02.創造神・エリクシア
右も、左も……上を見ても真っ白な世界。
障害物は一切なく、淡黄色の地面が地平の彼方まで伸びている。
地面も真っ白だったら、ここは無になるのだろうか?四方八方が白の世界。それはそれで空間が把握できない。しかし地面の色一つ違うだけで空間を把握できる。ただし把握できるから良いという訳ではない。
なぜなら俺の目の前には、気が狂う程の暴力的なまでの平坦な世界が広がっているからだ……。
いやまぁ……そんな事はどうでもいいんだ。
普通なら発狂するか唖然とするかのどちらかだと思うのだが、そんな感情は沸いてこない。俺が一番疑問に思っていること……。
俺、死んだよね?
記憶を辿ってみても、たしかにあの男……えぇっと名前なんだっけ?
ま、いいや。確実に魔力供給の核を貫かれ、仲間達の悲痛な声の中意識は切れた。死んだはずなのに何故生きているのか?
あぐらを掻いて、手を顎に当てたその時。
ジャララ……
何だコレ?手枷が嵌められている。さらに鎖の先には鉄球まで転がっていた。しかもご丁寧なことに四肢全てに手枷と鉄球が付いている。
コレ嵌めている意味あんのか?なかったとしてもどこに逃げるというんだ。なんの意図があるのかわからず、ただ茫然と両手を見ていると――
「久しぶりですね、アルディア」
目の前に一人の女性が立っていた。両サイドを後ろで束ね、さらに腰まで伸びた紺青の髪。純白の衣を纏い、神々しい装飾品を身に着けている。そして罪人すらも改心しそうな優しい眼差しでこちらを見ている。唯一人間の女性と違うのは、腕が六本あるということだろうか。
幾多ある世界の一つ、このルシアースを創り出した創造の女神・エリクシアがそこにいた。
「よぉババァ、久しぶりだな……」
「まぁ!そんな口の利き方するなんて反抗期でちゅか?」
「…………。」
「もうもう!今日あなたにお願いがあってきたのよ?」
「あ?お願いだ??死んだはずの俺になんの用があんだよ」
「そう!それよっ。あなたが死んで百年の間、魂洗浄を施したんだけどまったく記憶が落ちていかないのよ」
「なッ!?あれからそんなに経っているのかっっ?」
通常このルシアースで生涯を閉じたものはその後、生と死の調律樹を経由し魂の浄化が行われる。この際どんな善行・悪行・記憶を持っていようが、限りなく100%に近い強制浄化により魂が真っ新な状態になる。そして純粋な魂は、また生まれ変わりをする。
たしかにどのくらいの時間を費やせば洗浄が完了するのかなど聞いたことはない。
だがエリクシアは言った、魂洗浄を百年施してきたと。絶命したという事実が、つい先程の事に思える。それなのに百年もの歳月をかけこの程度、終わりが見えねぇ……。
「恐らくなんだけど、あなた前世に強い未練があるみたいね」
は?ある訳ねぇだろっ!!連日ただ玉座に座って、ぼぉーっとして居るだけの日々。喧嘩をしようにも対等な奴はいない。娯楽と呼ばれる遊びもなければ、飯も食わない。睡眠すら取らないのだから地獄以外の何物でもない。未練なんてある訳がないだろう。
そんな思いが脳ミソん中をグルグル巡り巡って、冗談だと言ってくれと言わんばかりの情けない顔でエリクシアを見返していた。
「そこで提案があります!」
「断る!!!!」
間髪入れずに否定した。そりゃそうだろう、自分の気持ちは他の誰でもない俺が一番理解している。
未練があるって?あの日常を経験したことのない者に、そんなこと言われる筋合いはねぇ。
「ババァ。お前だったらデコピン一発で、俺という存在を消し去ることなんて訳ないだろ?俺には未練なんて微塵もないんだ!だから俺を消してくれ」
切羽詰まる思いで意見を押し通そうとする。この言葉が意味をなさないことは重々理解している。子供が親に無理だと分かっていても、駄々をこねるのと同じことだと。
「アルディア、分かっているでしょう?創造神たる私が、世界に直接関与できないということを」
「……分かった上で言ったんだよ」
他の神々ではなく、最高神であるこいつが出てきた時点で結論は出されている。やり場のない思いから否定したが、始めから受け入れるという選択肢しかない。乗り気ではないが、ガックリと俯いた状態で両手を上げる。
「ではでは!アルディアさんに言い渡します。あなたは人間に転生してもらいます」
「え?人間って……。ひ弱で群れることによって自分は特別な存在だと勘違いし、自分の事しか考えていない低能なあの人間?」
「ちょっとちょっと!そんな言い方は失礼よ。中にはそういう方もいるのは事実だけど、そうではない人もたくさんいますよ」
「冗談だといってくれ……」
「ではでは、説明に入りまぁ~す」
エリクシアが自信満々で説明し始めた。途中人間の素晴らしさを力説したり、鼻息荒くし私だって人間達と直に触れ合いたいとも語った。私利私欲の部分を省いて大事な部分だけ聞くように心がける。
――どうやらこの鉄球に、俺の魔力と記憶を別けて封印するようだ。
人間の感情【喜・怒・哀・楽】が鍵となり、嘘偽りのない真の感情を知った時に解除される。ただしどの感情から封印を解いても、戻ってくる魔力と記憶は決められた分しか戻ってこない。
しかしここで疑問が生まれた。魔力と記憶が戻ってしまっては、魔王時代と変わらないから意味がないのではと。結論から言うと、魔王という器に魂が定着していたことが一部問題であり、ワンクッション入れ人間という器に魂を定着させることに意味があるということ。
現状は魔王の魂であり、神々を超えうる魔力を保持していることから魂洗浄に効果がない。人間の魂として死を迎え、それでも有り余る魔力を保持していた場合は正常に魂浄化が行われるとのこと。身分相応という事だ。
胡散臭いし、納得はいっていないが信用することにした。なぜなら神は嘘をつけない。
「話しは理解できた。にしても話しが長ぇよ!十分もあれば終わるところを、どうでもいい話しで二時間近く話ししやがって」
「だって、お話ししたいじゃないっ」
手を合わせ、ニコニコと笑顔で答えている。まぁ最高神の話し相手の神々なんて、どうせ肯定しか出来ないのだろう。それは結局のところ独りと何も変わらない。それは寂しいことなのだと思った。
「……めんどくせぇ」
「それに人間に転生したことによって、やり残した未練を達成できるかもしれないじゃない?」
はいはい。ねーけどな!とりあえず、人間の寿命なんてたかが知れてる。適当に人生を歩むでもなんでもいい。要は人間として生涯を閉じたという履歴があればいいのだから。
「そうだっっ!!アルディアにスキルを授与したいと思いまっす」
「あ?スキル?」
「この世界ルシアース以外から来た異世界転生者には、もれなくスキルを二個プレゼントしているのよ?」
「あぁ、いらねーわ」
「!!!!!!!!!」
ものすごい顔で動揺している。だが生きるという目標もない上に、どうやって幕を下ろそうか考えているのに余計なお世話だ。
「そもそも、俺は異世界転生者じゃないだろ?」
「そうだけど記憶を持って転生するという点では同じだし、二個とは言わないけどせめて一個くらいは授けようかと」
「わ、わかった。考えがあってのことなんだろ?貰うよ」
いや、本当にいらねーーーーー!もういい、すんなり貰ってとっとと転生をさせてもらおう。
次の瞬間。目の間に一冊の大きな本が現れた。四つ角に綺麗な金の細工を施してあり、赤い表紙との色合いのバランスが素晴らしかった。本は独りでに開き、紙が一枚ずつ剥がれ俺を中心に竜巻のような形をとり静止した。かなりの枚数が俺の周りにあるのだが、それだけではなかった。よくよく文字をみていると一定間隔で文字が消え、また新たな文字が浮かび上がってくる。最初に見たスキル名などどこへ行ってしまったのか……。こんなの一から見定める奴なんているのか?
俺は深いため息とともに、目の前にあるであろうスキルを見ることもなく指さしこれでいいと意思表示を示した。
「それではアルディア、あなたを人の子へと転生させます。異論はありますか?」
「……。」
「創造神エリクシアの名の下に、魔王アルディア転生の儀を始めます。良き旅を」
すっと近づいてきたエリクシアは俺の額にデコピンを一発いれた。もっと温かな光に包まれてとか、魔法陣が発動してとか想像していたんだが。派手な演出もなく、その場に倒れる。どうでも良いことなのだが、ババァの持っていた水晶玉が綺麗だったことを後に思い出した。
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綺麗に整備された石畳の階段を、軽快に駆け上がっていく。雑音など一切なく、聞こえてくるのは自分の呼吸音だけである。この階段を今のペースで昇り切ったら、恐らく膝の辺りがプルプルして立っていられないかもしれない。
でもそれがたまらなく……
「楽んんのしぃぃぃぃぃいい!!!!!!!」
俺の名前はシキ・グランファニア。育ち盛りの5歳児である!いやぁ、人間ってやっぱり弱いな!たったこれだけの運動量で息が上がっている。太もも辺りもパンパンになってきていて、前世では疲労感を感じることなどほぼなかった。しかし今まで経験したことのない身体からの悲鳴が、なぜだか嬉しく感じる。
そして、これだけの運動をこなせばもちろんお腹がすく。初めて食べたミルク粥の衝撃たるや、世界が一瞬にしてお花畑になったのかと錯覚するほどであった。
そしてお腹が膨れると眠くなる。まだ起きていたいのに、夜になると自然と眠くなる。夜中に目が覚めて、まだ眠れると知った時の幸福感。
人間とは、こんなにも日々幸せを感じることのできる生命だったとは。やはり何事も経験なのだな。この素晴らしさを知る前は、適当に生きようなど考えていた自分が恥ずかしい。
これはマジでエリクシアに感謝だな。
もう少しで頂上につく。足はもう限界に近いがなんとか気力で持ちそうだ。清々しい青空の下、今日という一日はまだ始まったばかりだ。今日は何をしようかと考えているうちに、見慣れた頂上にある我が家の前に着いた。
あ、そうそう。四肢の封印なのだが、【楽の封珠】はこんな調子なのですでに解除済みである。
いやいや、そんなことはどうでもいい。今はこの乾いた喉に、水を思う存分流し込んでやりたいところだ。