26.奮闘するクランツ。
夏の強い日差しもようやく陰りを見せ始め、秋の匂いを微かに含ませた風が舞う正午。
ロンドアーク王宮内の一室に、クランツ王子が静かに待機していた。
その表情からは緊張と不安、そして期待が伺えた。
コンコン。優しいノック音と共に、聞きなれた声が通る。
「クランツ様。準備は出来まして?」
その優しい声はシャルロッテである。きっとこれからの出来事に気を遣ってくれているのであろう。
「……どうぞ」
落ち着いた声で、シャルを招き入れる。
「まぁっ!クランツ様、とってもお似合いですわ!」
目をキラキラ輝かせたシャルが駆け寄ってくる。
それもそのはず。見慣れた王族の衣装ではなく、国宝級の装備を身にまとっているからである。
【天使の剣】羽根のように軽く、翼が生えたように身体が軽くなる。
【見識の兜】思考速度を大幅に上昇。
【精霊の鎧】全属性耐性、80%上昇。
【水鏡の小盾】邪悪なる者の術式を防ぐ。
厳重に保管されていたこの武具を身に着ける意味。
それはロンドアーク王家に代々伝わる試練を受ける為である。
真王の儀と呼ばれ、世界の均衡を保つ竜族に力を示す。
歴代の王達もこの試練に挑み、そして力を認められた者は加護竜の剣が与えられるのである。
父レオンも、若かりし頃に儀式を幾度と挑戦している。
与えられた加護竜の剣は六本。
力と平和を象徴し、真の王の器である証。
国民からも慕われ、他国からも信頼されるほどのものなのである。
それを今から僕が受けるのかと思うと、震えが止まらない。
他者からの重度の期待と、強くなれるかもしれない期待。
色々な感情が湧いてくる。
それもそのはずだ……。
クレアが七大勇者になったのだから。
勇者誕生の話しを聞き心が震えた。しかもそれが友人のクレアだと聞いた時の感情。
すごく嬉しいと思う中、ほんの少し羨ましいという気持ちもあった。
あれから三か月経つ。互いに忙しい中、なんとか時間を見つけては二人に会いに行くのだが、その度に痛感する。
自分の非力さと覚悟。そしてなにより二人との距離が果てしなく遠く感じてしまっている。
表面上ではいつもと変わらない態度であるが、心の中では焦りと不安がある。
そしてそう強く思えてしまう存在がもう一人。シキだ。
シルフ様の加護を得ているとはいえ、あそこまで魔力を自在に扱っている様をみると勇者と同等に見えてくる。
父上から聞いた話しだが。
火竜・イグヴァーナー様がクレアが助けてくれなかったら、シキに殺されていたと言ったらしい。
なぜだかそれが冗談に聞こえない。
シキなら本当に……。
「――ちょっと、クランツ様?私の話しを聞いていまして??」
「え?あ、なんだっけ?」
「とっても良くお似合いですわよって話しでしてよ」
少し拗ねたような表情で、シャルが腕組みをしながらこちらを見ている。
僕としたことが、余裕がなさすぎか……。
シャルとの会話も成り立たないようでは、この後の儀式も思いやられるな……。
「ごめんよ。どうやらかなり緊張しているようだ」
「ふふふ。それだけなら良いのですけど」
その後シャルと他愛のない会話をして、心を落ち着かせる。
そういえばシャルはシキとクレアの事をどう思っているのだろう?
こうやって話しをしていても、焦りや不安等は伝わってこない。
「ねぇ、シャル……」
「ん、なんですか?」
「シャルは……」
コンコン!とドアがノックされる。
どうやら儀式の時間のようだ。
「では、クランツ様。お話しはまた後日になさいましょう。ご武運を」
そう言うとシャルはスカートを軽く上げ、可愛らしいお辞儀をして部屋から退出していく。
僕は軽く息を漏らすと、兵士の案内により部屋を後にした。
長い廊下を歩き、幼いころからここは神聖な場所なのだよと教わってきた部屋に入る。
その部屋は謁見の間よりも広く、そして澄んだ空気に満ち溢れていた。
中央には玉座が一つ置かれており、それを中心に幾重にも重ねられた魔法陣が床一面に刻印されている。
そして目に付くのは、九つのクリスタルがキラキラと輝きを放っている事であった。
「どうだクランツ、心の準備はできているかな?」
「はい父上!」
「うむ、よろしい。お前のその姿を見ると、初めてここに来た時の事を思い出す。なぁに死にはしない、思う存分鍛錬してきなさい」
にっこりと笑うその顔は、国王としてではなくひとりの父親の笑顔だった。
中央の玉座に腰を掛けると、宮廷術師が左腕に腕輪を装着する。
【離脱する者】と呼ばれるその腕輪は装備者に危険が及んだ際、即座に発動しこの場所に戻る為のマジックアイテムである。
部屋の入り口には、父上とラフロスがこちらを見ている。
そして十人の宮廷術師が詠唱を開始する。
この先どのような試練が待ち受けているのだろう。
装備は国宝級。日々の鍛錬も欠かしてはいない。あとは心の問題か……。
生唾をゴクリと飲み込むと、導火線に火を付けたように魔法陣が光りだす。
そして一つのクリスタルが紅く輝きだす。
一瞬意識を持っていかれたように思えた。
ハッと目を開き辺りを見回すと、そこは見たこともない空間が広がっていた。
先程の魔法陣が足元に広がっているのだが、まるでガラス床のように下が透けて見える。
そして薄い赤や黄色、水色の雲のような物が辺りには浮いている。まるで夢の世界に迷い込んだように思えてきた。
とりあえず立ちすくんでいても仕方がない、こういう時は前進すれば問題はないかと思い流れる雲の中を突き進む。
そして目の前に現れた者は。
「か、火竜・イグヴァーナー様……」
『ふむ、待ちわびたぞ……』
真王の儀。世界の均衡を保つ竜族に力を示すとは知っていたが、まさかその相手がイグヴァーナー様だったとは……。
邪竜の呪縛から解き放たれ、天竜界にて養生していたのではなかったのか!?
それが今目の前に鎮座している。
紅い鱗に、穢れを知らない白き角。そして5メートル以上の高さから、生気溢れる眼差しでこちら見下ろしている。
この方に力を示せというのか……。
『名はクランツと言ったか。たしかにレオンの若かりし頃に似ておる。しかし、まだまだ力不足だな……』
それはそうだろう。本来この儀式は、成人を迎えた15歳からである。
現在12歳の自分が、なぜこの儀式を受けさせていただく事ができたのか謎であった。
「それならば、なぜ儀式を了承していただけたのでしょう?」
『……体調も万全になったのでな、先日クレアに礼を申しあげた訳よ。そうしたらあの者は、クランツ王子の力になってやれと言うではないか。命を救って貰ったのだ、断る訳にはいくまいよ』
「しかし、規則では成人を迎えてからと……」
『お主、ゴチャゴチャとうるさいのう。今は立ち会えたことに感謝をしたらどうかね?』
(……クレアの願いを断ろうにも、後ろでシキ様が真顔で見ていて断り切れなかった等とは言えぬがな……)
そうか。通りでこの程度の力で、儀式を受けさせていただける訳だ……。
これは自分の力で得たものではない。
七大勇者であるクレアが用意してくれたものなのだ……。
『……ところで、いつになったら戦闘態勢に入るのかね?』
「――え?」
ハッと意識をイグヴァーナー様に向ける。
と同時に、全てを焼き尽くす【火炎息放】の直撃をくらう。
次に目を開けると、そこは自室のベッドの上であった。
どうやら【離脱する者】が正常に発動し、事なきを得たらしい。
外を見るとすでに真っ暗になっている。半日は寝てしまっていたのか。
それにしても精神的に疲れた。
真王の儀によるものだとは思う。しかしそれだけではない、友人の事を悪く思ってしまった自分がいる。
羨ましい、妬ましいという感情が胸に残っている。
今日はこのまま寝てしまおう。きっと明日になれば、この気持ちもなくなるだろう。
しかしこの思いは無くなるどころか、日に日に膨らんでいく一方であった。




