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38.調律日食の日。

 扉を開け講習台へと移動する。書類を置き大変お待たせしましたと挨拶をすると、バレンシア高教員70名が乱れることなく一礼し着席した。

 エリスはというと教員の後方へと移動をし映像記憶装置、まぁプロジェクターの準備に取り掛かりオーケーサインを出していた。本当は解説途中一人でやるつもりだったのだが、何も言わずとも進んでやってくれるのは素直にありがたい。私の行動を先読みするなんてエスパーの類なのかとも思ったが、先程の論破してやりましょう発言に加え冷めた目で教員を見ている辺り悪魔なのかもしれないと思った。

 いや、小悪魔にしておこう。込み上げてくる笑いを我慢し、冷静な口調で切りだそうと思っていると最前列の老人……いえ、アラン校長が静かに立ち上がり言葉を発した。


 「マリベル様。この度はお忙しい中、私共の無理なお願いを聞いてくださったこと、本当に感謝しております」


 「いえ、教員の皆様方が困惑するのも無理はありません。私としましても大変興味深い結果が出ましたので、順を追って説明の方をさせていただきたいと思います。本日はよろしくお願い致します」


 アラン校長は目を閉じ右手を胸に当て、深い感謝を表している。


 「それではまず始めに筆記試験に置いてですが、とても優秀な回答をしています。試験に向けてしっかりと勉学に励んだのでしょう。点数順位で言えばなんの問題もありません。ただ一つ気にかかる方もいらっしゃるとは思います」


 そう、一つ気にかかる。

 彼は筆記試験戦略術の問題の答えが全て【殲滅する】と回答しているのである。

 魔物の群れに遭遇した場合、重傷者が隊にいる場合など状況に応じての戦略を回答する。この問題には一応のマニュアル回答は存在する。しかし実際の戦場で確実に生き延びられるマニュアルなどない。その者の戦闘力・知識・警戒能力・視野の広さ、全てにおいて同じ人間などいないのだから。

 しかし、もし唯一生き延びられるとするのなら【殲滅する】という回答は間違いなく理想の答えである。だがこの回答に会場内からは、「傲慢な考えだ」「現実を知らぬ若輩者の答えだ」など批判的な声が上がっている。

 もっともな意見ではあるが彼らはまだ知らないだけである。

 なのでゆっくりと紐解いていくとしよう。


 「……静粛に願います。この回答においての批判的な意見はごもっともでありますが、その発言はまた後程……。それでは次に実技試験に置いてです」


 彼が受けた試験の順番を口頭で述べていく。

 妨害魔法解除試験。回復魔法適性試験。防衛結界術試験。近接攻撃試験。攻撃魔法実技試験。


 うぅ、正直どれも素の私には合格できないものばかりだ……。

 魔力が少ないのに加え、魔力制御さえうまくいかないのだから。

 だからこその【スキル】なのであるが、そのスキルで生み出した魔導具ですら彼にとっては大したことがない物なのだと証明されてしまった。

 

 ま、まぁ?受験生相手に本気の魔導具なんて出していないんだから、改良点を発見できた私としてはありがたい事なのよね……。本当だよ!悔しくは……ない。


 妨害魔法解除試験は会場に細工がしてあった。試験官の合図と共に視覚を妨害し、さらに失われた平常心に追い打ちを掛ける目眩(小)を追加してあったのだが、これは約5秒で解除される。

 いや、映像でも確認したが、もっと早くに解除できたのではないかとさえ思う。

 腕を組み何かを考えるような素振りであったが、まるで何事もなかったかのように残りの時間は窓の外を見ていた。

 幾千もの戦場を駆けた国の騎士やギルドの上級冒険者達ならまだしも、受験生でこの対応は最速である。


 次に回復魔法適性試験である。

 赤く光るパネルに回復魔法を施すことにより、白いパネルに戻る仕組みになっている。

 これは前世の幼い頃、光る鍵盤のピアノに一目惚れして欲しかった記憶から作った思い出深いオモチャ……いえ魔導具である。受験生達の回復魔力は魔石に蓄積され、国の為に使用されるようになっている。この魔導具を導入して十年になるだろうか。5分間でパネルを白に戻す最高枚数は68枚であった。

 そして今年の受験生にセレイア医術院の御息女リズ・セレイアが102枚と高得点を叩きだしたのだが、あっさりとシキ・グランファニアに抜かされる。

 

 彼の変換した枚数584枚。もちろん1枚1枚が同じ魔力量が必要な訳ではない。開始時は大した魔力が必要なくても枚数を重ねれば次第に増えていく仕組みであるのだが、彼は疲弊することなく少し笑いながら流れるような手捌きでこなしていった。

 

 そして防衛結界術試験。これはさすが三勇士・封術師オルフェス様のお孫様と言わざるをえない。

 膨らむ風船に結界を張るのではなく、根本を絶つという着眼点。もちろん膨らむ風船を強固な結界でカバーできるのもポイントではある。しかし毒ガスだった場合等を考慮すると、明らかに根元を絶った方が被害が少なくなる。結界術とは個を守るのではなく、先を見通した全を視野に入れなくてはならないのだから……。

 先程の批判的な声とは変わり、会場内は驚きの声があちこちで上がっている。


 「さて、今私の手元には1枚の封書があります。この封書は近接攻撃試験でシキ・グランファニアを担当した試験官から聴取しました。試験官は現役王都騎士団16部隊隊長アベルト・フォード隊長からのもです。アベルト隊長は剣術の腕前もさることながらより規律に厳しい隊長とお聞きしておりますが、部下や周りの人間からも慕われている存在です。そんな規律に厳しい隊長が周りの目も気にせず、10分近くシキ・グランファニアに実技を費やした理由を一言一句漏らさぬよう読み上げたいと思います」


 私は封書の口を閉じていた蝋を割ることなく開け、中から用紙を取り出し通る声で読み上げる。


 出だしは受験生を平等に接しなければならない試験官という立場にありながら、他の受験生よりも多くの時間を割いてしまったことへの謝罪から始まっていた。

 掻い摘むと剣を合わせた時、この者の伸びしろは計り知れず是非とも剣術を指南してあげたいと思ったそうなのである。しかし次第にそれは錯覚なのだと気付く。いつのまにかその感情とは逆の気持ち、この者と剣を合わしていたい。もっと己の足りぬ剣術を磨きたいという気持ちになっていたそうだ。

 そして最後に16部隊長自らの推薦という形で文章は締められていた。


 会場は大きく声が飛び交っている。

 それはそうだろう、現役の騎士が若輩者の受験生を褒めちぎっているのだから。だけど本当にすごいのはここからである。

 私はエリスに合図を送ると、会場内が薄暗く消灯する。そして真っ白なスクリーンを天井から下げる。


 「皆様。今から流す映像はシキ・グランファニアの攻撃魔法試験の映像になります。瞬きは厳禁ですよ?それでは……」


 私はスッと横に移動し、映像が流れ始める。

 試験官の開始の合図のあと、腕を組み何やら慌てているように見える。30秒が経過しここでようやく詠唱を始める。――が、何かに気付いたように途中で放棄し静止する。そして残り2秒のところで右手を突き出しそのまま終了となるのだが、一礼したあとの彼の顔はやり切った表情であった。


 「マ……マリベル様。これは魔法を撃てていないのでは?」


 「いやはや、あれだけの時間がありながら、影も形も出せぬとは……攻撃魔法の才能はないようですな」


 「しかし先程の回復魔法に、底知れぬ剣術のセンスは相当評価できるのでは?」


 「たしかにそうかもしれないが、攻撃魔法も扱えないのによくもまぁ面接で大口を叩けるものだ……」


 会場からは映像の批判的な声とともに、先程までの別試験での評価を高く見ている教師たちの声が飛び交っている。


 「して、マリベル様。この魔法を撃てていない映像がなんだというのですか?」


 「……皆様にはそう見えてらっしゃるのですね。実はこれ、しっかりと魔法を使用していますよ?」


 私の一言に会場がさらにざわつき始める。


 「何を仰っているのですか!?どう見ても魔法を放ったようには見えません。現に的は倒れていませんし、ピクリとも動いていないではありませんか!?」


 たしかに私の造り上げた魔法攻撃用の的はピクリとも動いていない……。

 というか私自身、このシキ・グランファニアの審査を受けなかったら分かりもしなかったし、完全にスルーしていたであろう。

 それだけ魔力操作に長けたことをしているのだから、この段階では気付く者はいないか……。

 そう思った矢先……。


 「……これは、光魔法ですかな?終了間際に彼の指先が一瞬光ったように見えますな」


 それは目を細めたアラン校長であった。そして他にも数名それに気付いた者達が声を上げていく。


 「校長の意見に賛同ですね。恐らく高圧縮光魔法(フォトン・レーザー)でしょうか?」


 「たしかにそれならば、生きてもいない的が倒れることはないな……」


 「ま、まってください!あのような青年が高圧縮光魔法(フォトン・レーザー)を使用したというのですか!??」


 「ありえないだろう!使用するにしても王宮魔法師並みの魔力に、詠唱魔法陣だって必要になってくるんだぞ!?」


 「たしかにそうだッ!ただ単に指先を光らせて、魔法を使用したように見せかけただけなのでは??」


 教員の大半が慌てている。

 私は軽く手を上げ、静粛にするよう促す。


 「皆様の仰りたいことは重々理解できます。ですが彼は確実に光魔法を撃ち放っています」


 私は軽く頷くとエリスに合図を送り、スクリーンに攻撃魔法の的が映し出される。


 「これは試験で使用した的になります。そしてこれは私が発明した魔導具です」


 そう、この魔導具は結構自信作であったりもした。

 密林地方に生息する竜殻の蝸牛(ドラゴン・マイマイ)。この魔物は自身を守る為特殊な粘液を出すのだが、その粘液の維持方法および耐属性付与を手掛けることに苦労した。それを魔法軽減の人型の的に3重に塗り重ねた物なのだが、彼はしっかりと撃ち破っている。

 スクリーンに映し出された的は、頭部へと拡大していく。そして皆が見つめる先に、しっかりと焼け焦げたような小さな穴が開いている。


 「こちらの穴ですが、針ほどの穴になります。そしてこの的だけに収まらず残り2体の頭部を撃ち抜き、後方のコンクリートで作られた壁にまで光線は届いていました……」


 会場は一気に静まり返る。

 それもそのはずだ。この的に致命的魔法ダメージを与えることのできる者など、この教員の中に何人といないのだから。


 「待ってくれ!もう一度見せてくれないか!」


 「ぜひ私も拝見させていただきたい!!」


 その後、教員達が納得するまで映像は繰り返された。

 しかし真面目に画面を見ている者達には悪気はないのだろうが、私には何回も同じことを繰り返されているシキくんの映像がコミカルに見え始め、見えないように笑いを堪えるのに必死であった。ぷふー。


 ようやく納得したのであろう、アラン校長が口を切り出す。


 「皆の者、よく考えてほしい。当初はずいぶんと批判的な意見があったようだが今はどうだね?」


 「ガラっと変わりましたね。これだけ魔力を使用してケロッとしているなんて化物ですよ……」


 「近接・攻撃魔法・結界に補助魔法……これだけ出来ればそらぁ戦略術で【殲滅する】って答えますわなぁ」


 「と、言いますか。学院で教えることあるのでしょうか?」


 「たしかに……」


 「もちろんありますよ!」


 私は自信満々に答える。


 「彼には同世代の友人と呼べる存在が数人しかいません。しかもそれは王族と幼馴染の勇者です。そんな彼が学院で友人を作り上げたらどうなるでしょうか?それにここには素晴らしい人生の先輩方が大勢いらっしゃいます。開拓する冒険家(トレジャー・ハンター)という夢を持っているかもしれませんが、人とは大切な者ができた時考え方も変わるものです。なので先生方、彼は少し生意気などこにでもいる青年だと思って接してあげれば良いと思いますよ!」


 私は屈託のない笑顔で締めにはいった。

 まぁ、正直無理だろう。あれだけの魔力を保持して、容易く制御できている。間違いなく学院卒業後は開拓する冒険家(トレジャー・ハンター)に進むだろう……。

 だってあの時期の子供は親や周りの意見なんて聞かないで、自分の心に素直に走って行くものだもの!だからこの学院に在校している間に、私としては是が非でも仲良くなって置かねばならない。その為には私は嘘つき呼ばわりされたっていい!!!今はとにかく合格させなくてはならないのだからッッ!


 「マリベル様、一つよろしいでしょうか?」


 多少の罪悪感を感じている中、一人のガタイのいい教員が起立し問いかけてきた。


 「なんでしょう?」


 「私は彼の面接を担当したドワルドと申します。今回の結果にて、彼が優秀な人物だという事は理解できました。しかしながら、彼が面接において発言した国の万が一という言葉がどうにも引っかかっておりまして……。いや、これは年を取った頭でっかちの思考なのでしょう……申し訳ありません。しかしそのようなこと、現状で起こりえるのでしょうか?」


 ドワルド先生は拭い去れぬ気持ちと反省が入り混じったような表情で問いかけてくる。


 「もちろんありますよ!それはこの会場内、いえ国中探してももしかしたら経験したことないかもしれませんね?」


 「それは一体……?」


 「調律日食の日と言えばわかりますか?」


 調律日食。それは約百年に一度訪れる浄化の日。

 空は黒く染まり、魔界の歪みから漏れ出した高密度な魔力瘴気を世界調律神(ヴァハムート)がルシアースを駆け巡り均一にするのだという。その浄化の作業が行われている間、魔法は一切使用できない。使用したとしても空中で魔力が離散してしまうのだという。

 そして最後に調律日食が起こった日は、今から115年も昔……。いつその現象が起きてもおかしくないのだ。


 「もしこの日に統率のとれた大型の魔物が現れたとすると、私達人間はあまりにも無力です……。幸い文献には魔導具は効果を示してくれると記載はされていますが、その魔力補充が追い付くかどうかは不明ですから」


 「たしかに仰る通りですな……。この世でそれを経験した者など多くはいますまい。万が一に備える……国を想うのであれば当然のことですな」


 ドワルド先生は憑き物が取れた顔つきで言葉を終わらせた。

 そしてそれを見ていたアラン校長は目元を緩ませ、優しく見つめていた。


 これで私の役目は終わりだ。

 あとは彼が入学してくる日を待つばかり……。


 さて、溜まりに溜まった本部からの仕事に、王都での仕事が山積みだ。

 それに加え魔法攻撃用の的の改良点も視野に入れていかないと……。

 それにしても教員達の顔つきは当初とは違い晴れ晴れとしているように見える。――が、ふとエリスに目をやると、まだまだ足りませんもっと懲らしめてやりましょうと言わんばかりの顔をしていた。


 小悪魔ではない。やはり悪魔だ……。



 


 

 

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