第5話 見えない涙
「まーちゃん、頑張れー!あと10回。…299、300回、おめでとうー!」
「はぁー……」
「次は、腕立て200回だよ。」
「今日は勘弁して!昨日やったせいで筋肉痛…」
「仕方ないな。この際、もっと逞しくなってもらおうと思ったのに…。」
まったく、あいつの食い意地には参るぜ。
スイーツばかりでなく、寿司やカレーも食うから、いくら腹筋しても間に合わない。
しかも、乗り移った時に俺からはみ出すもんだから、気にして嘘泣き…いや、泣いてるから、俺が頑張って鍛えて胸板を厚くするって約束しちまった。
もともと、あんなに胸がでかいんだからはみ出すさ。
でも、自分の胸から、あのでかいのが飛び出していた時はびっくりしたな。違う方のハーフになった気分だった。
「まーちゃん、明日はテレビを点けてくの忘れないでね?」
「分かってる。今日はごめんな。」
「いいの!ゴミだしの日で慌ててたもんね?」
「今朝は寝坊しちゃったからな…。」
「ごめんね、一緒に眠っちゃって。それに、何にも手伝えなくて…」
「いいんだよ。お前は居るだけで…」
「そうよね。私と居るだけで幸せだもんね。今、楽しいでしょう?」
自分で言うなよ。
まっ、楽しいのは事実だけどね。
しかし、幽霊のくせに寝るんだな……一晩中起きてるのかと思ったら違うんだ……。
もう、こいつをあてにするのは止めよう。
「テレビは8チャンネルにしてってね。午後にドラマの再放送やってるの。」
「やっぱり、物を動かすのは無理か?」
「努力はしてるんだよ!映画のゴーストみたいに出来たらいいなぁって。でも、駄目みたいなの。
お互いに見えて、会話が出来るだけラッキーだけどね。」
ラッキー?
ドジで死んだ奴と幽霊に取りつかれた奴が?
「ねぇ〜、聞いていい?」
「今更、何?」
「私が助けた人、イケメンだった?」
「あぁ、俺より少し劣るけど、なかなか良かったよ。」
「そっかー。私が助けたのはイケメン君か…」
本当は、お前の大嫌いな芸人にそっくりだったなんて、口が裂けても言えないよ。
「家族は居たのかな?喜んでくれたかな?」
「ああ、既婚者って感じだったな。お前にすごく感謝していたよ。」
「そうか…良かった。お父さんが死んだら、奥さんや子供が可愛そうだもんね?」
本当は、あいつすぐに逃げちゃったんだよ。
落ちそうになった自分を支えてくれたお前が代わりに落ちて、目の前で引かれてしまって驚いたんだろうけど…。
命懸けで助けて貰っておきながら、いくら何でもそれはないよな。
それにしても、俺は可愛そうじゃないのか?
これでも、結構泣いたんだぞ。無駄な涙だったが…。
「ねぇ、もうお料理も作ってあげられなくなっちゃったね?」
「残念だけど仕方ないよ。食い物なんて、腹が膨れれば何でもいいさ。」
「お掃除もしてあげられないね?」
「もともと掃除は嫌いだろ?」
「キスも出来なくなっちゃったね?」
「ムードは楽しめるよ。してみる?」
「うん!」
彼女の唇の感触は無かった。
まぁ、いいさ。こんなのは雰囲気を楽しむもんだ。
そして、Hも………うーん、こればっかりは感触が欲しい。
「私、役立たずだね。」
「そんなことないよ。居るだけでいいって言ってるじゃない。」
「……」
「……もしかして、お前、今泣いてる?」
「泣いてないよ!まーちゃんと毎日一緒に居られて、すごく幸せだもん。
それに、泣いてる時は泣いてるって、私いつも言ってるじゃない。」
「そうか…。」
「そうだよ!」
今、お前が、死んでから初めて泣いているような気がした。
幽霊になったら涙が出なくなるって、もしかしたら本当かもしれない。
でも、俺にはちゃんと分かるんだよ。
例え、お前が涙を流さなくても…。
さっき、お前は絶対泣いていた。
なぁ、そうだろ?