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1. 見かけによらない

明日も晴れそうね。

沈みゆく太陽を見ながらつぶやいたお母さんの言葉は、今でも忘れられなかった。

その日の夕焼けがぼくの記憶にないほどに色鮮やかな輝きを放っていたから? 沈みゆく太陽から放たれる弱々しい温もりと、繋がれた右手から伝わるお母さんの温もりが重なりあって寂しいような、満たされるような気持ちが少しずつ混じりあっていたから?

それとも、その日からずっと見ることのできなかった太陽の姿を、無意識に記憶してしまっていたから?

三つしかない選択肢だけど、未だにぼくは答えを出せないでいる。




どうせなら快晴がよかったな。船着場に向かいながら、空に向かって愚痴をこぼす。

雨粒は落ちていないものの、いつこぼれ出すかわからない曇り空。

まるでおれにはそれがお似合いだ、と言われているように感じてしまう。


「あなたもですの?」


たどり着いた船着場で出立を待っていると、もう一人の待ち人がやってきた。出立の時は近い。


「あぁ」


「まだ若いじゃないの。頭が弱かったのね、お可哀想に」


「あんたもな。若い女じゃないか」


振り返ると、紫の着物を着た女性が立っていた。少しつり上がった気の強そうな目がおれを見すえている。

年の頃はわからんが、まとっている雰囲気から察すると、おれより年上な気がする。


「人は見かけで判断できないものよ。覚えておくことね」


何言ってんだこいつ。バカがバカやった結果か。可哀想というかなんというか。


「ありがとよ」


「礼には及びません。当然のことをしたまでですわ」


「あんた物知りそうだな。よし、ついでに教えてくれ」


「お断りさせていただきます。わたくし、馬鹿面とお話する気分ではありませんのよ」


「ちぇっ、なんだい。優しそうなお姉さんだと思ったのによ」


「人を見かけで判断しないことね。おバカさん」


特段話したいわけでもなかったが、ヒマだった。ヒマつぶしに誘導尋問をしてみたら見事にかかってくれた。でも、結局はおれも同類になる。行くべきところはこいつと一緒なんだからな。


「お前さんらの立場はそんなに楽しいか」


両手を叩いて女に対して笑っていると、待ち人はやってきた。年老いた男だ。


「耄碌とした目にはそう見えて?」


「あぁ見えるとも。タブーを犯しそうなくらいにはね」


「人を見かけで判断しないことね」


「……お前さんは何をやっとるんだ」


よいしょと立ち上がったおれだが、すぐに仰向けに地面に倒れてしまった。

おれは三発目だからこの対応になったが、この初老は一発目とはいえ、何も思わなかったのか? やはり穏やかに生きるということは、何かを犠牲にして成り立っているんだな。


「なんでもない」


おれもいつかかぶせてやろう。この姉御はどんな反応をするのやら。一応だけど予想しておくか。きっと気づかない。


「って、どこ行くんだよお前ら」


ようやく起き上がり船に向かおうとしたが、船に向かったのはおれ一人だった。姉御と初老は街の方へと歩いていく。


「どこって、お前さんは何しに来たんだ」


「どっかの島だろ? おれらの行き先は」


「ここから行くと思っとったか?」


「そりゃ、船があるし、あんたは船頭だし」


「あほ、遠すぎるわ。いくらわしでも坐礁しちまうだろ」


「……ならなんで船着場に集合なんだよ」


「家を待ち合わせ場所にしたらその家で何かをしなければならないの? おバカさん」


遠すぎると言われても行く先をおれは知らないし、姉御はむしろなんで知ってんだよ。男女差別か? おれが知ってるのは三人で流されるということだけ。それ以上のことをおれは知る気もなかった。


「ふふ、おにーさんはあたしよりバカかもね」


「きっとそうですわ。あなたはこうはならないようにね」


「真似しようと思ってもできないさ。ある意味才能だわな」


知らないことは事実なので、バカ扱いされるのは構わない。ただひとつ、我慢ならないことがあった。誰だこの子どもは。

赤い髪の毛を長く伸ばした、おれよりも背の低い女の子。姉御も初老も違和感なく会話をしているが、おれの目だけはごまかせない。


「誰だお前」


単刀直入に聞く。それが一番効果的だ。下手に回りくどくすると、どこにたどり着くかわかったものじゃない。ただでさえおれを含めてバカしかいないのに。


「あたし? やだなぁ、きみたちと一緒だよー」


「一緒って……おれだろ、こいつだろ、そいつだろ?」


おれが聞いていたのは三人で流されるということ。おれと、姉御と、初老と。二の次は三だから、間違いではないはず。


「あほ、なぜにわしが流されるんだ。わしはただの案内人だ」


「……え、こいつ、子どもだろ?」


「あー! 失礼だなー! あたし十七歳ですー!」


「……はああぁぁぁーーーーーっ!?」


嘘だろ!? 身長はおれの肩くらいしかないし、眩しいほどの笑顔は子どものそれだし、何より胸がない!! 十七歳で胸がない!!


「……へんたい」


じっくりじっとり絶壁を眺めていると、胸を隠された。そして横目で睨まれた。いや、変態もなにも、壁を見てたらわいせつ行為になるのか? おかしな話だ。


「人を見かけで判断しないことね」


「ちなみにお姉さんは?」


「ご自分から名乗るのが礼儀ではなくて?」


「……十八」


「あら、わたくしより年上かと思ってましたわ」


わたくしは二十歳よ、とか言ってる姉御はやっぱり姉御で今が返し技のチャンスかと思ったけど、まだ、早すぎるかな。抜群のタイミングを見つけてやらないといけない。


「まぁまぁ、仲良くやってこうよ。あたしたち三人、同じ立場なんだしさ」


「……ほれ、進むぞ」


表面上は、だけどね。笑顔を見せる赤毛のその言葉に、おれは、姉御は、初老は、誰も返事をしなかった。

赤毛も十七なんだから、わかってて言ってるんだろう。初老のあとに続きながら、少なくともおれはそう思った。

仲良くできるわけなんかない。その事実だけは、みんなわかってるはずだから。

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