手を上げると、勢いそのまま眩しい壇上へと向かう。

 視線の先にはレオン王が自身に満ちた表情でこちらを見ている。そして鳴りやまぬ拍手の中、次々に名前が呼ばれていく。



 【八騎星・第七騎 ギルス・ハルバード】



 【八騎星・第六騎 ミント・カフィー】



 【八騎星・第五騎 ポアロ・グルメイル】



 【八騎星・第四騎 リズ・セレイア】



 【八騎星・第三騎 アスラ・ツヴァイク】



 【八騎星・第二騎 クランツ・ロンドアーク】



 【八騎星・第一騎 クレア・シルフィーユ】 



 前もって指定されていた場所に八名が並び、一呼吸置くとクレアが一礼し新入生代表の挨拶として校長の前に移動をする。内ポケットから奉書紙を取り出し、穏やかな口調で挨拶を切り出した。

 緩急をつけ皆がクレアの言葉に引き付けられる。それはまるで麗らかな春そのものが代弁しているように錯覚するほどであった。

 挨拶が終わるとレオン王がクレアの横に並び会場へと顔を向ける。


 「3年前、この国に災いが降りかかろうとした。邪悪なその魔力に警報が鳴り響き、その地に居た者は恐怖と絶望を抱いたことであろう。早急に討伐隊が送り込まれ、私の脳裏に最悪の事態が過った。しかし第一の知らせは邪竜消滅の吉報であった。そしてその邪竜を消滅させし者……それこそが私の隣にいる七大勇者が一人、クレア・シルフィーユであるッ!!ではクレアよ、国の者に留まらず世界へと言葉をいただけないだろうか?」


 クレアは「はい」と答えると沈黙を守り続ける会場に向け、いや世界に向け言葉を発する。


 「只今ご紹介に預かりましたクレア・シルフィーユと申します。私はこの3年間、様々な場所に赴き見聞を広げてまいりました。それは神具の女神に出会い、勇者になるまでは本当に普通の子供だったからです。不自由のない日々を過ごしてきた私にとって外の世界は美しくもあり残酷なものでした。ですがそう思えたのは大切な人達が私を守っていてくれていたからなのだと理解しました。大切なものは家族や友人だけではありません。自分の生まれ育った地であったり、思い出であったり様々です。きっと今この言葉を聞いている皆さまにも大切なモノはあると思います。私はその大切なモノを守れる存在で在りたい。そして人々の希望でいられるよう、皆が平穏な日々を迎えられるよう精進していく次第であります。この神具エーデル・ワイスとともに――」


 スッと右手を差し出し青白い光の粒子が大きく弧を描くよう集結する。金色の光と共にエーデル・ワイスは形成され、クレアは天を突くように掲げる。と同時に今まで以上の拍手に歓喜の声が舞い上がる。

 その大歓声はクレアが舞台袖に下がった後も鳴りやまず、一時進行を中止するほどの熱気であった。


 その日は世界中が希望の光に照らされた日になったであろう。

 そしてクレアにとっても生涯忘れられない門出になったに違いない。

 俺はそう思うと自分の事のように嬉しく、そしていつか年を取った時に思い出話しとして語り合えるよう、この地響きにも似た拍手喝采を全身で受け止めていた。



 


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