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魔王の天敵〈走〉  作者: 鈴木タケヒロ
1/1

〈走〉 使命の騎士➀

 第一部は魔王の天敵〈走〉使命の騎士➀として書かせていただきました。


 これは魔王の天敵〈歩〉の序盤で出てきたブラストの話です。

 彼が挑んだトライデントの試練とは――!?

 この山を登り始めて何日目になるだろうか。気温の低さと呼吸のし難さに今にもやられてしまいそうだ。足もだんだん重くなってきて、ももの筋肉がビリビリと痛んでいる。これだけ寒いのにウェアの下には大量の汗をかいてしまっている。そろそろ水分補給のために一休みしなくては。

 男は山の斜面に腰を下ろして今日一回目の景色を拝んでみた。

 ふもとには白い大地が東西に広がっている。雪原樹の森もこの標高から見れば大地の一部であるし、それほど広い森ではないのではないか、と思わせる。その遥か向こうに小さなガイアの町が見える。今にも人々の声が響いてきそうだ。男の目線の高さには一羽の鳥が羽を大きく広げて、一度も羽ばたくという動作を見せずに、右から左へ、左から右へ、と大きく飛んでいる。

 今日は快晴のおかげで景色を堪能することができる。

 山を登ったことのある者にしか味わえない、この世の全てを手に入れた様な感覚。この満足感は地上にいては味わえないものだ。いくら大金持ちになっても、誰も逆らえない権力を得ても、誰よりも賢く、力が強くても、それらとは全く別の種類で、今にも天に浮き上がってしまいそうだ。

 持ってきていた水を一口と非常食用の乾パンを口の中に放り込み、しばらくその場にジッとしていた。

 思案すべきことはたくさんあった。失ってしまった同じ目的を持っていた仲間たち。彼らの内の一人はここからずっと下の方で血の海に浮かんでいた。彼の身に一体何が起こったのか。それを考えるだけでも当事者でない者からすれば様々なことを想像してしまう。自分が戦った魔獣とはまた別の魔獣がいて、そいつの餌食になってしまった。はたまた一緒にいた仲間の一人に殺されてしまった。

 いやそれは無いな――ハハ。

 ではあとの二人は何処に行ってしまったのだろうか。もしかしたら本当にトラマルを殺して逃げた。いや、やはりありえない。まずトラマルを殺す動機が無い。それに体格的にもトラマルを直接殺すことは不可能だ。たとえ二人がかりでも。なら魔獣の餌食になった、と考えるのがやはり妥当か。死体は無かったから上手く逃げれていると良いのだが――。

 次に男の頭の中の前の方には九千という数字が浮かび上がった。

 この数字を如何いかにしてゼロにするか。それが問題なのだ。頼りにし、相談のできる仲間はいないのだから、一人で何とかしなくてはならない。脚の状態は決して良いものではないし、二度ほど経験した極寒の世界に、自分が今一度足を踏み入れようとしていることに疑問を感じないでもない。何故私はこの山を登らなければならないのか。それはそこに山があるからだ、なんていう哲学的な理由ではない。それは人の心の核の部分で、この世界で生きていくために必要なものを得るためなのだろう。

「あの子たちは元気にしているだろうか……」

 そう口にはしてみたが応えてくれる者はいない。

 フーっと息を吐いて重い腰を上げた男は、再び斜面の方に目線を戻して九千という数字をゼロにするために(今ではそれは半分以上減っている筈なのだが)、足に力を入れた。


 **** **** ****


 標高三千メートル地点の小屋に着いたのは、もう日が暮れてしまって自分が今何処にいるのかも分からないという程の時間だった。その小屋の存在に気付けたのは、こぼれ出た窓の向こう側の光が外に出たがっているかの様に真っ直ぐに伸びていたからだ。

 

 昼間、雪原樹の森を抜けてようやく山を登らなければ、という時にサルモドキは現れた。

 一緒にトライデントの試練に挑む筈だった三人の仲間の代わりに自分がその場に残って、サルモドキの相手をしたのだった。両者互角でお互いに戦闘での疲れが溜まってこれが最後の接近だ、という時に気持ちが切れてしまったのはサルモドキの方だった。ブラストの一撃をもろに食らって、後方に吹き飛ばされたかと思ったら、文字通り、尻尾を巻いて逃げてしまった。

 

 ブラストがその場から出発したのは疲れを癒してからだった。目の前から敵が去ったことも、自分が死んでしまうという危機感が無くなってしまったのも、力が抜けた原因ではあったが、体力を回復させるには丁度良かった。

 先に行った三人は一体どの辺りまで登ったのだろう、と考えている時に目に入ってきたのはトラマルの死体だった。丸い血溜まりに倒れていたトラマル。ブラストは最初、自分がいなかった短時間で何故こんなことになるんだ、と後悔したが、仕方ないこともあるか、と、その死体を岸壁の所にもたせかけてその場を後にした。


 そこから事件という事件も無く今に至る。

 その道中であとの二人の足跡を見つけることはできなかった。登って行った形跡も無かった。

 ブラストはノックしてその小屋に入った。中では暖炉や毛布などがあり、まさに高山の休憩所という感じだった。そして中には一人の男性がいた。

「こんばんは。私今ここまで辿り着きまして、暗くなったので休ませてもらおうと思ったんです。いや、助かりました。この小屋の光が無ければ私は今頃、目的地も定められずに彷徨さまよっていたことでしょう」

 その男性は入ってきたブラストを一瞥いちべつすると、こっちへ、と暖炉の前を指差した。

「コーヒーでも入れましょう。温まります」

 男性は元いた場所から立ち上がって炊事場へ行き、カップに香りのする黒い粉を入れ、既に沸かしてあったお湯を注ぎ、暖炉の前に座ったブラストの前にコーヒーの入ったカップを持って来た。

「ありがとうございます」

「いえいえ、お互い様です」と男性は机の前にあるソファに座った。

 そのコーヒーの味は悪くなかった。決して高級なものではなかった筈なのだが、疲れを癒すという意味では良いものであった。

「私は学者をしております、サエキと申します。このトライデントには珍しい花や動物、鉱物などがありますので、一年の三分の二以上はここにいます」

「ブラスト、と申します。私はガイアの町で騎士をしております。今日はトライデントの試練を受けるためにここまで来ました」

 その言葉にサエキはカッと目を見開いた。

「試練ですか!? 噂には聞いたことがありますが、実際に挑戦しようとする人にお会いしたのは初めてです。私も三十年程学者をやっておりますが、初めてなのです」

 サエキは五十から六十台に見える。白髪で顔中のしわが目立つ。体形はこんな山にいるアクティブだから細身だ。フレームナシの眼鏡めがねをしている。

「そうでしょう。私どももそう言うやからの話は聞いたことがありませんでしたから。……ということは私よりも前にここに来た者はいなかった、ということなのですね?」

「ええ、あなたが初めてです。それに今から登ると言われれば必死に止めている筈です。夜の山は危険ですから」

 ブラストは少し期待していたのだ。この休憩所にあとの二人が先に辿り着いていて、自分が来るのを待っていることを。しかし二人はいなかった。トラマルが死んでいたあの場所で何かあったのだろうか、と考えてみる。想像の枠をどれだけ広げてみても、二人が何処に行ってしまったのかは分からなかった。

「試練と言えば、左山には赤い鉱石、右山には青い鉱石があるそうですね。それを本山の頂にある神殿に供えれば何かが起こるとか起こらないとか、いや、私も昔の文献でちょこっと目にしただけなのですが」

 サエキの話によれば、左右それぞれの山の頂には赤い岩と青い岩があって、それを削った掌サイズの鉱石を本山の頂にある神殿の奥にある穴に放り込めば仙人が現れ修行をつけてくれると言うのだ。しかしそれには少し問題があって、左右それぞれの頂には岩を守るために守護獣が君臨しているのだ。そいつらがいる限りは鉱石を削らせてもらえないということらしい。

「もしよろしければ私の分の鉱石も取ってきてもらえませんか? 私ではその守護獣とやらにかなうわけもありませんので」

「ええ、いいですよ」

 サエキはあと一ヶ月はこの小屋を拠点に活動するということだった。

 ブラストはその日小屋の使い方を教えてもらってから眠りに就いた。予想以上に疲れていたし、仲間の行方ゆくえを考えている余裕など無かった。

 

 次の日、ブラストは小屋にサエキを残して左山に挑んだ。トライデントの中では標高が一番低く、最初の練習には丁度良いということはないのだが、それでも右山よりは良いということだった。

 その道のりは小屋までの道のりとは段違いだった。やはり気温は低いし空気も薄いのだが、傾斜が急になり、所々で山を登るというよりは岸壁を上っているという感覚になる様な所もあったために、精神的にもきつい道のりであった。しかし、足場が無いという所は無く、自然にできた山道であるとは考えられない程登り易くはあった。

 ただ疲れから、時間と位置感覚は無くなっていた。今は何時で自分は今何処にいるのか。

 そんな不安との戦いにも終わりはやって来る。

 やっと頂上だ。

 七千五百メートルを登りきったブラストはサエキの言葉をすっかり忘れていた。左右それぞれの頂には守護獣がいる――。

 ブラストの目の前には、自分と一緒くらいの身長をした猫がグローブをはめてシャドーをしている光景が飛び込んできた。猫の胴回りはブラストの二倍はあった。体格が良く、そこから繰り出されるパンチは相当重い、ということを物語っている。

 シュッシュ! ワンツーワンツー! シュ、ワンツー、シュ、フィニッシュ!!

 その猫の向こうには大きな赤い岩があった。その岩を少し削って赤い鉱石を手に入れる。サエキの分もかかっているのだ。あの猫に勝たねば鉱石を削らせてはもらえない。

「ん? 客人、やっと登ってこられたか。いやー待った待った、ニャニャニャ」

 猫らしい可愛い笑い方をするものだ、とブラストは思った。

「その後ろにある岩を少し欲しいのです」

「おおー、試練者か? ただの登山家ではないらしい。それにしても前に登ってきたのは何年前だったか。十年? 百年? いや……千年、ニャニャニャ。まぁなんでもええわ」

 この猫ボクサーはそんなに生きているのか、一体何歳なんだ? と、頭の中にクエスチョンマークが行ったり来たりするブラスト。

 しかしそんなブラストを待ってくれるほど猫ボクサーは優しくなかった。

「行くにゃーーー!!!!」

 そのステップは華麗で体系からは想像もできない程のダッシュ力だった。ほとんど頭の位置が変わらず、構えも歪まず、そのままブラストの懐に潜り込みその右がブラストのあごを捉えた。

 景色が歪む。青いだけの筈の空が白くなり黒くなり、そしてまた白くなる。

 山の上の方だというのに天気が変わることなく登頂できたブラストはとても運が良かったのかもしれない。その日は朝からずっと快晴で風雨の鬱陶うっとうしさも無かった。

 猫ボクサーがやたらと好戦的な奴だったということ以外は――。ニャニャニャ。

 読んでいただきましてありがとうございました。

 今回はブラストが試練に挑むところまで書かせていただきました。


 今後の展開などご期待くださいませ。



 またこれの前作としまして魔王の天敵〈歩〉というのを読むことができます。〈走〉だけを読んでも充分楽しめるものを書こうとは考えておりますが、〈歩〉の方にも目を通していただきますとよりお話を楽しむことができると考えております。

ご意見ご感想等ございましたらよろしくお願いします。

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