33.名前はまだないッッ!
互いに自己紹介を済ませ、4人で昼食を取る。
俺に話しかけて来た女の子。彼女はアカリ・クリアヴェル。
第1志望のバレンシアを受験したのだが、この受験生の多さに圧倒され、さらに緊張で参ってしまっているとのことだ。
そして友人のリズ・セレイア。同い年でありながら、すでに大人の女性のような容姿である。推測で王都最大の病院、セレイア医術院の名を出したらそれが何か?と冷たい返答が返ってきた。
まぁ大手の跡取り娘ともなれば、よくも悪くも御近づきになりたいという輩が多いことであろう。それを察すればこの対応にも納得がいく。
で、なぜ俺が勇者に間違われたかというと、簡単な話しであった。
俺の受験番号の一つ前がアカリであったのだ。
そして午前中に行われた試験。妨害魔法に回復魔法、それに結界術と見たことのない手際で処理していったからである。今言われて見れば、たしかに俺の前はアカリがいたような気もするし、無言ではあったが試験官も驚いていたように思う。
今まで試験など受けたこともないのだから、少しはしゃいでしまっていたのか?たしか午後は攻撃魔法と、近接攻撃試験だったと思う。変に騒がれても面倒臭いので、午後は普通に学生らしく振る舞おう。
とりあえず俺がそつなく試験に挑めたのは、将来の夢が開拓する冒険家だから様々な勉強をしてきたと説明する。しかしアカリはそれであの回復処理が可能なの?と不思議そうな顔をしていたが、変に言い訳をするより黙っていた方がいいと判断し沈黙を貫こうとした矢先、リズが静かに口を開いた。
「あなた馬鹿じゃないの?トレジャー・ハンターだなんて、現実を直視しない低能な人間の夢物語よ。冗談はやめていただける?」
「いや、冗談なんかじゃないって。俺は本気で――」
「なら午後の面接でも、その想いを面接官に伝えることがきるの?どうせできないでしょう?そんな発言したら不合格になるものね。……それとも、友達でも作りに学院に入るのかしら?」
「あー、たしかに!俺ら同年代の友達少ないからなっ!」
「は……あきれた。なるほどね、よくわかったわ。あなたのお爺様は大変優秀でも、その孫は陰湿な思考の持ち主だということが……」
「ちょっと、リズちゃん!」
「アカリ行きましょう。この人達はね、こうやって私達の平常心を揺さぶろうとしているのよ。まぁ、優秀な人材を蹴落とすなんてセオリー通りだけど、相手が悪かったわね」
食べかけのスパゲティにフォークを置き、静かに立ち上がる。氷柱のように鋭く、そして冷たい眼差しでこちらを見ると席を後にした。
アカリは申し訳なさそうに何度も頭を下げ、リズの後を追いかける。たしかに周りを見ても試験に余裕のない者たち、ピリピリしている空気は伝わってくる。しかし自分の思いを告げただけなのに、一体何が問題だったのかわからなかった。
「なんか、すげぇ怒ってたな……」
「うーん。あれはシキに対してというより、自分自身にって感じだったよ?」
「そ、そうなの?」
「うんうん!ねぇシキ、からあげ一個ちょーだいっ!」
できることなら友達になりたかったのだが、なかなかうまくはいかないものだ。
とりあえず今は午後の試験に向けて飯を食おう。
二人の姿が人混みに消えていく。
そして俺のからあげが、クレアの胃袋に消えていった。
その後はクレアと昼食を済まし、予鈴の鐘とともに指定の教室へと移動する。教室にはアカリが肩を落とし、俺の隣の席に座っていた。
軽く挨拶をすると先程と同様、ペコペコと謝罪をしてきた。
友達の為に頭を下げれるなんて、とても仲が良いのだろう。俺は気にしてないから大丈夫だと返答すると、ホッとした顔でありがとうと返された。
しばらくすると本鈴が鳴り、試験官の説明が入る。
次の試験は屋外での近接攻撃試験。魔法での身体強化及び、攻撃魔法は禁止されている。純粋な身体能力を測る為のものらしい。その話しを聞き終えると、皆で屋外へと移動させられる。
広いグラウンドに着くと、目の前には王都騎士団が整列していた。
そう、この試験の相手は現役の騎士団員。第16部隊から20部隊の騎士団員達が、受験生を審査するのである。
魔力強化なしでの戦闘は、オフィーリアの森周辺で行ってきた。
体格の違うオルトさんに、同世代のクランツ。そして人間離れしたクレア。それ以外での人とは、模擬戦もしていないので少しわくわくしている。
いや、ここはしっかり勉強させてもらおう。実のところ強化無しの俺は大したことがなかったりする。
というのも、思考と身体が噛み合っていない。頭では理解していても、それに身体がついて行かないのだ。いかに魔法に頼り過ぎていたかよく理解している。
とここで前方に目を向けると、アカリの身体がカタカタと震えている。
なんだ?寒いのか??
そう思い心配して肩を叩く。
「おい、アカリ大丈夫か?」
「ひゃいっ!!」
ポンと軽く叩いたつもりだったのだが、予想以上にビックリさせてしまったようだ。
しかし表情は寒いという訳ではなさそうだ。
「お、おい。どうしたんだ?」
「あ、その私……。近接攻撃は苦手で……うまく立ち回れるかどうか不安で……」
なるほど。たしかにアカリの体格と性格上、近接攻撃は得意そうに見えない。
むしろ支援系に向いている感じである。
「大丈夫だって!誰にでも向き不向きはあるし、近接攻撃が不得意だからってそれで落とされる訳じゃないだろ?得意な分野でがんばろうぜ!」
「そ、そうだよねっ!うん、シキ君ありがとう」
震えも止まり、柔らかな笑顔で感謝を述べる。きっとこの笑顔で回復されたら、その者は心も安らぐことだろう。それほどまでにアカリの屈託のない笑顔は、癒しの効果があった。
アカリも平常心に戻りつつあるし、きっといい結果が残せるだろう。
そんなことを考えふと前方に目をやると、二つ前の受験生の青年が睨みを利かせてきた。
こちらと目が合うとすぐに目を逸らし、姿勢を前に向ける。
なんだ?今日はよく睨まれるな。
その後は静かに自分の番が来るまで待つ。大体一人1、2分という所だろうか。早い者であれば数秒で審査は終わる。騎士団志望の受験生達は、ここでいい結果を残そうという意気込んでいるのが良く分かる。
そして俺の順番が回ってきた。
「では次。シキ・グランファニア……前へ!」
係員に声を掛けられ、騎士団員の前へと移動する。
軽装の皮当てに模擬戦用の片手剣、そして引き締まった肉体の中年の男性が試験官のようだ。
「おや?キミは魔法師団希望かね?では、これを使いなさい」
「ありがとうございます!」
そう言われ貸し出し用の片手剣を渡され、試験が開始される。
ここは目立たぬよう、静かに挑もう。とは言え、身体強化が出来ないのだから異常な行動は取れない。
俺は一呼吸すると片手剣を構える。
「ほぉ、良い構えだ。では始めよう……」
試験官は大きく剣を振りかざしてくる。それを受け流し、こちらも反撃に出る。
左からの斬撃を受け振り払い、また反撃に出る。
これは……実に優しい。
もちろん年下の、それもまだまだ未熟な子供を相手にするのだから手加減をしているのはわかる。
それにしても、速度も重みも軽い。いくら試験とは言え、これでは初心者に教えているようなものだ。
――と、ここでこちらからの攻撃を少し鋭くする。すると相手もそれに合わせてくる。
なるほど!こっちの力量に合わせて、上限がどこまでかを見極めているのか。
ならば、これならどうだと受け流された状態から、さらに速度を上げ胴に一太刀入れようとする。が、あえなく流される。
おもしれぇーっ!!ならこれなら……あー、ダメか。なら次は……。
なるほど!なるほど!これくらいの速度なら俺の思考と行動は噛み合ってるな。
なら次は……つぅか、もう3分は経ってないか?いやしかし、試験官も止める素振りはなさそうだし……いいのか?
ふと疑問に思いつつ、試験を続行する。とここで。
「ストップ!ストップですッッ!!!」
隣で試験をしていた他の騎士団員が止めに入ってくる。
「ちょっと先輩!何やってんスか!?もうこの子に10分近く費やそうとしていましたよ!??」
「え?そんなに……そうだったのか?いや、すまない。キミも申し訳なかった……。というかキミは一体……」
「先輩しっかりしてくださいよ!後も支えてるんスからっ!」
強制的に止められたが、よかったのだろうか?
しかしすぐに退場させられるわけでも、試験官に圧勝するわけでもなかったのだから良しとしよう。
俺はありがとうございましたと一礼し、次の会場へと足を運んだ。
次の試験は攻撃魔法の実技である。
指定された位置から十メートル先に人の形をした的がある。
さらにその的から十メートル感覚で、同じ的が計3体置かれている。
特殊なコーティングを施されたその的は、幾重にも魔法防壁がかけられ並大抵の魔法では傷一つ付かない仕様のようだ。
試験官いわく壊すつもりで挑むようにと伝えられた。
しかし周りの受験生達を見ると的まで届かない者、的に当たっても倒れない者が大半であった。
詠唱を開始しイメージを練り上げる、しかしそれに必要な魔力量が足りていない。
動かない的に詠唱をかける時間があるというのに、極度の緊張からか魔力が乱れている。
ふとアカリに目をやると、魔力の乱れはない。しかし少しぷるぷると震えていた。
つい先程得意な分野でがんばろうぜ!なんて発言をしてしまったが、もしかして攻撃魔法も苦手だったりするのだろうか……。だとしたら、あとは面接しか残されていないが、この調子では面接も緊張してしまうのではないかと思ってしまった。――と、ここでアカリが振り返る。
「シキ君は緊張……してないの?」
「緊張か……言われてみて気が付いたけどしてないな?」
「……シキ君には余裕があって羨ましいよ。私はどうもこの人の多さに呑まれてしまって……」
余裕がある。というよりは考え方の違いなのかもしれない。
正直俺はこの学院でなくてもいいとさえ思っているし、何よりこの試験というものを楽しく受け止めている。きっとそれが余裕に見えるのだろう。
しかしこの考えをアカリに伝えたところで、彼女には理解できないだろう。なぜならこれは俺の考えであり、アカリには今までない考え方なのだから。
もっと時間があれば伝えられるかもしれない。だが刻一刻と順番がやってくる。
緊張をといてやることも、考えを変えることも出来ない。
でも本来の彼女の力量を引き出すのに、簡単な言葉がある。
「なぁ、アカリ。攻撃魔法ってのはさ、何も相手をただ倒す為だけに存在する訳じゃないんだ。誰かを守りたい、助けたい。そういった気持ちが原動力だと俺は思う。だから動かない的を倒すことを目的としないで、守りたい者の為に使用すればきっとうまくいくと思うぜ?」
「そう……そうだよね!私今まであの的にちゃんと届くかなとか、倒せるかなとか。あと……2つ目まで倒せちゃったらいいな!なんて思ってたけど、シキ君の一言で初心に戻れた気がする!えへへ、ありがとう」
まだアカリとは出会ってから間もないが、うん、彼女は難しく考えるより、朗らかに笑っていた方がいい。いや、彼女だけではない。ここにいる者が皆、自分で自分を追い込んでしまっている。
だからこそ今一度、鏡で自身の顔を見つめ、深呼吸をする感覚で笑ったほうがいいと思った。
とここで順番が近づいてきて、他の者の詠唱が聞こえ始める。
耳を傾けると……
「清らかに研ぎ澄まされた清流よ。我が問いかけにて、濁流となれ!水魔法・流水弾!!」
「生命を育む聖なる火。全てを焼き尽くす業火の炎。この問いかけに答えよ!火炎魔法・2連火球!!」
なるほど……。これが詠唱か。
いや、もちろん知らなかった訳ではない。幼い頃にクランツやシャルも使用していたし、じいちゃんだって大掛かりな結界術の時は使用している。
ただあまり聞きなれないし、自分自身で詠唱は使用したことがない。
しかしこの詠唱。聞けば聞く程カッコいいと思い始めてきた。
自分のイメージを言葉に出し、さらにイメージを強固なものへと構築していく。そして魔力を具現化し解き放つ。いやぁ、まさに魔法を使っている感じじゃないか!!
よし!俺も見よう見まねでやってみよう。うまくできるかわからないが、せめて形だけでも……。
えっと魔法は何にしようか。というかそれに合わせて詠唱も考えないと……。
そうこうしているうちに、自分の番がやってくる。
先に実技を受けたアカリが、やり切った表情で後ろにはけていく。前方の的は少し斜めに傾いているようで、どうやらうまく出来たみたいだな。
試験官が的を直し、こちらに戻ってくる。
「では次。制限時間は1分、使用は1回だけです。始めっ!」
うぇええええっと……。やべぇ!どうしよう。色々考えていたら結局使用する魔法も、詠唱も考えきれなかった。ぬぬぬぬぬぬ!どうしたものか……。
火の魔法か?水の魔法か?いやここはシルフの保護者ということで、風魔法か??
あっ、そうだ!あれにしよう。
「30秒経過……」
俺は腕組みしていた両手を解き、右手を的に突きだし詠唱を始める。
「漆黒の闇を切り裂く、一筋の光よ。人々の想いを乗せ突き進めっ!魔導――」
ハッと気づき詠唱を途中でやめ、口に手を当てる。
あっぶねぇーーーーーー!!今、魔導列車って言いそうになったわっ!!
そうだ!名前っっ!名前が肝心じゃないかッッ!
「残り10秒……」
くっそ!もう少し時間があれば、カッコいい名前が付けれたかもしれないのに……。
あー!これが皆が味わっている焦りというやつか?いや、今はそんな事はどうでもいいっ!
「5、4、3……」
これは今後の課題だな……。名前は大事だ。
今回はすまんっっ!
人差し指をピッと的に向け言い放つ。
「――名前はまだないッッ!!」
一瞬。ほんの一瞬人差し指がピカッと光る。
残り数秒という所で、何とか間に合った。
的が大きく倒れる訳でも、破壊されたわけでもない。依然と的はしっかりと立っている。
しかし俺は詠唱を唱えて、魔法が撃てたことが嬉しい。
何か今、周りの受験生と歩幅を合わせた感じがしたなぁ~。
その後は一礼をし、後ろへと下がる。
後方からは次の受験者の始めっ!という声が聞こえてくる。
俺は口元を緩ませながら、次の面接会場へと足を向けた。




