10.二人の距離。
連日の雨から梅雨が明け、今年も蝉達の歓声が起き始めた。
今日も空と大地を我が物顔で照り付けてくる太陽は、日陰にいても汗がジトッと湧き出てくる程に強烈である。
時折吹く風が木々をすり抜け、川面を撫で身体をすり抜ける。
山から下りてくる涼しい空気が、一瞬ではあるが汗を引いてくれる。
今俺はフォグリーン村から山を挟んで、北側に位置するお馴染みの河原にいる。
そして目の前には成長したクランツとシャルロッテが徒党を組み、全力で俺に怒涛の攻撃をしかけてきている真っ最中であった。
クランツが鉄の剣で斬撃を繰り返す。それを俺は避けるか、弾き落とす。その隙に後方からシャルロッテの風魔法・空気弾圧が、後方に下がったクランツの合図とともに俺目がけて投下される。
土煙が舞い上がり視界が悪くなる。――が、魔力感知により的確に火炎魔法・三連火球が俺へと打ち放たれる。
こちらも同じく魔力感知は発動している為、魔法防壁を正面に張り魔法のダメージを無効化する。
そして上空からのクランツの渾身の一刀が振り下ろされた。――のだが、それもなんなく、この魔力強化された小枝の先端の別れ目で受け切る。
ここで二人の魔力が尽き、模擬戦は終了となった。
「はぁはぁ、さすがシキだよ。シャルと息を合わせて挑んだのに、全く歯が立たない」
「本当ですわ!こっちは一泡吹かせようと思って戦略を練って来たのに、息さえ切らさずこっちが驚かされましたわ!」
「いやいや、二人ともいい動きしてたよ!それに十五分本気で戦えるようになったんだし、確実にレベルアップしてるって」
「小枝を持って褒められても、実感はわかないけどね……」
クランツが苦笑いで一息つく。
対人戦及び魔物との戦闘になった場合、最低でも三十分は魔力強化態勢を維持しなくては話にならない。
本来ならまだ先の訓練になるのだが、日に日に力を付けていく二人の成長を更に高めるために相手をしている。
いつの頃からか木剣から鉄の剣に持ち替え、当初はその重さと扱いに苦労していたクランツ。しかし今ではその重さを利用した動き、立ち振る舞いを見事物にしている。
シャルロッテは爆発魔法を習得する前に、風と火の魔法に力を入れている。誰に教わる訳でもなく、自ら考えて色々な魔法を勉強している。それが最終的に自分の望む魔法にたどり着くと信じているのであろう。
その結果二人の息の合った攻防が実現できている。今の二人なら、Eランク程度の魔物は相手にならないだろう。
「クランツくん、シャルちゃんお疲れ様。はい、これタオル」
そういうと純白のタオルをクレアが差し出してきた。
「クランツくんはまだ少し肩に力が入っているのと、魔力強化の流れが少し鈍くなる箇所があるかな。シャルちゃんは火炎魔法・三連火球の二打目が少し魔力が多すぎて、三打目がその分魔力が少なかったかな」
相変わらず目の良いクレアが二人に解説していた。本人たちが気が付かないところを的確に指摘してあげることで、勉強熱心な二人はここまで強くなることができたのであろう。
クレア本人はというと、もともと争い事は好まない性格なので攻撃魔法は一切習得していない。
おそらく本気で戦ったとしてもザリガニにすら負けるだろう。
しかし魔力操作は神がかっている。魔力が逆らうことなく必要な分を的確に流し出し、留め・放出することが出来ている。そして他者の魔力解析に加え、回復魔法を得意としている。
「はい。シキも汗かいてるからどうぞ」
「サンキュー。そういえばシルフの姿が見えないけど、どこに間食しにいった?」
「ミーちゃんは村のみんなと、グレイス兄ちゃんのお祝いの準備に行ったんじゃないかな?」
そういえばそうだった。三日前グレイス兄ちゃん宛てに、王様から足を運ぶように通達が届いた。そして今日こっちに帰ってくるんだった。
とはいえ、俺らは何故呼び出しを食らったのか理由は知っている。
仕事に真面目で、周りからの信頼も厚く酒に弱い。そんなグレイス兄ちゃんだからこそロンドアーク騎士団本部隊に推薦されたのである。
全二十部隊の中の二十番隊副隊長としてなのだが、それでも十分にすごい。本来騎士養成学校から職務をまっとうし、様々な困難を乗り越えてようやく入ることが許される騎士団なのである。
しかしグレイス兄ちゃんはギルド上がりの遠征警備隊長。もちろん封印された邪竜を警備しているということは、それなりの腕と信頼がないと任せられないことではある。それを差し引いても異例の待遇なのであった。
俺らは幼いころからグレイス兄ちゃんを知っているし、王様も面識がある。その直向きな姿勢が評価され今回の結果に繋がった訳だ。
クランツからこの話しは一週間前から村のみんな、警備隊員にも知られていた。唯一知らなかったのは本人だけなのだが、みなで帰ってきたところをお祝いしようというクランツからの計らいであった。
「じゃ、俺らもそろそろ村に戻ろうか。夕方前には着くと思うし、祝いの準備もしないとな」
「ああ、今からグレイスさんの驚く顔が目に浮かぶよ」
俺とクランツは悪そうな顔をして、それでも楽しみもあってお互い笑っていた。
クレアとシャルロッテも互いに笑い、俺らは村へと足を向けた。
―――――――――――――――
村は昔に比べると幾分小奇麗になっている。以前は人が歩く部分だけ石畳みで整備されている程度で あった。それが今では村全域に道路が整備され、土煙も舞わなく歩きやすく舗装されている。
と言っても、ここは観光地ではないからお店自体は増えていないのだけども、それでも七年前に比べると随分と綺麗になった印象はある。
「とりあえず酒場に行けばいいよな?」
「うん。お母さんやポーラ姉ちゃん、副隊長のエルクさんもいると思うよ」
列車到着時刻にはまだ時間があるので、お祝い会場の酒場へと向かう。酒場の中は女性陣が料理の準備をし、手の空いた男衆は慣れない手つきで祝い用の飾りつけ等をしていた。
「あ!クランツ様。それにみんなも!」
明るく爽やかな声で呼びかけてきたのは、警備副隊長のエルクさんだった。五年前からここの警備副隊長として、グレイス兄ちゃんを兄のように慕っている若き騎士候補生である。
「エルクさん、今日は無理を言ってしまって申し訳ありません」
「そ、そんな。クランツ様の申し出を断る人などおりませんっ!それに皆、グレイス隊長の事を思ってやっているので楽しいですよ!」
エルクさんの一声に、周りの大人達もうんうんと首を縦にする。
「さて俺らも手伝うとしようか」
「それでは、わたくし達は調理の方に足を運びましょう。行きますわよクレア」
「じゃあ、僕たちは――」
「クランツ様はお休みになっていてください!!来週にはコーネリア王国との会談が控えているのですから!もしケガをするような事があったら!ほらシキくん、クランツ様を外に連れて行って!!」
エルクさんの過保護とも言われる発言に、俺はクランツを外に引っ張り出した。
シャルロッテはと言うと、女性陣と和気あいあい楽しそうに調理の飾りつけを行っていた。きっとグレイス兄ちゃんなら、クランツにも一緒にやりましょう!なんて言ってくるのだろうなと思いつつ渋々顔のクランツと駅方面へと歩きだした。
「エルクさんは良い人なのだが、少し過敏すぎやしないか?」
「いやいや、それが普通の反応なんだよ。それにコーネリアとの会談前に何かあったら大変だろ?」
「さっきまで本気で模擬戦をしていたんだぞ?何を今さら」
クランツが笑いながら俺を見てくる。
「コーネリア王国との会談が終われば、夏の休暇もあと少しか。そうなると中等部に通わなければならなくなるからな。またここにもしばらく来れなくなりそうだな。なぁ、シキは中等部にはこな……いよなぁ」
「まぁ、じいちゃんに教わってる方が勉強になるけど、同い年の友達は欲しいかもな~。それに行くとしても、高等部からだってじいちゃんは言ってたな」
「本当は中等部でも友達が出来たらいいんだけど、やはり身分の違いからか固い者が多くてね。シキやクレアのように接してくれれば気が楽なんだけどね」
「いずれは自分の上司になる人物に、おいそれと友達感覚では接することはできないんじゃないか?」
「シキ……お前はやっぱり将来……いや、この話しは何度もしたな。仕方ない、今はグレイスさんの到着を知るために駅まで行くとしよう」
不満そうなクランツとともに駅に足を運ぶと、そこに見知らぬ男性が立っていた。
綺麗な長髪の青髪に、舞踏会でもするような眼だけを隠した白い仮面。スラッとした高身長に灰色のマントを下げ時刻表を見ている。明らかにこの村の者でもなければ、軍事関係者でもない。
一体どこの人なんだろう?と不思議に思っていると……。
「到着時刻はまだ二十分先、発車時刻はさらに十分先か。……ん?キミ達はここの村の子供かい?」
不意にこちらに視線を向け訪ねてくる。しかしクランツの姿を見るなり片膝を地に着け、頭を下げる。
「まさかこのような場所に王子がいらっしゃるなど思っても見ませんで、挨拶が遅れました」
「あ、いや。あなたは?軍関係の方ではないように見えますけど?」
「ワタクシ、旅の詩人にございます。各地を転々としておるのですが、いやはやここは本当になにもないようで王都に引き返そうと思っていた所なのです」
「あの、なんで仮面を?」
「こらシキ、何か訳があってのことなのだろう。初対面の方に失礼だぞ」
「いえいえ、このような仮面は気になるのが自然でしょう。ワタクシ目の色素が通常の方より薄いようで、この魔導具により直射日光を軽減しているのですよ」
そういうとスッと仮面を外し、綺麗な黄色の目を見せてきた。どうやら長時間仮面を外すと辺りが眩しすぎて、直視できないようである。なんとも胡散臭い仮面は、本当にそれだけの魔導具だったようだ。
「あの、なんか失礼な事を……すいませんでした」
「いえ、慣れたものですからお気になさらず。ではワタクシはホームに参りますゆえ、これにて失礼致します。王子に会えたことを光栄に存じます」
一礼しそのままホームへと去って行った。
「シキお前なぁ、なんでもかんでも気になったからと言って聞いていい事があるだろう?」
「いや、クランツくん!キミだって気になっていただろう?」
「そ、それはそうだけど」
痛いところを突かれ言葉を詰まらせるクランツに、笑いが込み上げてきた。それから他愛もない話しをしていると、遠くから列車がやってくる音が聞こえ肉眼で確認することが出来た。
と、そこにシルフとクレアがやってくる。
「シキ―ーーー!こっちは準備バッチリだよ!早く酒場に戻ってグレイスを驚かせよう!」
「ミーちゃんってば、つまみ食いしないで一生懸命手伝ってくれたんだよ」
「グレイスぅぅ!こっちは準備万端なんだぞぉぉぉおお!!」
おい。準備万端というのはお前の胃袋のことだろう?しっかりよだれが出ているじゃないか。それをさもお祝いの準備が万端のように言いやがって。
シルフよ、まだまだ食の前では冷静な行動が取れないようだな。
と、こんなことを思っている場合ではない。急いで酒場に戻って息を潜めないと。
俺達は慌ただしく酒場に戻る。
しばらくすると酒場の外からじいちゃんと、グレイス兄ちゃんの声が聞こえてくる。
ヤバい、なんでかわからないが笑いが込み上げてきた。周りをみるとみんなも何故か笑いが込み上げてきているようで、口に手を当てている。
早く入ってこいという気持ちが、皆を通じて伝わってくる。
ガチャり……
「「「うぉおおおおおおお!グレイスさんっっ!昇進おめでとぉぉおおおおお!!!」」」
皆の大歓声が一気に爆発する。それと同時にクラッカーが、乾いた音と共に宙に紙吹雪を散らす。
「ななな!?みんななんでそれを知って……え?え?何コレ?!」
グレイス兄ちゃんの慌てっぷりに、一同爆笑している。
「グレイスさん、すいません。実はみんな知ってた上でお待ちしていました」
「え!!?クランツ様?この歓迎はまさか俺の為に??」
「あんた以外誰がいるってのよ?さぁ今日は主役なんだから、真ん中のテーブルに座って一言頂戴よ!」
ポーラ姉ちゃんの勇ましい声に、周りは笑いながら期待に満ちた表情をしている。
言われるがままに中央のテーブルに移動すると、いつの間にか片手にビールの注がれたジョッキを持たされていた。
「あ……この度わたくしグレイスは、王国騎士団に異動することになりまして。その……」
「知ってるぞーーー!」
「ガッチガチじゃないか!お遊戯会の発表かぁ?」
「ほら、グレイス!ここはあんたの勝手知ったる酒場なんだ!王様や騎士団長様の前じゃないんだから、シャキッと喋りなっ!」
「いやいや!ポーラ?そこにクランツ様いるからっ!つぅか、頭ん中真っ白だからっっ!」
「あはは!グレイスさん。今は皆の為にも僕の事は気にしないで、いつも通りのあなたでいてください」
ポーラ姉ちゃんの叱咤激励にツッコミ、クランツの一声に我を取り戻す。
「その……俺はこの国が大好きで、日夜職務を全うしてきました。周りにいる連中もいいやつらばかりで、俺にはもったいないくらい良い環境に置かれていると思っていました。そんな皆のおかげで王都騎士団・二十番隊副隊長に任命されました!みんなありがとう!」
短い挨拶ではあったけど、グレイス兄ちゃんの熱い心が篭った挨拶だった。その一言で酒場内はピークに達し、ポーラ姉ちゃんの乾杯の音頭と共に一斉に騒ぎ始めた。
「あの、クランツ様。この異動の件は……」
「本当にグレイスさんの評価ですよ?僕たちは一切関与していません」
「ほうれ、ワシが言った通りじゃろう?お主は変なところで勘繰り深くなるからのう。もっと自信を持った方がよいぞ?」
じいちゃんとクランツに恐る恐る聞いてみるが、二人の返答に未だ信じられないという顔をしている。
「グレイス。お前は剣の腕と国に対する忠誠心は素晴らしいが、もっと自分を信用してやれよ?」
「な、なんだよポーラ。ははーん!俺が三日間いなかったんで、寂しくてそんな悪態をついてきたんだな?」
「そんな訳があるかっ!」
いつものお決まりパターンだ。探り探りでグレイス兄ちゃんが、ポーラ姉ちゃんの真意を揺さぶろうとするがバッサリと切られる。あながち間違ってもいなかったりするのだが、恥ずかしいのかポーラ姉ちゃんも心とは反対の態度を立ったりすることがある
そんなことが七年近く続いており、二人の距離は変わっていない。
「しかし、これから先は王都で生活するんだろう?そう考えるとそっちの方が寂しいかもな。そんな訳でグレイスに渡したいものがある」
そう言ったポーラは布にまかれた中から、一本の長剣を渡す。
「ポーラこれは……」
「まぁ、私からの選別だよ。会心の出来だと思っている。よかったら受け取ってくれ」
「あ、その……俺も渡したいものがあるんだ」
皮の小袋をポーラに手渡す。そして中からは銀のネックレスに、真っ赤に燃える様なペンダントが入っていた。
「え?あ、私に?こんな綺麗なもの……」
「あ、いや。たまたま王都で見かけたんだけど。ほら鍛冶場で火を扱うポーラに、すごく似合う色だなと思って」
「あ、ありがとう」
なんすかこれ?この二人の空間だけ周りとちがうんだけど?
もう分かりきってんだろう!付き合っちまえよ!!なんでいい年こいた大人が、ウブなやり取りしてんだァァァアア!!もう大声だして言ってやりたかった……けど二人の距離が大きく近づいたことは間違いない。そんな気持ちで皆が静まり返り、二人を見守っていた。
「つか、なんでみんな静まり返って見てんだよ!くっそお前らもっと飲めコノヤロウ!」
「あー!ポーラ姉ちゃんの顔が、ペンダントみたいに赤い」
「ちょ、ちょっとクレアこれはお酒よ!そうお酒!!」
「ポーラさんって、お酒に酔って赤くなったことがありまして?というかなんでこれでお付き合いをされていませんの??」
シャルロッテの的確な発言に、ますますポーラ姉ちゃんの顔が赤くなる。
皆の笑い声と共に酒が進み、祝いから宴会に変わるのに時間はかからなかった。長年警備していたこの地に対する想いや、支え合ってくれた仲間たちとの絆を噛みしめるように言葉を交わしていく。
嬉しい反面、悲しい気持ちが込み上げてきているのだろう。
この日の酒場は夜遅くまで灯りがついていた。
そして翌日、グレイス兄ちゃんは王都へと旅立っていった。




