第7話 決意
彼女がここに来て、三ヶ月が過ぎようとしていた。
この三ヶ月は、色々と不満もあったが、彼女との生活は、その不満をも打ち消すくらい楽しいものだった。
一緒に居るときの彼女は、いつも笑っていて、とても幸せそうに見えた。
俺は、一生このままでいいという気持ちになっていた。
結婚して子供が出来、育児方針の違いや親兄弟との煩わしい付き合いの中で、妻と段々ぎくしゃくしていくよりも、彼女と毎日楽しい時間を過ごす方が遥かにいい。
会社から帰宅しても、ろくに会話もない冷めた家庭で、まるで邪魔者のように扱われている上司や先輩を俺は何人も知っている。
「ねぇ〜、まーちゃん」
「何?」
「キスして。」
「いきなり何だよ?」
「いいから!」
「分かったよ。」
俺は、彼女の唇付近に自分の口を近付けた。
「やっぱり、物足りないね?」
「仕方ないだろ。」
「ねぇ、私、まーちゃんとHしたい。」
「無理だろ。」
「じゃー、誰か連れてきて!」
「それこそ無理だろ!」
「大丈夫、まーちゃんって名前だけじゃなく、少し福山雅治に似てるから、バーにでも行って甘い言葉を掛ければ、大抵の娘は付いてくるよ。」
「お前はそれでいいのか?」
「まーちゃんとHするためだもん、我慢するよ。」
「本当にいいのか?」
「いいの!その代わり、すごく綺麗な人を連れてきてね。まーちゃん好みの顔の人。」
「分かった。」
俺は、仕方なく夜の街にくりだした。彼女の為に仕方なく……というのは表向きだけどね。
あー、久しぶりにナンパが出来る。しかも、彼女の許可は下りている。
俺は、さっそく良い女が一人で飲みに来ているという、噂の店に行ってみた。
店に入ると、カウンター席の奥の方で静かに飲んでいる女を見つけた。
想像より良い女!
顔がありさちゃんに似てる。こりゃー、頑張んなきゃなぁ。
とは言っても、俺にナンパの経験はあまりない。
俺が声を掛ける前に、大抵向こうから声を掛けてくるからだ。
とりあえず、俺は、二つ席を空けた所に座り、水割りを注文した。
「この店って初めて?」
先に話し掛けて来たのは、やっぱりその女の方だった。
「はい。ちょっと飲みたい気分だったんで…」
俺は嘘をついた。噂の良い女をナンパしに来た、なんて言えるわけがない。
「ここはカクテルが美味しいのよ。飲んでみたら?」
「じゃー、君のお勧めのやつを飲んでみようかな。」
女はクスッと笑って、自分の分と俺の分のカクテルを二つ注文した。
「隣に行ってもいい?」
今度は、俺が声を掛けた。
「勿論、一緒に飲みましょう。」
軽いな……
俺はお持ち帰りに成功した。
暗い部屋の中に彼女の姿は無かった。
「先にシャワー浴びていい?」
「あー、こっちだよ。バスタオルはこれを使って…」
シャワーの音が聞こえたのを確認して、俺は声を掛けてみた。
「おーい、愛ちゃん。居ないのかー?」
「居るよ〜、残念でした!居ないと思って少し喜んでたでしょう?
滅多に呼ばない私の名前を呼んじゃって、居るかどうか確認なんてしてさ〜イヤラシイ!」
「そんなことないよ!」
俺は、激しく否定した。
何だか、目つきが少し恐い。
そもそも、俺はお前の要望に応えてやったのに、何でそんな目で見るんだよ。
シャワーの音が聞こえなくなると、彼女はクローゼットの中に消えていった。
さっきもここに居たのか……いかにも幽霊って感じでちょっと恐いな。
「シャワー、ありがとう。貴方も浴びてきたら?」
「あー、そうだな…」
俺は後ろ髪を引かれる思いで浴室に入った。