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30.踊る心。

 今年も豊穣の祭りがココール村で行われる。

 穏やかな春から猛暑続く夏を迎え、今は実りの秋である。


 先月の暮れに村人と、オフィーリアのエルフ達と共にぶどうを収穫したことも記憶に新しい。

 また山の恵みである果実やキノコ、色彩豊富な景色を堪能できることも嬉しかった。



 オッサンやオルトさんに出会ってから3年が過ぎていた。

 俺の身長も随分と伸び、つい数年前まではじいちゃん達を見上げていたものなのだが、今では同じくらいである。

 来年からは王都の学校に通う訳なのだが、まだまだ成長期。

 あっという間に背丈は伸び、見た目も大人の仲間入りになる日もそう遠くないであろう。


 現に今。ココール村の裏山にある豊穣の小滝に向かっているのだが、身長が伸びたことにより歩幅が広がり一歩が大きくなっている。昔、フォグリーン村の石畳階段を一段づつ上っていた時期が懐かしい。


 幼き頃見た秋と、今目の前に広がる秋はまったく別の世界である。季節がそう感じさせるのか、物寂しい気持ちと成長した実感の喜びが相まって八の字眉で口元が緩んでいる自分がいた。



 落ち葉を踏みしめる音と、秋風に揺れる木々の音が気持ちいい。

 そこに滝の音が聞こえ始めてきた。


 道なりに上ってきた山道が開け、豊穣の小滝が目に入る。

 周りには大小の岩や、腰掛けに丁度いい石が転がっている。そしてそこに動物に囲まれ腰を下ろしている女性が一人。


 光沢のある黒髪に、透き通るような白い肌。水色の瞳は優しく動物達を……いや、撤回する。

 動物ではなく魔物達である。


 そう魔物達に囲まれているのは、美しく成長したクレアであった。

 様々な経験を積み気弱な女の子から凛とした女性へと成長している。


 ココールの村では何人もの男性が求婚を求めるが玉砕し、それ以外にも初めて行った町でも声を掛けられる程である。本人はまったく自覚していないのだが、涙を流した男は数知れず……。

 

 そんなクレアだからこそ、魔物をも魅了して……ではなく。

 昔から変わらぬクレアの純粋な心に、魔物達が心を通わせてきた結果である。



 ……にしてもこの辺りの山の主・栄光の角鹿(アトラス・アントラー)に、森の主・豪傑鎧熊(アーマード・ベア)。そして3年前にココール村を襲ったゴブリンの残党達が、クレアを囲い談笑をしている。


 とは言えこのゴブリン達。顔つきも行動も一般的なゴブリンとは違い、妙に人間よりである。

 クレアの浄化の力がそうさせたのか、はたまた魔物特有の強い者への忠誠なのか……。


 まぁ、村人にも謝罪をして、今では仲良くやっているようなので良しとしよう。

 というか何を話ししているんだ?


 「おーいクレア。豊穣の祭りに使う水を取りに来たんじゃないのか?」


 「あ!シキ―。ふふふ、ごめんごめん。でもね、この子達ったら可笑しいのよ?」


 ゴブリンの横にスッと入ると、熊が頭を撫でてほしいと言わんばかりに摺り寄せてくる。

 軽く撫でてやると気持ちよさそうに目を閉じた。


 「どうしたってんだよ?」


 「あと半年もしたら王都の学校に行くでしょう?そうしたらなかなか会えなくなっちゃうねって話しをしたら、この村は僕たちにまかせてだって」


 「おー、いいじゃん。こいつらならしっかり守ってくれそうだしな」


 「ふふふ。そうしたらね。村を守るのは私の役目だとか、昔酷い事をしてしまった自分たちが責任をもって!なぁ~んてみんなして言い張るの!それがすごく嬉しいんだけど、可笑しくって」



 柔らかい笑顔で答えるクレアに、鹿が頭を垂れる。

 みんなにケンカはしないようにと伝えると、また会いに来るからね!ありがとうと告げる。滝の水を小瓶に入れ、そしてクレアに集まっていた魔物や小動物に挨拶をすると、ココール村に向けて歩を進めた。


 村に到着すると、何やら集会所の前に人だかりが出来ている。

 何事かと思い顔を覗かせると、そこには立派に成長したクランツがいた。

 初めて会った時のおどおどした感じもなく、かといって王族特有の近寄りがたい雰囲気もない。

 だからこそこうやって村人達に囲まれ、分け隔てなく会話をし人が集まってくるのだろう。


 にしても、腰に下げているポーラ姉ちゃんの片手剣が羨ましい……。

 俺とクレアが、どんなにお願いしても「お前らには、まだ早い!」と言って作ってくれないのに……。

 



 は!これは王族特有の圧力というヤツかッ!等とバカな事を考えていると、オッサンがこちらに気付き声を掛けてきた。


 「おー!シキにクレア。クランツ王子がお目見えだッ!粗相のないようにな!!」


 

 ふ……。何を言っているオッサンよ。初めてクランツがこの村に来た時、小僧呼ばわりをして王子だと知った時のあの茫然たる表情。俺は忘れていないぞ?


 あの日の事を思い出すと、自然と笑いが込み上げてくる。


 

 それにしても先日会ったばかりなのだが、一体どうしたのだろう?そんな表情でクランツに声を掛けると……。


 「お、おい!シキにクレアっ!この間も言ったが、高等部への願書提出はどうしたっ!?」


 「え?まだだけど……」


 「あー。そういえば、こないだも念を押されてたよね?私は後は提出するだけだよ」


 「……え?まさかそれだけの理由でここまで来たの??」


 「あ、当たり前だろうっ!一緒に学校に通えるんだぞ!?僕がどれだけ待ちわびていると思っているんだ」


 そ、そこまで思ってくれていたのか……。

 たしかに学校に通うという事は楽しみでもあるのだが、まだ試験すら受けてもいなければ合格もしていない。それ以前に――


 「まぁ、いいよ。じゃあ僕が直々に提出して来るから、2人とも願書を……」


 「あ、悪い。俺まだ書いてすらねーんだわ」


 「!!!!!」



 この後クランツからお説教にも似た文句を言われ、早々に願書の必要事項欄に記入を行った。

 もう全ての事に、はい!としか返事が出来ない状態ではあったが、それでもクランツの気持ちが伝わってくるのだから嬉しかったりもした。


 書類はものの数分で書き上げられ、それを丁寧に丸め皮筒に入れる。そして本当にそれだけの事で来たようで、早々に王都へ引き返そうとする。


 「おいおい!本当にそれだけの理由でここまで来たのか!?」


 「もちろんだとも!締め切りまでもう1週間とないんだぞ?いくらシキが優秀な人材であっても、願書の遅れは致命的だからな!」


 たしかに願書を受理してくれなかったら、来年から学校どころではなくなる。

 にしたって、まるでお母さんみたいな事を言う。


 「まー、クランツには感謝しているよ。でもさ、今日はココール村で豊穣の祭りがあるんだ。一緒に楽しもうぜ!?明日帰って、提出でも間に合うだろ?」


 「え、いや、しかし……」


 「クランツ様、よければご一緒に村の祭りに参加してください。村人達も喜びますゆえ……。というか、シキ!お前は王子を伝書鳩か何かと勘違いしているのではないかっ!?」


 「あ、オールドマンさんわかります?仮にも僕はこの国の王子なのに、こんなこと平気で言ってくるんですよ?もう慣れましたけど……」


 周りから笑い声が沸きあがる。俺もそんな冗談を言ってきたクランツに大笑いをしてしまう。

 クランツもフフっと笑うと、祭りを大いに楽しもうと肩を叩いてきた。


 そこへシルフが飛んでやってくる。

 オッサンの挨拶で祭りが始まるのだから、早く早くと急かしてくる。クレアから豊穣の小滝の瓶を受け取ると、シルフに背中を押されながら困った表情とは裏腹に嬉しそうに壇上へと連れて行かれた。


 例年通り村長(オッサン)の一言から祭りが始まり、野外のあちこちから美味しそうな匂いが漂ってくる。

 成人を迎えた俺達は、この村の特産品であるぶどう酒をグラスに注ぐ。もちろんクレアはぶどうジュースである。

 

 「来年もこの祭りに参加できるといいな」


 「うんうん。学校も楽しみだけれども、ココールは第二の故郷だからちょくちょく来たいな」


 「王都では豊穣祭(ハロウィン)パーティーで仮装舞踏会なんかもやったりするから、来年はそれも楽しみにしているといい」


 お互いが顔を見合わせ、同時に乾杯と高らかにグラスを上げる。

 一口ぶどう酒を含み、香りと味を楽しむ。これは去年手伝いをした時に造ったものである。

 シルフはあちこちに飛び回り、出される料理を堪能している。

 クランツは村の子供達に囲まれ質問攻めを受けているようだが、それを含めて楽しんでいるようだ。


 ――とそこへオッサンがやってくる。


 「シキにクレアよ!来年からは、あの噂の勇者様と同じ学校に通う事になると思うが、気落ちはするでない!お前達のことはよぉ~く分かっている。だからこそ、存分に学んで来るのだぞ」


 いつもと変わらない口調であるが、どこか物寂しい感じであった。

 それはそうだろう。だってここに3年もお世話になっているんだ。それも家族のように優しくしてもらっているのだから、寂しくない訳がない。


 もちろん言葉に出しては来ないが、それでも分かってしまう程の付き合いなのである。

 

 「……大丈夫。お前達なら本当に……」


 そこでオッサンは言葉を詰まらせた。


 「ふふふ。おじ様、私達はいつでも遊びに来ますから。だから安心してください」


 「つーか、まだ試験すら受けてないんだから、気が早いっての」


 オッサンは俺の茶化しに答えることもなく、只々頷いていた。

 そこへ気持ちのいい秋風が吹く。


 色鮮やかな木々から木の葉が舞う、夕暮れ前の穏やかな時間。

 大空は澄んだ水色で赤や黄色の葉が静かに揺れ、まるで俺の心を反映したように踊っているように見えた。

 俺は大きく一呼吸をするとゆっくりと目を閉じ、物寂しいながらも期待に満ち溢れている自分の心を感じ取り、人間でよかったと心から思えた。

 

 これから先、もっと多くの人達と出会っていくのだろう。


 その時の自分はどんな考えをするのだろうか。


 そんなことを考えると高揚感が収まらない。でもきっと大丈夫であろう。


 なぜなら、今まで積み上げてきた心と記憶があるのだから……。


 俺は静かに目を開け、オッサンとクレアを引き連れ賑わっている広場へと歩き出した。


 




 



 これにて幼少期編が終了し、次回から王都学院編が始まります。詳しくは活動報告に記載しようかと思っています。

 今後ともよろしくお願いします。

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