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悲しみのケセラセラ

作者: 江ノ木右座

 ある朝新聞の朝刊にこの様な広告が小さく掲載された。「金運アップの秘密!私と握手しませんか?」その広告には広告主の電話番号・住所が記載してあり、24時間オープンとも書かれてあった。広告主の名はポレとなっていて、「成るように成る」という座右の銘までもが紹介されていた。


 この広告を目にした多くの人は、こんなもの胡散臭いと相手にしなかったが、こんな広告でも真に受ける人はいるらしく、広告主の家を訪れる人間は存在した。彼らが実際会ってみると、このポレ氏は50代くらいの男性で、晩年のエルヴィス・プレスリーを彷彿とさせる様な容姿であった。


 ポレ氏は来客があるたびに礼儀として握手をして家に招き入れたが、なぜか彼は銀色の手袋をしていた。そしてポレ氏は集まった10人の人たちを前にして、自己紹介を始めた。「初メマシテ、ラ・ポレと言イマース。私ノHand Powerは、金運あっぷスルヨー。コレデ人生変ワッタ人、ワタシ大勢シッテマース」


 ポレ氏は(本人はなぜか「ラ・ポレ」と名乗ったが)外国語訛りがあり、少々聞きとりにくかったが、会話に不自由するほどではなかった。そしてポレ氏は、段ボール箱の中から古い一枚のレコードを取り出し、自分と握手をしたければ、このレコードを買って欲しいと訴えた。


 集まっていた人たちは「案の定怪しげなことを言い出したな」と警戒しつつも、ポレ氏にこう問いかけた。「あなたさっき、私たちと握手したじゃありませんか。それなのにレコードを買う必要があるのですか?」


 するとポレ氏は平然とこう言った。「コレ見テクダサイ。コノ銀色ノ手袋。コノ手袋ガ私ノHand Powerヲ封印シテマース。ソレガtrickネ。ハイ皆サン引ッカカリマシター。アハハハハハハハ」集まった人たちは、ポレ氏の人を食った態度に立腹したが、ここまで来て帰るのも悔しかったので、仕方なくレコードを買うことにした。


 人々はポレ氏に売りつけられたレコードのジャケットを眺めてみたが、そのレコードのアーティスト名は「ラ・ポレ」であり、ポレ氏のずいぶん若いころの写真が使われていた。要するにこれは、ポレ氏が昔出したレコードの在庫処分なのだ。レコードの中身は、往年のドリス・デイの名曲「ケセラセラ」のカバー「なるようになるよ」で、B面の「ホンキにするなよ」という曲は、ここにいるポレ氏以外の誰もが聞いたことのないような曲だった。


 「ケセラセラ、ナルヨウニナルヨ。サア皆サン、イヨイヨHand Powerノ登場デース。ジャジャーン、ハイ手袋ヲ取リマシタヨ!」しかし集まった人たちは、もはや何の感慨も抱かず、半ば諦めの心境で事態を注視した。そしてハンドパワーが解放された素手のポレ氏と一人一人握手をした。ポレ氏と握手をした感触は、ふわっとして柔らかく、何か温かみを感じさせるものがあった。


 しかしだからといって、そのことと金運アップは何の関係もない。ポレ氏の自宅に集まった人たちは、ポレ氏の笑顔に送られて、帰路に付いた。帰り際にポレ氏は、また一人一人と握手をしたが、その時には最初の様に銀色の手袋をはめており、ハンドパワーはすでに封印されていた。


 最寄りの駅まで歩きながら、偶然集まった10人の「被害者」たちは、ポレ氏に買わされたレコードを手に、愚痴を言い合った。「あれは立派な詐欺だよね。集団訴訟起そうか?」「しかしねえ、古いレコード一枚買わされただけで、大した被害じゃないからねえ。それはちょっと大げさなんじゃあ…」「分かってるさ。ちょっと言ってみただけだよ」


 寛容な「被害者の会」の面々は、まあポレとかいうオッサンもなんか憎めないとこあるし、ちょっと夢を見させてもらったと思えば安いもんだと言って、最後は皆笑顔でそれぞれの家路についた。そんな哀れな夢破れし者たちの一人、マーシャンという40代の男性は、自宅にレコードプレーヤーが無いこともあり、今日のことを早く忘れたかったので、真っ直ぐ家には帰らず、中古レコード屋に行って、ラ・ポレの「なるようになるよ」のレコードを、さっさと売ってしまおうと考えた。


 そして中古レコード屋の店主は、マーシャンが持ち込んだレコードを買い取ってくれた。しかもその買取価格は今日マーシャンがポレ氏に払った金額の3倍であった。マーシャンは心の中で歓喜した。嘘じゃなかったんだ。あの人と握手すると、本当に金運がアップするんだ…。


 ポレ氏は自らのレコードを、なぜ自分で中古市場に売らないのか。それはプロの歌手としてのプライドがあるからだろう。今日彼の家に集まった人たちは、彼にとっては歌手ラ・ポレのファンなのだ。いわばあれは握手権付きレコードというわけだ。高額な新聞広告を出して、「握手会」に集まった人数が10人。若かりし頃「ケセラセラ」を歌ったポレ氏は、「なるようにしかならない」この現実を、どう受け止めているのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは、絵郎です。 切ないけど、いい話。 こういうユーモアのある切ない話、何かと似てると思ったら、私が二、三年前にはまっていた伊坂幸太郎小説でした。だから私は、こういうノリが好きなんで…
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