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19.倒すべきモノ。

 昼ご飯を持ってきたじいちゃんに、事の説明をする。

 剣圧のみで荒れてしまった河原を見ると、すんなりとガトスラン荒野への旅立ちの許可が下りた。

 

 もちろん幾つかの条件は付けられたが、さほど大した問題もなさそうなのでそこは了承した。


 ・カルネアに事情を説明し、オフィーリアの森を拠点とさせてもらうこと。

 ・オフィーリアの森のエルフ達に惜しみなく協力すること。

 ・鏡式封印術に影響が出ない場所で、修行を行うこと。

 ・エルフ以外の者に、クレアが勇者だと悟られないこと。

 ・一ヶ月に一度はフォグリーン村に戻ってくると。


 この五カ条は絶対だという事であるが、なにか問題があれば都度増えていくだろう。


 とりあえず今日は旅立ちの準備をするとしよう。

 つっても必要なものなんて、替えの下着と普段着くらいなものか……。


 河原から帰宅し、クレアの家で晩御飯をご馳走になる。

 明日からの旅で両親は心配しているかとも思っていたが、俺とシルフが同行するなら問題ないという。

 クレアが初めて自分の気持ちを打ち明け、それに対して応援すると決めたのだから私達はクレアを支えるんだと言っていた。

 シルフも負けんと、アタシも支えるから!と息を巻く。

 じいちゃんは邪竜の件で一週間程遅れるそうだが、先週いったばっかりなので道順は問題ない。

 凶悪な魔物に出会っても、この三人なら逆に魔物に同情するとまで言っていた。

 

 その日の夜はしばらく家族と会えなくなることから、クレアのおしゃべりは止まることなく続いた。



 本来ならばこの村周辺で、クレアの指導を半年してから村の外に出る予定だったのだが……。

 いやぁ。まさか、あそこまでステータスが跳ね上がっているとは思わなかった。

 向こうに着いたらカルネアに挨拶をして、その後はガトスラン荒野で思いっきり剣を振るわせよう。


 道中は魔物の生態なんかを説明してやるのもいいな。

 グルヌット湿地帯には数多くの魔物もいるし、丘から眺める景色も最高に良かった。

 

 明日からの旅でクレアは急成長することだろう。

 その力と心がバランスを取れるように導いていかないとな。


 会話も弾んでいるんだが、結構いい時間になってきたので今夜はお暇させていただくとしよう。

 クレアは明日からよろしくね!と言うと、おばさんを引っ張ってリビングに消えていった。


 おじさんは玄関まで見送りに来てくれて、クレアの事を頼んだよと優しい笑顔で見送ってくれた。

 俺は自身満々に任せておいてというと、一つ気にかかっていたことをおじさんに言った。


 「おじさん……。まさかクレアは、明日あれを担いでいく訳じゃないよね?」


 玄関に用意されていた大きなリュックサック。

 パンパンに膨れ上がり、横からはウサギらしき人形がはみ出している。


 「……いや。間違いなくアレを背負っていくんだと思う……」


 苦い顔して返答してきた。


 「ク、クレアらしいけど、必要なものは現地調達できるから。とりあえず一週間分の着替えと下着で……」


 「そうだね……。遊びに行く訳ではないものね……」


 なんだかおじさんも苦労しているんだなぁと思わせる表情だった。

 いつの時代も男は女に勝てない生き物なのだろうか……。


 俺は静かに家路についた。




 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 翌朝、じいちゃん達に見送られフォグリーン村を出発する。

 クレアのリュックは小さくまとまっており、おじさんが説得して少量にしたのだろうと推測した。

 魔力強化を行い、見慣れた平原を駆け抜けていく。

 クレアは初めて村の真北に直進することに興奮しているようで、走りながらもシルフと会話を弾ませていた。

 クレアの魔力量は飛躍的に伸びている。それに加え持ち前の魔力操作で、すんなりと付いてくることが出来ている。

 

 しばらく走り小高い丘に登ると、目の前にグルヌット湿地帯が一望できた。

 水場と緑溢れるこの一帯は、野生動物や魔物達の楽園である。

 草原に数多くの草食動物、水辺付近には肉食の魔物なんかもうろついている。

 

 今はお昼前の十一時前ぐらいだろうか?朝の九時過ぎに村を出発し、今現在グルヌット湿地帯に突入し始めたところである。

 クレアは疲れた様子もなく、目の前の景色に感動していた。


 「ねぇねぇシキ!あそこの群れはなに!?」


 「あれはグルヌット一帯に生息する、湿地帯の管理者(ギガース・スワン)だな」


 「じゃあ、あのネズミは?」


 「え?あ、ああ。水中弾丸鼠(スクリュー・テッソ)だな」


 「へぇー!じゃあ、あの草むらに隠れてるのは?」


 「……。」

 

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!見えねぇ!

 どれの事言ってんだ!!?

 つぅかどんだけ目がいいんだよっっ!


 クレアの質問はどんどん来る。とはいえ事前に魔物図鑑を読破していたおかげで、見ることさえできればすんなりと教えてあげることはできている。

 

 恐らくクレアは魔力探知も魔力感知も使用していない。

 純粋に自分の眼と、魔力の流れのようなもをつかみ取っているのだろう。

 これは天性の才能だと思うのだが、俺にそんな才能もなければスキルもない。


 あ、クソ使えないスキルはエリクシアからもらったんだった。

 本当に使えないスキルを……。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。今はクレアからの質問に答えないと……。

 

 

 「――という訳で、この湿地帯には魔物と野生動物が共存している訳なのだよ」


 「なるほどーーっ!持ちつ持たれつの関係がここにはあるんだねー」


 「さて、問題です。この湿地帯には魔物が多く存在しますが、勇者であるクレアは魔物を滅する存在です。この一帯の魔物を駆除しますか?」


 「え?……し、しないよ!」


 「なぜ?ここには魔物達がウジャウジャいるんだぜ?放っておくのか?」


 「……だって、悪い事してないし。邪悪な存在ではないもの」


 「うん。まぁ、正解としておこうか。魔物といっても野生動物より魔力が長けているだけの場合もある。それにここの魔物と動物は共存しあっている。どちらかが多く欠けてもこの一帯は成り立たないだろうな」


 

 クレアの答えは間違っていない。きっとクレアだから感じえることのできる答えなのだろう。それを言いきれる結果が、ブルースの存在だとわかっているからな。

 ただ魔物だからという理由で殲滅などしたら、この一帯の自然は大きく形を変えてしまうだろう。

 もしかしたらこの素晴らしい景色すら、荒野に変わり果ててしまうかもしれない。

 それほどまでに、魔物と動物達は大地にとって大きな存在なのである。


 ここは人間のエゴで荒らしていい場所ではない。

 クレアもその事はわかっているだろう。



 「よし。今後は何度も通過する場所だから、今日は先を急ごう」


 「うん!」


 「え?あ……シキ。お昼ご飯……は?」


 「ガトスラン荒野に入ったらな」


 「うおおおおおおおおおおお!アタシ燃えてきたーーっっ!」


 「私だって腹ペコなんだよーーーっ!」



 二人は意気投合する。シルフの案内でクレアはより一層の魔力強化を行い、グルヌット湿地帯を一気に駆け抜ける。

 俺は頼もしいというより、食い意地ってすげぇな……という気持ちが強かった。


 昼食はじいちゃん達が丹精込めて作ってくれた物だった。――が、二人はあっという間に完食し、まだ足りないと催促して来る。

 とりあえずオフィーリアの森を目指して、そこで何か分けてもらおう。

 その間に狩りに出かけて、この二人でも満足いく食料を確保しつつ修行場所も視野に入れて探索するか。


 岩肌が剥き出しになっているガトスラン荒野を駆けていく。

 以前来たときに野宿した場所を通り過ぎ、今現在二時半くらいだろうか。


 いやー、どれだけすっ飛ばしてきたか。

 もうオフィーリアの森も近いな。


 肉眼でも遠くに生い茂る森が見え始めてきた。

 道中に出くわす魔物や動物達をチェックしながら、彗星の如く突き進む。


 村を出て七時間程でオフィーリアの森に到着した。


 あぁ、やっぱり荒野を抜けたあとのこの森は落ち着く。

 目が癒されるのがよくわかる。


 俺とシルフを先頭に集落まで歩いていく。集落付近になると何人かのエルフ達に出会い、カルネアの元まで案内してもらった。



 「あら!?シキ様にシルフ様ではありませんかっ!ん?後ろの女の子は……」


 喜びと驚きの表情で出迎えたカルネアは、クレアに目を向ける。

 そして首から下げていた水色のペンダントを見ると、ニヤぁっと笑い俺に目を戻す。


 うん。カルネアが思っている事は分かるが、違うからな。

 うんうん!私には全てわかっています。みたいな顔もやめてくれ。


 「あー、どこから話せばいいかな。めんどくさいからカルネアさんに思念伝達するよ」


 「え?あ、はい……。ふむふむ、なるほど。え?えええええええええええええ!!この女の子が勇……危ないっ!」


 目を大きく開いてクレアをまじまじと見つめる。

 その開いたお口を閉じていただけると大変宜しいのですが?

 

 「あの、私クレア・シルフィーユと言います。迷惑かもしれませんが、これからお世話になるかと思います。よろしくお願いします!」


 「そそそそんな!迷惑だなんて!むしろお会いできて光栄です!」


 「ねぇねぇカルネアーっ!アタシ達お腹ペコペコなんだけど、何か食べ物なぁい?」


 おい。さっき昼飯食って、お前の身体のどこにはいるんだよ?

 

 ぐぅぅぅぅううううう!


 今度はクレアかっ!なんなんだお前らは!!

 クレアは人差し指をつんつんしながら、えへへ~と言いつつ赤面で顔を背けた。


 「ふふふ。食べ物ならたくさんありますよ!先週シキ様が置いて行ったお肉も、まだまだありますから」


 「わーーーーいっ!」


 「到着早々すいません……」


 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだよ……。とりあえずこの二人には飯食っててもらって、その間に狩猟と修行場を見つけてくるか。


 カルネア達に出かけてくると伝え、振り返るとそこには大柄なエルフが立っていた。

 一般的にエルフの男性は魔法を主に使う為、色白で華奢なイメージだったのだがそのエルフは違った。


 引き締まった肉体に、腰から下げた長剣。美しい髪は後ろで束ねられ、細い目でこちらを見ている。


 「もしや……シキ様でしょうか?」


 「は、はい……」


 「おぉ!やはりそうでしたか!私はオルトファウスと申します。先週は近くの村へ物資調達に出ておりまして、お会いすることが出来なかったのですが……。まさかこんなに早くお会いできるとは思ってもいませんで……」


 「あぁ!じいちゃんが言ってたエルフさんだったのかぁ!」


 「オルフェス様にも感謝しております。そしてそのお孫様があの暴食一角竜(セイバー・レックス)を仕留めたと聞きまして、ぜひ一度お会いしたい次第でありました」


 見た目の印象とは違い、喋ってみると気さくな感じだった。

 どうやら手こずっていた暴食一角竜(セイバー・レックス)の脅威がなくなり、村への行ききに加えその村人達も感謝しているという内容であった。


 「あの……お話し中ごめんなさい。オルトファウスさん、もしかしてその村というのはあっちですか?」


 クレアが不安そうな顔をして、指を南西の方角へ指す。


 「えぇ、そうです。よくわかりましたね!小さな村ではありますが、エルフの私達でも優しく接してくれる良い村ですよ」


 「……シキ。明確な事は言えないんだけど、ものすごく嫌な感じがする。……オルトファウスさん、私をそこまで案内してはくれませんか?」


 「え?構いませんが午前中にも顔を出してきましたが、特に変わったことは……」


 クレアは悲しさと不安が入り混じったような目をしている。

 何もなければいい。でも何かが引っかかる、そんな表情だ。


 「ここからその村までどれくらいかかるの?」


 「そうですね、馬を休むことなく走らせて二時間程でしょうか?」


 「……けっこう距離はあるな。クレア!俺と一緒に確認しに行くか?」


 「うん!シキさえよければお願い!」


 バッグをカルネアに預け、大まかな村の位置を教えてもらう。

 オフィーリアの森から一歩外へ出て南西に位置する、ココールの村に顔を向ける。


 「とりあえずシルフはここにいてくれていいよ。何かあったらすぐ連絡するから……」


 「あいあい~!もぐもぐ……」


 「み、ミーちゃん!私の分も残しておいてねっ!」


 「あいあい~~!もぐもぐ……」


 「シキ様……私も一緒に行きましょうか?」


 「いや。何もなければ取り越し苦労だからここで待っていてください」


 オルトファウスさんの身体能力はずば抜けて高いだろう。このガトスラン荒野を抜け、ココール村を行き来する程なのだから。しかし俺達二人の速度に付いてこられるのは、シルフくらいなものだろう。


 さて、何もないことを願いつつ本気で行ってみようか。


 

 「クレアの本気に付いて行くから、先陣よろしくな!」


 「うん!まかせて」


 そう言うとクレアは魔力強化を施す。その量は今日走ってきた時よりも数倍に密度が濃く、力強いものであった。


 「じゃあ、いってきます!」


 クレアは挨拶をするな否や、暴風の如くその場を立ち去った。西に目をやると、もうすぐ点になりそうなクレアが見える。

 その様をオルトファウスは目を点にして見ている他なかった。


 「まぁ、こんな速度なんですぐ戻ってくるから」


 俺も挨拶するとすぐさまクレアを追いかける。

 点だったクレアに段々と近づいて行き、左後方に位置を取る。


 これがクレアの本気か……。

 景色の流れ方が尋常ではない。勇者の身体に加えての魔力強化で、全ての物が置き去りにされていく。

 そして驚いたことに、無意識のうちに空気抵抗軽減(エア・シールド)を使用していることに気が付く。

 本人の顔は依然として村がある方向を見つめている。

 状況に応じて順応していくのか。


 岩山や魔物の群れを大きく迂回することもなく、ほぼ直進で駆け抜けていく。

 荒野を抜けきり平原が姿を現す。


 そして村らしき建物が見えてきたが違和感を感じる。それは至る所から黒煙が立ち上っているからであった。

 残念だがクレアの勘が当たってしまったようだ。俺の前を走るクレアがその事に気付いていない訳がない。だからこそ速度を落とすことなく直進していく。



 ん?なんだ?何かがこちらに向かって走ってくる。




 【魔力感知(ライブラ・フィールド)




 馬車が三台……。村から逃げてき……いや、違う!

 これは、こいつらの仕業かっ!


 薄汚れた服に赤い頭巾、緑色の肌に醜い顔。

 馬車を操っていたのは、緑小鬼(ゴブリン)であった。

 そして荷台には人間が縛られた状態で数十人は詰め込まれているだろうか……。


 下等種族ではあるが、数が多いと対処が面倒な奴らである。

 まぁ、そんな事は大した問題ではない。


 勇者として倒さなくてはならない魔物が、目の前に現れたのだ。


 村の状況も気になるが、まずは目の前の魔物を駆逐し荷台の人を救出するとしよう。

 それぞれの馬車にはゴブリンが十二匹乗っている。

 そして馬車の後を追うようにして二十匹。


 合計で三十二匹か。


 俺とクレアは足を止め、ゴブリンの群れを迎え撃つことにした。




 


 

 

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