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28.クランツの剣。

 翌日いつもより多めの朝食を済ませ、国宝級の装備品が保管されている宝物庫に足を運ぶ。

 地下区画に作られたその部屋に到達するには、幾重にも張り巡らされたセキュリティを抜けなければならない。

 もちろん警備兵も多く巡回しているので、ネズミ1匹通ることは不可能であろう。


 僕はラフロスに案内を頼み、真王の儀で使用している装備品を今一度拝見させてもらうことにした。


 

 魔導術式が刻印された黒い台座の上にそれらはあった。

 照明に当てられ、眩い光を放っている。


 当たり前のように装備をさせてもらい、儀式に挑むことが当然だと思っていたのだがある疑問があった。


 魔導装備品とも呼ばれ、一定の魔力を流すことによりその効果が発動する。

 簡単な攻撃魔法から、上級魔法。結界魔法や身体付与魔法まで様々である。

 

 目の前にある天使の剣を手に取り、効果を得る為に魔力を流す。

 フワッと身体が軽くなり、剣の重ささえ感じなくなった。

 しかし自身の魔力を大きく持っていかれる。


 このように付与されている効果が大きい物程、装備者の魔力の使用量も多くなる。

 ゆえに誰しもが簡単に扱える物ではない。


 魔力が低ければ発動すらせず宝の持ち腐れになり、仮に発動出来たとしてもそれを維持し続ける魔力量がなければ役に立たないのである。


 そして儀式で使用しているこの4つの装備品。

 天使の剣・見識の兜・精霊の鎧・水鏡の小盾。これら全ての効果を発動させようとすると、僕の魔力7割近くが消費されてしまう。

 これでは万全の状態での戦闘など出来るはずもない。戦闘態勢に入った瞬間、自ら魔力量を落としてしまっているのだから。


 歴代の王達も身に纏い試練に挑んだと言われ、この効果に大船に乗った気持ちでいたがそうではなかった。今の自分には全くと言っていいほど邪魔で、不釣り合いな代物なのである。


 そして、よくよく考えてみればおかしな点に気が付く。



 水鏡の小盾である。


 効果は、邪悪なる者の術式を防ぐ。



 この真王の儀において邪悪なる者などいない……。

 世界の均衡を保つ(もの)達が相手になるのだから……。


 天使の剣は長剣で、今現在の体格では扱いづらい。精霊の鎧の効果は群を抜いてすごいのだが、消費魔力量も多い。


 唯一使用できるとしたら、見識の兜くらいなものだろうか……。



 ここでふとクレアの一言を思い出す。


 『クランツくんはまだ少し肩に力が入っているのと、魔力強化の流れが少し鈍くなる箇所があるかな』



 

 尊い時間を、共に過ごしてきた友人からの言葉……。

 見識の兜を装備して思考速度が上がったとしても、彼女に出会っていなかったらこの言葉はない。



 国宝級の装備品よりも、もっと大切な宝を持っていると気付かされる。



 天使の剣を静かに元の位置に戻し、ラフロスに呼びかける。



 「すぐにでも真王の儀の準備をお願いします」


 「しかしクランツ様、体調はよろしいのですか!?」


 「うん。全然問題ないよ!なんだかワクワクしてきちゃって……。あ、でも無理なら後日でもいいんだ」


 「……いえ。すぐにでも準備をさせていただきましょう」


 僕の言動に少し驚いたラフロスだったが、すぐに冷静な表情に戻り4点装備品に手を伸ばす。


 「あ!ラフロスごめん。もうそれらは必要ないから」


 「……左様でございますか。それでは宮廷術師達を集めますゆえ、30分程お時間をいただけますでしょうか?」



 僕は子供の様な笑みで返事をすると、ラフロスは目元を緩ませ静かに退出していく。

 一人宝物庫に残され、国宝級の装備品を見つめる。


 「今の僕にキミ達を扱える力はないんだ……。でも努力するからその時は……。色々なことに気付かせてくれてありがとう」


 そう言うと僕は照明を消し、入り口で待機していた警備兵に挨拶を交わすと自室に戻った。

 

 現状シキとクレアに謝罪もしていなければ、真王の儀で良い成果が出た訳でもない。

 ただ大きく変わったことと言えば自身の気持ちの問題である。


 もちろんあの2人の強さを羨ましいと思う気持ちがまったくない訳ではないのだが、あの2人が羨ましいと思える物を一つだけ持っている。


 それがこの片手剣。フォグリーン村の女鍛冶師ポーラさんが造ってくれた、僕だけの剣である。

 

 最初は王子の身の回りの物を造るだなんて、私には荷が重すぎます!と断られていたんだけど、何度もシキに負け続けていたら造ってくれた代物である。


 今の僕の身長・筋力・魔力量を的確に分析し、それに見合った長身と重量の片手剣。

 初めて握った時の感覚は、長年使用してきたのではないか?と錯覚してしまったほどである。


 魔力が切れても筋力に負荷がかからないよう、また軽すぎないよう試行錯誤されたことが伺える。

 もちろん魔導装備品ではなく、自身で魔力強化を施さないと鉄製の片手剣なのだが……。


 なんだろう?これならイグヴァーナー様に力を示せそうな気がする。

 先日までの僕は戦闘のイメージをしても、敗北にしか行きつかなかったのだが不思議とそのイメージが遠のいていく。


 うんうん、そうだな。まずは身体強化して、左右どちらかから回り込んで……。いやいや、それだと尻尾を振り回される可能性が……。後方に一旦引くという手も……。

 ただの吐息の炎なら、全身魔力防壁で凌ぐこともできそうだな。とは言えそう何度も受けれないし……。


 戦闘のイメージが止まらない。最終的には魔力切れか、全力の一撃を食らって退出になるのだろうけど、その事実すら笑えてきた。


 そんな事を考えていると、ラフロスから準備が出来たとの知らせが入る。


 しまったと思い、急いで着替えを始める。

 格好はいつもシキと模擬戦をしている動きやすい私服に、ポーラさんの片手剣を腰に差す。


 

 さぁ、行こう。

 勇ましい足取りで試練の間に入る。


 玉座に座る前に一礼し、よろしくお願いしますと声を掛ける。


 そして左腕に離脱する者(エスケープ・リング)を装着し、魔法陣の起動をしてもらう。



 スッと目を開け辺りを見回すと、以前とは雰囲気が変わっている事に気が付く。緑と黄色の雲が多く、赤青の雲はちらほらと浮いているだけであった。

 そして進行方向に懸かる雲はなく、一直線にイグヴァーナー様の下にたどり着いた。




 『ほほう。3日前に派手にやられたと言うのに、やけに早くここに来たのだな』


 「はい。なんだか気持ちが高揚してしまい、今すぐにでもイグヴァーナー様に一泡吹かせたくって……」


 『ふははははは!!我に一泡吹かせるというか!?しかしそのような恰好でどうするというのだ?悪い事は言わぬ、今すぐにでも戻って着替えてくるがよい……』


 「いえ、必要ありません。今の僕にはあの装備品を扱える力はありませんから……。身分相応というやつですね」


 『何を言うか?あの優れた装備品だからこそ、致命的なダメージを――』


 「え?関係ないですよね。だってコレ……離脱する者(エスケープ・リング)を装備しているんだから」

 

 そう。装備者に危険が迫った時に発動し、試練の間に戻される。つまりどんな装備であろうが、やられれば強制送還されるのだ。だったら背伸びして扱いづらい国宝級の装備をする必要などない。



 『……そうか。ならばそのまま葬り去ってくれようぞッッ!!』


 一瞬にして闘気が放たれる。――が、それに遅れを取ることなく魔力防壁を張る。

 大気が揺れ、身体にまで響き渡るが恐怖心はない。


 魔力を足に集中させ、一旦後方へと大きく下がる。

 そして一呼吸すら与えぬ速度で、イグヴァーナー様の頭上へと大きくジャンプを――



 『合ッッッ格ッ!!!!』


 


 え?今なんて言った??

 まぁ、いいや。このまま全魔力を込めた一撃を叩き込んで――





 『……へ?』

 


 ゴウゥゥゥゥゥゥゥウウウンンン!!!!!





 目を丸くしたイグヴァーナー様の脳天に、見事な一撃が叩き込まれ盛大な音が鳴り響く。


 『()っっったァァァァァアアアアッッッ!!!』



 最初の魔力防壁に脚力強化、そして最後に決めた渾身の一撃で魔力はほぼ使い果たし、尻もちをつく形で着地する。



 『キ、貴様ぁぁ!コラっ、クランツ!!合格だと言っただろうがっっ!!』


 「え?どういう――」


 『これは真王の儀に挑むに値する者かどうか、それを判断する為にお主を試す試験だったのだッッ!お主はようやくスタート地点に立てたということなのだが……。それを説明しようとした矢先に、全力で叩きおって!!!!』


 

 なるほど!つまりあの国宝級の装備は罠であり、目先の強さに囚われず客観的に己を見つめることが事が出来るか否かの材料だった訳だ……。

 

 ということは父上から先代の王達も、この初期試験を受けている訳なのか……。



 『言っておくが、今からが本当の試練なのだぞ!??それにしても……我の話しを聞かずに殴るとは、バレンシア以来の大物か大馬鹿者だゾッッ!!』


 そうか。これから本当の試練が始まるのか……。

 でもそんなことより、なんとか一泡吹かせられたようでそちらの方が嬉しく思ってしまっている自分がいる。

 

 くぅ~~~~。と声を出しながら頭をさするイグヴァーナー様が可愛く見えてきた。



 『ではクランツよ……。これより真王の儀・火を始めようぞ……』


 「あ、その。今日は帰ります……」


 『……へ?』


 「これからが本番だというのに魔力も尽きかけていますし、なんとか一泡吹かせられたようなので……」


 『ななな!貴様、加護竜の剣はいらぬのかっ!??』


 「もちろん手に入れたいとは思っていますよ?でもそれは今じゃないです!僕は……いえ、私はいずれこの国を導いていく者です。自身の力量を見誤ることのないよう判断したまでです」


 欲がない訳ではない。しかし自身を大きく超える力はより慎重に、そしてそれを扱えるよう日々向上するしかないのだ。

 

 それに魔力も精神も疲労が来ている……。今は一刻も早く温かなベッドに横になりたいものだ。

 僕は毅然に振る舞い、イグヴァーナー様を後にした。






 



――――――――――――――――――――――――






 独り残されたイグヴァーナーの周りに、氷の結晶が舞い散る。

 キラキラと輝きを放ち、上空から強大な冷気が押し寄せる。


 『……む?この気配は氷竜・ヴェルザードか?』


 

 イグヴァーナー同様の巨体でありながら、まるでしんしんと降る雪のように着地する。

 天色(あまいろ)の鱗に引き締まった細身の身体。紺碧(こんぺき)の翼に、水晶の様な翼膜が美しい。そして金色の瞳でイグヴァーナーを横目で見る。


 『フフ。一本取られてしまいましたね?』


 『ふ、フン!あれはワザと喰らってやったのだッ!我を見くびるでないゾ!』


 『そうですか……。では、加護竜の剣は当分先にになりそうですね……』


 『……。』


 『本当は今すぐにでも渡したいはずなのに、意地っ張りですわね。……遠目で見ていましたけれども、あの王子は相当強くなりますよ?早く私にバトンタッチなさいな。私も早く遊びたいのです』


 『馬鹿者めぃっ!クランツは我がビッシリと鍛えてやるのだっ!お主の出番はないぞ?』


 2匹の竜はああでもない、こうでもないと会話が弾む。

 こんなやり取りがあったことをクランツ本人が知るのは、まだまだ先の話しである。


 しかし2本の加護竜の剣を手にするのは、ほんの少し先の話しであった。


 

 


 イグヴァーナー様の見極め試験から2週間後、シキとクレアが城に尋ねてきた。

 僕はすぐさま2人を招き入れ、今までの自分の気持ちを打ち明け謝罪をする。

 正直な話し真王の儀よりも緊張したし、答えが怖かった……。


 でもシキの答えはシャルの言った通りであった。


 「……それが人間ってもんだろ?んなことより、和処・クラクのからあげ定食食いに行こうぜ!」


 この一言で心はさらに軽くなり、本当にこの2人が友達でいてくれてよかったと心から思えた。

 

 

 

 吐く息が真っ白い。

 コートを着込み皮の手袋をしても、真冬の風から震えを止めることは出来なかった。

 しかし心の中は温かな気持ちであふれ、先を歩く2人に追いつこうと小走りで駆け寄る自分がいる。


 そして一列に並び他愛もない会話をしながら、和処・クラクへと足を運んだ。






 

 



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