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36.気を抜くな……。

 今俺の目の前にいる男は誰だ?

 あまりに突然の事で思考が追い付いてこない……。


 普通であれば「助けてくれてありがとう!」もしくは「なんだ今の魔法はっ!?」というのが第一声だと思うのだが……。


 脂ぎったような髪をオールバックにし、無精髭を生やしている。

 装備している皮の鎧は、長年使用してきた良い味わいを……いや通り越した色をしている。

 所々すり減って……どころではない!!

 例えるならばスイカの赤い部分を食べ、更に白い部分も綺麗に食べ尽くし、本当に皮だけしか残っていない、そんな連想をさせてくれるほどに使い込まれている。


 顔は戦闘により泥や土埃が着いているようで、見方を変えればワイルドにすら思えてくる。

 しかし額からこめかみにかけての古傷と、年の割には鍛え上げている身体が近寄りがたい雰囲気を放っていた。


 こいつ……盗賊じゃないよな?



 そう思えてしまう程、ガラが悪かった。

 しかしそんな見た目とは裏腹に、俺へと向ける瞳はまるで少年のようにキラキラと輝いていたので、より一層困惑してしまっている次第なのである。


 と、ここで馬車に避難していた者達が声をかけてくる。


 「おぉ!魔物は退治できたようじゃ」


 「いやぁ~、ハラハラして楽しかったのう!」


 「馬車の外のあの強烈な光……はて、お迎えがきたもんじゃとおもっとったが……」


 「わしゃしゃしゃ!まだ、みな生きとるのぅ!ありがたや、ありがたや」


 馬車に避難していたのは数名の老人達であった。

 しかし怯えていた様子もなく、柄の悪い男性にニコニコしながら話しかけている。


 「だぁぁーーーっ!ジジイにババアッッ!!お前ら戦闘中に騒いで顔出すんじゃねぇって、何度も言ってンだろ!!ケガしたらどーーすんだ!!」


 「じゃって、若かりしころ思い出して興奮するんじゃもん!」


 「そーじゃ、そーじゃ!」


 「老い先短いワシらの楽しみじゃもん!」



 さ、さっきの罵声はこいつだったのかッッ!!

 すげぇデカい声で脅しをかけているのかと思ったのだが、どうやら気遣いだったらしい……。


 紛らわしいにも程がある……。


 ふぅと一息つくと馬車から一人の女性が降りてくる。

 二十代半ば程だろうか。茶色いロングの髪を揺らしこちらに駆け付ける。


 「お、お怪我はありませんでしたかっ!?」


 「おっ、リリィ!俺は全然平気だ!そんなことより聞いてくれッ!!この目の前にいるお方が、俺の探し求めてきた兄貴だッッッ!!!!」


 まるで高価なものを見せつけるようにバッと手を向けられ紹介される。

 

 「まぁ!この青年がそうなのですか?ずっと探しておられましたものね!本当に……本当に再開することができてよかったです」


 リリィと呼ばれた女性は自分の事のように感極まり、少し涙目になっていた。

 後方にいる老人達も、ウンウンと頷いている。



 ちょちょちょーーーーっ!待て待てっ!すげぇ勝手に話しが進んで行っているが、俺自身まったく覚えがないんだが……。なんだか感動の再開っぽい雰囲気が出ているところ申し訳ないのだが、しっかりと話しをしないと流されてしまいそうだ。


 「あ、あの。すいません……人違いじゃありませんか?」


 「いやっ!この俺が見間違える訳はありませんっ!……あ、つってももうずいぶん前に一度会ったきりだし、兄貴は小さかったから覚えてないかもしんないっスけどね。」


 「え?あの、どこでお会いしたのでしょうか……?というか名前は……」


 「お、俺としたことがあまりの感激に挨拶を忘れていましたッ!本ッッッ当に申し訳ありませんッッ!改めまして、俺の名前はアニー・セルハウトです!!ご無沙汰しておりますッッ!!」


 両ひざを地に着け、両コブシをも地に着け一気に頭を下げる。


 アニー・セルハウト……。

 アニー……アニー……。


 名前と見た目で記憶を呼び起こす。

 デカイ声に乱暴な口調。そしてこのガラの悪さ……。


 ま、まさか……。


 すぅっと記憶の中の人物が思い起こされる。

 そして俺は人差し指を向け、プルプルと指を震わせながら口を開く。


 「お前……まさか、ドルトニア商会のチンピラぁぁあ!!???」


 「あ……あ……んんんん兄貴ィィィイイ!!!俺のこと覚えてくれていたんスかぁぁっっ!!」


 

 あれは俺が初めて魔導列車に乗り、じいちゃん達と国民証の更新をしに王都まで来た時の事だ。

 見る物全てが輝いて見える中、この男がたしかお婆さんにぶつかって難癖つけていたんだっけ。そしてそれを見ていられなかった俺が威圧(・・)したんだよな……。


 「いや、まぁ覚えてはいるけども。その、俺の記憶とずいぶんちが……いや違わなくはないんだが……。か、変わったのな?」


 「ウッス!兄貴に喝を入れられてから、俺は生まれ変わったんスよ!」

 

 未だに両膝を地に着け、見た目とは天と地ほど差がある真っ白な歯を見せて笑った。

 そしてアニーはあれから今に至るまでを話してくれた。


 俺と出会ったあの日から三日三晩震えていたそうだ。

 そして人生を考え直したらしい。元々は国に仕える騎士になりたかったそうなのだが、家庭の事情でその夢は諦める事となってしまった。水が高い所から低い所に流れ落ちるように、アニーは堕落した人生を歩んできたのだという。

 そして俺がきっかけでドルトニア商会から足を洗い、今現在王都にある老人介護施設に厄介になっているという。


 人間何をきっかけに変わるかわかったものではないが、こうまで変わるものなのかと驚きを隠せないでいた。


 だってお婆さんに難癖つけていたチンピラが、今では介護施設に厄介になっているというのだから。



 「とりあえずアニーさん、いつまでもそんな跪いていないで立ってくださいよ……」


 「ちょっと兄貴ぃ……。舎弟の俺なんかに敬語はやめてくださいよ?いやぁ、それにしてもこんな所で再開できるなんて、じじぃ達のわがままを聞いた甲斐があったなァ」


 馬鹿を言え。

 いい年したオッサンが俺の事を兄貴と呼び、俺が敬語を使っていなかったら周りの視線が痛すぎるだろうが……。にしても不思議と嫌な感じはしない。

 それは俺より年上の人間が俺の事を兄貴と慕っているからではなく、アニーの言動が嘘偽りのないものなのだと感じ取れてしまっているからだ。

 乱暴な言葉の中に隠されている優しさや思いやりを、老人達はしっかりと心で感じているのだろう。


 アニーは「へへへ……」と笑うと立ち上がり、膝に着いた土を叩き落とす。

 と後方から混乱状態を解除した仲間の男性が、目頭を押さえながらアニーに近寄ってきた。


 「……ぅう。まだ目眩がするな……なんだったんだあの煙は……。アニー、お前はもう平気なのか?」


 「おぅ!お前ら大丈夫か?いやぁマジでビックリしたわ!でも俺はなんともねぇよっ!」


 「な……なんともないって。俺らを庇って真正面から受け切っていたのにか!?それはそうとあの魔物はッ!??」


 「あぁ!魔物は兄貴が退治してくれたッ!それに混乱していたお前達を助けてくれたのも兄貴だ!お礼の言葉はもちろん、一生尊敬していいんだぞ?」


 「この青年があの魔物を!?見たところ相当若く見えるが……。いや、アニーがそう言いきるんだ、失礼した。この度は窮地を救っていただき感謝する」


 「いえ、大事に至らなかったのが何よりです」


 男性は優しく微笑むと馬車に損傷がないか確認するといい、アニーを残し馬車に歩き出した。

 そう、これだよ。

 この反応が大人の対応であり器だと思うのだが……。

 それはそうと、今さらっととんでもないことを耳にした気がする。あの幻惑の胞子を直撃したのになぜコイツは平然としていられるんだ?


 「あのアニーさんは……」


 詳しく知りたかったのでアニーに話しかけたのだが、アニーさん(・・)と呼んでしまったのが気に入らなかったらしい。目を細め沈黙のまま敬語はやめてくださいと訴えかけてきた。


 「わ、わぁーったよ!そんな目で見るなって!!つぅか、アニーはなんで混乱しなかったんだ?あの幻惑の胞子は相当濃度の高いものだと思うんだが??」


 もう俺が折れることにした。

 アニーは呼び捨てにされたことが嬉しかったらしく、デレデレした顔で腰に着けていたポーチから一枚のプレートを出す。

 

 【ギルド・プレート(銅)】


 重厚感のある銅が鈍く光り、表面はガラスの板がはめられているプレートだ。横から国民証を差しこむ箇所があり、本人しか起動することができない。

 自身のステータス確認は勿論、任務時での位置情報に加え救難信号を発信できる。これによりギルド冒険者の生存確率が大幅に上昇し、冒険者には必須のアイテムとなっている。

 

 そしてこれはNO.sが造り上げた画期的なものであるが故、その内部構造は決して見ることが出来ない。

 もし見ようと試みそんな行為が明らかにされようものなら、その者は永久にギルドから追放されるであろう。つまりそれは社会的な死を意味する訳で、誰もやろうとは思わない。


 まぁ、たしかに内部に構築された簡略術式は気になるところではあるが、今はそんなことよりもどのようにして使用するのかそっちの方が気になっている。俺は真っ黒なガラス板を覗き込むようにしてその時を待っていた。

 アニーは人差し指でガラス板に触れ、それを俺達に見せやすいように向けてくれる。



 【ギルドランク・D】アニー・セルハウト


 ・位置情報【ON】

 ・救難信号

 ・ステータス

 ・魔物図鑑


 そこには白紙に文字を書くよりも鮮明に表記されている。

 す、すげえーっ!!さっきまで何も見えなかったのに、白く発光して見やすくなっている。暗闇でもしっかり見えるだろうし、灯りの代わりにも代用できそうだ。

 俺は無言でギルドプレートの性能に釘付けになっていた。


 「いやぁ、自分なんかにこんなスキルがあるなんて、正直恐れ多いんスけど……」


 そう言うとアニーは手慣れた手つきで操作し、再度俺らにプレートを見せてくる。


 【パッシブスキル・男気】揺らがぬ信念を持ち、弱者を助け悪を討つ者。その精神は誘惑を退き、誘惑・混乱を無効化する。



 「こ、これは……。なるほど、このスキルがあったから一人混乱状態に陥らなかったんだな!」


 「ウッス!」


 「つぅか、こういうのって他人に見せていいのか?」

 

 「いや、本来は見せないっスよ?恥ずかしいじゃないスかぁ!」


 おい、そういうことを聞いているんじゃない。

 基本的に自身のステータスを他人に見せることは、自ずと弱点をさらけ出しているようなものである。

 恐らくNo.sが能力値を目で見えるようステータス化したのも、長所短所を理解し自信を見つめ直せるようにとの事なのだと思うのだが……。

 

 俺はアニーにそう言ってやる。


 「大丈夫ッスよ。赤の他人には見せないッスから!俺は兄貴だから見せたんすよ!!」


 す、すげぇなその信頼感……。

 俺としては威圧したチンピラが改心した程度にしか思っていないのだが、ここまでアニーに信頼されているとなると悪い気分ではない。しかし兄貴と呼ばれるのはどうかと思う……。


 「あのさアニー、俺にはシキ・グランファニアって名前があるんだ。出来たら名前で呼んで欲しいんだが……」


 「素晴らしい名前じゃないッスか!!了解ッス、兄貴っっ!!!」


 「いや、わかってねぇーじゃねぇかっ!!」


 「あはは、アニーさんはシキを慕っているんだよ。別にいいんじゃない?」


 「さすが嬢ちゃん!わかってる……ねぇ……」


 クレアの一言に意気揚々とした口調で返すアニーだったが、なぜか歯切りが悪かった。

 アニーはクレアを静かに見ると、またしても地べたに頭を下げる。


 「失礼しやしたっ!さすが兄貴としか言いようがありませんっっ!この男アニー、忠義を尽くし兄貴とお嬢に一生仕えますぜっっ!!」


 「おい待てっ!!一体どんな思考してんだお前はッッ!!」


 その後、討伐した幻惑キノコを全て譲る。まぁ、俺が持っていても何かを作る訳でもないし、お金が欲しいわけでもないからである。馬車に不備もなく怪我人もいないことから出発に支障はないと告げられ、再度深々とお礼を言われアニー達と別れることとなった。


 最後の最期まで兄貴と言われ、「また顔出させていただきます!!」とまで言われたが、さすがにこの広い王都で偶然会うのは難しいだろう。馬車が夕暮れの王都に向け走り去っていく。俺とクレアもフォグリーン村に向け足を向ける。

 が、ふと足を止め馬車に目をやり「もう会うことも……ないよな?」とポツリつぶやく。しかし俺の人生にアニー・セルハウトがおもいっきり絡んでくる事などこの時は想像すらしていなかった。

 そして俺は先に行くクレアの下に大急ぎで足を運ぶのであった。



 フォグリーン村に到着し、クレアと別れ自宅へと向かう。

 ココール村に居た時もそうだったが、やっぱり我が家というものはいいな。色々あったが、頭の中を空っぽにしゆっくりできそうだ。

 そう安堵な気持ちで玄関ノブに手を掛けたのだが、忘れていたことを思い出した。

 それは置いてきぼりを喰らわせられたシルフの存在であった。


 「……うぅ、めんどくせぇ」


 それでもいつも通り玄関に入り、通る声でただいまと言う。そして食卓に進むと、優しい顔をしたじいちゃんとシルフが俺を待ってくれていた。

 とはいえシルフは背中をこちらに向け、腕を組みあぐらをかいてまだ機嫌が悪いんだぞというアピールをしていた。


 「おぉ、お帰り!試験はどうじゃったかな?と、その話しは晩御飯を食べてからにしようかの」


 そういうとじいちゃんは席を立ち、台所へと向かう。どうやら俺の帰りを待っていてくれたらしく、テーブルには綺麗な食器が三人分並んでいた。


 「おーい、シルフ帰ったぞ?」


 「……」


 「なんだよ、まだ怒っているのか?」


 「……」


 こ、これは空気が悪い。風の調律神のくせに、なんで空気を悪くするんだ!??というか、この空気をなんで俺が変えなきゃいけないんだ。それがお前の存在理由であり、仕事のはずだろ!と言いたいのを我慢して、俺はバッグから昼間買ったラムネ瓶を取り出しシルフの横に置いてやる。


 「土産だ土産!だから機嫌直せって……」


 「わぁぁーーーー!何コレ?すっごく綺麗!!」


 「ビー玉が栓になってるから、それを押しこめば飲めるぞ?」


 そう言うな否や軽々と右手で栓を開け、自分の身長程の瓶を持ち上げコクコクと飲み始めた。


 「うっっ……まァァーーーー!!何コレすごく美味しい!口の中もシュワシュワするし、喉越しもたまらん!」


 相当気に入ったようで、さっきまでの態度はどこかへ飛んでいってしまったようだ。

 ふぅやれやれと思いながら、じいちゃんの手伝いをしようと荷物を置き台所へと向かう。


 とこの時、嫌な予感が脳裏をよぎる。

 それは第六感だったのかもしれないし、前世魔王だった時の経験から来るものだったのかもしれない。

 とにかく俺はピタリと足を止め、軽い気持ちで振り返る。


 そこには空になったラムネ瓶と、気を緩やかにし満足そうなシルフが居る。

 が、次の瞬間。





 「げふぅ……」





 たしかに言った。

 たしかに聞こえた。

 それは炭酸を飲んだものならば、誰にでも訪れるゲップである。

 

 しかしシルフのゲップはただのゲップではない。

 一息軽く吹いただけで岩が粉々になるレベルである。


 俺はゲップと同時にすぐさまシルフを囲うようにして結界を施す。これにより被害は食卓のみで済むこととなった。


 シルフは暴発した髪の毛と初めてのゲップでケラケラと笑っていたが、言うまでもなく俺に怒られる。


 そして炭酸禁止令が言い渡されたのであった。

 






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