03.百年の歳月
一気に駆け上がってきた階段の方を一度振り返る。誰もいないことを確認すると、家の向かえにある展望台広場まで移動をする。
呼吸を落ち着かせる為にゆっくりと歩き、柵に手をかけ――
「いっちばぁーーーーーんっ!」
人差し指を天に向け、その人差し指を見つめながら大声で宣言した。が――
「ふふーん。残念ながら一番はアタシだよっ」
すぃーーーーーっと、目の前にやってくるのは四大精霊の風の調律神だった。
「あーーー!!お前空飛んできたんだから反則だろ?」
「いやいや、アタシの場合は飛ぶだからねー。なんの問題もないよ」
こっちは身体強化魔法も、常時回復魔法も使用していない。一般的な人間の五歳児に、シルフは自信満々な顔をしてきた。
あれは二歳の頃だったか?前世魔王だった時には感じたことのない、幸福感を全身で感じたのは。
ミルク粥。その旨みは舌から頬に伝わり、止まることなく目頭に訴えかけてくるほどお腹と心を満たしてきた。
そして駆けっこ。前世の記憶があるのだから、造作もないことだろうと思っていた。しかし短い足と出来上がっていない身体により、よく転んでいた記憶がある。走っても大した距離なんて進んでいない。
しかし膝の擦り傷と、一歩一歩踏みしめてきた疲労感が成長していると実感できた。
感じたことのない高揚感と、これから訪れるであろう未知への期待。それが混じり合い、拍子抜けするほどあっさりと【楽の封珠】は解除出来てしまった。
そしてその時返ってきた記憶は、仲間の記憶。そして極々一部の魔力だけだった。
仲間の記憶。と言っても、全てが鮮明に覚えているわけではない。例えるなら水中で目を開けた時の感覚に似ている。視界が悪く、なんとなく形が把握できるような曖昧な感じ。言われて、あーいたかもレベルである。
そして魔力。極々一部と言ったが、少し情報が少なすぎたかもしれない。
国一つ、訳なく消し去るくらいは戻ってきている。うんうん。
だから俺だって本気だしたら、シルフに先を越されず一番なんて余裕で取れてた訳だし。別に悔しいとか、そういう……いや、悔しいなっっ!
魔法を一切使用していないとはいえ、本気で駆け上がってきたのだから悔しい。
しかもシルフとは生前からの腐れ縁というやつだ。それゆえに目の前でドヤ顔していることに腹が立ってきた。しかし俺は大人だからな、ここはシルフに譲ってやろう。
ここはロンドアーク領域にあるフォグリーン村。
村というよりかは軍事物資補給所といったほうが近いかもしれない。村には兵士達の憩いの酒場と、販売目的より兵士達の装備品メンテナンスの鍛冶屋が一軒。3階建ての宿屋と小さな道具屋が駅の目の前にある。
そしてその駅には黒鉄色の魔導列車が定着している。その列車から大小様々な荷物を運び出し、軍事保管庫に一旦運び込まれる。その後、東部国境に配備されている兵士達のもとへ運ばれていく。
この魔導列車を初めて見た時には興奮を抑えきれなかった。むき出しになっている蒸気配管に、迫力のあるボディ。停止している時点ですら見ていて飽きない。
たしかそろそろ国民証の更新期限だと、じいちゃんが言っていた。是非ともその時にこの魔導列車に乗って、王都まで列車の旅をしたいものだ。
「やっと追い付いたよぉーーー」
息を切らせながら、てちてちと走り寄ってくる少女がいる。幼馴染のクレアだった。クレアはフォグリーン村で唯一の同い年の子供であり、赤子の頃から一緒にいる兄妹のような存在だ。
シルフもクレアとは仲が良く、クレアはシルフの事をミーちゃんと呼んでいる。以前理由を聞いたが、女の子同士の秘密だからと教えてくれなかった。
「はい!クレアがビリでしたぁー」
「ミーちゃんも、シキも早すぎだよぉ」
「こいつは空飛んで、ショートカットしたからな?とりあえず休憩しよう。水持ってくる」
座り込んでいるクレアの周りを、陽気にシルフは飛んでいる。クレアはなんとか呼吸を落ち着けようと深呼吸を繰り返していた。
俺は小走りで家の中に入り、台所に向かう。子供用の台に乗り、蛇口を捻と勢いよく水が出た。コップに注ぎ一気に飲み干す。
これすごくね?
この蛇口を捻るだけで、新鮮で綺麗な飲み水が出てくるのだ。
生前の記憶では井戸から水を汲み上げ水瓶に貯めておくか、ポンプを使って汲み上げるかの方法だったのだが。百年で、ここまで簡単に水を使用できることに当初は驚いた。
おぉおぉぉーーーーーー!!と声をあげ、捻っては閉め捻っては閉め……じいちゃんに怒られたなぁ。
そして台所の横にあるこの四角い箱……なんだと思うね?これは食品や飲料水等を冷却保存しておくことのできる冷蔵庫というのだよ!!!
そしてそして、この壁のスイッチを押すと!天井に設置された照明というもので、夜でも昼間のような明るさを保つことのできるものなのだ!!
いやぁ、ほんっといつ見てもすげぇわ。最初見た時、なんの魔法を使ったのかってくらい目をまん丸にしてずっと見てたわ。
この技術を世に広めたのが、異世界転生者の設立したNo.sである。
創立者・髙間彰人が、少しでも人々の暮らしを快適にしたいと願い設立したと聞いた。
変わったのはこれだけではない。転生者達は食材にまで目を付け、これまで質素だった食生活を大幅に改善したのだ。昔はクズ野菜のスープと黒パンと呼ばれる、味があるのかわからないスープとガッチガチのパンが主食だったと聞く。しかし今では農作物・畜産物の生産方法を確立し、人々が飢えることないよう安定した供給を行っているのだとか。
以前興味があって、じいちゃんにクズ野菜のスープと黒パンを食べさせてもらったことがある。
あれはあれで野菜の甘みと旨みがあり、黒パンをスープに浸して少し柔らかくなった所を食べるのが最高に美味いと思うのは俺だけなのだろうか?いや、そもそも――――以下略。
ふ……熱くなりすぎた。こんな時は冷えた牛乳でも飲もう。
冷蔵庫から牛乳瓶を取り出し、水滴のついたコップに注ぎ一気に飲み干す。
「ぬぅああぁあーーーーー!うっまーーーー」
ジジーーーっと、冷蔵庫から冷却音が聞こえる。
そして背後からじじーーーっと視線を感じる。
「一人だけ牛乳飲むなんてずるいぞー!」
「クレアも牛乳飲みたーい」
「あ、アタシは蜂蜜入りでよろしく~」
俺は振り返ることなく、二人分の蜂蜜入り牛乳を準備した。