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32.実技試験と昼食。

 筆記試験を終えたその日の夜。

 前もって予約しておいた宿へ入り、ベッドの上で参考書を開いてテスト内容と照らし合わせる。


 一般的な語学に数学、歴史とまずまずだったのではないか?術式構築、魔導制限法、結界術なんかは大したことはなかった。


 問題は戦略術という分野であった。つい先ほどまでクレアと回答合わせをしていたのだが、どうにも食い違う。


 という訳で参考書を開いているのだが、ここで部屋をノックする音が聞こえ入り口まで足を運び扉を開ける。


 「お休みの所失礼します。そ、その、グランファニア様のご友人様がお目見えになっているのですが……」


 冷や汗混じりの宿屋の主人の後ろを見ると、私服姿のクランツが護衛兵と一緒に廊下立っていた。

 クランツは主人に軽く挨拶をすると、他の客の邪魔になるからと兵を下げさせる。そして静かに部屋の中に入ってきた。


 「夜分遅くに悪いな。で、筆記はどうだった?」


 「いや、悪くはないよ?ただ戦略術でクレアと食い違いがあってさ。俺は答えが全部一緒だったんだけど、クランツはどうだった?」


 「全部一緒ということはないだろう?」


 クランツは不可思議な顔をしながら、コートをハンガーに掛けソファに腰を下ろす。

 とここで物音に気が付いたように、入り口へと視線を向ける。


 「なんだ?シキはこれからシャワーを浴びるつもりだったのか?」


 「いや?もう入ったよ。そんなことより戦略術の回答なんだが……」


 「浴室から音が聞こえるのだが?」


 「あぁ、クレアが入ってるからな」


 「!!!!」


 初めて魔物を見た時のような驚いた顔をして、俺に詰め寄ってくる。


 「待て待て待てっ!なななんでクレアがシキの部屋のシャワーを!?」


 「はぁ?!同じ部屋に泊まっているんだから当然だろう?」


 「え!あ……同じ部屋って?この部屋にクレアも寝るのか?」


 「当然だろ?ベッドだって2つあるし、そんなに広くはないけど1泊なら十分すぎるだろ?というか今の宿屋って、各部屋に浴室とトイレが完備されてるのなっ!!」


 「浴室にトイレ?当然だろう!付いてないほうが珍しい……じゃなくてッッ!若い男女が一つ屋根の下で一泊するということはだな!!その……あれだ。えっと、つまり……」


 「はぁ??なんなんだよお前は?さっきから鼻息が荒いぞ?」


 顔を真っ赤にしながら、モニョモニョと喋っているクランツ。一体何を言いたいのか、さっぱりわからん……。


 あー、クランツが荒ぶるから、窓がより一層結露したではないか。

 俺はクランツを横目に、窓際に設置されている小さな簡易用の暖炉に薪をくべる。


 パチパチッと薪の爆ぜる音が、静かな部屋に響く。

 すると石鹸のいい香りが部屋に広がった。


 「あー。クランツくん、いらっしゃい」


 「わぁぁああぁああ!ク、クレア!!なんて恰好を!?」


 いや、どう見ても寝間着姿だろう。

 クレアも不思議そうな顔をしているではないか。


 「そ、そのクレアは、シキと同じ部屋で問題はない……の?」


 「何が?」


 「だってその、二人とも……恥ずかしくないの?」


 「恥ずかしい?んんん??今まで一緒に過ごしてきたから、特になにも?」


 俺もクレアも、クランツの言っている意味が良く分からず、逆にクランツ自身がおかしなことを言っている雰囲気になっている。

 そしてクランツは2人に何かあったら大変だと言い、今晩は泊まっていくと言いだした。

 宿屋の主人は何か不備がないかと、大慌てで空き部屋を用意しようとするが満室である。さすがに一国の御子息をソファで寝かせる訳にもいかず、俺がソファで寝ることになった。


 その日の夜は幼い頃の話しや、これからの話しで盛り上がった。

 そしていつの間にか2人は寝息をたてていたので、そっと毛布を掛けてあげる。


 普段とは違う緊張を経験した二人の寝顔は、とても熟睡しているようであった。

 俺もソファに横になり毛布をかぶる。


 「2人に何かあったら大変だって……。元・魔王に現役勇者に何かって、なんなんだよ?」


 ボソっと声に出し、小さな照明を消す。

 あー、結局戦略術の話しし忘れていたな。


 そんな事を思いながら、次第に眠りに落ちていった。



―――――――――――――――――――――――――――




 翌朝。気持ちのいいくらいの晴れと、真っ白な吐息が目の前に広がる。

 宿で朝食を済ませ、実技試験会場へと足を運ばせる。


 クランツはというと、この異様な数の受験生により試験会場が異なるらしい。

 それでも会いに来てくれたという事は……ふ、寂しがり屋め。


 俺はニヤニヤしながら会場入り口を見渡す。


 昨日に引き続き、長蛇の列が出来上がっている。

 とりあえず列に並び、少しづつ前へと進んで行く。途中で受験番号によりクレアとは別の廊下に進められる。昼休憩になったら食堂で落ち合おうと約束をし、指定された教室へと向かう。


 教室の中には20人ほどの受験生が着席していた。俺は自分の受験番号が表示されている椅子に座ると、試験開始まで静かに空を見ていた。

 開始5分前になると、教室は50人ほどで埋めつくされていた。


 そして試験官の説明が始まる。


 「えー、それでは試験を始めます……。今回は異例中の異例により、試験の順番はランダムとなっております。受験生が非常に多い為、皆が同じ科目から試験を受けることが出来ないからですね……。っとそれは事前に案内に記載されていましたね。ではでは、このクラスは……あー、皆さん。1時間この部屋で静かに(・・・)待機することです……」


 試験官がそう言い終えると本鈴が鳴り響く。

 始めっっ!の掛け声と共に、視界が闇に広がる。日中だというのに真っ暗である。

 そして音は……何も聞こえない。自然の音や、人の出す雑音。そして何よりこの状態に驚きの声が上がっていない。


 そして真っ暗だというのに、まるで目眩のような感覚に陥る。

 つまりこれは妨害魔法を受けている状態である。視覚を奪われ、聴覚すら封じられている。極めつけは平常心を奪われた後の、目眩のような症状。この状態が長引けば、心身ともに衰弱していくことであろう。


 あー、なんかアルディアの最期を思い出したわ~。

 それに比べたら全然大した事ではないから、この妨害魔法の状態で1時間過ごすなど余裕だとも思った。 しかしあの時の事を思い出して、いい気分になれるわけではないので早々に解除魔法を施す。


 スッと視界が広がり、周りからはうめき声が聞こえてくる。

 試験官2名が、受験生の状態を魔法目視でチェックしている事に気が付いた。恐らくこれは解除の時間を審査しているのであろうか?


 にしても開始5秒で解除してしまったものだから、残り時間は何をしていようか。

 静かに待機と命令があったから、静かにしていよう。他の受験生の苦しんでいる姿をマジマジと眺めているなど、そんな性格の悪い事はできない。


 出来ることならこの教室内の受験生を助けてやりたいが、それでは試験にならないだろうから心の中でみんなを応援していよう。


 雲一つない冬空に、落ち葉が舞い上がっている。外はそれなりの風が吹いているんだなと思いながら時間が経過していく。数十分後にようやくちらほらと数名が解除魔法に成功したようだ。

 そして1時間後。未だに解除できていない生徒には解除魔法と精神安定魔法がかけられ、一つ目の実技試験は終了した。


 次の実技は部屋を移動することになり、皆が隊列を崩さずに試験官の後へと続いて行く。

 案内されたその部屋は黒いカーテンが敷かれており、10名ずつ奥へと案内された。10分後、先に入っていった受験生達が出てくると次の10名が案内される。

 

 俺は3組目に当たるので、次の案内でようやく部屋へと通される。そして目の前に広がる光景。

 各机の上に幅1m、奥行き60㎝程の板が置かれている。その板には10㎝四方の白いパネルが24枚並べられていた。


 どうやらこの試験。回復魔法の試験のようである。

 白いパネルが赤く変わった所に、回復魔法を施すと白に戻る仕組みになっているようだ。そして5分間に、どれだけ赤パネルを白に戻せるかということが試験なのだと理解する。


 皆が机の前に立ち、真剣な表情でパネルを見つめる。

 始めっっ!のお決まり台詞と同時に、瞬時にパネルが赤くなる。――が、こちらも瞬時に白へと戻す。

 すると今度は違う場所が赤くなるので、これもまた回復魔法で白に戻す。


 こ、これは!!!楽しいっっ!




 赤から白に戻す単純な作業なのだが、これが意外と楽しい!

 最初は1枚治すと違う場所が1枚赤くなるのだが、次第に赤くなる枚数が増えていく。しかも全てのパネルに必要な魔力も異なることから的確な回復魔法放出、及び反射神経と瞬発力が試されている訳だ。


 赤・赤・赤。はいっ!白白白ーーーっっ!

 一体何枚の赤を白パネルに戻したかは覚えていなかったが、この試験はあっという間に終わってしまった。そして次の試験へと移動する。


 次の試験は結界術。鉄の棒に風船が付けられている。

 そしてこの風船が膨れて爆ぜないように、結界で固定するというものなのだが……。


 周りの皆は膨らんだ風船を結界で覆っているようだが、そんな事はしなくていい。

 単純に空気が送られてくる穴に結界を張ってやれば、膨らむことなく終了するのだから。

 しかも燃費もいいしな。


 そんなこんなで昼休憩を迎えることになった。

 食堂が完備されているので、クレアと合流する為に食堂へと移動する。

 途中で中庭やテラス、教室で持参したお弁当を食べる受験生が目に入る。そして食堂に着くと入り口でお腹を抱えたクレアが目に入った。


 「シキ~~~~」


 「よぉ!お待たせっ。ってどうした??」


 「お腹空いた……」


 そういえば宿屋で朝食は出たものの、一般的な食事の量しかでなかった。

 クレアの食欲はものすごい……。この一言に尽きる。

 

 早く早くとシルフのように袖を引っ張られ、食堂内へと足を運ぶ。

 中は結構広く、空席も目に付く。とりあえずは券売機で食券を購入し、その券を厨房前のカウンターへと持っていくのだが、クレアは5人前の食券を購入しウキウキな足取りで先にカウンターへと走って行った。


 俺は……っと。から揚げ定食に、かつ丼だな!


 2枚の食券を手に、クレアの後へと続く。

 厨房のおじさんから食いっぷりがいいねぇ~!と挨拶を貰い、テラス側に空いている席を見つけ先に席で待っているとクレアに告げる。


 しばらく待つと、2往復したクレアが最後の料理を持ってくる。

 互いにいただきますと手を合わせ、昼ごはんにありつく。


 とそこへ見慣れない女性が2人。


 「あ、あの。お食事中に申し訳ありません……。その聞きたいことがあるのですが……」


 クレアは頬一杯に食べ物を詰め込み、もぐもぐと2人を見つめていたので俺が対応することにした。

 

 「なんでしょうか??」


 「あの、もしかして……あなたは勇者様ですかっ!?」


 突然の質問で箸が止まる。そしてざわざわとしていた食堂すらも静寂に包まれる。

 唯一動いている事が確認できたのは、クレアのもぐもぐしたお口だけであった。


 そういえば気にかかることが一つあった。俺はクレアが勇者だとわかっているから、あえて耳を傾けないようにしていたのだが、周りの受験生はこの中に勇者がいるかもしれないと会話をしていることがあった。

 しかしなぜこの2人……いやこの子は俺を勇者だと勘違いしてきたのであろうか?とりあえず誤解を解かなければ。


 「あの残念ですけど、俺は違いますよ?勇者ではありません……」


 「ほらアカリ。やっぱりあなたの勘違いじゃない。というか、勇者は特別待遇枠で学院に入るのだからこんな試験は受けないんじゃない?」


 スラッと伸びた身長に薄紫の長髪を束ね、赤いメガネを掛けた女性がギラリとこちらを睨んできた。

 アカリと呼ばれた女性は栗色の髪の毛を二つに結び、シュンとして肩を落としている。


 そして勇者ではないと否定したことにより、静かだった周りも安堵にも似たため息と共に平穏な食堂へと戻っていった。


 「あの、早とちりしてしまってすいませんでした……では失礼します……」


 とクルリと辺りを見回しているが、空いていた空席が埋まっている。

 いや、空席はあるのだが、この2人が仲良く座れる形で席は空いていなかった。


 「あの、よかったら合い席でどうぞ」


 「あ、あ、ありがとうございますっっ!」

 

 「では遠慮なく失礼するわ」


 一人は申し訳なさと恥ずかしさからか、目も合わせてくれない。

 そしてもう一人はメガネの奥のキリッとした目でこちらを見ては来るが、時折反射して表情は読み取れない。


 クレアはと言うと、一人笑顔で3食目のお蕎麦に手を付け始めていた


 


 


 

 



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