25.笑顔と、ぶどう酒。
地図にあれだけ表示されていた赤点が、残り数十匹にまで減っている。
もちろん逃げ去っていった者もいるのだが、ほとんどが俺の灯柱火葬仕様の小枝の餌食になっていった。
最初は血肉をまき散らして殲滅していた。しかし後々死体を処理するのも面倒くさいし、何より村人が俺の戦闘を一部始終見ている。
中には俺より小さな子供や、女の人までいるのだから気を遣わないわけにはいかない。
そのことから小枝に灯柱火葬を付与し、切り付け死亡したと同時に綺麗さっぱり灰へと変わっていく。
これで衛生面、精神的苦痛はかなり軽減されているだろう。
そして最後の集団15匹。
ここに降り立ってたから、変わることのない速度で瞬殺する。
「よ~しっ!清掃終了~」
額に汗を掻いていたわけでも疲れている訳でもないのだが、自然と一息と共に額を手で拭う動作をする。
あ~~。なんか俺、人間っぽい。
こんな自然に振る舞えてしまうあたり、やっぱり人間なんだなと感じてしまっている。
はっ!と気が付くと村人達が自力で牢を壊し、いつの間にか取り囲まれていた。
「おいおいおい!最初はビックリしたけど一体何者なんだよっ!」
「すげぇ!こんな戦闘みたことない!!」
「みんな見てたか!こっちにいたと思ったら、今度はあっちに移動してて……あ~もう、興奮が収まらんっ!」
「なんだろう?あれだけいたゴブリンなのに、まったく怖くなくなってたよ……。なんにせよ、助かった。ありがとう!」
村人達から歓喜の声とともに、感謝の言葉を貰う。
しばらく揉みくちゃにされたが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「コラコラ!お前達っ!救ってくださったのに、そんな扱いがあるかっ!」
後方から聞きなれた声が響く。
「村長っ!それにオルトさんまで」
「聞いてくださいよ!この子ったらすごいんですよっ!」
「生涯でこんな光景見られるなんて、もうないだろうよ!」
興奮冷めやらぬ村人達に、今度はオッサンが囲まれた。しかし信頼している村長に会ったことにより、その表情と声色はより安心しきったものになっていた。
「シキよ、すまぬな!この者達を許してやってくれ。ところでクレアはどうした?」
「あぁ、クレアならもう討伐して出てくる頃かと……」
ゴブリン達を相手にしている最中も、しっかりと洞窟内の状況がわかるように魔力感知を向けていた。
中で何があったかは大体わかっているつもりだが、それにしても出てくるのが遅い。
一体どうしたのかと思っていると、洞窟からクレアがゆっくりと出てくる。
「おぉ!クレア無事だったか!?」
まず最初に駆け寄って行ったのはオッサンだった。そのあとを村人達も付いて行き、最後に俺とオルトファウスさん、シルフの3人が近寄っていく。
「こんなに汚れてしまって……。大丈夫かい?怪我はないかい?」
「は、はい、大丈夫です!」
「随分と遅かったけど、どうした?」
腕を組み、不思議と訪ねる。
「えへへ……。親玉さんを退治した時は何ともなかったんだけど……。外の光にに近づくにつれて、なんだか震えてきちゃって……」
クレアは両手を前に出すと、まるで体温を急激に奪われたように震えていた。
そしてその様子を見ていた村の女性がクレアに近づく。
「こんな……こんな幼い少女に私達は救ってもらったのね」
「そう……だな。まだウチの娘と変わらない年じゃないか?」
女性はゆっくりとクレアの前にしゃがみ、震えている両手をギュっと握りしめる。
「ありがとう……本当にありがとう。こんな小さな手で私達を救ってくれて」
「……あったかぁい」
女性は両手を額に当て、静かに涙を流した。
興奮していた村人達も静かに見守り、言葉ではなくその場の空気が感謝の気持ちで溢れていた。
しばらくして、村へ戻ろうと隊列を組む。先頭にオッサンとオルトファウスさん、最後尾に俺とクレアとシルフの3人で帰路につく準備をする。
他に忘れ物はないか、村人は全員そろっているか確認を行い、オールドマンが出発の合図をする。
先頭組みが進みだし、俺達も歩み出す。
「で?統率者とはしっかり話しはできたのか?」
不意にクレアに問いただす。しかしクレアは首を横に振り、うつむき加減でいる。
「私にはあの魔物の気持ちはわからなかった。……できれば同じ方向を見て行きたかった……」
どうやら一方的に話しをされたようで、自分の意見は言えてない様子だな。
「クレア。……同じ人間でも価値観や生き方なんて違うんだ。でも話し合うことはできる。けど魔物はまったくの別物なんだよ」
「うん、それはよく理解した」
「でも中にはそうじゃない奴らもいる。だから俺は……」
ん?だから俺はなんだ?
何を言おうとした?それから先が出てこない。
「?」
クレアが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「あ、まぁあれだ!ほらっ!ブルースなんていい例じゃないか?あいつだって魔物だけど、人間や自然に寄り添っているしさ?」
「たしかにっ!ブルースは魔物だったね!うんうん、そうだよね。全部が全部、人間にとって悪ではないんだよね」
ほふぅー。なんとか誤魔化せたか。というか、何を誤魔化したのかも俺自身わかっていないのだが……。
今度は額に冷や汗を掻いて、手で拭う。そんな俺をよそにクレアがポケットから、赤い宝石を取り出して見せてきた。
「そういえばコレ……。統率者のトロルゾンビが持っていた物なんだけど、どうやら魔王の手下だったみたい」
クレアから宝石を手に取り、覗いてみる。
これは……魅了の術式か?
「魔王の名前とか聞いたか?」
「えっと、たしか魅了の不死王ゾルアートって聞いた」
うむ。聞いたことのない名前だな。恐らくはこの百年の間に誕生した、ぽっと出の魔王なのだろう。とりあえずシルフに聞いてみるか。
「なぁシルフ。不死王ゾルアートって聞いたことあるか?」
「さぁ?初めて聞いたっ!」
「じゃあこの百年で、他に魔王は誕生したか?」
「さぁ、アタシは知らない。というか、この百年の記憶が曖昧なんだよね~」
なんだそれは?たしかにのほほんとしているシルフではあるが、仮にも四大精霊の一人である。それなのに記憶が曖昧とはなんだ?
「あぁーーーっ!!アタシ思い出した!」
「な、なんだよ?」
「アタシはシキに酷いことをされたんだったん!」
「は?何言ってんだ?」
「ミーちゃん、シキにどんなことされたの?」
「……うへへ。覚えてない」
なんだよそれっ!いきなりデカイ声を出すから、前の人達が振り返って見てきたぞ。
しかし、今回の一件に魔王が絡んでいるとしたら、面倒くさいことになりかねないな……。
そんな事を思っていると……。
「シキ!宝石がっ!」
右手に持っていた宝石から、赤い光が溢れだす。
そして宝石から声が鳴り響く。
『ほう、我が部下を消したか?そしてこの宝石の魅了にも耐えうるとは、貴様何者ぞ?』
「あ?誰だよテメェは?」
『グハハ!威勢が良いのう……。我が名は不死王ゾルアートよ』
コイツが今回の黒幕か?なら話しは早いな。
「で?今回の目的はなんだ」
『フ、それを正直に教えて何になる?我の野望の邪魔になるであろう?そこは……ほうほうロンドアーク地方か。安心しろ、そこにはまだ手を出さんでおくとしよう』
「何を上から目線で言ってやがる。俺は今お前をぶちのめしてやってもいいんだぜ?」
『ほぅ、怖い怖い……』
「ちなみにロンドアークには、手を出さないほうがいいぞ?」
『手を出したらどうなるというのかネ?』
「……お前がこうなるんだよッッ!!!!」
パンッ!!!
大きな破裂音と共に、赤い宝石が粉々に砕け散る。
そしてその破片は黒い煙となり、空に消えていった。
「ど、どうしたシキーっ!後方で何やら破裂音が聞こえたが!??」
「オッサン悪いっ!弱小魔物がいたから、追っ払っただけだからーっ!」
オッサン達を驚かせてしまったみたいだが、本当の事を言ったらもっと驚くだろう。なので半分本当の事を言って、進行の妨げにならないように取り繕った。
赤い宝石。恐らくあれは、不死王ゾルアートの肉体で作り上げた物であろう。
そしてそれを粉々にしてやった。つまり魔王と呼ばれるお前に、他愛もなく傷を付けることが出来るんだぞという表明である。
よっぽどの馬鹿じゃない限り、ロンドアークには手を出してはこないだろう。
今はクレアの成長に大事な時だ。どこぞの底辺魔王の相手などしている暇などない。
クレアにも村の人達に、魔王の事は話さないでおくよう説明をする。
そして俺達は、誰一人欠けることなく村へと帰還した。
――――――――――――――――――――――――――
村へ戻ると治療に専念していた女性陣と、連れ去られた者を待つ家族を筆頭に総出で出迎えてくれた。
泣きながら抱き合い、互いに顔を寄せ合い生還した喜びを分かち合っている。
村の中心部に案内されると、そこには大量の食事が用意されていた。
日も沈みかけようとしているが、周りに設置された淡い光を放つ照明にお祭りの様な感覚を覚えた。
「さぁさぁ!アンタ達、今日は主役なんだからこっちにおいで!」
そう言われ演説用の台に上がらされる。
そこにはオッサンが満面の笑みで待っていた。
「皆の者聞いてくれ!今日という日に絶望を抱いた者も多いのではないか?しかし、ここにいる2人の勇気ある者に、我々は救われた!彼の名は、シキ・グランファニア。そしてこちらのお嬢様がクレア・シルフィーユだ!」
おぉー!と言う歓声の中、オッサンは一言頼むと催促して来る。
あまり得意ではないが、言っておきたいこともあったし丁度いいか。
「えー、皆さん。今日あった出来事は、決して他言しないでください。俺達は三年後、王都の学校に通う為、修行目的でこの地に足を運びました。なので大事にされると居づらくなるのでお願いします」
会場からはどよめきに似た声が上がっている。それもそうだろう。
村一つを救ってくれたのに、王都に掛け合えばそれなりの褒賞は貰えるだろうにと。
そこでクレアが口を開いた。
「皆さんの仰る事はわかります。でも私は先程大切なものをいただきました。それは村のみなさんの笑顔です。これに勝るものなどありません。ですからどうか、私達のわがままを聞いてください」
帰路についていた時のクレアの表情とは打って変わって晴れ晴れした表情であった。
そしてその偽りのない言葉は村の人たちの心に響き渡り、歓声が巻き起こった。
「皆の者、聞いての通りだ!この2人は欲という物がないらしい。だったらせめて俺達は、気持ち良く彼らを迎え入れようではないか!」
さすがオッサンだな。俺達の事も気遣ってくれつつ、村の人達も気持ち良くこの場を収めてくれた。
歓喜の中、グラスを片手に持ち上げ乾杯の声が広がる。
俺達に用意されたのはぶどうのジュースだった。そしてそれを一気に飲み干す。
あぁ、懐かしい。前世ではよく飲んだなぁ。この芳醇な味わいと、鼻から抜ける香りがなんとも……。
え?これは、ぶどう酒ではないか?
は!?っと隣を見ると、クレアが真っ赤な顔になっている。
しかも俺のマネをして一気に飲んだようで、そのグラスは空っぽになっていた。
「にゃにゃにゃ……この、ジュース変な味がするの……ら」
そういえば、昼間オフィーリアの森の時点で空腹だったはず。
つまりすきっ腹にぶどう酒が投入され、アルコール耐性のないクレアは一瞬にして出来上がってしまった。
そして直立のまま、静かに後方に倒れ込んだ。
会場からは驚きの声が上がっていたが、オッサンがなだめるとそのまま宴会は明け方まで続いた。
この日を境にクレアの魔物を視る眼はさらに磨きがかかり、心身共に大きく成長していくのであった。
そして苦手な物にお酒がランクインしたのであった。




