31.高等部・入試試験。
年が明け、より一層の寒さが続くこの季節。
俺とクレアは魔導列車に乗り、まだ夜が明けていない暗闇の中を王都へ向けて移動している。
列車内には暖房が設備されている為、コートとマフラーはバッグの上に置いてある。
外気との温度差により、結露した窓を拭うも外は漆黒の闇。
それでもクレアは嬉しそうに鼻歌を歌いながら、何も見えぬ外を見つめている。
俺はと言うと、試験案内のパンフレットをぺらぺらと見ていた。
そう、ようやくこの日が来たのだ。
ロンドアーク・魔法騎士高等部・第一学院。通称バレンシア校と呼ばれるエリート校の入試試験当日である。
若き世代をより実践的に教育する機関であり、毎年の人数制限は200名。
この第一学院・バレンシアから世に送り出された勇士達は数知れず、国内の子供から大人はもちろん他国にも名が知れ渡るほどの学校なのである。
もちろん第二学院の聖・エリーゼ女学院や、第三学院・騎士養成学院シュティレイ校等も志望者が多いのだが、今年の第一学院は群を抜いて受験者が多かった。
それもそのはず、7大勇者のクレアが入学するからである。
当時は箝口令が敷かれ年齢も性別も非公開であった。しかし昨年に第一学院に勇者を迎え入れるという発表があったのだ。それが一夜にしてロンドアーク全土に広がり、同年代の若者に火を付けた訳である。
純粋に勇者と同じ学校で学びたいと思うものもいれば、今のうちに仲良くなっておこうとずる賢い者もいることであろう。そんな訳で今年は書類選考を行い、ある程度の篩いをかけてからの入試試験となったようだ。
まぁ特別待遇枠の勇者は本来試験は受けなくてもよかったようなのだが、本人がどうしても受けたいという事で今こうして朝早くから試験会場に向かっている訳である。
王族や貴族でも例外はなく、試験を合格した者のみが通える制度のようなのだが……。
勇者は王族よりも尊い者なのかと思い、鼻で笑ってやった。
間違いなくクランツは合格するだろう。王族だからという理由ではなく、知識も実技もクレアに引けを取らないくらいまで成長しているしな。
俺はというと、まぁ問題ないだろう。というか正直、第一学院でなくてもいいと思っている。
学校という場所で同年代と共に学び、切磋琢磨し成長できればどこでも同じだ。
だって最終的にこの国の為に何かを成そうと考えているのであれば、場所は大した問題ではない。大事なのは自分自身の揺らがぬ信念なのだから。
そんな事を思っていると、クレアが話しかけてきた。
「ミーちゃん……すっごい拗ねてたね……」
「まぁ、しょうがないだろう。今回は俺の試験なんだから」
そう。今回の試験に当たりシルフは置いてきた……。
理由は単純だ。
アイツが筆記試験及び、実技試験において静かにしている保証はないからだ。
試験の日程はは2日間。初日は朝から夕方まで筆記試験。
翌日2日目は朝から実技試験になるのだが、試験を受けないシルフにとっては只々退屈以外の何物でもない。
静かにしていろと促しても、それを聞き入れる保証などない。
それに今回は勇者が入学すると、受験者達も気合いが入っている事だろう。
それに拍車をかけるように風の調律神が試験会場に登場したら、心は乱され試験に集中など出来なくなる恐れもある。
この日の為に、一生懸命勉強してきた者達の邪魔はしたくないと思った次第である。
と、説明したらなんとか受け入れてもらえたのだが、本当はシルフ見たさに集まってくる野次馬がめんどくさいとは口が裂けても言えなかった。
「土産の一つでも買って帰るから、それで許してもらうかな」
「私も置いてけぼりにされたことあるから、ミーちゃんの気持ちは良く分かるよ~……」
「おいおい、そんな目で見るなって……。にしてもなんでクレアは試験を受けようと思ったんだ?別に受けなくてもよかったんだろ?」
顎に手を当て、なんとか話題を変えようと試みる。
すると、じとーっと見ていたクレアがきょとんとした顔で答える。
「だって、私だっていっぱい勉強したもの!自分の実力がどの程度なのか、しっかり受け止めたいし……。それに、今日受験を受ける人達全員が合格できるわけではないでしょう?だから受験する人達をこの目で見て、その人達の想いを心に留めておきたいものっ!」
なるほどな。実にクレアらしい考えだ。
与えられた椅子にただ座るのではなく、その椅子の重みを理解したうえでこれからの糧にしていこうという訳なのだろう。
いや、本当に頭が下がる……。
「そっか……。でもあまり張り切り過ぎて、他の受験生にばれない様にしろよ?まだ内密なんだからな」
「う、うん……。へへへ、大丈夫……だと思う」
たしか王様の話しだと、入学式と同時に国内に放映すると言っていたな。
そんな事したら、ものすごい人が押し寄せてきそうではあるがそれでいい……。
勇者が大々的に世界中に知れ渡るんだ……。
そうなったらきっと舞い戻ってくるだろう。
グレイス兄ちゃんを駒に使った犯人が。
その時は……。
グッと拳に力が入る。
あ、やべぇ。パンフレットがグシャグシャだ……。
まぁ、その時はその時だ。今は受験に不備がないか確認でもしよう。
えっと受験票に、国民証。それに一泊用の下着と……。
「なぁクレア。この実技試験に使用する武器ってやつなんだけど、俺らどうする?」
「え……っと。たしか貸し出しもしてくれるみたいだから、それでいいんじゃない?」
「あ、本当だ書いてある……。あ~絶対クランツは、ポーラ姉ちゃんの剣を持ってくるだろうなぁ~……」
「だねぇ~」
二人して不服そうな顔をする。
真っ暗闇の中を、魔導列車の一筋の光が突き進む。
次第にうっすらと明るくなり始め、駅の間隔が短くなっていく。
たしか王都から一つ前の駅で降りるんだったな。ちらほらと受験生らしき同年代が、空いている席に腰を掛ける。
静かに見回してみると皆ノートに教科書といった類を開いて、まるでにらめっこをしているようにも見えた。
大丈夫。自分のやって来たことを、しっかりぶちかましてやれ!!
そう心の中でつぶやくと、そっと車窓に顔を向ける。うっすらと反射する自分の顔は、なぜだか嬉しそうな顔をしていた。
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コートとマフラーを身に纏い、ホームに降り立つ。まるで皆が吸い込まれるかのように、改札に足を運ぶ。ここも王都中心街同様に、駅前からして活気がある。
小さい頃は人間の迷路に迷い込んだように思えたが、背丈が伸びてからはそのような感覚はなくなっていた。
じいちゃんに手を握ってもらった記憶が懐かしい。今では頭上に掲げられている掲示板を見れば、自分の行く先は分かるからだ。
しかし今日は掲示板を見ずとも、すんなりと出口にたどり着く。
なぜなら受験生の波が、自然と出口へと続いていたからである。そして会場に向かう為の大型の受験生用の馬車が、引っ切り無しにやってくる。
――のだが。この人数、とてもさばき切れていないようにも見える。
時刻は7時ちょい過ぎなのだが、とにかく受験生が多い。
ここから会場までは徒歩でも30分くらいだろうか?
高速移動したら、すぐにでも着いてしまう距離なので俺達は歩いて行くことにした。
吐く息は白く、耳が痛い。
俺は手袋もしていないので、コートに両手を突っ込んでいた。
もちろん魔法を使用すれば、この冬の寒さなど容易に凌げるのだが……。
なぜだろう。それはとてももったいない事をしているような、この時の思い出を薄れさせてしまうようなそんな感覚で使用する気になれなかった。
クレアと初めてみる街並みに言葉を交わし、次第に試験会場が近づいてくる。
その頃には身体も温まり、寒さはそれほど気にならなくなっていた。
そして試験会場の入り口前。長蛇の列が出来上がっている。
順番を守るべく最後尾に着くのだが、あっという間に最後尾は後ろへ後ろへと移動していく。
チラッと先の方を覗いてみてみると、受付係が数十名態勢で身分証明を行っている。
次第に先頭へと流れていき、案内する女性に4番の受付でお願いしますと言われ足を運ぶ。
この時点で前に6名ほど並んではいたが、テンポよく流れていく。
受験票と国民証を手に持ち、自分の番がやってくる。
お願いしますと手渡すと、白い箱に国民証を差し受験票も違う口に差しこむ。
ピピっと音が鳴ると、丁寧に返却される。――と。
「おぉ!キミはあの時の……」
「え?」
「ははは。覚えていないかもしれないけど、私は小さい頃のキミに会っているんだよ。そうか、この日が来たんだね」
「……あっ!もしかして国民管理局の?」
「お、覚えていてくれたのかい?……おっと!お喋りは厳禁だった」
そう言うと歯を見せないよう笑みを浮かべ、小声で「あの頃と変わらず、応援しているよ」と言葉を掛けてくれた。
照れくさいわけでも、恥ずかしいわけでもない。それなのにありがとうございますの一言が言えなかった。それはあの頃の自分を知ってくれている人が居たことの嬉しさに、胸がいっぱいになってしまったからだ。
この返事は合格した時にでもちゃんと伝えよう。
そう心に決め、筆記会場へと足を運ぶ。
会場内は数百人に及ぶ受験生が、今か今かと落ち着きのない表情で着席をしている。
自分も受験番号の席に着席し、静かにその時を待つ。
会場内が受験生で満たされ、数人の教師らしき人が教壇に並ぶ。
これだけの人数が居て、話し声の一つも聞こえてこない。
そこへ予鈴が鳴り、声が響き渡る。
「試験案内の冊子にも記載されていましたが、開始前にテスト用紙をめくる行為があった場合、その者の用紙は黒く変色します。またカンニング等の不正行為を行った者は、その時点で不合格となります」
注意事項の最終確認の内容が告げられていく。
そして丁度話しが終わるタイミングで本鈴が鳴り響いた。
「それでは、始めっっ!!」
教師の一声と共に、一斉に用紙がめくられる音がする。
その後聞こえてくるのは、テスト用紙に叩きつけられるペンの音。
カツカツカツ!!カツカツカツ!!!
その音だけが会場内を支配する。
しかしその音は、これまで聞いたどの音よりも熱意のある心地いい音であった。




