09.思い出の花火。
随分と涼しくなってきた。クランツと出会ってからもう半年が過ぎようとしている。
緑溢れていた樹木達は、ここぞとばかりに各々赤や黄色の化粧を施している。日中うるさかった蝉から鈴虫たちの演奏に切り替わり、景色と相まって感慨深いものを感じる。
蒸し暑い訳でも、肌寒い訳でもない丁度いい季節。
そんな日の午後、その子はやってきた。
ドンドンドン!!!
玄関のドアを強烈に叩く音が、二階の寝室まで聞こえてくる。
快適な室温で、ついうとうとしてしまっていた。
現在じいちゃんは家にはいない。数か月に一度、二週間程外出をする。それは以前封印をした魔物やら、魔導具などの保守点検作業をしにいったり。国の若い世代に封印術の講師をしに行ったりしているのである。
なので眠い目をこすりながら玄関まで出向く。今この家の主は俺なのだから。
クレアはこんな乱暴ではないし、グレイス兄ちゃんも控えめなほうだ。ポーラ姉ちゃんって線もあるけど、ドアの音だけでなく声も通るから違うだろう。
玄関に着き、ゆっくりとドアを開ける。
「はい。どちらさまでしょう……か?」
「ごめんくださいまし。こちらにシキ・グランファニアという殿方はいらっしゃいますか?」
目の前には動きやすそうな赤いドレスに身を包んだ、金髪の女の子が立っていた。見た感じだと同い年くらいだろうか?そして絶対にいいとこの貴族様だろう。
そんな子が何しにこんな所までやってきたんだ?
「えっと、俺だけど?」
「まぁ、あなたがシキ様ですわね。わたくしシャルロッテ・クリスティアラと申します。クランツ様の婚約者でしてよ」
「へぇー……」
なにいいいいいいいいいいいいいいいい!!
クランツって、あの年でもう婚約者とか決まっちゃってるの?!
いやいやこんなご時世だし、世継ぎの事を考えたらそりゃいてもおかしくない。むしろこの素晴らしいロンドアークを象徴とする人物なのだから、理解も納得もした!
しかし、初対面の俺に堂々と言うセリフなのか?
というか、俺って今どんな顔してんだ???真顔なのか、驚いているのかそれすらわからんっ。
「あ、なんだ……。その、ご用件は?」
「失礼しましたわ。ピクル説明を」
そういうとドアの横からスッと一人の老婆が現れる。背筋はピンと伸び、両手を前に組み上品さがうかがえる。そして主人である女の子を、引き立たせる空気を漂わせている。
「お初にお目にかかります。急な訪問に快く出迎えていただきましたことを、まずはお礼申し上げます。」
静かに、そして聞き取りやすい声でスラッと挨拶をされた。
この主人にこの執事か……。
「本日訪問させていただきましたのは、ぜひともお嬢様と有意義な時間を過ごしていただきたく存じます」
は?え、なんで?疑問しか出てこないのだが、ピクルさんの説明はそこで終わった。
するとナイスタイミングというか、遊びに行っていたシルフがクレアとともにやって来た。
「あーーーーーー!シキが浮気してるよ、クレアァーーーーん!!」
「ほんとだ。浮気してる」
「なんだその解釈は!この子はクランツの婚約者のシャル……シャルロ……」
「シャルロッテ・クリスティアラですわ。まぁまぁ、あなたがクレアね。そしてこちらの可愛らしいお方が、風の調律神さまなのですわね。ブルースはどちらに?」
おいおい、なんでも知ってるのな。きっとクランツから聞いたのであろう。それ自体は悪い事でもないし、むしろ好意をもって接してきているのが伝わってくる。
「では、シキ様。お台所をお借りしますね。お嬢様と遊んでいただいて、無償という訳にはまいりませぬ。せめてお夕食をご馳走させていただきたいと存じます」
せっかくここまで来たのだから無下に返すなんてことはしない、なのでシャルロッテの話しを聞いてみよう。
とその前に、ピクルさんに台所を案内する。部屋の隅々をゆっくり見て、ピクルさんは買ってきた材料をテーブルに置く。
「ふふ。あのオルフェスがこんなに綺麗に掃除をして、整理整頓をしているなんて。あぁ、シキ様。私とオルフェス、それにラフロスは昔なじみの友人なのですよ」
そういうと先ほどまでの凛とした顔から優しい顔つきに変わり、思い老けるように部屋を見ていた。
「あらいけません!シキ様はお嬢様と遊んでいらしてください」
「じゃあ、いってきます」
家から出て、まずはクレアのお母さんに事の事情を説明する。じいちゃんがいない間は、ご飯をご馳走になっているからだ。そしてシャルロッテの会いたがっていたクレアの友達、ブルースのいる河原までやってくる。
茂みからブルースとその仲間達がぴょこぴょこと出てくる。
「はじめましてブルース。わたくしシャルロッテと申します。お会いできて光栄ですわ」
「あはは。ブルースもよろしくねだってぇ」
すげぇ順応してる。クランツですら最初は戸惑っていたのに、まるで人と接するようにブルースと対話を試みている。
「ところでシャルロッテは、何しにここまできたの?」
「まぁ、シルフさま。いい質問です!しょうじきに申し上げますと、当初はクランツ様のことが好きではなかったのです」
「ほほー、と申しますと?」
「ところが半年ほど前から、見違えるほど素敵な殿方に見えてきまして。りゆうを聞きましたところ、あなた方に出会って変わられたと。そんなお話し聞いたらぜひともあってみたいじゃありませんか」
「たしかにーー。クランツはかっこよくなったもんね」
「うんうん、クランツくんは変わったね~」
「なのであなた方がよければ、お友達なってもかまわなくってよ?…………いえちがいますわね。これでは友達とはいえません。私はあなたたちと友達になりたくてここにきましたの。その……友達になってはくれませんか?」
気を張っていた顔が、照れくさそうな笑顔とともに手を差し出してきた。
もちろん!と言わんばかりにクレアが両手で握り返し、シルフも嬉しそうにシャルロッテの周りを飛んでいる。俺もよろしくなと返答すると、下を向きボソっと『嬉しいな』と声に出していた。
「そうでしたわ!シキ様」
「シキでいいよ。友達だろ?」
「はぅ……シ、シキ!あなたはオルフェス様から直々に魔法のとっくんをうけているとうかがいました。わたくしはもっと魔法をあつかえるようになりたいのです。なのでコツのようなものをおしえていただけませんか?」
「コツっていったって、魔力の制御を……いや、シャルロッテはどんな魔法を使いたいんだ??」
「わたくしの魔法は、だいばくはつの魔法でしてよ!」
大爆発って。言うのは簡単だが、それこそ魔力の制御とイメージが重要だと思うのだが。
するとシャルロッテが両手のひらに魔力を込め始める。ゆっくりゆっくり、ゆっくりゆっくり。
パンっ!
爆竹ほどの小さな音が鳴った。
「いかがでして?ゆくゆくは夜空に散り咲く、花火のような魔法にしたいのです!」
「あぁ、いいとは思うけど……もっと強力な魔力を扱えないと、花火みたいにはならないと思うぜ?」
「わかっていますわ!だからこそコツというものをおしえていただきたいのです」
「その前に他の魔法はどれくらい使えるの?」
そう言うとシャルロッテは、低級火炎魔法・初級疾風魔法をすんなりと見せてくれた。どうやら魔法自体の素質はあるようだ。
「なぁ、その火炎と疾風を極めていくって選択はないの?」
「ありませんわ!わたくしは、ばくはつ魔法が使いたいのです」
「なんでそこまで?」
「あれはわたくしがまだ幼いころ、お祭りで見た花火に感激いたしまして。もし戦場であのような魔法がつかえたなら、味方の士気はあがり敵兵はウットリ。それに命をおとしてしまわれた方へのはなむけになるでしょう?」
うん。まず一つ、幼いころって今でも十分に幼い。
二つ目、戦場で花火なんぞ打ち上げたら格好の的になる。
三つめ、死者に対して湿っぽいお別れではなく、せめて明るく見送ろうってことなんだろうな。
最後の想いについては賛否両論あるかもしれないが、俺は嫌いじゃない。
もしこれが浄化魔法と光魔法の融合の爆発魔法だったら、アンデット化せずに成仏できるだろう。
「シャルロッテの気持ちはわかったよ。だったら近道なんてないぜ?なおのことさら日々魔力の制御と、自身の魔力値向上しないとだな」
「やはり、そうですか……」
俺と会えばクランツのように変われるものだと思っていたのか、シャルロッテの表情が暗くなった。
きっとピクルさんや、魔法教師にも同じようなことを言われたんだろう。しかし、こればかりは地道に努力するほかない。
するとクレアが川辺に走って行き、シャルロッテを呼ぶ。
「シャルちゃん、みてみて~」
クレアは川の中に手を入れる。そしてスライムのような球体の水を手のひらに乗せ、それをお手玉のように四つほど空中で回し始めた。
「な、なんですの!それは?」
「これはねぇ水手玉っていうんだよ?わたしはまだ魔法がうまくつかえないけど、これは得意だよ~」
これはじいちゃんが教えてくれた、魔力制御と魔力値向上(小)の修行のようなものだ。下手に魔法から教えるよりも、まずは基礎を楽しく学ぶということをモットーに俺達に教えてくれた。
無属性の魔力で水を覆い、それを維持して放ち受け止める。維持している間は自身の魔力は減っていくし、集中を切らせば覆った魔力が切れ水浸しになる。
真夏日によくやったなぁ。
「おもしろそう!わたくしもやってみます」
少し小さい水の玉を手のひらに作りだし、上空に投げキャッチする。――が、見事に失敗しシャルロッテは水を頭からかぶることになった。
「あははははは。なんですのこれ!すごく楽しい!」
続けざまに二つ目の水玉を作り、空に投げるもまた失敗。
「なるほど!これはシキの言っていた魔力制御にぴったりですわね!それにしてもクレアは四つもお手玉できるなんて、すごすぎますわ!」
「ふふふ。魔力がなくなったら、普通のお手玉でれんしゅうするともっと上手にできるよ」
「なるほどですわ!でもこれからの時期は風邪を引いてしまいそうですわね」
シャルロッテは夢中になり、魔力が尽きるまで水手玉を作り続けた。授業よりも楽しくできたと満足気で大地に背を伸ばした。
「でも魔力制御だけで、ばくはつ魔法は使えるようになるのでしょうか?いまいち想像ができないのですけど……」
「たしかに見本を見ないことには、信じられないかもな?」
俺は半径五十メートル、高さ二百メートルほどの多重結界(防音・視覚・振動・魔力感知無視)を張り、右手に魔力を込める。
球体の魔力の塊はバチバチと放電しながら、手の上でゆっくりと回転している。
そしてそれを天に向かって放り投げる。
ひゅ~~~~~~~~~………………
ドォォーーーーーーーーーーーーーンッッ!!!
まだ昼間なので見えずらかったが、一応イメージとしては黄色をメインに爆発させたつもりだった。
火花が四方八方に舞い散り、重力に引っ張られ光の粒が落ちてくる。しかし地表からは程遠いところで静かに消えていった。
「す、すごいですわっっ!!!シキやっぱりあなたはただ者ではないのですねっ!!」
「どうだ?しっかりとイメージと制御すれば、シャルロッテだってここまでできるようになるかもしれないぞ?」
そう!制御したことでここまで小規模な爆発を再現することができたのだ!じいちゃんから制御の仕方を教わってなかったら、ここが巨大な湖になっていたであろう。
確実に俺も魔力の制御(下方)が出来るようになっている。成長している実感があった。
とりあえずシャルロッテには、今日の花火は誰にも言わないようにと釘を刺しておいた。
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「お帰りなさいませシキ様。本日はお嬢様が大変お世話になりました」
帰宅すると玄関前でピクルさんが出迎えてくれた。家の中から美味しそうな匂いが流れてくる。
クレアとシルフ、シャルロッテが仲良く家の中に入るとピクルに呼び止められた。
「ふふふ。さすがはオルフェスの教えを受けているという事でしょうか。オルフェスが自慢するのも分かる気がします」
「え?な、なにが?」
「シキ様。見事な多重結界でございました。あの規模からするに、お嬢様の為に花火を打ち上げたと推測します」
マジか!?しっかりばれているのか?推察力もさることながら、多重結界で魔力感知できないようにしたはずだが……
「なぜばれたのか。そう思っておりますね?簡単な事でございます。あれだけの規模が突然虚ろに感じてしまいましたことが要因でございます。さらに高めるのであれば、あれに擬態という概念を少々入れてみることをお勧めします」
さすが、年の功。無尽蔵に溢れ出る、膨大な魔力で殲滅してきた俺。かたや限りある魔力で死線を潜り抜けてきた者とでは、天と地ほどの経験値の差があるのだと改めて理解した。
今日勉強できたのは、むしろ俺の方だ。
「安心してくださいまし。オルフェスに告げ口するようなことは致しません。それよりも今は皆さまで食事にしましょう」
勉強になりましたという気持ちと、じいちゃんには内密にという二つの意味で深くお辞儀をする。
それすらも理解していますよ。とでも言いたそうにニッコリするピクルさん。
夕方になり、少し冷えてきた。
パタンと扉を閉めると、家の中が少し暖かい。
そして食卓に着くと、より温もりを感じることができる人達がそこに待っていた。
この日を境にシャルロッテも遊びに来るようになり、より一層賑やかな日常が過ぎていく。
みな日々を健やかにたくましく、充実した時間を過ごしていく。
生命の息吹を感じることのできる春を迎える。
青空に立ちそびえる入道雲と、幾千もの星屑を満喫した夏。
庭から聞こえてくる、虫たちの演奏に心を落ち着かせた秋。
いつも見ていた景色を、別の世界に変える冬。
そしてシキとして生まれてから、12回目の夏を迎えることになった。




