その8
「アンネンくん、わたしも訊きたいよ」
加藤さんが口を開く。
「わたし同じ西中だったからずっと見てたけど、アンネンくん、寺田くんの代わりにいじめられたでしょ」
え?
「森良が気まぐれで寺田くんをいたぶるようにクラス中に仕向けて、さあこれから寺田はカースト最下層だ、って決まりかけた時、アンネンくんこう言ったよね? ”それ、僕でもいいかな” って。それで本当に卒業するまでアンネンくん、クラスの男子全員からいじめられ続けたよね?」
なんだ、それ。
「だってさ、当の寺田くんからまでやられてさ。アンネンくんって、ちょっとおかしいのかなって思ってた」
しん、とする中、加藤さんの声だけがとつとつと続く。ユズル部長も少し俯き加減で聞いている。
「でも、高校入ってそうじゃないって分かった。ぐいぐい引っ張るリーダータイプじゃないけど、アンネンくんが自分を差し置いて言葉を掛けてくれたり、みんなの為になるように何かしてくれるだけで、すごく安心できた。充実した高校生活を送れたのはアンネンくんのお蔭だって思うことすらある」
西さんも言葉を続ける。
「ほんとだよ。アンネンくん、進路ぐらい自分の思いを通していいんじゃない? アンネンくんならみんなが ”どうぞどうぞ” って言ってくれるよ」
途中からユズル部長は目を閉じていた。多分何事かをじっと考えているんだろう。かなり長い沈黙の後にこう言った。
「ユズルって名前、ほんとに”譲る”って意味なんだ」