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37.No.s 鈴井鞠絵。

 私の名前はマリベル・ウェーデン。

 この世界ルシアースに多大なる貢献をする者達、No.sの一人である。


 前世の記憶を取り戻したのは5歳の誕生日の時であった。それまでごくごく普通の村の女の子として生活をし、裕福ではないが笑顔の絶えない両親のもとで生まれ育つ。

魔力が少なく、うまく魔法を使えないで悩んだこともある。村の同年代の子供達に馬鹿にされたこともある。それでお母さんに泣いて抱き着いたことも覚えている。

 それと同時に前世の記憶もあるのだから、なんとも不思議な感覚である。


 前世の私は鈴井鞠絵(すずいまりえ)。母子家庭で育ち、5つ離れた妹もいた。父は幼い頃に他界していたため、母が一生懸命働いていた背中を思い出す。

 それでも大学まで卒業させてくれて、ようやく恩返しが出来ると思った矢先に私は死亡した。


 この世界ルシアースを創造した女神。エリクシア様に初めてお会いした時のことは今でも覚えている。

 私の願いはただ一つ。元の世界に戻してほしい、それだけであった。


 しかし私の肉体は消滅し、願いは叶うことはない。


 第二の人生を謳歌してほしいと言われた時は、なんて残酷な事を言うのだろうと思いもしたが、それは物の見方を一方からしか見ていないことに気付く。

 私は今一度冷静になり、エリクシア様の言葉に耳を向ける。


 魔物という存在に、魔法という概念。私より先に転生をした者や、スキルと呼ばれる特殊な能力。前世では漫画や映画などあまり観る方ではなかったが、ここである一つの可能性を考えてみる。

 この世界は私がもといた世界ではない。とはいえ死後の世界ではないということ。異世界ではあるが、こちらの世界からしてみれば、私がもと居た世界が異世界になる。だとしたら行き来することは可能ではないかと考え始める。

 そしてエリクシア様に聞いてみる。この質問はものすごく怖かった。もし無理ですなんて返答を神様から告げられたらと思うと気が気ではなかったが、聞かずにはいられない。


 しかしその答えは「わからない」であった。


 というのも、先人の転生者達は自分が死んでしまったことを受け入れ、そう言った発言はなかったという。つまり私が初めてそんなことを言う人間第一号なのだそうだ。

 だとしたらそれはやってみる価値があることなのだと、私は胸に手を当て転生することを承諾する。

 そして特別なスキルを2ついただけるということなので、私はありがたく頂戴する。


 一つ目は【至高の独り部屋(フラスコ・ラボ)

 分析・解析・鑑定・実験・開発が出来る異空間の研究室である。


 二つ目は【小さな大図書館(ポケット・ライブラリ)

 任意で手に取った書物を完全記憶し、いつでも情報を引き出せるスキル。


 と、簡単に説明してしまったが、この2つを選ぶまでに1ヵ月はかかってしまっていた。

 というのも、膨大なスキル本の中から何を選択することが正しいのか分からなかったからである。もちろんこの世界には魔物が存在していることから、攻撃スキルに補助スキル等も捨てがたいと思ったのは事実であった。しかし前世で平和に暮らしていた私が、訓練したからと言ってヒーローになれるかと聞かれたらとてもそんな自信はないし、何より元の世界に戻る為に必要なスキルではないと確認する。

 なぜなら人間の最大の武器は知恵なのだと理解しているからだ。そしてこの2つを選んで本当によかったと思い知ることになる。

 先にも説明したが私は魔力が少ない。大人になれば魔力値も上がるものだと思っていたが、まったくその気配もない。もし転生時に選んだスキルが魔力に関わるスキルだったらと思うとゾッとする。あの時1ヵ月もの間しっかり見定めた私を褒めてあげたい気分だ。


 私は長い廊下を一人静かに歩きながら、ふふんと口元を緩めていた。

 とここで後方から足を止める声が聞こえる。


 「先輩ーーーーっ!待ってくださいよぅ!!」


 聞きなれた声に振り返るとそこには綺麗なエメラルドグリーンをツインに結んだ女の子が、息を切らせながら駆け寄って目の前で止まる。


 「え、エリスちゃん!?なんでここに……」


 私より5つ離れた14歳の女の子。小柄で細身な身体にクリッとした瞳。見た目は女子中学生にしか見えないのだが、彼女は超が付く程の天才である。第5学院のマリオン魔導技師学院を飛び級で入学し、首席で卒業するという偉業を果たしている。それゆえ私の魔導式および、論文等をいち早く理解してくれる良き理解者。それが今私の目の前にいる、エリス・リドグラルなのである。


 「えーー!なんでここにって、そんな言い方ひどいじゃないですか!私は常に先輩の勇士を見届けていたいんですよ?」


 「ゆ、勇士って……。私は今からバレンシア校の先生方に、先日の試験での審議を伝えに行くだけよ?」


 「知っていますよ?面接で啖呵を切ったシキ・グランファニアの件ですよね?」


 「えぇ、納得のいく説明をお願いしますと依頼されたからね……。まぁ正直研究で忙しかったけど、なんとしてでもこのグランファニア君にはバレンシア校に入学してもらわないとね」


 「はぁーあ、先輩がこんな奴を迎え入れたいのかはおいおい聞くとして、なんで試験官連中はこんな簡単なことすら私達に委ねてくるのかしらっ!」


 プンプンとしながら悪態をつくエリスがどことなく前世の妹と被る。もちろん見た目も性格も似てはいないのだけれども、この生意気な感覚がとても懐かしく思える。

 

 「ほんっと若い甘ちゃんほど無知で吠えるし、年を取った老害ほどプライドが高いってどうにかならないかなぁ……」


 「エ、エリスちゃん。そんなことを言うものじゃないわよ!単純に私達には見えるものも、見えない人からしてみたら不思議でしょうがないのよ?」


 私はそう言うと銀縁の丸メガネをクイッと上げ、鼻をこする。


 「あー、先輩また嘘ついてる~。先輩ほど優秀な人でも嘘はわかりやすいなぁ~」


 「え!え?ウソっ!なんでわかったのエリスちゃん!」


 「先輩のその自覚がない所が、可愛いを通り越して素敵です!!」


 エリスは私の知らない癖を知っているという優越感に満足しているようで、先ほどまでの悪態も忘れて笑顔で引っ付いてきた。

 

 今回バレンシア校からの依頼。それはシキ・グランファニアの合否に関わる内容である。

 五日前に行われた試験。数多くの受験生の中でなぜ彼だけの審議をしてほしいのか疑問であったが、筆記・実技試験の結果と面接の記録映像をみて納得がいった。これはエリスの言ったように老害の……ではなく、長年築き上げてきた理念を踏みにじられたからであろう。これにより合格レベルには達しているが、不合格にしたい者達へ納得のいく説明が欲しいということなのである。

 まぁ、私からしてみれば竜殻の蝸牛(ドラゴン・マイマイ)の特殊粘液でコーティングされた魔法演習の的を、いともたやすく打ち抜かれている時点で合格以外の何物でもない。つまり魔力量が桁外れに多い事を表している。が、それだけではなかった。


 このシキ・グランファニア。公にはしていないが、風の調律神(シルフ)様の加護を得ているというじゃない!!ということはつまりつまり……。


 私の想像している以上の魔力を持っているということになる。


 どんなにすごい魔導式を構築しようが、どんなにすごい発明をしようがそれを動かす為の魔力が必要となってくる。残念ながらその魔力量は私にはない。当初バレンシア校に七大勇者の一人が入学すると聞いた時は天にも昇る気持ちであったが、七大勇者を私の実験に付き合わせられるほどの時間が常にあるとは考えられない。それに元の世界へ渡る為の術式構築も出来ていなければ、その準備すらままならない状態なのが現状である。しかし魔力の供給源(シキ・グランファニア)が確保できれば他の研究もスムーズになり、長年の夢の一歩は間違いない。


 だからこそシキ・グランファニアには入学してもらわないと困る。この二日間、私は不合格を唱える者達を黙らせる準備をしてきた。手にしていた書類にグッと力が入る。そして学院の先生方一同が待つホールの扉前に到着する。


 そっとドアノブに手を掛けるが、それを押し開けるには勇気が必要であった。

 これは緊張から来るものではない。


 これはそう。コンプレックスからくるものである。


 前世の私は貧乳……ではないよ!?決して違う。ただ転生して胸が多少ふくよかになったのである。

 これは……巨乳を通り越して爆乳なのではなかろうか……。間違いなくグラビアモデルとして名を刻めそうなスタイルなのだが……。

 うん。当初はメチャクチャはしゃいでいたのは事実です。でもね。でかけりゃいいってものじゃないと気付いた訳ですよ!肩は凝るわ、仰向けで寝ると苦しいわで慣れるのに時間がかかった訳ですよ。


 でもそれ以上に厄介なこと……。それは男どもの視線である。

 あのイヤらしい視線がなんとも気持ち悪い!!私は見世物でもないし、あんたらの目の保養に存在している訳ではないんだぞっっ!って言ってやりたい……。かといってこのストレスを女性同士で話すのにも抵抗がある。なぜならこんなことを言っても、は?自慢話デスカ??ってなるに決まっている。

 なぜって?前世の私だったら、間違いなく嫌な女だな!として受け取るからである。


 はぁ……。ない者の悩みにある者の悩み、和平は結べないものか……。というより、私このまま年を重ねていったら確実に垂れるよ。うん、間違いない。あ、それ用になにか魔導具を開発しないとな……。


 私が一向に開けない扉を前に遠い目をしていると、エリスが口を開く。


 「先輩どうかしました??」


 ハッと我に返り、キョトンとしているエリスの顔を見る。


 「な、なんでもないわ!さてそれじゃあ、皆さんが納得してくれるようにしっかりプレゼンしないとね!」


 にっこりと笑顔で答えると、鼻をこする。それを見たエリスは子供のように笑い、論破してやりましょうと答える。私は今一度オレンジブラウンの髪を手櫛で整え、見慣れたボブヘアでセットが決まっていると認識すると皆が待つ重厚な扉を開けた。



 

  




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