17.三年後に向けて。
髪を整え、寝間着から普段着に着替える。
王様達が来る前にお風呂に入った方が良いのかとも思ったけど、シキの言ったように清潔そのものだった。むしろお風呂から出た時の様な爽快感さえ感じている。
でも一応、歯磨きはしておこう。
相変わらず空腹感は続いている。お母さんはシキから受け取ったレッドホーンのお肉を綺麗に冷蔵庫にしまっている。
お父さんは三日前から清掃をしていたみたいなのだけれども、不備がないか最終確認をしている。
さすが魔導整備士。仕事病と言えばそれまでなのだけど、気持ち良く迎えるために一生懸命動き回っている。
私は二人の邪魔にならないように静かに食卓に座っていた。
しばらくすると一般用のフード付きマントを被った王様と、クランツ君の執事であるラフロスさんとおじいちゃんがやって来た。
「おぉ!クレア。元気になって何よりだ!もう起き上がっても大丈夫なのかな?」
「はい。体長はどこも悪くないです。むしろ力が湧きあがってくるくらい!」
「そうかそうか!一時はどうなることかと思ったが、本当によかった!」
王様は笑顔で嬉しそうに頷く。
その後方でラフロスさんが、お見舞い用の果物の籠をお母さんに渡していた。
つい……目が向いてしまった。
「さて、クレアよ。今日は大事な話しがあってやってきたのだが、私の話しを聞いてくれるかな?」
「はい……」
少しだけ空気が重くなる。
そして一呼吸置いて、王様が静かに口を開く。
「まずは邪竜浄化についてだが、国を代表して心から礼を言う。本当にありがとう。火竜・イグヴァーナーはコーネリア王国の加護竜でな。知らなかったとはいえ、もし討伐などしていたら国際問題にまで発展していたかもしれぬ。だからこそクレアには感謝してもしきれぬよ」
柔らかい笑顔で、温かな眼差しで王様は感謝の言葉を述べる。
たしかコーネリア王とは、家族ぐるみの付き合いをするほど仲が良いと聞いたことがある。
しかし加護竜を討伐をしてしまっていたら、国の信頼に関わっていたことだろう。そして国民からの非難により、コーネリア王の支持も低迷してしまっていたかもしれない。
私は政治や国の事などさっぱりわからない。でも目の前にいる王様の安心した顔を見たら、私の取った行動は間違いではなかったんだと思えた。
「そして七大勇者クレアの誕生……。私を含め、皆が喜びと期待を抱いている。しかしなクレアよ。私はもう一つ拭いきれぬ感情があるのだよ」
「なんですか?」
「……私はクレアが幼い赤子の頃から知っている。ミツバチに刺されて大泣きしたことや。夢中で私の似顔絵を描いてプレゼントしてくれたこと。父親の帰りを玄関で待っていて寝入ってしまったことや。母親の手伝いをして笑顔で話してくれたこと。……だからこそ心配なのだ。純粋無垢な女の子が戦場に立ち、過酷な世界を目の当たりにしてしまうことを……」
「王様……」
眉間にしわを寄せ、悲しい瞳。
お父さんもお母さんも、不安な顔をしている。
みんなの心の声が、静まり返った部屋が物語っている。
もし私が活発な女の子だったら。男の子だったら。成人していたら……。きっと今とは違っていたのかもしれない。
でも私は私。活発でもなければ、運動神経も良くない。男の子でもなければ、成人もしていない。
持っていないものを悔やむのではなく、今ある全てに感謝しよう。
私の名前はクレア・シルフィーユ。
争い事が嫌いで、運動も苦手。でも家族が大好きで、みんなと笑って過ごしたいどこにでもいる女の子。
唯一普通とは違うのは、神具の女神に選ばれ勇者になったこと。
皆が未来に不安があるのなら、それを自身の力で振り払えばいい。
私は椅子から立ち上がり、少し後ろへと下がり声を発する。
「……エーデル・ワイス!」
右手から魔法陣が展開され光の粒が集まり、青白く輝く片手剣が構築される。
柔らかな風が舞い、皆の表情を驚きへと変える。
「こ……これが勇者のみが扱える神具……」
「なんと……なんと慈愛に満ちた優しい輝きなのじゃ……」
「クレア、あなたは本当に勇者に選ばれたのね……」
無意識に呼吸をするように。瞬きをするように。自然とエーデル・ワイスを出すことができた。
出なかったらどうしようという不安もなかったのだが。
「王様。お父さんにお母さん。おじいちゃんにラフロスさんも……。聞いてください。私は勇者としての道を歩もうと思います。これは勇者の使命だからとか、だれかに言われたからとか……。そんな他人の気持ちを思っての答えじゃない。私で出した答えです」
お母さんは嬉しいような悲しいような表情で、お父さんの胸で静かに泣いている。
お父さんは力強く優しい眼差しで大きく頷く。
おじいちゃんとラフロスさんは今後の事を見定めたのか、私達が付いているからと言わんばかりの優しい顔だ。
王様は嬉しそうだけど、どこか寂しそうに目を閉じ首を横に振っている。
「クレアよ。このような力を見せられてしまっては、もう一度考えを改めてみてくれとは言えぬよ。もはやこの時点で、国の上位に食い込めるほどの力量だ……。だからクレアが決心した心の内を聞かせてはくれぬか?」
「……私はみんなの事が大好きです。朝起きてお母さんの温かいご飯を食べて、お父さんにおはようって言って一日が始まる。その後、シキとミーちゃんと一緒におじいちゃんから勉強を教わるの。グレイス兄ちゃんとエルクさんから王都の話しを聞いたり、ポーラ姉ちゃんからアクセサリーの話しを聞いたり。クランツくんとシャルちゃんからは身分を超えた付き合いをさせてもらって、色々な話しを聞かせてくれる。王様は私を本当の娘のように思って接してくれているし、私は喜び溢れる日常にいるんだなって思っているの。……でもこの世界にはそうじゃない人もたくさんいる。だから私は守られる側じゃなくて、せめて届く範囲を守りたいの!その人達にもきっと大事な家族がいるから……」
実際に会ったことも、見たこともない。
ただ噂話を聞いただけで、過酷な環境に置かれている人達の気持ちを代弁するなんて軽はずみな事もけして言えない。
でも、自分に置き換えてみたら……。とても胸が苦しくなる。
お父さんも、お母さんにも会えなくなってしまったらと思うと心が引き裂かれる。
でもエーデル・ワイスを通じて良くわかる。
この力は自分を守る為に授けられたわけではない。きっと他者を思う気持ちがあったからこそ、手にすることが出来たんだって。
「だから私は勇者として、みんなを守っていきたい……です」
なんか思っている事を熱弁したのは良いけど、みんなが静聴していると気づいたら急に恥ずかしくなってしまった。
こんな時シキだったら、ドンと構えているんだろうな……。
「……そうか。クレアの気持ちは良く分かった。ウェイスにカトレアよ。そなた達の娘は立派に成長しているようだぞ」
「王様……。クレアの、娘の気持ちは良く伝わりました。どうか、よろしくお願いします」
「クレアは僕たち自慢の娘だ。その娘が言いきったんだ。だから応援するよ」
お父さんもお母さんもさっきまでとは違い、晴れ晴れした顔をしている。
よかった……自分の気持ちを伝えることが出来て。
「うむ。では今後の事についてだが……。邪竜は賊により封印が解かれた。しかし七大勇者が誕生し、これを浄化させた。今回の一件はこれだけだ。今はまだこれ以上の情報は表には出さないことにする」
「あ、あの。グレイス兄ちゃんは死刑になってしまうのですか?」
「グレイスの件は今も調査中だ。しかし彼は……。まぁ、結論から言うと死刑にはならぬよ。彼の証言が取れない状態だからな」
よかった!本当によかった。今はまだ意識がしっかりしていない状態なのだろうか?
それでも死刑にならないのなら、これほど嬉しいことはない。
もう少し時間が経てば、調査も進んで身の潔白を晴らせる日が来るのかもしれない。
その時が来たら、またみんなでお帰りと言ってあげよう。
「クレアは今十二歳だったか……。今から中等部に入れるにしても、勇者をどのように教育していくか……」
「王様。一つ案があるのですがよろしいでしょうか?」
「ラフロスよ、良い考えがあるのか?」
「現状クレア様の能力を考えうるに、足りないものは経験かと存じ上げます。しかしながら中等部では基礎を掘り下げた内容の実技しか行われておりませぬ。かと言っていきなり戦場に出すなど言語道断……。幸いにもここの村には優秀な封術師と、風の調律神様をも従え火竜・イグヴァーナー様にも認められたお孫様がいらっしゃいます。シルフ様でしたら勇者の育成方法の知識も御座いましょう。それに模擬戦ではシキ様が適任かと存じ上げます」
「……なるほどな。つまりはより実践経験の多い高等部に入学できるまでは、ここで経験値を積むという事か」
「左様でございます。国民の皆さま方には申し訳ないのですが、三年後までは我慢していただきましょう。……今はより勇者としての力を蓄え旅に出ているということにしておけば、どこの誰が勇者になったのかは特定も出来ないはずです」
「さすがはラフロスよ。ではそれまでオルフェスにお願いできるかな?」
「もちろんでございます。この優秀な封術師オルフェスにお任せください」
なんだか話がとんとん拍子に進んで行く。
「あの、私三年後には学校に行けるの??」
「あぁ、もちろんだとも。学費等は国が支援するから心配はいらぬ。同じ志を持つ友人もできるかもしれぬ。だから今はしっかりと経験を積むのだぞ?」
「は……はい!」
なんだろう!なんだろう!この高ぶる気持ちは!!
勇者になったことよりも、学校に行けるという事の方が遥かに嬉しいとは言えない!!
きっと私の知らない人達がたくさんいて、でも同じ方向に向かって勉強していくんだ!
と、友達もたくさんできると良いな~。
とりあえず今は勇者としての力を磨こう!!
私の口元が緩んでいるかわりに、心の中でエーデル・ワイスがいじけていそうな感覚を覚えた。




