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16.クレアの想い。

 まるでそこはソーダ水の中だった。無数の泡が立ち上がり、天上の光に吸い込まれるように消えては湧いている。

 少し身体がチクチクするが、苦しいとか早く帰りたいとは思わなかった。

 透き通るようなこの世界。今はこの場所で、ゆっくりしようという気持ちが強かった。


 私は思い出したように、今何時なんだろうと思う。

 ここに来てからどれくらい時間が経ったのだろう。


 時計を見ようにも辺りにはそんなものはないし、私に至っては全裸なんだと思う。

 体内時計を頼りにしてみても、まったく見当がつかない。


 ただ一つ言えることは、小食である私がものすごくお腹が減ってきているという事だ。

 今ならどんぶり飯をなんなくおかわり出来そうな気分である。


 あ。腹時計……。


 ぐぅぅぅぅううう。というお腹からの催促に、世界から泡は消え光が辺り一面を支配する。



 ここで私は目を覚ました。



 見慣れた天井に、懐かしい優しい匂いがする。

 タンスの上には、駄菓子屋で当てた女の子の人形。その横にはガラス板に綺麗に入れられたブルースライムのシールが飾られている。

 まちがいなく私の部屋だ。そんな確認をしていると、ドアが静かに開いた。


 「クレア!目が覚めたのね!!」


 手に口を当てながら、お母さんが涙を浮かべながら駆け寄ってきた。


 「大丈夫?私のことわかる??」


 「え?うん」


 「本当に!?あなた三日間も高熱を出して、すごく苦しそうだったのよ?」


 「……カトレア・シルフィーユ。ウェイス・シルフィーユと大恋愛のすえ結婚して、その間に生まれたのが私……」


 「ふふふ。間違いなくクレアだわ!そうだ、お父さんを呼んでくるからね!」


 笑いながら涙を拭って、一階にいるお父さんを呼びに降りていった。

 三日間も高熱を出していた割には身体が軽い。病気だった訳ではないのだろうけど、気怠さや疲労感もまったく感じない。むしろ力が湧いて出てくる。


 私は……。


 そうだ。邪竜が復活したんだった。

 それをシキが抑え込んでいて、私には助けを求める声が聞こえたんだった。


 そして私の心と神具の女神が共鳴して、私は七大勇者に……なった?


 両手を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。

 まったく実感が沸かないのだけれども、身体の奥底……。いや、心の中に熱くたぎる力があることが分かる。


 

 ――クレア、おはよう。聖華も終わり、あなたは七大勇者になったわよ。


 頭の中に声が聞こえてくる。しかし、姿は見えない。


 「エーデル・ワイス?」


 ――はい。


 不思議と名前はしっかりと覚えていた。

 邪竜が復活した時の事は、うっすらとしか覚えていない。

 でも、昔からの友人の様な感覚で名前はすんなりと出てきた。


 「……私なんかでよかったの?」


 ――クレアだから私は力を貸そうと思えたのよ?自信を持っていいわ。


 優しい声に、嘘偽りのない感情がなだれ込んでくる。

 その気持ちに今は安らぎを覚えた。



 「クレアっっ!!目が覚めたんだね!」


 歓喜の声が部屋に響く。お父さんだった。

 お母さんと一緒になってベッドの横に座り、私の手を優しく握ってくれる。


 「よかった。……うぅ、よかった。僕たちには何も出来なかったから、このまま目を覚まさないんじゃないかって……」


 「もう、あなた大袈裟よ!シルフ様も言ってたように、高熱は出るけど命に別状はないっておっしゃってたじゃない!」


 「お、お母さんも似たようなものだったよ?」


 二人は顔を見合わせ笑いあう。そして私もつられて笑ってしまう。


 「そうだ!王様に連絡しないと」


 お父さんが思い出したように声にする。しかしお母さんの顔は暗くなってしまった。


 「あなた……少し待って。ねぇクレア。あなたが七大勇者になったことを聞いて、私達はすごく嬉しいわ。でもね……」


 目を逸らし、下を見つめるお母さん。

 

 でもね、私達は勇者になんてなって欲しくなかった。

 そう言いたそうな表情であった。

 お父さんがポンと方に手を置き、お母さんを抱き寄せる。


 「なぁ、クレア。正直な話し、僕達も困惑しているんだ。勇者が誕生したことはものすごく嬉しい。でもそれが自分の愛する娘となると、なぜこの子がって思ってしまってね。……クレアは優しい子だから、魔物と戦闘なんて想像できなくてね」


 「……そうね。王様も仰ってくれていたわ。クレアは優しい子だから、本人の気持ちを優先してあげたいと……。クレアの気持ちを聞かせて欲しいの」


 真剣な表情をした両親が、まっすぐな目で見つめてくる。

 でもその目には優しさと不安も混じっていた。


 「……私は」


 ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅううう!!


 特大のお腹が鳴ってしまった。

 ミーちゃん級の音だ。お腹が催促している!早く食べ物を入れてくれと!!


 「お腹減った……」


 呆気にとられた両親は、大笑いしながら話しを続けた。


 「三日間も飲まず食わずだったんだもんね。すぐにご飯を作るからね。そうだお父さん、王様に連絡して頂戴」


 「え?でも……」


 「……いいのよ。起きてすぐに答えをもらおうだなんて、クレアの気持ちを考えていなかったわ。今はその空腹なお腹に食べ物を入れて、今やるべきことをやりましょう」


 「そうだな!お母さんの言う通りだ。ごめんよクレア、お父さん達を許して欲しい」


 そういうと、頭を撫で二人は部屋から出ていってしまった。

 しばらくすると、お母さんがスープとパンを持ってきてくれた。

 優しいスープがお腹に浸みわたり、より一層食欲が増進される。お母さんは隣で嬉しそうに私を見ているのだが、お構いなしに食べ続けてしまった。

 おかわりを何回しただろう?お母さんも食欲があることはいいことね!なんて最初は言っていたが、今まで以上に食べる私を心配し始めた。


 まだ食べ足りない……。と同時に睡魔が襲ってくる。

 私は為す術もなく眠りに就いてしまった。


 まるで幾千もの戦いをして、疲労しきった兵士のように熟睡する。

 身体が欲求する。新しい細胞が栄養を欲する。脳が休めと命令してくる。

 

 夢を見た。シキとミーちゃんに置いて行かれる夢。

 私も一緒に付いて行きたいのに、二人は遠くに行ってしまう。

 一生懸命走っても一向に進まず、私は只々その場に立ち二人を見送る夢。



 目を覚ますと、また見慣れた天井がある。

 そして、二人の気配を感じ取る。


 「よぅ!お鍋のスープ全部飲み干して、さらに爆睡したんだって?」


 「クレアーーーん!おっはよぉ~~~」


 そこにはシキとミーちゃんが心配そうに……。いや、まったく心配してない!

 むしろ笑ってこっちを見ている。

 そして何故かシーツで顔を半分隠してしまった。


 「わ、私どれくらい寝ちゃってたの?」


 「え~っと、二時間くらいか?」


 「ぐーすかぴーだったよぉ」


 は、恥ずかしい!!!

 なんでだろう?今までこんな気持ちになったことなんてなかったのに、今この状況が物凄く恥ずかしい。


 「なんだよ?モジモジして……」


 「あ、汗臭くない?それに髪も乱れてちゃってるし……」


 「いや、聖華を受けていたんだろ?だったら綺麗さっぱり身体が生まれ変わっているから大丈夫だろ?というか、風邪じゃないんだから」


 ちょっとーーーーーー!そういう正論で答えないでェェ!!

 私が求めていた応えと違う!

 え?私は何を求めていたんだろう??

 でも、シキは相変わらずで少しホッとする。


 「おバカさんだなぁ~シキは!クレアんはそう言うことを求めているんじゃないんだよ~」


 「お前ねぇ~。肝心な時に空気読めないくせに、こういう時はしっかり空気読もうとしてるのはなんでなんだ?嫌がらせか?」


 二人の問答が始まった。

 いつもこのパターンで、私は可笑しくてずっと見ていられる。

 でも今日は聞きたいことがある。


 「ねぇシキ……。私、勇者になったみたいなんだけど……。やっぱり似合わないかな?」


 「いや、そんなことはないだろう。むしろ正統派すぎて納得がいくかな」


 「……正統派?」


 「うん。俺は邪竜を目の前にした時、最善の選択を取ろうとしてたんだ。でもその選択の先には、邪竜を討伐するという道しか俺にはなかった。でもクレアはそれを覆して、邪竜も俺も目に見えない人達も救ったんだ」


 「……そうなの?私、役に立てたんだね」


 「ああ!だから本当にありがとうな。魔物でも救える者は救うって精神がクレアらしいというか、正統派というか……」

  

 「じゃあ!これからも私は勇者としてやっていけるかな?!」


 「さぁ?それはクレア次第だろうな。今俺が背中を後押しするなんて簡単な事だろうけど、それはクレアの心の問題だ。特に七大勇者の神具は心に強く影響する。だからこそ自分自身でしっかり答えを出した方がいい……」


 「ちょっとシキーー!冷たすぎじゃないのー?」


 「アホか!根本的な部分が揺らいでいてどうするんだよ!大事な事なんだから、しっかりクレア自身が答えを出さないと、魔物にやられて笑いものになるぞ」


 「でも~」


 「ううん!いいのミーちゃん。シキの言ってることはもっともだよ!決断を人からの後押しだなんて、きっと後悔すると思うもの」


 シキは腕組みをして、まっすぐこちらを見ている。

 私は何を求めていたんだろう。

 答えは自分の中にある。それをゆっくり紐解いて、語ればいい。

 私はまだまだ弱いな……。


 「そうだ!聖華後は膨大な魔力と、強靭な身体が構成されてるからすごいお腹減るんだよ。だからレッドホーンの肉を大量に持ってきたから、後でみんなで食べようぜ!」


 「今クレアママに渡してあるから、晩御飯は……うひひ~」


 「そろそろじいちゃんと王様が来るだろうから、俺は一旦帰るわ!しっかり王様に想いを伝えるんだぞ?」


 「うん!ありがとう」


 私は幸せ者だ。お父さんとお母さんがいて、友達もいる。

 何不自由なくご飯も食べれて、勉強だっておじいちゃんが教えてくれている。

 村の人達にも優しくしてもらって、雨風しのげるお家まである。

 今まで気にもしたことなかった日常の喜びを、今この時になって親身に噛みしめている。


 きっと私の知らない、残酷な世界が待っているのだろう。

 私は守られてきたんだから。


 でも私には守りたい人達と、守れるだけの力が備わっている。

 お父さんとお母さんはなんて言うかな?

 やっぱり悲しむかな?怒られちゃうかな?






 応援してくれたら嬉しいな。




 お昼を過ぎ、一番熱い時間帯に突入する。

 窓からは山から下りてくる涼しい風が部屋をすり抜け、黒い髪が風に撫でられる。


 冷静に考えをまとめ、熱い心に手を当てる。

 私の気持ちはただ一つ。





 ぐぅぅうううううううう!!!


 

 お、お腹減った・・・。


 早く王様に報告して、みんなでご飯を食べよう。

 そしてこれから先の事を話そう。


 不安があって当たり前だ。だってまだ経験したこともない事をしようとしているんだから。

 悩みだって出てくるだろう。

 でも大丈夫。私には大切な人達がいるから。



 手鏡で髪を整えようと覗くと、そこには自信に満ちた自分が写っていた。





 

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