14.大粒の涙。
村全体に響き渡っていた警報が消えしばらくすると、重装備で整えた騎士団とじいちゃんが山頂にやってきた。
ドカドカと足音を立て火竜と俺の前に皆が揃う。
「シキ!無事であったか!!?」
「……邪竜が復活したと知らせが入ったが、この竜は一体?」
じいちゃんはすぐに俺への安否を気遣い、騎士団一行は竜へと意識を向ける。
暗闇の中、火竜イグヴァーナーの身体が紅く光り輝いている。さらに巨体ゆえに否が応でも目に入る。
『人間達よ……。此度は誠に迷惑をかけた。そなた達が探している邪竜こそが我なのである。我は火竜・イグヴァーナー、もし許されるのなら国王直々に話しがしたいのだが?』
じいちゃんと騎士隊長は互いに顔を合わせ、すぐさま本部に連絡を取る。
国王が足を運ぶ間に被害状況の確認と、村人及び軍事施設にも脅威が去ったことを伝える。
救護隊が警備隊二名とエルクさんを担架に乗せ、山を下っていく。クレアとグレイス兄ちゃんは火竜から二人の事を説明するということで、そのまま横にさせたままである。
そしてレオン王が到着する。その隣にはレオン王と同じような気品と勇ましさを持ち合わせた者がいた。
コーネリア王国のドリス王であった。
「まさか、本当に火竜・イグヴァーナー様だったとは……」
「十二年ぶりか……」
『レオン王に……。むむ?もしやドリスか?たった十二年で老けたのではないか?』
「ずいぶんと心配をしていたのだぞ?まぁ、私の事はいい。説明をしていただこうか?」
あご髭を撫でながら、ドリス王が催促する。
火竜は封印が解かれてから、今に至るまでの経緯を説明する。
この場にいるのはレオン王・ドリス王。俺とじいちゃんに、王都騎士団八番隊隊長の五名だけ。
他の者は下に待機させている。
グレイス兄ちゃんが封印を解いたことから始まり、クレアが勇者へと覚醒したことを皆に話す。
「なんと……クレアが七大勇者に……。いや、もとより優しい子じゃった。今聞けば納得できるわい」
「百年ぶりの誕生ではないか!?これは各国共に盛大に祝いをしなくてはな!」
「ドリスよ早まるでない。まだこの子は幼い……彼女の意思もしっかり聞き入れなくてはならぬ。それよりも根本的な事を聞いておらぬ」
「あぁ、そうであったな。火竜・イグヴァーナーよ、貴方様に尋ねたい。……十二年前一体何があったのだ?」
じいちゃんもレオン王も現状を理解したのであろう。だからこそ結果を納得する為にも、一からの情報を得ようとしている。
『……十二年前。我はコーネリア王国の守護竜として領地内にいた。そこに一人の若者が現れたのだよ。舞踏会でもするかのような仮面を付けた、青髪の男だ。……彼はいくつか質問をしたいと願ってきてな。もちろん邪悪な気配は感じられなかったのだが、そこからの記憶がまったくないのだ。……気が付けば我の意思とは真逆に人々を苦しめておるではないか。もがけばもがくほど破壊を繰り返し、そこで我は邪竜になってしまったのだと理解した。そしてオルフェスよ、お主の封印術式により今日に至るのだ……』
「え?その青髪の仮面男。先週グレイス兄ちゃんが王都に呼び出されているときに、この村に来てたよ?同一人物かはわからないけど、見慣れない人だったからよく覚えてるよ。クランツにも聞いてみればわかると思う」
「レオン王よ、これではっきりしたのではないか?」
「うむ。加護竜であるイグヴァーナー様をも闇堕ちさせる、何者かの意思を感じるな。一週間前だとすると国外に出た可能性も考えられるが、全警備兵に通達はしておこう」
そっと視線をグレイスに向ける。それと同時に安堵の息を漏らす。
「では八番隊隊長モートルよ。グレイスを最重要参考人として、魔導列車にて王都へ護送するのだ」
「それがいいだろう。洗脳魔法、魅了魔法ありとあらゆる角度から解析を行ったほうがいい。くれぐれも空間転移魔法陣は使わぬようにな。彼の身体に影響を及ばす恐れもあるからな」
「かしこまりました!では早急に――」
敬礼をし部下を呼ぼうと下がったその時――
「うががぁぁ!どうだ邪竜は解き放たれたかぁーーーっ!」
「グレイス!落ち着くのじゃ!!」
じいちゃんの結界術により、グレイスの動きを封じる。そしてその腕には魔力封印の手枷がはめられ、隊長の下に駆け付けた部下達に引き渡された。
ゆっくりと下山していく姿は、あの陽気なグレイス兄ちゃんとは思えない足取りであった。
「うむ、グレイスの事は一度王国に戻ってからだな。それにしても、クレアがいなかったら……」
『レオン王よ。もしクレアが勇者になっておらずとも、そこの少年シキ様……いや、シキによって我は一瞬にして殺されていたであろう。そういう点で我はクレアに命を助けられたな』
「「「え?」」」
一同がこっちを見てくる。
あははと笑いながら、余計な事言うんじゃない。とイグヴァーナーを睨む。
「か、火竜も冗談を言うんだね。そうだ、俺はクレアを家まで運ぶよ。おばさんも心配しているだろうし……」
殺されそうになったからなのか、イグヴァーナーは少し意地悪をしてきたようだな。
くそ。一向に目線を合わせてくれないじゃないか。
『我は一度、天竜界に戻り事の報告をしてくる。しばらくはこちらに戻れぬが、戻って来た際には両国に顔を見せる。それまでしばしの別れだ』
「うむ。しっかり休養してきた方がいいだろう。その日を待っておるぞ我が友よ」
ドリス王と火竜は互いに見つめ合いうなずく。
そして大きな翼を広げると……
『オルフェスよ、お主の術は最高峰の封印術であった。レオン王よ、闇に飲み込まれぬ事なきよう、民を導いてやってくれ。では、さらばだ』
バサッと羽ばたき、一気に上空へと舞い上がる。そして紅い一筋の光を残し天空へと消えていった。
「時にシキよ。クレアの顔色が先程から優れぬようだが?」
「あー、これは勇者の覚醒によって引き起こされる聖華だよ。今は尋常じゃないくらいに、細胞が破壊されて再生されてを繰り返してるから」
「大丈夫なのか?!」
「んー。熱は四十度は軽く超えてるだろうけど、この状態はいかなる治療もきかないからね。というか弱い肉体から、強靭な肉体へと治療してるようなものだから。俺らは見てるだけしかできないよ?」
「……お主、何でも知っておるのだな……」
「え?あ……これはあれだよ!シルフが言ってたから!!!」
「え!!?そうなのっっ?」
いいんだよ!!またかよ!お前はこんな時ばかり純粋に聞き返してくるんじゃない!
以前にもこんなことがあったが、なんで学習しないんだっ!
「ドリス王、オルフェス。それにシキよ。申し訳ないのだが、クレアの件は箝口令を敷こうと思う。……私は幼い頃からこの子を娘のように見てきた。優しい子で、魔物と戦うなど出来るはずもない。そう思ってきた。……それが一夜にして勇者などと騒がれてみろ。きっと優しいクレアの事だ。無理をしてでも皆の期待に応えようとするであろう」
「レオン王……」
「ふ……笑うかねドリス王よ」
「いや。さすが民に最も近いと言われた、バレンシア様の子孫だと思っただけだ」
「さすが王様……わしもクレアの意思を尊重してあげたい」
俺の背中で熱を出して寝入っているクレアを、レオン王は娘を心配するような顔で覗いている。
本来であればそのような感情、出してはいけないであろう。
しかし発言してしまうからこそ、レオン王の周りには多くの人が集まるのだろうと思った。
「王様。多分、二、三日はこんな状態だから。目が覚めたらじいちゃんから連絡入れるようにしてもらったほうがいいよ。じゃ、俺は下山するね」
そう言って俺は、ドリス王にお辞儀をして山を下りた。
山頂に残された三人が、崩れた祠を見ながら会話を始める。
「今回の一見。恐らく私とドリス王が揃った所を、邪竜を使って亡き者にしようとしたのであろう」
「国を束ねる者が、一夜にして消えれば混乱が生じる。その先の真意まではわからぬが……。しかし今回の一件でより結束が固くなったのは言うまでもない。それに勇者の誕生。敵さんにしてみたら大損害だと思うがね?」
「お二人とも憶測と談笑が入り混じっておられますぞ」
「オルフェスよ何を言う。イグヴァーナー様に封印術を褒められたからと言って、顔がほころんでおるぞ」
「はっはっは!最高峰の封印術をもってしても、己の感情までは封印できなかったか?」
「レオン王にドリス王まで……ぬぅ」
「すまぬ!すまぬ!しかし、憶測ではあるが色々わかってきたことはある。それを元に用心していこうということだ」
言葉にはしていなかったが、三人の心中では拭いきれていないこともあった。
加護竜すら闇堕ちする力と、最高峰の封印術を短時間で解いてしまう力。水面下で蠢く何者かの意思をしっかりと感じ取っていた。
――――――――――――――――――――
家の前を通りすぎ、階段横の貨物用エレベーターを見るが使用され麓まで下ろされている。
クレアの事を考え、少しでも振動を軽減する為にエレベーターが上がってくるまでしばし待つ。
まさかクレアが七大勇者になるなんて思ってもいなかった。
それに俺の出した選択肢ではなく、第三の選択肢として救うという結果になった。
きっとクレアがいなかったら、火竜は元に戻ることなく殺されていた。そしてコーネリア王国は失踪した加護竜をいつまでも待っていたことであろう。
「クレア……ありがとな」
「ぅう。どぉ……いたしまし……て」
「クレアん起きてるの??いや、寝言だ」
ガコンとエレベーターが到着して、静かに乗り込む。シルフが安全柵を下ろし、下降ボタンを押してくれる。そしてゆっくりゆっくりと麓まで下りていく。
そこにはクレアのお母さんが待っていた。クレアの安否を確認すると大粒の涙を流しながら、クレアを抱きかかえた。
生命に危険はない事を伝え、後にじいちゃんか王様から話しがあることを伝える。
そしてクレアを家まで運び、ベッドに寝かしつけ俺は家を出た。
さっきまでの騒ぎがウソのように村は鎮まっている。
「シキ……?」
「ん?ポーラ姉ちゃん?」
「なぁ、山頂でなにがあったんだ?さっきグレイスが手枷をはめられて下りてきたんだが……」
「それは……」
「私の勘だと……あのバカが邪竜の封印を解いて、今回の騒動が起きたってところか?」
何も言えない。という事が全てを物語ってしまっている。
王様から箝口令を敷かれたのはクレアの件だけ、だからと言ってありのままを話せる訳がない。ポーラ姉ちゃんのことを思うと、何て答えればいいのかわからなくなってしまっていた。
「……シキは正直者だ。連れられて行くアイツの周りの兵士に聞いても、調査中としか返ってこなかった。当の本人に呼びかけても上の空……。なぁ、シキ一つだけ聞きたい」
「な、なに?」
「アイツは誰だ?見てくれこそグレイスだったが、あれは……あんな表情。グレイスな訳ないだろう!!」
心にポーラ姉ちゃんの悲痛な叫びが突き刺さる。
いや、俺の痛みなど大したことはない。今のポーラ姉ちゃんの心の痛みに比べれば……。
「グレイスはバカで陽気な奴だが、国に背くようなやつじゃない!それに……。それにグレイスは私と約束したんだ!約束を破るような人間でもない!それはこの村にいる人だったらみんな知っている事だ!」
「姉ちゃん。王様もそんな風には見てなかったよ。王都で外部魔法による痕跡がないか徹底的に調べるっていってたし。今は最重要参考人だって……」
「……ぁあ。……うっ……うっ」
この世界は、魔力があれば大抵の事は解決できる。
そう思っていた。
今の俺の魔力量は、国一つ訳なく消し去ることが出来るだろう。
それほどまでに有り余っているのに……。
大切な人達を悲しみから救うことすらできない。
この日俺は、魔力だけではどうにもならないという事を強く実感した。




