34.心を埋めたミルク粥。
面接会場入口と書かれた案内板のもとにたどり着くと、アカリが嬉しそうな顔をして待っていた。
どうやら会心の魔法を放つことができたようで、重ね重ね感謝の気持ちを表している。
俺も今までの修行の成果が出せたと満足する。無闇に破壊するのではなく、魔法を使用したのかわからないほど静かに撃ち放った。以前トカゲを倒した時は心臓を丸っと焼き貫いてしまったが、これなら素材を駄目にしてしまうこともないだろ。
じいちゃんから教わった魔力操作と制御が、しっかりと身になっていることを実感する。
残すは面接だけとなり静かな廊下を進み、アカリに緊張していないか訪ねる。
まったく緊張していないわけではなさそうだが、ちゃんと自分の思いを伝えてみると意気込んでいた。
とここで威圧にも似た声色で、俺らに口を開く者が前方に現れる。
「オイっ!お前はさっきからその女にアドバイスしているみたいだが、なんなんだ?」
それはアカリの一つ前の受験生。青年というにはまだ幼さが残るが、それでも怒っているのは伝わってきた。
「え?不安そうにしていたから、アドバイスをしていたんだけど?」
「はぁ??お前なぁ、自分が何をしているのわかっているのか?自分以外の人間は敵なんだぞ?」
「え?」
「え?じゃねぇよ!今年は異例の受験人数なんだ!それなのに余計なことを……」
眉間にしわを寄せ、歯ぎしりまで聞こえてきそうな表情で俺を睨んでいる。
たしかにこの受験人数に、合格枠は200名。誰しもが合格をしたいという気持ちが溢れ返っている。
しかしどうだろうか?たかだか一人の女の子相手に、ここまで感情をあらわにするというのは。
見るからに鍛練してきたであろう身体に、身なりも相当良い。
どこかの貴族のように思えるが、それを差し引いてもアカリと比べる必要がないほどレベルが高い事が伺える。
きっとそこには、俺にはない感情と想いがあるのだろう。
俺は一歩前へ出て、深々と頭を下げる。
「気にさわったのなら謝罪するよ。この会場の空気を読まずに悪かった」
静かに頭を上げると、青年は我に返ったように申し訳なさそうにこちらを見ている。
「い、いや。俺も言い方に問題があった……。残すは面接のみだというのに、冷静さを欠く発言だった。済まない……」
先程までの言動とは打って変わって、毅然とした対応で返される。
青年は一礼をすると、足早に面接会場へと向かっていった。
別に喧嘩をしたい訳ではない、事を大きくするつもりもない。
ただただ、不安なのだ。
自分の将来を決めかねる大事な試験なのだから。
俺はそう解釈すると、アカリと共に会場へと足を向けた。
大広間の待機室に待たされること30分。実技試験を終えた者達が続々と着席していく。
しかし不思議なことに、5分感覚で面接室から受験生達が退室してくる。
しかも一人5分ではない。一度に入室している人数が5名なのである。
一人1分で面接が終了している計算である。
そんな簡単に終わるものなのだろうかと考えていると、自分の番がやってくる。
と入室前に、刻印のされた綺麗な腕輪を手渡され装着を促される。
言われた通りに腕輪を装着し、前方から失礼しますとの声と共に一人ずつ入室していく。そして最後に入室した俺も、失礼しますと部屋に入る。
ここで腕輪を装着した意味と、数分で面接が終了していった理由が理解できた。
部屋自体は会議用の部屋のようで、煌びやかな装飾品は一切ない。誰が訪れても落ち着く内装と、インテリアである。しかし目に付く物が部屋の四隅に置かれている。それは黒石に蒼字で刻印された魔導具であった。そしてその黒石は、この腕輪を装着している者に効果を付与しているようだ。
この感覚は、封印結界術に近い。
本来封印の役割は、相手の行動を束縛し別の空間に縛りつけるものである。さらに外部との時間の流れを調整することにより、封印した者の魔力を削ぎ落とす効果もある。つまりこの部屋は、外部との時間の流れを少し早めるだけの空間のようだ。面接が早く終わるのも納得がいく。
キョロキョロと見てしまったが、一定の間隔で置かれた椅子の横に五人が整列する。皆が背筋を伸ばし、前方に座る試験官に目を向ける。
試験官は3人。純白のローブに身を包み、無風の水面を思わせる佇まいでこちらを見ている。
一人はドワーフのような顔立ちをした、ローブの上からでもがたいがいいことがわかる男性。
二人目は鋭い目付きではあるが、美しい髪を下ろした大人の女性。
そしてその間にいる老人。白い髭を伸ばし、絵本から飛び出したような大魔法使いの風貌である。しかしその目は、邪な者を見極め断罪せんと言わんばかりの、若輩者には真似できない眼力をしていた。
ゴクリと生唾を飲み込むが、受験生達は微動だにせず立ち尽くしている。と――
「うむ、それでは面接を始めようか。さぁ、椅子に掛けてくれたまえ」
物腰柔らかい口調で、スッと手を差し出す。
その合図とも言える所作と共に、俺達は一礼し着席をした。
「……まぁ。そう緊張せずに、二つの質問に答えてくれるといい……。一つ、なぜこの学院を選んだか。二つ、将来どのような人物になりたいか……。キミ達の想いをぜひ聞かせて欲しい……」
ニッコリと微笑むと、最初に入室した青年から順々に述べていくよう呼びかける。
一人一人が熱意ある回答をしていく。
恐らくこの日の為に、幾度となく練習を重ねてきたのであろう。一言一句詰まることなく、スラスラと原稿用紙を呼んでいるかのように答えていく。
ここで先程絡んできた青年は、ある領地を任される貴族だという事がわかった。どうやらその領地の民を、より安心して暮らせる環境にしたいようだ。
そしてアカリ。先に答えた三人とはお世辞にも、同等の口調とは言えない。しかしその一言一言にはこの国を愛する想いと、優しさがしっかりと伝わってくる内容であった。
「……では最後に、シキ・グランファニア」
「――はいっ!」
名前を呼ばれ通る声で返事をする。
そして皆のように考えてきたものなどないので、率直な気持ちで答えることにした。
「私がこの学院を選んだ理由は信頼を得る為です。そして将来は開拓する冒険家になることが現在の目標です!」
シン……と空気が止まったことを五感で感じ取った。止まった?いや、引いているようにも感じ取れる。
目の前の女性試験官は目を大きく見開き、眉間にシワを寄せている。ドワーフ似の試験官も同様に驚きを隠せない表情である。
チラッと横に目をやると、アカリを含める受験生全員がポカンと口を開けこちらを見ていた。
ただ一人、中央の老人だけは変わらず真剣な目を向けていた。
「……ふむ。シキ・グランファニアよ。なぜキミは開拓する冒険家を志望するのかね?この学院に入る者の大多数が、王国の魔法騎士団に入りたいと思うのだが?」
「――はい。それは人々に糧を与える存在になり、万が一の事を考えその道に進みたいと考えております」
「万が一……それは具体的にどういったことなのかね?」
「それは、この王都が壊滅状態に陥った時のことです……」
真剣な眼差しで答えるとほぼ同時に、まるでこの部屋に雷を帯びた巨大な矢が落ちたような怒声と机を叩きつける音が響き渡る。
「――貴様ッッ!!先程から黙って聞いておれば、ふざけた返答をしおって!!!王国の魔法騎士団、更には国王陛下に対する罵言であらせられるぞッッ!!!!」
両手の拳に怒りを蓄積しているのではないかと思う程握りしめ、ワナワナと震えながら血走った眼で睨んできたのはドワーフ似の試験官であった。そして女性の試験官は、今にも魔法をブチかましてやろうか?と言わんばかりに睨みを利かせてきている。
「ほほほ。ドワルド先生に、リーネ先生も少しは落ち着きたまえよ。他の受験生が驚いているではないか」
「しかし、アラン校長!!この者の言葉は、この国を否定する発言に他なりませんッ!」
「まぁ待ちたまえよ……。初心者ゆえに気が付くこともあるではないか。シキ君、続きを話してくれないかね?」
ドワルド先生のバカでかい声よりも、この老人が校長先生だったことに驚いた!
まさか校長自らこの人数の面接を受けているとは……。
ハッと我に返り、話しを続ける。
「は、はい。たしかにこの国の魔法騎士団は鉄壁の武力を保有していると思います。それに加え王都より離れた領地に優秀な貴族を置くことにより、より広く領土を活用し安定した農作物に畜産物を生産していることも知っています。更には国境ギリギリの防衛線も年々強化されているという話しも聞きます」
「フンッ!そこまで分かっていながら、なぜ万が一などと……」
「魔族、それに魔王種の存在があるからです……」
ドワルドの眉がピクリと動き、リーネ先生は静かに姿勢を正した。
「15年前の邪竜は一個体の暴れ狂う竜でした。まぁ、もちろんそれも脅威には変わりありません。ですが知恵を持った魔物が統率し、それらを束ねる者が魔王種であった場合……」
「……被害は邪竜の時とは比べ物にならないという事ね?」
「はい。あの時は国境付近の城壁を壊し、多くの犠牲者が出たと文献で知りました。しかしあの邪竜に理性と知恵があったら、この王都も甚大な被害が出ていたでしょう」
今こうして平穏に暮らせているのは、この国が非常に強い国であることを重々理解している。
それでもこの世界には魔王種と呼ばれる人知を超えた魔物がいる。気分一つで人間の歴史を終わらせるような存在である。
「……もし、魔王種がこの国に攻めてきたとしても撃退することは想像できます。しかし長期戦になった場合、兵も民も疲弊していくのは当然の流れだと思います」
「そうね。もし私が敵ならば、人間の食物……兵糧攻めをするでしょうね……」
「そんな状況になったと仮定した時、俺が……じゃなくて。私が開拓した場所から食料を届けることが出来ればと思い、開拓する冒険家という結論が出ました」
途中から腕を組みをし、静聴していたドワルドが天井に向け一息吐くと俺に視線を向ける。
「なるほどな。もしそのような状況になった場合、たしかに食料を根絶やしにされたら我々は生きてはいけまい……。しかし新たに開拓された土地があれば、それも解決の糸口になるであろう。そしてお前の言っていたこの学院を選んだ理由の信頼という答え。それは、どこぞの誰かもわからぬ者に提供される物資ではなく、由緒正しいこの学院に通った者だという証明が欲しいと言ったところか……」
おぉっ!ズバリその通りだっ!
やはり学校の先生と言うだけあって、頭の回転は早いものだ。
正直言うと今言ったのは半分で、もう半分は縛られることなく世界を旅したいということもあるのだが、それは伏せておくのが正解だろう。
「シキと言ったな?お前の考えは良く分かった……。しかし所詮は机上の空論。百年も昔のことならまだしも、現状の国土はお前が知るよりも広大で生産も豊かなのだよ。一度地図を確認してみるといい。それと不確定な未来の信頼よりも、まずは目の前にいる我々の信頼を得ることが優先だと思うがね?最後に弁解があれば聞くが?」
それは冷静に言い放たれた。
机上の空論か……。まぁたしかに15年前の邪竜の一件以来、大きな戦闘もない。国土の広大さも地図を見て知っている。
だから万が一なのではあるが……。最後に言いたいことか。
「……そうですね。俺は昔ぽっかりと心に大きな空洞があった時期がありました。そんな時ある人が作ってくれたミルク粥を口にした途端、幸福で心がいっぱいになりました。だからやっぱり俺は食べることの幸せっていうのを色々な人に知ってもらいたいから、弁解も何もないです……。あ、以上です!」
そう言うとドワルド先生はドカッと背もたれに寄りかかり、天を仰いだ。
リーネ先生は頭を抱え、首を振っている。
そして校長は……。
「一つ私から聞きたいことがあるのだがいいかね?」
「なんでしょうか?」
「その……今日は一緒ではないのかね?」
あぁ、この一言でわかってしまった。恐らくシルフの事であろう。
国内最大のエリート校の校長なのだ、きっと王様との謁見の際に話しを聞いていたのかもしれない。
「はい。今回は受験人数が多いと判断した為、置いてまいりました」
そう言うと校長は一瞬残念そうな顔をしたが、パンッと手を叩きこれにて面接を終了すると言い渡した。
そして入室した時と同様に順々に退室していく。
失礼しましたと一礼し、顔を上げた時に校長と目があった。
しかしその目はにっこりと微笑んでいるように見えた。




