20.拘束される二人。
足を止めクレアが剣を抜く。俺も木の枝を抜くが……。
傍から見るとマヌケに見えなくもない。
しかしこの枝。長年魔力強化をしてきたものだから、そこら辺の鉄剣よりも硬度が増している。
立派な武器には違いはない。
さて、どう迎え撃つか……。
馬の足音が大地を揺らす。次第にゴブリンの群れが近づいてくる。
三十メートル……十五メートル……。
「シキ……、私どうしたら……」
「え!?」
あっという間に三台の馬車は、俺達の横を素通りしていく。
そして後からやって来たゴブリン達に囲まれる。
クレアを見るとカタカタと震え、俺と模擬戦をした時とは打って変わって腰が引けている。
そりゃそうだよ……。俺は何を勘違いしていたんだ。
つい先日まで、凶悪な魔物を見たことすらない普通の女の子だったんだ。
それが勇者になったからと言って、いきなり変われるものではない。剣を扱えようが、魔力量が増えようが神具を持っていようが心は強くなれていない。
クレアの心の強さは救いたいなんだ。駆逐したいではない。
俺は大馬鹿野郎だ。
クレアの肩に手を当てると、震えがこちらにまで伝わってくる。
目の前のゴブリン達はロープを手に取り、俺達をも縛り上げてどこかに連れて行くつもりのようだ。
通り過ぎていった馬車が止まり、俺達の乗車待ちのようだ。
「クレア……悪かった。俺は錯覚していたんだ。クレアの気持ちをしっかり理解してやれていなかった。本当にごめん……。大丈夫ここは俺が――」
少し涙ぐんでいるクレアを元気づけようとしたその時――
キシャァァァアアアアア!!!
三匹のゴブリンが襲い掛かってきた。
「ぅるっせぇぇぇええ!!」
ドバシュンンっっ!!
襲い掛かってきた三匹のゴブリンは、見事に弾け飛びその肉塊は地面に転げ落ちる。
それを見ていた他のゴブリン達は一歩後退する。
――が。
キッシャァァアアアアア!!!
囲んでいたゴブリン達が一斉に襲い掛かってくる。
まぁ、しかし。俺からしてみたらこれはなんというか……。
「……お遊戯会か?」
魔力を込めず、木の枝でゴブリン達を吹き飛ばしていく。
さっきはいつもの癖で魔力を流し込んでいたが、魔力強化せずとも十分な鈍器だ。
しかしこの数に身体強化はないと追い付かないか……。今は九匹倒したが、人間の子供では息が上がりそうだ。屈辱ではあるが、身体強化はしよう。
風が流れるように数秒で残りの十一匹を始末する。
それを見ていた馬車組みは、馬に鞭を入れ逃げようとするが逃がすわけがない。
すぐさま馬車に追いつき、残りの十二匹を相手にする。
――と、その前に。
【心層伝達】
馬車を引いていた馬三頭に、落ち着いて止まるように指示を出す。
走り出した馬車は静かに止まり始めるが、ゴブリンが鞭で叩きだそうとするのでまずは御者のゴブリンを魔法で撃ち落とす。
そして残りのゴブリン達を殴打し終了した。
馬車の荷台には、手足を縛られた村人が数十人。三台合わせると二十七人も詰め込まれていた。
子供から大人、若い人間が目立つ。
「クレアーーっ!縄を解くのを手伝ってくれ」
「う、うん」
クレアが駆け寄り、村人達の縄を外し始める。
村人たちは自分が助かったことを知ると、泣き始める者や喜びに抱き合う者も現れる。
「キミ達が助けてくれたんだね!本当にありがとう」
「こんな子供に助けられたのか……。いや、命の恩人なのにすまない!」
「うわーん!ママぁー」
「よかった……本当によかった」
村人達は各々ケガがないか確認し合い、安堵の息と共にその場に座り込んだ。
まだ落ち着かない者もいるようだが、その前にゴブリン達の死骸を片付けないとな。
右手に魔力を込め一気に解き放つ。
【灯柱火葬】
ゴブリン達の死骸に火の粉が舞降り、瞬時に火柱が立ち上がり灰に変わる。
これで大地が腐敗することも、不死族として生まれ変わることもなくなった。
これを見ていた村人達は落ち着くどころか、少し興奮気味で駆け寄ってくる。
「すごい……これは高等魔法ではないのですか?」
「この子達が居れば、他の村人も救えるかもしれない!」
「しかし、時間が経ち過ぎていないか?」
「他のみんなはもう……」
なんだなんだ?他にもさらわれた者がいるのか?
とりあえず説明をしてもらいたいが、ここでは落ち着いて話しもできなさそうだしクレアの事もある。
馬車は無傷のようだし、一旦村に戻ることを提案するか。
「皆さん落ち着いてください!お話しを聞きたいのですが、ここではいつ魔物に襲われるかわかりません。村の被害状況も知りたいですし、村に戻りませんか?」
俺の言葉に皆が賛同し、村人達は馬車に乗り込み村へ向けて出発する。
俺はそれを見送るとクレアと歩き出した。
「クレア大丈夫か?恐い思いさせて悪かったな……」
「ううん、シキが謝ることなんて何もないよ!ただどうしたらいいのか分からなくなっちゃって……」
申し訳なさそうに俯き加減で謝罪をされるが、その言葉が重くのしかかる。
俺が初めて魔物と戦った時はどうだったのだろう……。残念ながら覚えていない。
俺が出来ることは、他の人にも出来るという先入観があったのだろうか。決してないとは言い切れない所が、俺の弱いところだな。しっかり見ているようで、見ていなかった。これは大いに反省する点だな。
「……クレア。俺もまだまだ弱い。だから一緒に成長していこうな!」
「うん!……私も努力するよっ!」
少し元気になったクレアを見てホッとする。
俺はクレアに手を差し出し、村へと足を急がせた。
村に到着すると火矢により火災が起きたであろう家屋と馬小屋が目に付く。
幸いにも村人総出で鎮火が行われ、被害状況は大きくなさそうだ。
まぁゴブリン程度で建物が損壊することはほぼないだろう。それよりも気にかかるのはゴブリンによる負傷者と、他にさらわれた者がいるという点だ。
一般的にゴブリンのランクは、Fランクの初級・スクルブクに該当する。成人を迎えた者であれば討伐することも可能なのだが、厄介なのはその数である。
小さい上に力もあり、素早い動きと数の多さで圧倒してくる為である。
まずは救護所に顔を出し、負傷者の――
「失礼する。キミ達が村人を助けてくれたという子供達かね?」
横を振り向くとガタイの良い男性が、槍を持った若い男性二人とこちらに歩いてやってきた。
「あ、はい。シキと言います。こっちは幼馴染のクレアです」
「こんにちは……」
「……そうか、それはご苦労だったな。村人達を救ってくれたことに感謝する。私はオールドマン、この村の村長である」
言葉とは裏腹に、少し冷たいという印象である。しかしこの状況だ。統括する者として、いかなる時も冷静な対応を心がけようとしているのであろう。
俺とクレアは一礼し、挨拶を交わす。
「あの、負傷者はいませんか?できれば救護所に案内していただけると――」
「その必要はない!それよりも聞きたいことがあるのだ。まずはこの先の会合所にて伺いたい」
「……わかりました。行こうクレア」
重症な怪我人はいないのか?あれだけのゴブリンの数と、さらわれた人数を考えるといてもおかしくないものなのだが……。
俺達は歩いて数分の場所にある会合所に招かれる。部屋の中には大きな木製のテーブルと椅子が設置されており、質素な内装ではあるが先程の戦闘を忘れさせてくれる佇まいであった。
そしてオールドマンは上座の椅子にドッカリと座り、質問を投げかけてくる。
「さてキミ達は何をしにここまで来たのかね?ここは観光地でもなければ、子供二人で来られるような場所でもないのだが?」
「あぁ。俺達はオフィーリアの森に用事があって来ました。でもこの村から、不吉な気配を感じて駆けつけました」
「あの森からこの場所に?……ガトスラン荒野は凶悪な魔物が多いはずだが?」
「でも暴食一角竜は俺が倒したし、あれ以上の魔物はいないから大したことでは……」
「ぶわっはっはっは!!!!お前があの暴食一角竜を討伐したというのか!?」
「え?はい……」
「あの凶悪な魔物を討伐した者は、風の調律神様とともに歩む者だと聞いておる!お前にはとてもいるようには見えないがな!」
「今はオフィーリアの森に待機させていますよ」
「がっはっは!なるほど……高等魔法を使用できるだけあって、口も達者だな。オイッ!お前たち!」
オールドマンの一言で、槍を持っていた二人組が矛先をこちらに向ける。
さらに扉から四人の男たちが現れ、剣先を向けてくる。
は?なんだこの状況は。俺もよく理解出来ていないのだが、それはクレアも同様であった。
「これは一体どういうことですか?」
「フンっ!しらばっくれようとしても無駄だぞ?二度に渡りこの村を襲撃し、あの統率のとれたゴブリン達の行動。それらが全て物語っておるわッ!高等魔法を扱い魔物を配下に置き、子供の姿に化け我々に近寄ってくるとわな!」
お?お?これは冤罪ではなかろうか?というか、なんで俺達がそんな目で見られているんだ。
そもそもあいつらの仲間だとしたら、ゴブリンを討伐して村人を解放する理由がどこにあるんだ?
あ!安心させて懐に潜り込むという作戦とでも言いたいのか?理屈はわからなくもないが、発想が飛び過ぎてやしないか?
「子供が【灯柱火葬】を使うなど聞いたこともないわ!それに俺には分かるぞ?お前達が隠そうとしている、人並み外れた強大な魔力をな!」
「ちょっと、俺達の話しを聞いてくれ!」
「そんなに挽回を図りたければ風の調律神様を呼んでみたらどうだ?」
駄目だ……。聞く耳すら持ってくれない。
さっき二度の襲撃と言っていたな。それに統率の取れたゴブリンに、連れ去られた村人。
俺の考えが正しければ確実に統率者がいる。そして数時間以内、もしくは今夜襲撃が来るはずだ。
俺らはオフィーリアの森を拠点に生活するんだ。この村とも交流をしなくてはならない。
だとしたらここで揉め事を大きくしても、遺恨が残るだけだろう。
仕方ない、シルフと顔の利きそうなオルトファウスに来てもらうか。
【思念伝達】
(シルフ!聞こえてるよな?村に着いたんだが、厄介な事になった。至急オルトファウスと一緒に――)
カシャンッ!
思念伝達が強制的に解除され、気持ちのいい音と共に俺とクレアに手錠が掛けられる。
しかもこれはただの拘束する為の手錠ではない。魔力を遮断する魔導具である。
「オッサン!てめぇ……」
「シキ!ケンカは駄目だよ!」
「ほぅ!娘の方はよくわかっているようだ。それにしてもまるで悪魔の様な目をするのだな?それが本性か?まぁ、無力化したお前達は事が済んでからゆっくり事情聴取させてもらおう。恐らく襲撃はまだ続くであろう、それに備えて迎え撃つ準備をせねばな!」
オールドマンは吐き捨てるように言うと、招集した者達と部屋を急ぎ足で出ていった。
俺達は残された若い男性の支持に従い、会合所の隣に設置されている石作りの建物へと収容される。
カビ臭くも、汚れてもいない綺麗な牢獄であった。
恐らく収容されるような悪人が今までいなかったのであろう。
長椅子に腰を掛け壁を見ると、魔法術式の刻印がされている。
魔力遮断の魔導具に加え、建物自体にも魔力を制御する効果があるのだと理解する。
まぁ、低級な二重結界のようなものか?
正直この程度の拘束ならば、打ち破ることなど造作もない。しかしここは事を荒立てず、しばらく様子を見るか……。シルフ達が来てくれたら疑惑も晴れるだろう。
そこで俺は大きな失敗をした事に気が付いた。
突然の疑いに、聞く耳を持たないオールドマン。
動揺してしまったとはいえ、風の調律神を呼んでみたらどうだと言われ素直にシルフに【思念伝達】してしまったことだ。
お腹いっぱいになって、昼寝なんてしてないよな……。
「カルネアに連絡すればよかった……」
俺の嘆きにも聞こえる声はクレアに届くこともなく、時間だけが過ぎていった。




