01.魔王無事死亡。
静寂の魔王アルディア、それが俺の名前だ。
太陽のような膨大な魔力を持ち、相手が何千何万という大群であろうが瞬時に蒸発し塵すら残らない。
片腕一振りで、目の前の変わり果てた景色がただただ静寂に包まれる。
この世界ルシアースは大抵の事は魔力で解決できる。人間から魔物、草木や水に至る万物が魔力を持ち恩恵を受けている。
つまりこれだけの魔力を持っていると食事という行為が不要なのである。食べようが食べなかろうが何も変わらない。そもそもお腹が減る、何か食べたいという欲求が湧いてこない。
さらに睡眠欲すらない。ふかふかのベッドで毛布にくるまって気持ち良く眠るという行為も必要がないし、理解ができない。
そして性欲……うん、言わずもがな必要なし。
つまりだ。
つまり俺はものすごく退屈なのだ。
人間であれば朝起きて食事をとり、仕事に精を出し家に帰って疲れを取るため眠りに就く。翌日も同じ日常が始まるが、それは生きる為生きていく為の意味のある行動だ。
野獣・魔物だって生きる為に生命を奪い、自らの血肉にし子孫を残す。植物は大地を守り、草食動物の糧となりより遠くへ種子を運ばせる為に甘い果実を実らせる。
皆、日々充実しているのだ。
しかし俺は一体なんの為に存在しているのだろうか?
今現在だってそうだ。月明り射す謁見の間にただ一人腰を下ろし、近いのか遠いのかすらわからない真っ暗な空間をただただじっと見つめている……。
生命の頂点に立ち、死という概念も恐怖もない。この退屈から抜け出す為には「死」という選択肢しかない。
静寂の魔王、老衰死。これが一番よかったんだけど魔力があり過ぎて無縁すぎる。
では自害はどうだろうか?できないことはない、むしろ可能だ。
魔力供給の核を破壊し、同時に首を刎ねれば再生することなく楽に旅立つことができる。
でもこれだと後世に語り継がれるし、平和王アルディアとかつけられたりしたら死んでも死にきれねぇ……。
他にも色々と考えたが魔王としての責務を果たし、尚且つ後世の事を視野に入れると終活として正しいのは一つしかない。
勇者に討ち滅ぼされることだ。
この王道パターンなら誰にも文句は言われないし、世界の平和も俺の願いも解決するから言うことなしだ!と、そんな事を幾度となく考えていると……。
ギィィイイイ……。玉座の正面入り口の扉が開く。
カツ!カツ!カツ!カツ!
未だ姿を確認することは出来ないがその足音は勇ましく、圧迫する闘気がこちらに向けられている。
そして中央辺りに差し掛かった所で足音は止まり、月明りの下姿をさらけだす。
中性的な容姿に白銀の軽鎧を身に着け、腰には細部に至るまで精巧に作られた片手剣を下げている。
七大勇者の一人、イリス・ノクターンであった。
神々に祝福され魔物を払拭し、邪を滅する存在である。人間がいかなる労力・時間を費やしたところで決して届くことのない身体能力を持ち、湯水のように溢れ出る魔力。そして神託を受けた際に手にすることを許された神具を持っている。
それこそが俺に致命的なダメージを与え、終止符を打つことのできる希望であり救いなのである。
「久しいなアルディア。今日こそはお前に敗北を教えてやろう!!」
悪意も嫌味もこもっていない心から出たであろう言葉。勇者だからとか、使命だからといった他者の期待すら感じさせないイリスの言葉だ。
「――悪ぃなイリス。俺はもう疲れた、殺してくれ……」
両ひざに肘を落とし、項垂れた状態で力なく答える。
「貴様、私を侮辱するつもりか!!」
そりゃそう思うだろう。
イリスとは何度か拳を交えてきている。毎度毎度本気でぶつかってきてある程度の所で追い返す。
その度に反省し鍛錬を重ね、また挑みにやってくる。そんな努力をしてきた奴に、疲れたから殺してくれはないだろう。
ただの悪ふざけ、そう思っていたであろうイリスの顔が次第に驚きの顔へと変わっていく。魔法障壁も身体強化も魔力探知も、あらゆる戦闘態勢がされていないのだから……。
膨大な魔力を持つ魔王であろうが勇者の前でのその行動は、飢えた獣の檻に赤子を投げ入れる様なものだ。
「貴様……本当に……」
信じられないといった口調で言葉を飲み込む。
シュウィンッ!イリスの腰に下げていた剣が抜かれ、天に向けられる。
「――さらばだ、アルディア……」
瞬時に間合いが詰められ剣が振り下ろされる。
静かに目を閉じその時を待つ。長かった、本当に長かった……。
ようやく解放されるかと思うと自然と笑みが零れる。程よい疲労感のなか、胸中にある核が貫かれ破壊されていく感覚を傍観する。
「恩に着る……」
水の中に泥団子を入れボロボロと崩れていくように、意識が精神が……命が消えていく。
頭の中では仲間たちの悲痛な声が思念伝達により波のように押し寄せている。が、それに返答する魔力も目を開ける力さえもない。
いや、それ以前に全てのことが他人のように思えてくる……。
そこで意識は完全に途絶えた。