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13.七大勇者誕生。

 フォグリーン山の頂上には小さな祠がある。

 その祠を中心に四本の柱が立っている。これは祠を守る結界・魔導具であり、それぞれ経変劣化・雨風防壁・侵入不可・魔法防壁の役割がある。

 そして祠自体も魔導術式が組み込まれており、邪悪なるものを聖光浄化(イレーズ)する装置のようなものである。

 その中には一冊の封印書が収められている。元は真っ白な書物であったが、封印をした相手の魔力量により黒く変色していく。

 一般的な魔物。ゴブリンや野獣等を例に挙げると、一頁にも満たない紙の端がほんの少し黒くなる程度であろう。

 しかし十二年前に封印を施したこの邪竜は、全六百三十頁を丸々黒く塗りつぶす。さらには外装部分である表紙、裏表紙にまで浸食しており元の茶色の部分はほんのわずか残った程度であった。

 そしてそれを誤って開けてしまわぬよう、ドワーフ特注の金具で閉じ奉納したのであった。


 多くの命を懸けようやく封印に成功し、今日まで静かに眠っていた邪竜。

 それが今、俺の目の前に暴風を叩きつけながら降り立った。


 四柱結界は見事に倒されており、浄化作用の祠も崩れ去っている。

 少し下った木々が見たことない角度で立ってはいるが、根本から折れてしまっているものも目に着く。

 邪竜にとってはただ羽ばたいただけ。

 それでこれだけの被害がでている。きっと本気を出したらこんな山など、平地にするくらいは訳ないだろう。



 グヲォォォォォオオオオオオオンンンン!!!



 久しぶりの大地を踏みしめ、どこまでも続く大空に高揚したのか空間がひび割れる様な咆哮を空に放った。


 クソうるせぇ……。今はお前の封印が解けたことなど、まったく心配はしていない。

 むしろ心配なのは、俺の後ろで気を失っているグレイス兄ちゃんの事だ。


 明らかに様子がおかしかった。虚ろな目をして焦点が合っていなかったということもあるが、それ以前にグレイス兄ちゃんがこんな事をするはずがないということ。


 しかし現実に俺の目の前で封印を解き放った。


 いかなる理由があろうと結果はグレイス兄ちゃんが邪竜の封印を解いてしまったことが、今現在もっとも心配していることである。

 最悪の場合は死罪。運が良くて終身刑。


 いや、駄目だ駄目だ!そんな単純に答えを出してどうする。

 この段階で運がいい事。それは俺がこのクソ竜の目の前に対峙しているという事だ。


 封印しなおすか?それとも討伐するか?



 どちらも余裕で選択できる立場にいる。だからこそここで選択を間違えてはいけない。

 後先の事を視野に入れて行動しなくては、俺の大切な人の未来が摘まれてしまう。


 さて、どうしたものか――


 

 ギャオオォォオオーーーーーーーーンン!!!


 今度は目の前で俺らに向けて、特大の咆哮をぶちかましてきやがった。



 「おいコラ!うるせぇぞ!こっちは今真剣に考え中なんだわ!」


 右手を前に出し、グッと宙をつかむ感じで魔力を放出し邪竜を抑え込む。

 圧倒的な魔力圧により、邪竜の動きが静止する。


 「いいか?今俺は最善の選択をしようとしているんだ。そこで静かにしていろ」


 今の俺は完全に魔力を解き放ち、制御をしている。

 それは大人がセミを素手で捕まえて、拳で握っているような感覚である。

 ほんの少し力を加えれば圧死。逃げようにも動くことさえ出来ない状態。

 絶対的な強者を前にただ運命を委ねる邪竜は、俺にとっては昆虫と同等の存在になっていた。


 とりあえずエルクさんと、警備隊員二人の応急処置をしなくては。

 空いている左手を彼らに向け、全体回復魔法(キュア・オール)で傷を癒す。隊員二人は気絶したままだが、この邪竜の威圧の中エルクさんは身体を震わせながら気を保っていた。


 「シキくん……まさか君が邪竜を抑え込んでいるのか?それにこの魔力量は一体……」


 「エルクさん、そんなことよりこの状況は王都に連絡がいってますよね!?」


 「あぁ!もちろんだとも、警報が鳴った段階で王都には通達が届いているはずだッ!」


 「ぐ……」


 まずいな。これはグレイス兄ちゃんだけの問題では済まない。

 これを封印したじいちゃんにも責任が問われ、定期査察しているレオン王にも非難が集中するだろう。


 くっそ!せっかく穏やかな日常と、大切な人達が出来たのに……。


 王国直属の魔法騎士団が到着するまであと何分だ?

 それまでには事を終わらせないと……。

 

 右後方で静かにクレアは邪竜を見つめている。グレイス兄ちゃんを慕っていたクレアは、今どんな気持ちでこの邪竜を見つめているのだろう。怖いか?憎いか?それとも、殺してしまいたいか?


 俺はどうしたい?決まっている。大切な人を失わず、またみんなで笑いあえる日常を送りたい。

 なら答えは一つ……。


 この邪竜を圧倒的な力で葬り去ること一択だ。


 封印では意味がない。封術師・オルフェスの孫が復活した邪竜を封印しなおす。

 これだとじいちゃんの責任が少し軽くなる程度で終わりだ。脅威が去った訳ではないから、国民の不安は拭い去れた訳ではない。


 魔法騎士団と協力の末、邪竜を討伐。これも駄目だ。

 国が動いてしまったという事実で討伐できたとしても、誰も救われない。


 ではどうするか。オルフェスの孫である十二歳の少年が、凶悪な邪竜を瞬殺。

 これによって邪竜という驚異から国は解放され、この国に新しい希望として歓喜が巻き起こる。

 俺を育てたじいちゃんの責任も軽くなるだろうし、王様が査察に来ていた時も俺の内なる力を知っていたという事にすれば……問題ないよな?

 いや多少の無理矢理感はあるだろうが、これで押し通す!


 そして英雄の恩恵ということで、グレイス兄ちゃんの罪を軽くすることができれば問題ない。


 幸い死者は誰も出ていない。

 この好条件の中、俺の将来の夢を国に仕える将来に置き換えるだけの事だ。




 

 全然余裕だわっ!

 俺の将来の事など、天秤にかけるに値しない。




 じゃ、とっとと討伐しよう。

 エルクさんとクレアが証人になってくれるし、後は俺がほんの少し魔力を込めれば――



 「シキ待って!!」


 まるで俺が何をするのかわかっていたかのように、静観していたクレアが口を開く。

 少し涙目で俺の方を向き、首を横に振っている。

 

 「シキ……。この子、苦しんでる……」


 「あぁ!そりゃ俺が魔力圧かけてるからな!身動き一つ取れないから――」


 「そうじゃなくてっ!!最初の雄たけびも、私達に放った咆哮も助けを呼ぶ声だったんだよぅ」


 「は?」


 「シキにも、ミーちゃんにもそれが聞こえなかったの?!」


 「クレアんにはそう聞こえたの?」

 

 今にも泣きだしそうな声でクレアが訴えかけてくる。そしてシルフの問いにコクリとうなずく。

 しかし俺にも、シルフにもまったくそのようには聞こえていなかった。

 

 「お願い……。この子を殺さないであげてぇ……」


 邪竜の声は聞こえなかったが、クレアの悲痛な声は間違いなく届いた。

 しかし、助けるといってもどうしたものか。

 再度、魔力探知(ライブラ・スコープ)でくまなく見てみる。が、どう見ても邪竜であり助けようにも何から助ければ……。


 その時、俺の張った魔力感知拡大(ライブラ・ワイド)に数名の騎士達が空間転移魔法陣の小屋から出てくるのがわかった。

 これはもたもたしている場合ではない。クレアには悪いが、邪竜の討伐を優先させなくては。

 そう決心しクレアから邪竜へと目を移し、手のひらに力を込めようとした瞬間――




 「だめぇぇーーーーーーーーーっっ!!!」


 クレアの叫び声と同時に、クレアの四方八方に神々しい魔法陣がいくつも展開された。

 そしてその大中小いくつもの魔法陣が消え、クレアの足元から一際強大で力強く温かな魔法陣が広がった。

 眩い光の中、クレアの目の前に一人の女神が降り立つ。


 おいおいおい!マジか!マジなのか!?

 これはまさしく、神々の祝福……。

 つまりクレアは――




 ――初めまして、ワタシは神具の女神。

 あなたがワタシの主となるお方ですね。


 薄い水色の髪が流れるように宙に漂う。美しい容姿に煌めく装飾品。

 そして穢れなき純白の衣に身を包み、俺の知っている静寂とは異なる温かな時間がゆっくりと流れている。


 ――大丈夫。恐れないで。

 あなたの純粋な心に導かれて、今ワタシはここに舞いおりました。

 ぜひ、お名前をお聞かせください。


 「あ、あの。クレアといいます」


 ――クレアですか。とても良い名前です。

 さぁ、ワタシと語りましょう。

 そして邪悪なるものを救いましょう。

 さぁ、ワタシの名を語るのです。そうすればワタシはこの世界に降り立つことが許される。



 「お願い!私に力を貸してください。……エーデル・ワイス!!!!」


 

 エーデル・ワイス。そう叫ぶとクレアの握りしめていた両手に、青白い光が集結し小剣を作り上げる。

 六十センチ程の青白い剣身に、切先は丸くなっている。柄全体は黄金色に輝いており、優しい風が神具から溢れでていた。

 女神エーデル・ワイスはクレアの後ろに回り込み、優しく身を包むと一緒に剣を握ってあげていた。



 ――さぁ、クレア。あなたの望む終幕を迎えましょう。

 大丈夫。私があなたの力になる。だからクレアも私を信じて……。


 静かにうなずくクレアがゆっくりと邪竜の前に歩み出る。

 そして邪竜は首を垂れ、目を閉じる。


 スッと眉間に神具が刺される。まるで壁に光を当てたように、それはとても静かな行為であった。


 ピシピシっっ!ピシィ!


 邪竜の黒い鱗が、まるで卵の殻を内側から破る様に亀裂が入りパラパラと落ちていく。

 そして内側から光が溢れだし、一匹の竜が卵から孵るように大空へと飛び立つ。

 紅い光を放ちながら、山頂上空を旋回すると再びクレアの前に舞い降りてきた。


 『我は火竜・イグヴァーナー。永き苦痛の中、そなたが解放してくれたのだな……。勇者クレアよ、そなたのおかげで一命を取り留めることができた。感謝する』


 紅い鱗に白い角。威厳溢れるその姿は邪竜とはまったく別の存在であった。

 世界の均等を守る竜族の一匹だったとは、正直驚いた。

 そんな中俺に思念伝達が送られてくる。


 (アルディア様。お久しゅうございます。我の失態にて、あなた様の手を汚してしまう所でした。なんとお詫び申し上げればよいか……)


 (あ、いやぁ。礼ならクレアに言ってやってくれ。俺はお前の苦痛の叫びも助けも聞こえず、殺そうとしてたんだからな……)


 邪竜復活から七大勇者の誕生。そして偉大なる竜族の末裔という一部始終を見ていたエルクさんが、ここにきて緊張の糸が切れたのか歓喜の声を出そうとした途端気絶してしまった。

 それを見ていたクレアも緊張の糸が緩んだのか、安堵の息を漏らす。


 「……よかった。私、ちゃんと役に立つことができた……。これでひと安心……」


 光り輝いていた神具が消え、クレアは倒れ込む。――が。静かに受け止め、着ていたベストを地面に敷き横にしてあげる。


 ――アルディア様。いえ、今はシキ様ですね。

 どうかこのクレアと共に、末永くお願い申し上げます。


 そういうとエーデル・ワイスは静かに光の粒になり消えていった。


 火竜・イグヴァーナーも永い間封印され、邪竜にまで陥ってしまっていたことから相当体力消費はしているだろう。――だが。


 「イグヴァーナー、疲れているのは重々承知なんだが。今からここに王国の騎士団と俺のじいちゃんが駆けつけてくるだろう。そこで今起きたことなんかを説明してやってくれ」


 『お安い御用です』


 今回の騒動。俺の思い描いていた結末とは、大きく変わる結果になってしまった。

 しかし、それはもっといい方向に進んだように思える。


 この世界に新しい七大勇者が誕生し、邪竜に陥っていた火竜・イグヴァーナーを救ったのだから。

 ただし、クレアにとっては茨の道になってしまったのかもしれない。

 だからそこは俺もサポートしていこうと思う。


 とりあえず今はこの月明り射す山頂で、じいちゃんと騎士団の到着を待つことにしよう。





 

 

 


 

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